北海道(1994.8.1-26)


0.プロローグ(8.1) / 1.函館(8.2) / 2.旭川・富良野(8.3) / 3.知床(8.4) / 4.標津・野付半島(8.5) / 5.支笏湖(8.6) / 6.小清水・網走(8.7) / 7.サロマ湖(8.8) / 8.札幌(8.9) / 9.屈斜路湖・摩周湖・釧路湿原(8.10) / 10.室蘭・昭和新山・洞爺湖(8.11) / 11.稚内(8.12) / 12.利尻(8.13) / 13.礼文(8.14) / 14.サロベツ(8.15) / 15.根室(8.16) / 16.新冠・襟裳岬(8.17) / 17.厚岸・霧多布(8.18) / 18.阿寒湖(8.19) / 19.札沼線・深名線(8.20) / 20.大雪山黒岳・層雲峡(8.21) / 21.小樽(8.22) / 22.積丹(8.23) / 23.函館・大沼(8.24) / 24.エピローグ(8.25-26)

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 朝、私は少し早起きして、YH企画の福寿橋ツアーなるものに参加した。これは、YH近くの小さな橋付近に穴場スポットがあり、みんなでそこに行ってみようというものであった。私達は玄関に集合し、ものの五分も歩いていき、福寿橋の所から山林の中に入って、その下を流れていた小川に沿って歩いていった。その道ではヘルパーが、ここに生えている植物についていろいろ教えてくれた。やたら大きく、食べられもするがあまりおいしくはないという赤フキや、ヨモギに似た葉を持ちよく誤食事故の起こるという、紫色の小さなきれいな花を咲かせるトリカブトなどの生える林を通り抜けると、間もなく私達は阿寒湖の湖岸に出た。そこには、周りを美しい山々に囲まれ、水を満々とたたえ、朝日をさんさんと浴びて輝く、大きな湖が広がっていた。朝日とちょうど逆光の関係にある、平頂でひときわ高くそびえる雄阿寒岳は、真ん中だけ雲で覆われたその雄姿をさらけ出している。後ろを向けば、今通ってきた林の向こうに雌阿寒岳の山頂が、厚い雲を脱いで見えるようになってきた。緑の山々に囲まれた湖面は広々と広がり、美しく輝いている。そして当然、ここでは間近に阿寒湖の湖水に接することもできる。小川の流れ込む場所であるため水は冷たく、浅瀬が長く続く場所のため水浴びすることもできる。そびえる雄阿寒の雄姿は、それはすばらしく、私は部屋にカメラを置いてきたことを後悔した。時間的なものもあって他の人はおらず、のんびりとした雰囲気を味わうこともできる。朝日だけでなく、ここからの夕陽や星空も、またすばらしいものだという。

 すばらしいものを見たあとは、朝食もおいしくいただくことができた。そして私は、YHをあとにした。すぐバスに乗る人のために、バスターミナルまで送迎がある。私は今日は午後オンネトーを攻め、戻ったらすぐ脱出するという作戦を立てており、そのためには荷物をバスターミナルに預けた方が都合がいいものだから、私は一緒にその送迎車に便乗していった。

 それまでの予定は、特に考えていなかった。湖畔の遊歩道でも歩いてみようかと思い、私はバスターミナルからその入口へ向かった。朝、目も覚めやらぬお土産物屋街は、人もまだそんなに多くない。そんな中をのんびり歩いていると、ふと、桟橋に停まる遊覧船に目が止まった。まだ人が多くない、ということは、混む前に乗ってしまえということなのだろうと思い、私は先に船に乗ることにした。

 さて、切符を買って船に乗り込んだが、確かに混んではいないけれど、観光バス客がいたようで、決して静かというわけではないところが玉に瑕である。あまり透明度の高くないらしい緑色の水の上へ船は滑り出し、いったん営業所桟橋へ移動する。前方に雌阿寒、後方に雄阿寒という二つの山にはさまれ、明るく輝く湖を船は行く。湖岸には山に囲まれるように温泉街が存在する。水は決して泥臭い緑ではなく、周りの山々の緑を反射した、輝く緑色をしている。空は一応晴れてはいるが、雄阿寒の頭に雲がかぶり始めているのが、私には多少気になった。

阿寒湖 営業所桟橋を出航した船は、湖の真ん中の方へ進んでいった。直射日光さえなければ、湖面を横切る風は至って涼しい。そして進めば進むほど、辺りは深い緑色に囲まれる美しい景色に包まれるようになってきた。小さな島も所々に浮かび、背後にそびえる雄阿寒、雌阿寒も、雲がかぶってはいたものの、悠々としている。湖を囲む山腹と湖面は、ヨシの群生を介して接する。そして原生林を抱いた山腹もまた光線を浴び、深緑、黄緑、さまざまな緑色を呈している。背景の青、または白、そして輝く湖水と山腹の緑のコントラストは、そこにきれいな風景を生み出している。

 船は途中、阿寒湖に浮かぶ島、チュウルイモシリに寄港した。島にはエゾマツやトドマツ、ナナカマドやミズナラ、イチイなどさまざまな木の生える、鬱蒼とした原生林になっており、その中に、マリモの飼育センターのようなものがあった。ここでは、いろいろな大きさのマリモを目にすることができる。数十年ものでゴルフボール大で、いちばん大きなハンドボール大のものでは八百年経っているという。八百年前と言えば、少なくとも本州以南では鎌倉時代の幕開けごろか。人間界ではそれから現在までの間、途方もなく激しい時代の変動があったはずだが、そんなことなどお構いなく成長を続けたマリモが今、水槽の中に静かにその体を横たえているのだと思うと、私は何とも不思議な気がした。これらのマリモは船が運休になる頃には、ちゃんともとの生育地に戻されるのだという。そこのところはきちんとしているようだ。

 船は再び湖へ漕ぎ出す。大気が不安定なのか、雄阿寒や雌阿寒の頭をはじめ、黒い雲が所々に出始めている。しかも雨具を荷物と一緒にバスターミナルのロッカーに放り込んでいたことに気づき、私はますます天気が気がかりになってきた。

 船はマリモの生息地をあとにし、より雄阿寒に近づくように進み、そして湖岸ぎりぎりの所を進んでいった。この辺りは山腹と湖面は直接接し、ぎりぎりの所にまで木が立っている。中には白く立ち枯れたものも混じっていて、もの悲しい。紅葉の時には松の新緑の中にナナカマドやダケカンバの紅葉が混じるようになって、とてもきれいだという。

阿寒湖滝口 願いかなわず雨がぽつりぽつりとしてきた頃、船は滝口の入り江に入っていった。細い入り江なので、左右をきれいな湖岸にはさまれ、早くも紅葉の始まったナナカマドも美しい。小さな島々もたくさん浮かんでおり、亀のように見える亀岩や、滝口に小さい岩々の並ぶ十九列島など、見どころも多い。ここは阿寒湖随一の景観地だというが、その肩書きを裏切らないおもしろい風景が、ここにはある。狭い所だからこそ、さまざまな自然の作用がひしめき合い、目を退屈させない風景ができるのだろうか。やがて船が滝口を去り、再び広い湖面に戻ると、今までいた入り江の入口は既に木々に隠れ、行き止まりのようになってしまっていた。マリモにしろ滝口の景観にしろ、誰にも気づかれないようにひっそりと、美しいものが存在するということもあろのだ。もしかしたらペンケトウやパンケトウ、太郎湖と次郎湖、そしてオンネトーもその類であるのだと言えはしまいか。秘められた美しさを見つけようと思えばいくらでも見つけられる。阿寒湖とは、そういう湖なのかもしれない。桟橋へ戻る途中、林から出てきた鹿が水を飲むシーンにも出くわすことができた。

 船がターミナルに戻る頃には、だいぶ空には厚い黒雲が広がり、街さえも覆い尽くされるようになっていた。今にも本降りになりそうないやな雲が、空を覆っている。風もだいぶ、冷たい。さっきまであんなにいい天気だったのに、本当に恨めしい。

 湖畔の遊歩道の入口には、セルフガイドという小冊子が無人販売されていた。販売とは言っても、歩き終わって持ち帰らず返却するなら料金はいらないという、なんとも良心的なサービスがうれしい。資源保護の意味もあるという。天気は悪いが、私も、「地元の人と歩いたのと同じ効果がある」というこの小冊子を携えて、いろいろ観察しながら湖畔を行くことにした。

 いざ足を踏み入れると、この鬱蒼とした林の中には、元々弱まっている光は届きにくいようで、不気味なほど辺りは薄暗い。キツネやリスも住んでいるらしいが、こんな雲行きでは会えるかどうか。しかしそのような野生生物の生活の跡は、所々にある。しばらく行くと、木の幹に縦長の楕円の深い穴があいている所がある。これは、キツツキがアリを食べた跡だという。また、とど松の木に縦に凍裂の跡が見られるというスポットが示されていたが、語感ほど派手なものではなく、とりあえず傷がついているといった感じに私には見えた。この木は生命力が強くて、このくらいの傷は自ら癒すことができるのだそうで、私はなるほどと思った。エゾシカが冬、食糧に困って木の皮を歯ではいだ跡も見つけられた。地元の人と歩いたのと同じ効果があるというのは恐らく本当で、見落としがちなおもしろい自然事象に気づかせてくれる、ありがたいガイドである。

 辺りにはしかし、雷鳴がとどろき始め、次第にいやな雰囲気になってきた。阿寒湖に浮かぶ島の見えるスポットで休みがてら座っていても、湖の色はもはや沈んだ色になっている。風も強くなり、湖にしては高い波が湖岸に押し寄せる。

 一時的に森から出た明るい所には、船の中でも耳に残るメロディーにのって流れていた「マリモの唄」の碑があった。この辺りで、私は空気が生暖かいのを感じた。この近くに、ボッケという泥火山の噴気孔があったのである。ボッケとは「煮え立つ」という意味で、付近では小規模な泥火山現象、すなわち地中の泥や水がガスで吹き上げられる現象が起こっているという。その通り、湖岸の白い砂地の中に、黒くどろどろした部分があって、そこから泡がぽこぽこと発生し、蒸気が立っている。ほんのり硫黄の香りもし、黒い部分の周りには、硫黄の色が付着している。この辺りでは至る所に温泉が涌きだしているというが、なるほどと私は思った。触れてみた湖水もそのせいか、暖かい。私は、地面にさわってみようというガイドに従ってみた。やはり生ぬるい感じがした。生きている自然を感じることができるスポットが、ここにはあった。この生ぬるい地面に、何気なくムラサキサギゴケという小さい植物が、しかし確かに見られる。これも、落石のサカイツツジと同じように、隔離分布をしている植物だといい、厳冬の地の中にあって珍しく暖かいこの辺りには、このほかにも隔離分布の植物や虫がいるという。私には自然の息づかいとともに、その遊び心も感じられる気がした。

 このスポットは視界が開け、本当は雌阿寒がきれいに見える場所だというが、もはや厚い雲に覆われ、影さえも見えなくなっていた。私は再び湖岸を離れ、暗い森林の中へ入っていった。湖面の反射光さえも入らなくなりなおさら暗く、不気味な雰囲気の中を私は歩いていく。ここでは、倒れた木の上にのみ新しい木が一直線上に並んで成長する、倒木更新という現象もみられる。どこかの湿原でも見られたような気がするな、と思いながらさらに歩みを進めると、巨大な葉を広げるミズバショウの群生地を経て、私は遊歩道の終点のビジターセンターにたどり着いた。結局、私はリスにもキツネにも会えずじまいになった。怪しい雲行きを察知して、隠れてしまったのだろう。

 ビジターセンターの展示は、こういう所にありがちな自然の事物現象の説明に終始していた。当然、はく製があったり写真があったりもするわけだが、木彫りの動物像を展示してあるところに、私は道内最大のアイヌコタンを控えるこの地の特色を見た思いがした。雨が止むのを待つつもりでゆっくりしていたのだが、しかし無情にも外は大雨になってきた。こういう時に限って、傘はコインロッカーに放り込んでしまった。油断して罰が当たったらしい。

 にわか雨からしとしと雨に変わったところで、らちがあかないので外に出て、濡れながら私は温泉街の西へ進路を取った。街並みはいったん途切れるが、船の営業所桟橋の辺りから、また街並みが広がる。この街並みこそがアイヌコタンであり、そこいらじゅうで民芸品が売られ、それらしい街並みが展開する。私は個人的に木彫りのループタイが好きなので、いくつか買っていこうと思っていくつかの店の中へ入ってみた。どの店にも木彫りの民芸品が豊富にあって、きれいなもんだなあと思って眺めていると、必ず店の人が話しかけてくる。しかも、ものを買わせようと商品の話もするにはするのだが、そのほかにも実にいろいろな話をしてくる。「どこからきたの」「こっちは寒いんじゃないの」「これからどうするの」「もしかしてキップ切られて動けなくなってバス使ってるんじゃないの」……そういう人が多いのだろうか。それはともかく、私はここで思いがけず他愛ない話で盛り上がることができた。北海道には気さくな人が多いと、上陸した日から何回か思わされてきたが、ここはそういう北海道の人間というものをかいま見ることができる所でもあるらしい。昼飯は温泉街に戻ってラーメンにした。こう肌寒いと、暖かいものはとりあえずうまい。

 いったんバスターミナルに戻り、当初の決心どおり、私はオンネトー攻略の旅に出ることにした。相変わらずのしとしと雨の中、バスは出発する。昨日歩いたYHまでの道を行き、温泉街の本当にはじっこに当たるYHを過ぎると、バスはすぐ深い原生林の広い道を行くようになった。道が広いから先の方まで見渡せるけれど、脇にはどこまでも深い森が続き、どこまでも変わらない風景のまま、日本一の面積を誇るという足寄町へ入っていく。香川県と同じくらいの広さだというが、こんな、人の住んでいそうもない所がほとんどを占めるのだろう。クマザサも地面付近に密生する。クマザサは鹿の大切な食糧であり、この辺りでは鹿がよく見られるそうだ。昨日YHで、車にひかれた鹿の話をしてくれた人がいたことを、私は思い出した。

 それにしても雨は、断続的にしとしとと降り続く。もう天気は好転しそうにない。朝すごくいい天気だっただけに、私はなおさら悔しい気がした。昨日のオンネトーは晴れていてよかったと話してくれた人がYHにいたけれど、こんな天気のオンネトーは、いったいどんなふうに見えるのか。期待と同時に、不安も私の中で頭をもたげてくる。雌阿寒温泉で小さい宿が数件現れるが、それも鬱蒼とした森林の風景を寸断するものにはなりえず、道は細く曲がりくねって、車窓はむしろ秘境という感じにもなってきた。雨もその激しさを増す。

 ようやく車窓に現れたオンネトーは、しかしこんな天気でも、コバルトブルーの美しい色をしていた。雨にくすんだ森の風景の中、大きくはないが、神秘的な輝きを持ってさえいる。「老いた湖」という意味だといい、湖底から吹き出すガスのせいで魚は棲まず、ザリガニヤオオサンショウウオが棲む湖であるという。バスはキャンプ場まで行くが、その途上の展望台でも降りることができる。とりあえず私はそこでバスから降りたが、雨をよけられる施設は、雌阿寒の登山口の入口に立つトイレしかなかった。下手に土産物屋が建ち並び人だかりができているよりはよっぽど、旅情という意味ではよいのだけれど、このような天気ではどうしようもない。空に不気味に雷鳴がとどろく中、私はしばらくトイレに閉じこもるしかなかった。

オンネトー 雨はしとしとと降り続き、一向に弱くならない。多少の雨くらいはと思って、私は無謀にも湖岸を一周することを試みた。展望台から少し先に行った所にあるキャンプ場の中から、道に対して裏手に細い遊歩道が造られている。それは林の植物をかき分けた程度の細いものでしかない。私は歩けば歩くたび、全身に満タンの水を貯えたヨシやコケモモに触れざるを得なかった。しかもその上、至る所で木が倒れ、道を通せんぼしている。さっきの阿寒湖にも、何年か前の台風で倒されたという木々が凄まじい景観を作っていた所があったけれど、その時の台風で同じように、倒された木がそのままになっていたのだろう。湖岸すぐ近くで、神秘的な青い水面を眺められるのはよいのだけれども、のんびり時間をかけて悠々と見ていこうという秘かな私のたくらみは見事に妨害された結果となり、私はずぶぬれになっただけで終わった。神の秘部に触れた罰が当たったのだろうか。こんな天気での深入りはどうやら禁物で、今日みたいな日は、時折訪れる観光バス客のように、展望台からの写真だけで我慢しておいた方がよかったのかもしれない。湖は勝手にせいと言わんばかり、静かに青い水をたたえて動かない。近づいてみても水は、どこまでも澄み渡る。

 一周しきっても当然のように雨は止まず、私は再びトイレに閉じこもった。トイレは少し高台にあるけれど、木が周りに生えているせいで、見晴らしはよくない。煙草を吸いながら、木々の間に見える湖を見ていた私には、不思議と恨めしい感じはなく、むしろ開き直りにも似た感情を持っていた。バスから降りた時は、ターミナルに傘を置いてきたことを悔やんでいたが、どうせ傘を持っていたとしても、あの道に足を踏み入れた時点で、傘など役に立たない代物になっていたことくらい、私には容易に想像がついた。

 やがてようやくバスの時間が近づいてきて、私はキャンプ場を再び訪れた。歩いていると、折り返しのバスが私を追い越していった。なんの変哲もないバスだったが、その後ろ姿に、私は何となく神々しいものを感じた。一向に弱まらない雨の中、私は直ちにバスに乗り込んだ。車内は夢かとまごうほどの暖かさだった。あまりに快適で、バスターミナルに戻るまで、私はずっと眠りこけていた。

 バスターミナルに戻り、全身ずぶぬれの私は、トイレに入って服をすべて着替えた。髪をほどいていたら、入ってきたバスの運転手がとてもびっくりした声を上げた。私は事情を説明することになったが、「ライダーさんですか?」と彼に問い返された。歩きで雨に濡れる人など、まずいないということか。運賃表にあった大楽毛は駅前だというので、バス賃を浮かすために私はそこまで切符を買い、すぐ発車する釧路行きのバスに乗り込み、雨の止まない夕刻の阿寒湖をあとにした。

 バスは昨日来た道をしばらく行き、YHで話を聞いて行ってみたいとも思った太郎湖、次郎湖の入口である滝口を通っていった。結局私はそこまで行くことはなかったけれど、船の上から滝口の景観は見られたし、まあよしとしよう。雄阿寒分岐からは初めての道へ入っていくけれど、車窓には相変わらずの、熊でも出そうな原生林が続いていく。行く先の空は雲海のようになっていて、所々雲が切れている。もしかしたら下界の天気は悪くないのかもしれない。私はまた少しタイミングを逸した気がして、ちょっとだけ悔しさもこみ上げてきた。

 昨日バスに乗っていて、空腹のままでは酔うということを学習したので、今日はターミナルで買ったポテトチップをつまみながらの旅としゃれこむことにした。車窓にはたまに、阿寒湖から流れ出る川を従え、バスは通称をマリモ国道という国道二百四十号線を進んでいく。バンビの滝なるものが流れ落ちている所がある。そこにはバス停があるわけでもなく、ドライブインがあるだけの所だが、私のような汽車バス旅をする人間には訪れることのできない場所を見つけたのは今日が始めてではない。今度来るときは絶対免許を持ってこよう、と私は固く決心した。

 やがてバスは原生林を抜け、畑や草原が所々に広がる地帯へ高度を下げていった。前方の空は明るく、薄くまだらに広がる雲に夕日が当たり、その中に黒い雲が浮かんでそれは幻想的な風景になっている。この調子なら、釧路は本当に晴れていそうだ。後ろを振り返れば、さっきまでいた、原生林をまとった山々に、厚い雲が低く立ちはだかっている。道路際の草丈はどんどん低くなってきた。牛の放牧も見られるようになり、疎らではあるが牛舎やサイロなど、今まで見られなかった人工建造物も目に入るようになってきた。

 バスは下徹別という所を通っていく。秋から冬にかけては、この辺りの収穫後の畑に鶴が舞い降り、巣を作るのだという。その時には、今では絶対に見られない風景が広がるに違いない。やはり北海道は、一度行っただけですべてを見ることはできないのだ。今回、二十日以上かけてもすべてを回ることができない見通しが立っていたので、私は暇になれば「今度来るときは……」と考えるようになってしまっていた。

 広がる草原には、馬もいれば、鶴も、もういる。上ではナナカマドも既に紅葉していたし、どこかで誰かが言っていた、「北海道はお盆を過ぎればもう秋だ」というのも、本当かもしれない。事実、長袖シャツに、今日アイヌコタンで買ったループタイをつけた格好が、私にはちょうどいいくらいなのだ。ナナカマドの紅葉はここが初めてではなく、旅行の上旬に知床でも見て、一瞬信じられなかった思い出がある。ひょっとしてあそこには、あのとき既に秋が来ていたのだろうか。夏の北海道の旅というのは、変化しつつある季節というものを感じることができるものなのかもしれない。

 比較的大きい阿寒町の街並みを通っていくうちに、客は立て続けに降りていって、街を抜ける頃にはだいぶ客は少なくなった。街を抜ければ、車窓にはまた草原が広がり、馬や牛のいる風景の中へと戻っていった。雨は弱く、道は乾いてさえいる。今日の悪天候を覚えているのは、たっぷり水を含んだ重い私の麦藁帽だけになりつつあった。外の草原には、虹がかかっている。雲が切れ、夕陽が、明るい所に断片だけれども確かにかかっている。今日ここまで来て、きれいなものが見られるとは思ってなかっただけに、それは感動的でさえあった。

 鶴公園の辺りから、車窓には草原の合間にヨシの密生する湿原も見られるようになってきた。空は夕焼けが燃えるようにきれいだ。きっと明日はよい天気なのだろう。バスは空港へ寄り道をしていく。空港までの道は、林の中を進む。阿寒で見られた深い林とは違い、雑多な感じで精悍さはあまり感じられない。松やシラカバが見あたらないせいだろう。着いた空港は、そう大規模ではないはずだ。しかしバックに広がる本当に真っ赤な夕焼けは、とても大きく美しく辺り一面を染め上げ、そんな中にたたずむJASの飛行機はとても立派に見え、空港自体もそのおかげで広々として見えていた。ここばっかりは、いい時間に訪れることができた。広々とした草原の夕焼けがこんなに美しいものだとは思わなかった。きっと今日、細岡の展望台では、大喝采が起こっているに違いない。このバス路線を選んで本当によかったと、私はしみじみ思った。

 辺りはだんだん薄暗くなってきた。バスは再び大湿原の中の道へ戻り、のんびり歩く牛を横目に、市街地を目指していった。赤い夕陽は、まだ後ろに広がっている。前方には煙突が林立し、白い煙をもくもくと灰色の空に上げる工業地帯が見られるようになり、道の行く手は街灯でぴかぴかと光るようになってきた。間もなく、バスは大楽毛の駅前に到着した。

 大楽毛自体は大した集落というわけではなく、ここで夕食を取ろうと思えば取れそうだったけれど、駅の営業が四時にして終わってしまうくらいだから、そのあと何もない所で途方に暮れてしまいそうな気もしたので、私はすぐ出る列車で釧路に出ることにした。しかし、駅のスピーカーから、対向列車が五分遅れるという情報も入ってきた。夜の訪れた大楽毛の街には、祭りばやしがこだましていた。例えばあの中の露店で腹を満たし、あとは雰囲気に身を任せるという考え方もあったのだろうが、地域住民によるそのための祭りに、私のような風来坊の居場所が、果たしてあるかどうか。列車は七分遅れて発車し、日が短くなってもはや闇となった中を進んでいった。ただし大都市を控え、教習所やら港やら、車窓には局地的に明るい光が散らばっていた。

 着いた釧路は大騒ぎだった。「平野川〜上芽室間で軌道短絡」とかで列車のダイヤが大幅に乱れていたのである。そんな騒ぎを横目に、私は二十三日、すなわち島抜け予定の前日の函館行きのミッドナイトの指定券を押さえた。この列車は自由席に乗るものではないということは学習済みなので、私はとりあえず取れたことにほっとした。

 飯をどうしようかと思って、何気なく駅舎から一歩足を踏み出すと、いきなり太鼓の音が聞こえてきた。何でも今日は北海盆踊りとかで、北大通りは盆踊り集団がぐるぐると回る大変にぎやかな空間になっていた。この前の夜のように、明るいだけで寂しいという雰囲気からは、想像もできないにぎわいだ。私は冷やかしにぐるりと見て回った。踊りを覚えて一緒の浴衣を着て、一緒に回ることができたならもっと楽しかったのだろうが、歩道沿いに建ち並ぶ露店と群がる人々でにぎやかな雰囲気の中に身を置くだけでも、私には充分楽しいものがあった。

 あと残った日数で訪れられる所は自ずと限られ、もう釧路には来られないことも私にはわかっていたので、私は今まで何度も来ていながら見ていない釧路の駅裏へ出てみた。表ほどのきらびやかさはもちろんないが、広い通りに通じる細い路地には、飲食街や商店が軒を連ねている。たいがいの店は時間的なものでもう閉まっていたけれど、昼間はそれなりに活気がありそうな感じだ。飯の方は、雨もまたぽつぽつときていたので、私は安全のために駅に戻って取ることにした。

 駅の掲示から、この前から寸断されていた深名線の開通見込みが二十二日とわかった。しかしそれを待っていたら、せっかくののんびり旅がかなりきつくなりそうだし、代行バスも出ているらしかったので、私は気にしないことにした。明日、札沼線深名線に乗りに行くか、層雲峡に行くかは、札幌に着いたときの天気を見て決めることにした。両方いい天気なのがもちろん理想だが、いい日と悪い日があるなら、いい日に層雲峡を訪れたいからだ。駅は特急が五十分遅れるなど、相変わらず混乱が続く。長い旅をしていれば、天気も乱れ、予定なんて狂うことも何度もある。「予定を立てるのも楽しいけど、立てた予定から実際がどんどん狂ってくるのも楽しい」という、旅好きの高校時代の恩師の言葉も、今の私には理解できる。ラジオのニュースに耳を傾ければ、今日は全国的に不安定な天気だったという。そら見たことか、不運なのは私だけではないのだ。香川の水不足も解消したという情報も耳に入った。しかしあんなにダイヤが混乱していたのに、今日の宿であるおおぞら十四号は定時に発車することができた。いつもより混んでいる気がしたけれど、なかなかやるなJR、と私は素直に感心したのだった。


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