山口・山陰(2001.8.2-19)


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 よく見れば駅前にある交番も蔵づくりだったりして、倉吉の美しい街並みの様子を予感させてくれるような雰囲気の倉吉駅前から、私はまず旧市街へと向かうバスへと乗り込んだ。駅の周囲でもそれなりに開けていた市街地は、西倉吉の旧市街へと近づけば、道幅は狭くなるけれど、小さな商店がほぼ隙間なく道の両脇を固めていくようになっていって、賑わいの密度がむしろより高まっていくように感じられてくる。

倉の並ぶ倉吉 15分程でたどり着いた旧市街は、すぐ外側を緑の丘に囲まれ、栄えた市街の中であってもどことなく、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出している。私は早くも暑くなり始めた倉吉の市街へと歩みを進めた。玉川という小川のほとりには白い壁の土蔵が立ち並び、朝日を受けてまぶしいまでに輝く街並みを演出している。商家の裏口に当たる蔵からその表側に回りこむと、軒の低い瓦屋根の古い家並みが、また古風な街並みを作り出している。もし涼しい気候ならば最高に気持ちよい朝の散歩になりそうな気もしたけれど、実際には暑すぎるほどなのが辛いところだ。暑さに耐えながら一通り土蔵群を見て回ると、どういうわけか公衆トイレまでが、後付ではあるものの土蔵風になっていたりもしている。

打吹公園から 市街を囲む深緑の丘陵の一つは、打吹公園として整備されていた。打吹城の跡ということだそうだが、建物はない。しかし周囲には自治体の施設が並び、今でも官庁街の中心をなしていることをうかがわせる。私はわずかな平地にできている小動物園から、その背後を固める山地へと分け入った。少し歩くだけで、街並みを見下ろす展望台が現れた。倉吉駅と思われる方角から流れてくる、明るい緑の河原を持つ川に沿って、倉吉の市街も川と一緒に流れてきているかのように、広々と平らに展開し、その両脇は低く連なる山並みに囲まれ、明るくすがすがしい眺めが広がっていた。西側の長谷寺近く、打吹城の出丸だったという越中丸へと回れば、そこからは市街の西側の展望が開ける。住宅で埋め尽くされる西倉吉の市街の上方には、岩盤の露出した山が山並みの中から頭をのぞかせている。間際から昨日見たものよりは当然小さいのだけれど、この倉吉も充分に、堂々とした大山の勢力下にあるようだった。

 こうして倉吉の市街の様子をだいたい把握した私は、再び山を下り、日陰を玉川に奪われている白壁の街並みへと戻った。それなりに商店もあるのだが、あまり活気が感じられなかったのは、もろに盆であるせいだと思いたいものである。古い街並みの中にあるバス停から倉吉の駅へと戻り、本当は東郷温泉や羽合温泉へも立ち寄ってみたかったけれど、交通の便を考えて今回は見送ることにして、私は素直に山陰線を東進する旅を続けることにした。帰省ラッシュかUターンラッシュかわからないけれど、まだ午前中であるにもかかわらず、倉吉のさほど広くもない駅構内は、優等列車の発着のたび大混雑に見舞われる。乗り込んだ快速列車とて例外ではなく、何とか席を確保することはできたものの、どことなくせわしない雰囲気の中に私は身を置かざるをえなくなってしまった。

 倉吉を出た列車はしばらく山間を走って行くが、松崎駅が近づくと突如田んぼの中へと躍り出た。そしてその田んぼの中には、趣味の悪い城郭のような建物が異彩を放つ。温泉関係の建物なのだろうか。東郷湖こそきれいに青々とたたずんでいたけれど、こんな趣味なのだったら無理に時間を作らなくて正解だったのかななどと私は考えてしまった。無論そんな風景が長続きするわけはないのであって、ごく一瞬のうちに列車は松崎を通過し、辺りの風景は再びのどかな田園風景へと戻っていく。泊を過ぎてしばらくすると列車は久しぶりに海岸と対面した。やはり日本海は、青く美しい。

 とりあえず海を見たかった私は、浜村駅で列車を降りた。貝がら節のふるさとであるという文字も見られる浜村には、温泉もあるらしいのだが、駅前に広がっているのは温泉街という言葉からイメージされる雰囲気を見出すことの難しい、何の変哲もない住宅街である。私は決して温泉街のメインストリートではない、住宅街を貫く太い道に沿って歩いた。道に従ってしばらく歩けば、迷うことなく海水浴場を訪れることができた。

浜村海岸 海に向かって左手を向けば、魚見台に当たる深緑でごつごつした突端が張り出すが、正面の海岸は白い砂が砂丘となって、対照的にどこまでも澄み渡るほど濃い青色を呈する海に接している。波も今日のところは穏やかで、白と青の織り成す明るい海岸の風景が、静かに展開する。もちろん海水浴場として成立するくらいだから客もそれなりにいるし、ごく小さな海の家もあったりする。そんな建物の陰に隠れるようにしてひとり海を眺めようとしていたら、海の家の管理人に目をつけられてしまったようだった。それなりに客もいるように見えても、サメの出没情報などもあって決して盛況というわけではないらしく、穏やかな雰囲気であるように見える分、商売としては厳しい状況であるらしいことも、しつこいばかりに誘いをかけてきた管理人の言葉の端々から、充分に感じられたのだった。

砂丘の上から きれいな海だったけど一人で海を眺めさせてはくれなかったことを残念に思いながら、私は街へと引き返した。暑いことは暑いけれど、潮風が入り込む分だけ、倉吉の街なかよりはましな感じがする。街なかには住宅街の裏山のように砂丘が存在し、その頂上は小さな公園となって、崩壊しそうな小さな展望台がひとつだけ、遊具に交じって存在する。上ってみれば、どこまでも青く澄み渡る海と、松林を境界線として海に接する街並みが一望のもとになる。しかしながら、広がる街並みの中には温泉旅館の類は数えるほどしかなく、あとは住居程度の小さな建物で埋め尽くされる。温泉街であるということがあまり感じられない街並みだなとは思ったが、高いところから見渡しても、この有様なのだ。砂丘を市街の方へ降りれば、普通の商店街の中に時々旅館や公衆浴場が混じっているから、ここに温泉があるということがうそではないことはわかるし、郵便局の周囲など駅に近い一部のところには古い家並みが残っていて、とりあえず街としては古いところなのだな、ということで私は納得することにしたのだった。

 私は午後になった浜村をあとにし、引き続き山陰線を東進した。列車はしばらくは山道を行ったが、宝木を過ぎてトンネルを越えると、ため池なのだろうか、青緑色の小さな池が黄緑色の草原の中へ現れ、また違った穏やかさが車窓に満ちるようになっていた。

 海水浴場としてもよく知られている白兎海岸へ、列車でのアプローチを薦めている記述は見当たらなかったけれど、とりあえず地図上では最寄であるような感じの末恒駅で私は列車を降りた。駅はあくまで小さくて、周囲の住宅街の中に飲み込まれているかのようなものだったけれど、一歩歩みを進めると、周囲には農地が広がった。やはりこの辺りは砂丘性の土地であるようで、田んぼなどはなく、生える葱の下に露出している土はむしろ白く、土というよりも完全に砂である。

 海の方へ向かって歩けばすぐに海沿いに通された国道へ合流する。私は海を右手に見ながら、白兎海岸を目指してひたすら国道を歩いた。海岸に出るだけなら適当に柵の間にでも分け入ればよくて、すでに砂がさくさくとして葉の厚い黄緑の植物が地を這う砂丘があり、そして前方にはどこまでも青い海が広がるのであるが、日陰の少ないところで、海を見ながらまったりとするわけにも行かなかったりする。盆のせいかやたらと交通量の多い国道をさらに私は、北海道によくあるコンビニであるセイコマートが現れたことを喜んで店内で涼しさを感じたりもしながら、海水浴場へ向かって歩いていった。道が高台に上れば、4つの島が浮かんでいて、そのうち一番遠くの島までの間に長い砂浜が連なっている様子、そしてその砂浜の末端に近いところにたくさんの小さな人影が散らばっていて、どうやら私の目的地がそこにあるらしいということがうかがい知れた。決して短い道のりではなかったけれど、私はとにかく、ひたすらと歩き続けた。

白兎海岸 鳥取の海はこの夏サメ騒動で大揺れだったらしいことを、各種報道から私も知っていたのだが、防護ネットの内側であれば大丈夫らしく、海水浴場としては有名どころの白兎海岸は、特に何があったということも感じさせない盛況を保っていた。この白兎海岸は因幡の白ウサギ伝説の舞台であり、国道沿いにある休憩所には立て札や白ウサギの像の類もあったりする。要はオオクニヌシさんっていい人なのねということらしかったが。しかしこの休憩所はなぜか誰にも使われていなかった。よく考えればなるほど、さんさんと夏の日差しの降り注ぐ中、日陰のないこの休憩所で休憩というわけにもいかないわけである。対照的に砂浜の上にある海の家は大賑わいだ。しかし水着を持たない私はどうしても海の家へ入り込む気にはなれず、もう少し頑張って歩いてみることにした。

 白兎海岸の終わりを告げるかのように海へ突き出す岩盤の上に展望台らしきものがあるのは、かなり遠くからでも確認できていて、そこを目指して歩いていけば道のりもさほど大変ではなく、私は容易に高台で休息をとることができるようになった。セイコマートの高台からは一番遠くに見えた島は、この岬から岩伝いにつながっていて、下界には客のたくさんいて繁盛する様子を見せる海水浴場が、さっき見たのとは逆向きになって、やはり一望のもとになる。そして、青い海と白くて長い海岸線に接する深緑の丘陵の中に、さっき買い物をしたセイコマートが遠くのほうに小さくしか見えないのを確認すると、ああ今日もまた歩いてしまったなあ、などという不思議な感慨に私は包まれてしまった。客が多くてモーターボートの音も鳴り響き、決して静かというわけには行かなかったが、澄み渡る青色の日本海は穏やかで、白く長く続く海岸にやさしくその手を差し伸べ、穏やかで美しい海岸の風景を作り出していた。下に降りれば間違いなく混雑した海水浴場なのだが、この展望台から見る限りは、群がる人たちの姿も、海岸近くで揺らめく模様でしかないのだった。

 はるか遠くに見えるセイコマートを通り越して末恒駅まで戻る気にはさすがになれなくて、私は海岸にあるバス停から鳥取駅へ向かうバスに乗ることにした。往路は延々と歩いた国道からバスはやがて離れていって、砂丘の畑の中を行くようになったが、やがて併走する線路の向こうに、湖山池(こやまがいけ)の湖面が見えるようになった。しばらくしてテープが鳥取大学に近いことを告げると、線路と道との間に突如街が形成され始め、もはや鳥取の市街と連続しているのではないかと思わされるほどの勢いで、車窓には人工的な賑わいがあふれるようになってきた。

 私は、鳥取県下最大の湖であると地元の民放が宣伝する湖山池を一目見ておきたくて、湖山というバス停に降り立った。単なる郊外の国道沿いとなるバス停付近には郊外型の大型店舗が乱立していたが、私はたぶん湖山池に向かっているであろうと思われる方向へ、とにかく住宅街の間の道を歩いた。詳しい地図があったわけではなくて不安に駆られることもあったけれど、しばらく歩いていると大きな水路のような川が見つかり、こいつは湖山池につながっているに違いないとばかり、私はその水路に向かってずんずんと歩みを進めた。やがて水路にかかる大きな橋が現れ、その向こうにようやく私は、大きな水溜りのような湖山池の湖面を確認することができた。もっと近づいて見られる場所はないだろうかと少し大通りを歩いてみると、パットゴルフ場や花壇、芝生の広場として整備された公園が湖岸に広がっているのが見つかったのだった。

湖山池 公園から眺めた湖山池は、池というには広いような気がしてしまうほど豊かな水量をたたえていた。周囲は大概湿地となって葦ヶ原になっているのだけれど、中には大きな島を浮かべる所や、美しい複雑な岸辺に囲まれる所もある。これといってすばらしい見どころがあるわけでもない普通の湖であるようだったが、夕刻に差し掛かり、あんなに暑かった陽射しも雲に隠れた今、吹き抜ける風は至って涼しく、耳を澄ませば秋の虫の鳴き声も聞こえ始めた公園は、穏やかに横たわる広大な湖山池のもと、のどかな安らぎの色を刻一刻と深めていった。

 住宅街の中の複雑な道をそのまま戻ってもよかったが、太い道に沿っていけば鳥取大学前駅にも行くことができるらしくて、私は大学関係の施設も現れる道を歩いて行った。しかしながら鳥取駅へ向かう列車には間一髪で行かれてしまって、次の列車までまだだいぶ間があることがわかり、私は再びバスの世話になることになった。バスは郊外型の大型店舗が乱立する大通りを進んだが、大きな川をひとつ渡れば、周囲は普通の大きな街と同じような住宅や商店の入り混じる街並みへと変わっていく。そんな市街の中心がありそうな方角を横目に見たままバスは進み続ける。もしやと感じたとおり、どうもバスは鳥取の市街を大回りしながら進んでいるようで、城跡への入り口や官庁街などをバスはこまめに経由していき、明日行くところを予習しておけとでも言うかのような車窓が続いた。なぜかセイコマートがたくさん見られる鳥取の市街は、駅が近づくにつれてその賑わいをさらに増していく。商店街はひさしつきのなお賑やかなものになり、道の渋滞もその賑わいに比例してひどくなっていく。ここまでの山陰の旅で、これまでのひどい渋滞は初めてのような気がする。

 ようやくたどり着いた鳥取駅は、山陰の中でおそらく一番大きな駅なのではないかと思うほどの立派なものだった。巨大な駅舎の前に広がる街もやはり巨大なものだった。街なかには浴衣をきた子がたくさん歩いていて、私のようなよそ者にも何か祭りがあるかのような感じを与えてくれる。さっきのひどい渋滞ももしかしたら祭りのせいだったか。私は夕食後少し歩いて、市街地にいくつかある公衆温泉浴場のひとつを訪れた。当然安価な銭湯料金である。年季の入った浴場は、丸い浴槽に、椅子はなく、浴槽から湯を直接とって床に直接座るようになっている。これが西の銭湯の方式ということでよいのだろうか。宿に戻る道をゆっくりと歩けば、夜空には祭りの花火が盛大に打ちあがった。どうやら、シャンシャン祭りというらしい。


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