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米子での2日目は、これまでと趣向を大きく変え、レンタカーを借り受けて大山の方へ足を延ばしてみることにした。まだ朝のさわやかな雰囲気に満ちている米子の市街は、私にとっては久しぶりのドライブではあったけれど至極快適だ。天気も上々で、すでに市街に臨んで堂々とそびえ立つ大山の眺望は感動的でさえある。特に日野川を渡るときには、川沿いに広がる平地にそびえる大山はあまりにも雄大な姿を見せてくれた。私はどこかで歩みを止めてゆっくりと大山を眺めてみたい衝動に駆られ、山陰線の伯耆大山(ほうきだいせん)駅へと立ち寄った。市街の賑やかなところからはずれた閑静な住宅街のなかの駅だけれど、駅前広場からの大山の眺めも、それはすばらしいものだった。
市街を抜けて大山道路へ入りしばらく走ると、道は緩い上り坂の連続となって切り通しのような道にもなってくるが、雰囲気そのものが普通の道とはどことなく違う感じがする。緑色の質が、普通の森よりも明るいのである。そしてどこを進んでいても常に雄大な大山が望める。私は展望駐車場が現れるたび立ち寄って、その雄姿に感動することを繰り返した。こうして大山への距離を縮めていくと、そのうち道は完全に森林に飲み込まれ、視覚ではあまり感じられないけれどアクセルをベタ踏みしないと時速40キロでさえ出ないことから感じられたそれなりの上り坂へと突入し、米子の市街からおよそ1時間、森を抜けると、私は大山寺の駐車場へとたどり着いた。
車を降りてみると、涼しいとまではいかないまでも、少なくとも下ほど暑くはないといった感じを受けた。大山はもう目の前で、坂を上りながらふと後ろを振り返れば、弓ヶ浜の長い弓なりの陸地と、その先の島根半島を擁する海も見えていた。山もさることながら、下界の風景もすばらしい。私は時々振り返ってそんなすばらしい風景を眺めつつも、大山寺への急坂の参道をゆっくりと登った。さすがに観光客も多くて多少の喧噪は気になるけれど、基本的には静寂な雰囲気に包まれる山寺だ。本堂は山の寺としてはとても大きく、はげたり褪せたりはしているけれどそれもまた落ち着いた渋い雰囲気を醸し出していて、再建したばかりの頃はきっと丹の色が鮮やかだったのだろうなと思わせてくれる。
私は大山寺の裏手をさらに登る「自然石の参道」へ歩みを進めた。鬱蒼とした森の中の登り坂は、最後には石段となって大神山神社の奥宮へ入る。長く広い石段の頂上にそびえる神社の建物は横に長く、古い木造そのままの柔らかい色の社である。神門は移設したときに表裏を間違えたままになっているのだそうで、昔の人もお茶目なことをしたのだなあと思うとなんだか微笑ましい気分にもなった。木々の間を吹き抜ける風が涼しくなってきたような感じを私は受けていたが、標高が高くなったせいか、はたまたここまでの登りで大量に書いた汗のせいなのだろうか。
大神山から、石段は残るけれど獣道と化した旧参道を私は下った。あまり歩きやすい道ではなかったが、しばらく進んでいくと、白い河原石がごろごろとした荒涼とした渓谷へと出た。賽の河原というありがちな名前だが、誰が作ったのかは知らないがやはりありがちな大量の石積みの塔も点在する。正面には大山の荒々しい岩肌が露出する。角閃安山岩というそうだが、もろくて崩れやすい岩盤で、今でも大山は絶えず崩れているのだという。下から眺めたときはあんなに堂々として見えていただけに、私は意外な思いがした。そして、賽の河原の間を流れている小川は、大きな2枚の岩盤の間へ流れていって、その先をのぞき込むと、滝のように一気に下へと流れ下っていた。金門と呼ばれているそうだが、岩が主体となる見事なまでに豪快な風景だ。
この辺りにはいくつかの遊歩道が巡らされているのだが、私は「僧兵コース」へと寄り道をし、階段道を登って寂静山(じゃくじょうざん)へと向かった。たどり着けばここからは、さっきの大山北壁の崩れつつある姿に加え、海側にも展望が開けていた。右前方に米子湾、左前方は中海、それら二つを隔てる弓なりの低い道は弓ヶ浜、そしてその先を延びる長くてごつごつとした島根半島。弓ヶ浜半島の根元は白い点のような市街の建物に埋め尽くされ、その隙間に明るい緑の田圃、そしてさらにそれを取り囲むように深緑の丘が広がる。あまりこの道に入り込む観光客は多くないようで、下の方からは大山寺の鐘が断続的に聞こえるけれど、静かな雰囲気の中、すばらしい展望を独り占めにできたことに何となくうれしさを感じながら、私はしばし歩みを止めたのだった。
私は大山寺の駐車場まで遊歩道を下って、ドライブに戻った。桝水公園までの道は起伏が激しくてカーブも多く、なかなかスリリングな道である。桝水公園付近の違法駐車が多かったのは多少閉口したけれども。私はいったん山を下ることにした。道は一転下る一方の快適なものになった。ほかの車もごく少ない。溝口インターまで降りて展望駐車場に止まり振り返れば、米子の市街からとはまた違う形の大山が、広がる黄緑の田圃の向こうに堂々としていた。さらに道を下れば、伯耆溝口(ほうきみぞぐち)駅の周囲に開ける街並みへと入っていく。さほど大きい街並みというわけでもなく、高架の道から下に下るだけで、川沿いに広がる緑ののどかな風景が広がった。そんな、のどかな河原とそれを包み込む山並みの風景が広がる溝口は、鬼と関係のある街であるらしく、駅や街並みにも鬼を模したトイレや電話ボックスが建ち、川に架かる橋は鬼守(きもり)橋、そして川の対岸にそびえる山の中腹には鬼の銅像が建つ。この街にも震災の影響があったらしく、早期復興を願うポスターや、工事中の箇所も見られた。
溝口の市街からは、市街の周囲を取り囲む丘陵の陰に隠れて大山は望めなかったけれど、大山方面への道へ戻ったとたんに、また雄大な姿が望めるようになった。私は同じ道を引き返し、さっき通過した桝水公園へと向かった。同じ道ではあるけれど、事実上進行方向の景色しか満足に見られないドライブにあっては、全く初めての道に来たかのような感じを受けてしまうものだと、雄大にそびえる大山が語っているかのような感じもする。
桝水ヶ原は、雄大な大山の麓に広がる芝生だった。明らかに冬はゲレンデになっている所を開放したものだということがわかる。私はスキー用のペアリフトでゆっくりと、ゲレンデの頂上を目指した。リフトの終点にある展望台からの風景は、絶景と言うよりほかになかった。寂静山からの風景でも私はかなり感動していたけれど、ここからの見晴らしはそれ以上だった。弓ヶ浜、中海、そして島根半島が、何にも邪魔されることもなく横たわり、そのすべてが外海に続いていた。地図で見たそのままの形が、目前に大きく広がっていたのである。陸地の方も、米子近辺に存在するすべてのものを我がものにできたのではないだろうかと錯覚させられるほどの広々とした平地の風景を作り出していた。心なしか吹く風も涼しい。すばらしいドライブになったとすでに午前中から何度も思わせてくれている大山である。天気も良く、私は本当にすばらしい日に訪れることができたような気がしていた。
私は引き続き車に乗り込んだ。桝水から鏡ヶ成(かがみがなる)へ向かう道は峠越えの鬱蒼とした白樺林だった。途中、一の沢から三の沢まで崩落した岩石の流路があった。そこだけ森が途切れ、道路にも白い粉塵が積もり、道路脇には岩石の白い世界が広がっていた。白い世界の向こうにのぞく大山は、桝水から見えた緑色の姿とは全く異なり、灰色の岩盤の露出した荒々しい姿となっていた。再びしばらく進むと、かぎかけ峠にさしかかる。小さな駐車場は結構な混雑だったが、大山は荒々しくぎざぎざの山頂を持ち灰色の山肌を見せ、またも独特のすばらしい姿をさらけ出している。道はさらに険しくなり、緊迫感あふれるドライブを続けると、隣にそびえる烏ヶ山(からすがせん)が姿を見せた。大山ほど大きくはないけれど、烏ヶ山の姿もまた美しい。
ここからは鏡ヶ成はすぐだった。ここも、背丈の低い草に覆われて樹木のあまりない風景が印象的な高原だ。周囲には烏ヶ山と、芝生で覆われた丸い山とが好対照をなし、美しい風景が展開している。山裾はなだらかな曲線を描き、芝生の草原を取り囲む。ちょうど昼時だったので食事をとったが、暖まった体で再び外に出た私は、高原の風の涼しさを再確認することになった。
ここからは笹に覆われた明るい山道が続いた。間もなく県境を過ぎ、私は岡山県へも足を踏み入れることになった。すぐに現れた鬼女台展望所からは、大山の灰色の山肌が、烏ヶ山の尖った姿と並んで見られる。そして眼下には蒜山(ひるぜん)高原が、遠巻きに山並みに囲まれた中に、広々とした緑の大地を作り出している。私は再び車を進め、その蒜山高原へと向かった。
蒜山高原では、白樺の丘の麓にジャージー牛の放牧地が広がり、のどかな酪農地帯の雰囲気をそれなりに感じることができるのだが、実は案外涼しくないんだなあと私は感じてしまった。日射しがあまりに強すぎるせいなのだろう。人や車も多くて、しっとりとした雰囲気に浸ろうと考えると、林の中の木陰を巡ることしかできなくなってしまうのである。ジャージー牛乳にソフトクリームと、不足していた乳製品の大量摂取のために訪れたのだというくらいにしておいた方がいいような気がして、私はしばらく、駐車場に付属する売店を物色していたのだった。
隣接する遊園地の脇の道を通れば国道482号に合流し、米子へ戻る高速に乗らずに一般道をひたすら走れば、県境付近にはまた、背の低い草で覆われた明るい緑の道となって、私はそのまま鳥取県へと戻ることになった。しばらく山道を下っていくと、道案内が「かまこしき渓谷」への分岐点であることを教えてくれた。分け入ってみれば、ダートの果てに駐車場となっている小さな空き地があって、そこからは歩いていくようになっていた。600mという数字だけだと大したことはないように感じてしまっていたのだけれど、実際に歩いてみるとアップダウンの激しい、洒落にならない辛い道だ。その上遊歩道に対してせせらぎはかなり低いところを流れているようで、川が岩を砕くような轟音は辺りに響くのだけれど川面はなかなか見られない。渓谷という言葉から想像した風景になかなか出会えないもどかしさを感じながら、私はただ雑草の生い茂る深い森の中の道をひたすら、息を切らしながら進むことしかできなかった。
一番の見せ場である終点の「かま」「こしき」へはさすがに間近へ降りて見られるようになっていた。2段の滝の「かま」は一番下に、「こしき」は中段に穿たれたポットホールであるといい、流れ下る水のつくる風景はとりあえず涼しげな感覚を与えてくれる。ここまで降りてきてしまうともはや高原の涼しさはなくてむしろ暑いだけだったのだが、私は涼しげで珍しい風景を見ることができたことをとりあえず喜ぶことにした。それにしても帰りの遊歩道のきついことといったら! 往路でさえ大変だったのに、急激な登りとなった復路と必死に戦わざるを得なくなった私は、駐車場に戻る頃にはもう、息も絶え絶えになるかのような疲労感に包まれてしまっていたのだった。
とりあえず車の冷房に当たって多少は復活し、あとは最後の力で米子の市街への帰路を走るだけであった。国道482号を西へ進めば、田園の中の快適な下り坂が続いていく。最後の九十九折りをこなし、国道181号に合流する寸前、江尾(えび)駅の周囲の市街が現れた。国道沿いはむしろのどかな風景であったが、駅の周囲はそこそこの街並みになっている。もっとも盆のせいか、にぎわいを感じることはなく、市街地はあくまで静かにたたずむのみ。そして国道181号に合流し、私は山懐に抱かれた渓流に沿う道を、一路米子へ向かった。さっき立ち寄った溝口を再び通過すると周囲は険しい山道という雰囲気からのどかな田園の雰囲気へと変わっていき、そして岸本町を過ぎると、完全な市街地コースへと変わった。車のスピードは落ちてしまったが、米子市に戻れば道は2車線となり、私は最後まで、快適なドライブを楽しむことができたのだった。
車を返してしまうと、米子の市街はなおのこと暑いところであるような感じがした。私は夕方になっても暑い米子の街をあとにし、山陰線の上り列車に乗り込んだ。列車は左に市街、右に田圃を見ながら、真正面に雄大な大山を見据えて走る。朝すばらしい大山の景観が広がった橋を今度は列車で通過する。列車から見られた大山の姿もまた、すばらしいものであった。伯耆大山駅は大山への玄関口であるとはされていないのだけれど、この駅をあえて大山駅というのも納得がいくというものである。伯耆大山駅を過ぎても右手にはずっと、雄大な大山がその姿を現し続けた。大山に見とれ続けていたら、左側の車窓にも、遠くの方に海の姿が見られるようになっていた。
今日一日を楽しく過ごさせてくれた大山にちなみ、私は大山口駅に敬意を表して途中下車していくことにした。田圃が一面に広がる中に突如現れたような駅で、周囲の市街の規模もたかが知れているし、駅の営業も間一髪で終わってしまって駅舎もひっそりと静まり返っている。しかし辺りが薄暗くなっても、大山の北斜面は明るいときと同じように堂々と奥にそびえている。見晴らしの良さでは伯耆大山駅にかなわないと思うけれど、ここもやはり、大山の駅なのだなあと、さほど長くない滞在の間私はそう感じながら、駅の周囲をゆっくりと歩いていたのだった。
私は引き続き山陰線を東へ向かった。やがて左側の車窓には、海がほど近くに見えるようになってきた。名和という駅には黒い瓦の重厚な家並みが隣接する。後醍醐天皇にゆかりのある土地であるらしく、史跡も多くありそうな感じだ。ワンマン列車の運賃表には浜坂までの駅名が現れてきて、この長旅も先が見えてきたかなと、私はしんみりとした気持ちになった。いかに長旅と言えど、出てしまえばあっと言う間、本当の長旅とは先の見えない旅のことなのかもしれないなあ、などと思いながら……。車窓には田圃とともにトウモロコシ畑も広がる中、列車がゆっくりと歩みを進めるに連れ、日はだんだんと低くなり、大山もだんだんと小さくなってきた。頂上には雲がかかってしまい、もう長くは望めなさそうである。今日一日、いろいろな美しいものを見せてくれた大山に、ひたすら感謝する旅路となった。
やがて列車は、完全に夜になった倉吉駅へとたどり着いた。本当の市街はここから離れたところにあるという予備知識があったから、駅の周囲はどんなものなのか不安だったけれど、それなりににぎわいがあって私はほっとした。駅にほど近い宿へたどり着き一晩を過ごしたが、冷房の利きが悪いというハプニングに遭遇し、クレームを付けたらフロント側の設定ミスであることが判明、お詫びにと冷たいビールとつまみのサービスが。今日一日車だったので地ビールやワインの試飲を我慢せざるを得なかったことに対するご褒美も、もしかして含まれているのかも……。