1.倶利伽羅峠(3.21) / 2.厳門(3.22) / 3.ヤセの断崖、総持寺門前(3.23) / 4.輪島、曽々木海岸(3.24) / 5.禄剛崎、珠洲飯田(3.25) / 6.九十九湾、縄文真脇(3.26) / 7.宇出津、中居(3.27) / 8.穴水、能登鹿島(3.28) / 9.能登島(3.29) / 10.七尾、大境(3.30) / 11.氷見(3.31)
1日を能登島で過ごしてみようと決めた今日、しかし天気は曇り空となり、午後からはまた雨になってしまうという。春の天気はなかなか安定しないものである。しかも手持ちの時刻表に乗っていたバスの便が実際と全く違う時間になっていて、私はいきなり出鼻を挫かれることになってしまった。そのとき私の目に飛び込んできたのは、レンタカー屋の看板であった。そのまま次のバスを待って能登島に上陸したところで行動範囲が限られてしまうのは目に見えていたことだし、私はレンタカーを手配して1日ドライブとしゃれ込むことにした。
まずは足慣らしを兼ね、私はまだ訪れていなかった和倉温泉の温泉街へと車を走らせた。和倉温泉駅からは工場の建つ広い道を少しだけ走ればすぐに着くことができて、たくさんの大きなホテルが細い路地の方にまで所狭しと密集する様は、さすが有名どころといった風情である。能登島を望む海沿いには公園もあったりするのだが、駐車場も多いように見えてホテルの宿泊客専用になっている所ばかりで、私のようなパターンの旅行者にとっては案外難儀する所だなという印象も私は持つことになった。
温泉街の中心からは少し離れてしまった所にやっと見つけた駐車場に私は車を止め、温泉街を軽く散策することにした。たくさんのホテルに囲まれるにぎやかな雰囲気の中に存在する源泉にはそれらしく飾り付けがされていて、飲んでみることも可能だったのだが、かなりしょっぱい感じがして、私には一口しか飲むことができなかった。近くには公衆浴場もあることが確認でき、とりあえずまた夜にでも風呂に入りに来ることにした。
波止場の公園へ出ると、雲に覆われて青白い表情を見せながらも、穏やかな海の向こうには正面に能登島が大きく横たわっていた。島の左手には昨日列車で追いかけた斜張橋、中島ツインブリッジが架かり、そして右手には、海の上になだらかにサインカーブを描くような能登島大橋が架かっている。天気は決してよくないし、海岸線は完全に整備されて固められてしまってはいるけれど、美しい海の風景が確かにここにある。
他に能登島大橋や温泉街をよく見渡せる場所はないかと、私は車に戻って、温泉街の裏山に通された松林の細い道を走ってみたり、あるいはそんな山の中腹に切り開かれた住宅街の中を走ってみたりもしたのだが、海面が垣間見られることはあっても、なかなか絶景とまでは行かないものだった。そんな住宅街のはずれにある和倉公園で私は再び車を休めた。松などの雑木林の中に四阿と歩道を整備しただけで、散歩の休憩にはよい所かもしれないが、特に展望があるわけでもない。
高所からの展望をあきらめ、私はできるだけ能登島大橋に近づいてみることにした。温泉街を抜け、道案内に従って広い道を行けば私はすぐに橋のたもとにたどり着くことができた。予想通り橋を眺められる小公園も整備されていて、私はまた車を止めて周囲を少し散策することにした。温泉街からは遠景としてとらえられていた能登島大橋は、間近で見るとかなり長く、そして遠くからも見えたとおり、不思議な上下のカーブを描いている。車の往来もそこそこ多くて、景色というよりも実際に働いているものとして海の上に堂々と鎮座する。その大きさは、対岸にある大きいはずの能登島を完全に隠してしまうほどだった。能登島の海岸線も崖になっているようで、橋の先は白い崖の上の緑の森の中へと吸い込まれているかのようになってるが、その橋の下の海は特に荒れることもなく、静けさを保っている。風速20 m毎秒で通行止めになるそうだが、現在はほんの1 m毎秒だと、電光掲示が語りかける。この橋は歩いてわたることもできるようで、能登島を浮かべる海の風景を楽しむならそれが最も正解に近いような気もしたが、バス旅にしていたら今このように橋のたもとで立ち止まってのんびりと橋を眺めることはできなかっただろう。
私は再び車に乗り、脇見をしたくなるのをこらえながら青い海の上を渡す橋を走り、今日1060台目の車として能登島へと上陸した。とりあえず左回りに島を一周してみようと私は車を走らせた。海岸沿いに出たり、山道に入ったりの複雑な変化を見せる道だったが、海沿いに出れば、私がさっきまでいた和倉の温泉街が湯煙を上げている様子が対岸に見られてきた。そんな景色を楽しみながら進めば車での移動というのはあっという間で、能登島とのと半島を結ぶもう一つの橋であるツインブリッジ、中島農道橋へ、私はすぐにたどり着くことができた。
私はいったん橋を渡って能登半島側に戻り、整備されていた休憩所に車を止めた。中島ツインブリッジは能登島大橋と比べて距離も短いので、能登島も島というよりは川の向こう岸であるかのような、かなり身近に存在している感覚である。橋自体も斜張橋で、背の低い能登島大橋よりも見ようによっては堂々とした風格を持ち、それにもかかわらずたもとにはカラフルな小さな花の咲く畑が広がり、農家のおばちゃん達も作業にいそしんでいて、「農道橋」という名前も嘘ではないことをうかがわせるかのような、のどかな雰囲気がそこにはあった。たもとの園地も能登島大橋の方より規模は小さいけれど、こぢんまりとしていながらどこからでも橋を大きく眺められ、橋というものに対して親しみを持ちやすい感じがした。殊に、橋の向こうにすっかり小さくなってしまった能登島大橋や和倉の温泉街が見える景観は主客転倒の感じもあり、私には愉快な風景であるかのようにも思えてきた。
引き続き私は、中島ツインブリッジから島に渡った363台目の車として島に戻り、時計回りのドライブを楽しんだ。ずっと海岸沿いに進むことができればよいのだが、北西に飛び出している通、田尻の半島へは海沿いに進むことはできない。それだけ険しい海岸なのだろうなと私は想像しながら、むしろ森林の中の道を進むと、やがて道は島の北岸沿いへと出た。いくつかの入り江に出れば、七尾北湾ということになる海原のだいぶ先には能登半島の本体が延びていて、灰色ではあるが穏やかな海が開ける。私は田畑や森林と入れ替わり立ち替わり現れるそんな入り江で、前後に車がいないことを確かめながら立ち止まることを繰り返すドライブをしばし楽しんだ。
やがて道は、この島随一の観光地である能登島水族館へと続いていった。別に独りで水族館に入ろうとはほんの少しも思いはしなかったが、この辺り、海沿いの一番よい景観の場所を水族館に奪われてしまっているような感じになっているのが私には悔しい気がした。時間的にちょうど昼飯時だったこともあって、私はそこそこに人出もあってにぎやかなたたずまいの水族館に付属するかのように立ち並ぶ食堂街へと立ち寄ることにした。
柵の間から水族館の敷地に広がる海を垣間見ればやはり、沖合に小さな島をいくつか浮かべ、対岸を穴水方面の能登半島の本体に囲まれ、天気が崩れると言っていたのに暑いほどの陽気の中、やはり穏やかに青くてきれいな海岸線を作り出す。そして水族館の周囲のみで移動していると見落とすところだったが、駐車場は1ヶ所だけではなくいろいろな所にあって、高台にある駐車場を選べば、車からでもそんな七尾北湾の様子を広々と一望のもとにすることができたのだった。右側は外海に開けているようだったが、それ以外青黒い陸地に囲まれ、いくつかの島を抱えた海原が、やはり穏やかに横たわっていた。
午後になり、私は引き続き車を走らせた。島の北東岸はおおかた七尾北湾に沿って走ることができる快適なドライブとなった。険しい丘陵が海岸へ迫り来て、多少入り組んで白い岩肌のむき出しになる岩礁もあったが、道は概して海岸沿いか、又は水が入ってあぜ道が細長い島であるかのように見える田んぼの間を通っていく。
北東岸の先端には、祖母ヶ浦(ばがうら)という変わった名前の集落があ
った。小さな漁港が開け、回り込むように進めば、それまで対岸に控えていた能登半島の本体は遠ざかり、海原の向こうには立山がうっすらと雲のように浮かび上がるようになった。すなわち、接する海の名前が七尾北湾から富山湾に変わったわけである。その境界付近にあたるのが、八ヶ埼という海水浴場だった。もちろんこんな春先では人がいないのは当然だけれど、水族館のにぎやかさに比べるとえらい寂しい所に来てしまったかのような印象さえ私は持ってしまった。まだ田畑の耕作も本格的ではないし、漁港にも動きはなく、横たわる海も若干さざ波が立つ以外は至極穏やかで、時の流れを感じさせない場所がここにもあるといったような、きわめて静かな所だった。
八ヶ埼をあとにし、私は能登島の東岸を南下した。東岸は意外と海に沿う道は少なくて、遮るものの何もない海が広がる時もあるにはあるが、基本的には内陸の小さな市街や田畑、森の間を進むことの方が多い。そして島の南東端にあたる野埼という所を過ぎると道は島の南岸を進むようになっていく。見られる海の名前は七尾南湾に変わり、対岸には今度は七尾の市街を乗せる陸地が延びてくるようになった。
再び陸地に囲まれた穏やかな海を眺めながらのドライブになるのかと思いきや、道はむしろ険しい山道となってしまい、次に海と出会うことのできたのは、能登島町の町役場を通り過ぎてから、マリンパークという、海岸沿いに整備された休憩所のような施設に寄り道をした時だった。やはり複雑に入り組む海岸線であったが、立ちはだかる七尾市までの間に横たわる七尾南湾は、白い崖に接しながらもいくつかの小島を浮かべ、きわめて穏やかな姿を見せていた。穏やかな海の風景は今日も何度も見てきたけれど、七尾北湾と違うのは、対岸の陸地に工場の煙突のようなものが多くみられるということだった。
空模様はここにきて急に暗くなってきた。誰かが言っていた「3時から雨」という予報が大当たりになりそうな陰鬱な気配の中、私は少しばかり島の南岸を進んだ。もっともここからは能登島町の中心の市街地の中を行くようになってしまって、道はまもなく能登島大橋のたもとの森の中へと入っていって、次に海の姿を見ることになったのは、能登島大橋の上からであった。とりあえず無事に能登島を一周できたことを、私は独りで喜んだ。
みるみるうちに雨も降り出し、気温も下がっていく中、とりあえず返車までの期限があと数時間残っていたので、私は七尾の市街にある七尾城趾を目指すことにした。和倉温泉から七尾のかなり開けた市街地までは交通量も多くて、島内でしてきた快適なドライブというわけにはいかなくなってしまったが、そんな市街地を通り抜けて、城趾への登山口を入れば、とたんに細い道がカーブを繰り返す険しいドライブへと変わることになった。松林のうっそうと茂る、無数のヘアピンカーブの続く山道を何度もハンドルを切って進めば、高度もみるみる間に高くなっていった。そしてこの荒れ模様の天気の中でも、一足早く山桜はその小さな花をちらほらと開き始めているようだった。やがてたどり着いた城山の駐車場に車を止めれば、丘陵に囲まれる三角形の平地の中に小さな建物が密集している下界の七尾の市街地の様子がとても小さな地図のように、遙か彼方に霞んだまま広がっていた。
七尾城はだいぶ規模の大きな山城だったようで、石垣も立派なものが残っているし、そこへ至る階段もかなり急なものだった。しかも本丸やら二の丸、三の丸などの跡が、森林に囲まれながらかなりの広範囲にわたっているのである。しとしと雨にぬかるみつつある歩道のコンディションはとても全てを訪れられるほどの状況にはなく、私はとりあえず一番登りやすそうな本丸だけを訪れることにした。高い石垣の上に登ってみれば、ここからもまた、七尾の市街地を広い範囲まで見渡すことができた。さっきまでいた能登島も、海をはさんで横長に横たわり、霞んではっきりは見えなかったけれどさらにその向こうには能登半島の本体らしきものも見られて、能登半島の鎌首にはまりこんでいるかのような能登島の位置関係がよくわかる。地図で見た能登島の位置関係が、そのまま目の前に実際に再現されていたのである。まさに壮観、という以上の言葉を、私は強くなりつつある雨の中、見つけることができずにいたのだった。
私はさらに車を少しだけ走らせ、城山展望台を訪れた。櫓に登ってみれば、七尾の市街は何にも遮られることなく、ダイナミックに目前に広がった。七尾の名のもとになったという城山の7つの尾根のうち、菊尾、亀尾の麓と、能登半島の本体から来る丘陵との間に挟まれた海に開く三角形の平地の、特に海側には小さな建物がびっしりと密集して、山寄りでは建物の間を田んぼが埋めている。ここから見る限りかなり大きな都市であるように見える七尾の市街の海側は直線的に固められた港を持ち、遠くの方で橋で半島と結ばれているさっきまでいた能登島が、真ん中だけ低いひょうたんのような形で、雨に煙って灰色になりながらも辛うじて白い霧の世界に存在を示している。そういえば島内に点在していた「カンパーク」なるゴミ箱には「ひょっこり能登島」なんていうフレーズが添えられていたけれど、今ここから眺めることで、その言葉が私に生き生きとよみがえってきたのだった。
すかっと晴れなかったことは残念だったけれど、思い切って車を借りて正解だったと思わされる景観を私はしばし満喫することができた。今日いろんな種類の景色を見せ
てくれた能登島はあれなんだよと、指をさせる格好で今日の旅を締めくくることができたことが、私にはうれしかった。山から市街地へ下る道は海に正対し、時折広がる広々とした市街の風景に足を止めつつゆっくりと下っていけば、やがて車は下界と同じ高さにまで戻り、あとはひたすら市街地を進むのみとなったのだった。
和倉温泉駅前で1日酷使した車を返却し、私はバスに乗って再び、夕方の雰囲気となった和倉温泉街を訪れた。朝と違い湿度も上がり温度の下がった街なかでは、排水溝からも湯気が立ち、元湯では朝よりも激しく湯気が、まるで煙のように立っていて、朝見たのと本当に同じ場所なのだろうかと私は不思議にさえ思ってしまった。あまりにしょっぱい源泉の味は一緒だったわけであるが。適当に温泉街の中の小さな店で食事をとり、再び元湯を見たら、火が点っていてさらに幻想的な雰囲気を、夜の温泉街の中に示していた。私は銭湯料金で広々とした浴槽や露天風呂にはいることもできる総湯を最後に楽しんでいった。何でもない缶ビールのうまかったことといったら!