能登半島(2002.3.21-31)


1.倶利伽羅峠(3.21) / 2.厳門(3.22) / 3.ヤセの断崖、総持寺門前(3.23) / 4.輪島、曽々木海岸(3.24) / 5.禄剛崎、珠洲飯田(3.25) / 6.九十九湾、縄文真脇(3.26) / 7.宇出津、中居(3.27) / 8.穴水、能登鹿島(3.28) / 9.能登島(3.29) / 10.七尾、大境(3.30) / 11.氷見(3.31)

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 昨日とはうってかわって、爽やかな朝となった。窓から見える入り組んだ穴水湾も、朝陽を浴びて美しく輝いていた。私は朝の穴水の海や街並の雰囲気を満喫すべく、再び宿を後にして歩き旅を再開した。

 宿が乗る丘の海岸へは、階段道を降りることで容易にたどり着くことができた。この丘の海岸沿いは、潮騒遊歩道としてきれいに整備されていた。常緑樹の森にはヤブツバキの花が彩りを添え、曲がりくねって延びていく道はこの地形の複雑さを示しているかのようだった。そして朝の太陽に照らされた海はどこまでも青緑色に透き通り、波もほとんど立たないので、聞こえる音はきわめて遠くからの漁船の音と、時々聞こえてくる鳥の声のみの、静かな世界が広がっていた。

穴水の海 ある時には対岸すぐ近くに隣の陸地があったり、またある時には広々と海原が広がるけれども遠くの方には防波堤のように青い丘が横一直線に伸びていたり、また複雑な形になった緑の丘が、手の指を広げたように青い海に突き出していたりと、私は歩き進むたびごと様々な表情の海岸線を目にすることとなった。水平線が見えるところはなくて、それがいかにこの海が入り組んでいるかを物語っているかのようでもあった。日射しは暖かく、時折吹く風は心地よく、時の流れを感じさせないかのような、のんびりとした雰囲気に周囲は包まれていたのだった。

 ヤブツバキの森が美しい北電の保養所の下が遊歩道の終点であり、港をはさんで対面にさらに突き出す岬の先にはまた、ボラ待ち櫓がたたずんでいた。昨日中居で見たのはなんだか嘘くささを感じたものだったけれど、特に手の入っていない海岸に立つそれには、どことなく本物の匂いが感じられた。きれいな海岸線は穏やかな気候のもと、伸びとあくびの似合う雰囲気を醸し出していた。

 静かな青緑に透き通る海を眺めながら、私は遊歩道の起点のヨットハーバーまで戻り、昨日痛む足を引きずりながら宿へ向かって歩いた、深緑の山並みの麓の道へと戻った。道沿いには長谷部神社という大きな社が断崖の下にたたずんでいる。境内の梅の花が背景の深緑の森に映え、穏やかな春を感じさせてくれる社だ。近くには穴水城址公園入口の案内があった。中に入れば急坂を登らなければならないのは誰の目にも明らかだったので、中へ進むかどうか迷ったのだが、足もだいぶ楽になっていたので私は登山を決行することにした。

穴水城趾 私は予想したとおり、杉の森の山にある急な階段道を登らされることになったが、頂上は案外近いところにあった。石垣や建物は一切残っていないのだが、いかにもいろいろな櫓が建っていた跡であるといった感じの、数段に分かれた平らな芝生の広場が存在し、それを取り囲むように桜の木が植わっている。もちろんまだ開花はしていないのだが、つぼみの先にはピンク色の花弁がのぞき始めていて、あと少し陽気に包まれれば一気にほころびそうな気配である。もうすぐ能登にもきらびやかな桜のシーズンが訪れることになりそうだ。桜の咲かない今でも、桜の木には小鳥たちがちょこちょこと遊びに来て、やはり開花を待ちわびているかのようだ。そして、そんな春を待ちわびているようなステージのもっとも崖よりに設置されているベンチに座れば、桜の木の間からは下界に広がる穴水の市街地、そして複雑な形の陸地に囲まれた青緑色の澄んだ海が見渡せた。市街の方からはにぎやかそうな車の往来の音も聞こえてくるが、海の方は至って静かだ。遠くの海には、牡蠣の養殖場なのだろうか、たくさんの小さな浮きが整然と浮かんでいる。やはり登ってきてよかったと思わせてくれるような、春間近の景色に出会うことができたことが、私にはうれしかった。

来迎寺 城跡からは町役場へ下る道もあり、直接にぎやかな市街地の中へと入っていることもできた。私は市街地を貫くように歩き、穴水の駅前も通り過ぎ、線路の西側へ回り込んだ。市街地は程なく途切れて、道は林の中へと続いていく。道沿いの民家には咲き誇る梅の花に紛れるように、一つだけ開いている桜の花も見つけることができた。道は街を囲む緑の丘陵と丘陵との間に入り込むように延びていき、その崖の麓に来迎寺という比較的大きな寺がたたずんでいた。くすんだ木造のお堂は立派な瓦屋根を要する大きな堂々とした建物である。庭園が有名な寺らしかったが、お堂の入り口は閉まっていて人の気配も感じられず、私には柵から木の蔭越しにのぞき見ることしかできなかった。どうやらこぢんまりした庭園らしかったが、まだ奥にも続いているのかもしれず、私はむしろこの寺自体の、崖の縁にあって薄暗い中に堂々とした落ち着きを与えてくれる雰囲気を味わうのみだった。

 私は再び市街地に戻り、昼食を求めて商店街をさまよった。この街では、「まいもんまつり冬の陣」という催しが行われていて、加盟店では牡蠣料理を食べることができるようになっていた。牡蠣の養殖場らしきものはこの旅でもこれまでにいくつか目にしてきていたからうってつけだったわけだが、一番手頃に入れそうな店がなぜかそば屋で、そば屋に入りながらそばを食っていかないというのはどうなのかしらと私は少し迷いもした。しかし実際牡蠣フライ定食を頼んでみれば充分うまいものだったし、隣の炉端からは焼き牡蠣のよい匂いも漂ってきて、春の気配を感じながら冬の名残をいただくのもまた一興かな、などと私は感じることができたのだった。

 午後になり、この先は七尾線ということになるのと鉄道の上り列車に乗り込み、私は能登半島の東岸を南下する旅を開始することとなった。列車は複雑な穴水の入り江の最奥部をかすめると、竹藪の繁る山道へと分け入っていく。相変わらず海岸線は複雑で、列車は一山越えるとまた青い海に沿うようになる。やがて、その青い海にまたボラ待ち櫓がたたずんでいるのが目に飛び込んできて、列車は程なく能登鹿島駅へと到着した。

 能登鹿島駅は桜の駅と言われているらしく、ホームにせり出すようにしてたくさんの桜の木が枝を伸ばしている。やはり色づきはじめたつぼみがたくさんついていて、まだ咲いてはいないけれど、穴水城のと同じで、あと少しといった感じである。駅自体も海に面していて、ホームからも青々とした海原が一望できる。爽やかなまでに青いその海は、少し離れたところに陸地を浮かべていて、斜張橋でこちらの陸地とつながっているようだったから、おそらく能登島ということになるのだろう。こうしてみるとかなり大きな島で、真ん中だけ少しへこんだ横に長い陸地だ。

 私は列車から見えたボラ待ち櫓を求めて、来た道を戻るように海沿いに歩いてみた。交通量の多い道であったが、ガードレールの下にはすぐに海藻の揺らめく青い海が控えていて、常に広々とした海原の風景と共にある。少しだけ波も立っているようだが、それでも充分穏やかであるように見える海は、能登島や、能登半島の本体である穴水の方向に向かって延びる深緑色の丘陵に囲まれている。車で走り抜けても気持ちよいドライブになることは想像に難くないし、こうやってのんびりと歩くのも、この上なく爽快な気分だ。

ボラ待ち櫓 駅からすぐというわけにはいかなかったけれど、私はただ広々と広がる青い海原の風景を楽しみながらひたすら歩き、ようやくボラ待ち櫓にたどり着くことができた。ここのボラ待ち櫓は見事にこの、のどかな春の海の風景にとけ込んでいるように私には感じられた。確かにライトアップの装置もあるし、マネキンだって鎮座しているのだけど、昨日の中居のがコンクリート護岸とポケットパークにすぐ隣接し、まるでその付属施設であるかのような嘘っぽい様相を呈していたのに対し、ここのは同じように形成されている休憩所からは少し距離を置き、しかも少し沖に離れて海藻の茂みの上に立っているような感じになっているので、少しは本物らしく私には見てとれた。昨日の冬のような寒空とは違い穏やかでのんびりとした晴天のもとであったというのも、そのように見えた大きな理由の一つなのかも知れない。もともとこのボラの漁法は、仕掛けた網の中に入ってくるのを上からじっと見張っているという、なんともまったりとしたものだったらしいから、今日のような穏やかな天候にこそ、似合う風景だということも言えそうだ。

鹿島の海 駅からの距離が予想以上に長かったせいもあるが、あまりにのどかな春の陽気に負けて、私は休憩所でただのんびりとボラ待ち櫓の浮かぶ海原を眺めながら、列車に戻る予定を一本遅らせることになってしまった。能登島の向こうにはまた立山か白山か、雲のように浮かぶ白い山並みが現れてきた。風が出てきて少し海面にさざ波が立つ中、私はまた海沿いに歩いて能登鹿島駅へと戻っていった。鹿島の集落には、隣接して少し沖合にせり出すように田んぼが広がり、その中に鹿島神社が、その周囲だけに生い茂る樹木と共に島のように浮かぶ。その島のような神社の裏手に回り込むように海沿いを歩けば、海原の風景はより大きく、海に浮かぶ能登島もより近づいて、まるで海の上を歩いているかのような心地よさを感じることができたのだった。能登鹿島駅に戻れば、まもなく行われるらしい桜祭りのぼんぼりを取り付けている最中だった。もう少しすれば、今は無人駅でひっそりとしているこのプチ洋館のような建物も、満開の桜に囲まれて華やかになるのだろう。

 のと鉄道の旅もいよいよ大詰めとなり、私は引き続き、海沿いの複雑な地形を進む七尾線を南下した。列車は時には海にぴったりと寄り添い、また時には高台から大海原を見下ろしながら進んでいく。小さくしか見えなかった能登島に架かる斜張橋も、だんだんと大きく見えるようになってきた。手前の海にはまた牡蠣の養殖場らしき黒い浮きが浮かんでいる。西岸を出てしばらくすると、しつこく陸地に食い込んでいた海からは離れ、列車は杉林や落葉樹や笹の生い茂る山道へと進んでいった。時折狭く切り開かれた田んぼや畑も見られるが、しばらくはうっそうとした雰囲気の山道が続いていく。そして能登中島に近づくと、列車は一気に広々とした田んぼの中へと躍り出た。いつの間にか、それまで見えていた能登島への橋を通り過ぎていたらしい。そして笠志保まで来るとまた複雑な海岸線の風景となって、海沿いに出たり内陸に入ったりが繰り返されるようになってくる。一部水の張られた田んぼも現れ、まるで海から水が続いているかのようにも見えていた。

 こうして私は、のと鉄道とJRの七尾線の境界となる和倉温泉駅へとたどり着いた。当然有名な観光地ということだが、和倉温泉の本体は駅からかなり離れたところにあるようで、駅前には見事に何もないのだった。確かに食堂はいくつかあるけれど、駅の周囲に広がるのはむしろ工業地帯であり、最も近いコンビニへもかなりの距離を歩いていかなければならなかった。今日の宿は利便性を考えて温泉街ではなくあえて駅前にとってあったのだが、和倉温泉という街がどの程度のものなのか、明日そこを訪れる時のことを楽しみに、今日のところは知らないまま過ごすことになったわけである。


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