能登半島(2002.3.21-31)


1.倶利伽羅峠(3.21) / 2.厳門(3.22) / 3.ヤセの断崖、総持寺門前(3.23) / 4.輪島、曽々木海岸(3.24) / 5.禄剛崎、珠洲飯田(3.25) / 6.九十九湾、縄文真脇(3.26) / 7.宇出津、中居(3.27) / 8.穴水、能登鹿島(3.28) / 9.能登島(3.29) / 10.七尾、大境(3.30) / 11.氷見(3.31)

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 昨晩の天気予報は当たってしまったらしく、外はしとしとと雨が降っている。昨日軍艦島で滑った足の痛みも取れない。もともと今日はそんなに見て回る予定もないことだし、わたしは出発するバスの予定を1便遅らせて、縁あった柳田村へ来た意味を、湯治に求めることにした。平日に朝湯をいただけるなんてなんて贅沢な旅なんだろう。止まない雨の中繰り出した、もはや早朝とは言い難い柳田村の中心部には、新しい大きな建物も建設中だったりするけれど、基本的には高い丘陵に囲まれた谷間に小さく広がる集落でしかない。その丘陵もガスに煙る、静かな雨の朝である。

 私はそんな静かな山道を越えるバスに乗り込み、海沿いの宇出津へと戻った。宇出津湾もしとしと雨に降られ、どことなく物憂げな雰囲気を醸し出している。私は昨日は対岸の丘陵として眺めていた宇出津湾の東側へ周り、その断崖の上に広がっているらしい遠島山公園を訪れた。室町時代にあった城の跡を公園としたものらしく、園内には太い松の木やその他の常緑樹が、うっそうとした森林の雰囲気を作り出している。しとしとと降る雨は遊歩道をたっぷりとぬらし、公園の雰囲気自体もどことなく湿っぽいものになっている。

 私はとりあえず、岬の先端へ通じる最短のコースをとることにした。園内にはいくつかの遊歩道が巡らされていたのだけれど、ぬかるみに足を濡らしながらの歩行では回り道をしても益はなさそうな気がしたからだ。林の中を先端に近づくにつれ、木々の間からは半島状の陸を囲む海が垣間見られるようになっていく。宇出津湾とは反対の方向を向いている岬なので、右側は外海を向いていて、この天候では立山など見えるわけもなくただ灰色一色の世界が広がるのみになっていたけれど、左側は隣の丘陵との間にさらに狭い湾が侵入していて、私は改めて地形の複雑さに感じ入った。

リアス式海岸 岬の先端はまさに断崖の上で、海水面はかなり低いところにあるように感じられた。正面にはさらに離れ島が立ちはだかり、左側には高い陸地が櫛のように何本も海に向かって伸びる、リアス式の複雑な海岸線が形成されている。海岸線の美しさは日本海の荒々しいイメージを忘れさせそうだという案内看板の解説に、私は同意した。こんな雨模様であっても風はごく弱く、それ故眼下の海面に大きな波が立つことはほとんどない。まるで静かにさめざめと泣いているかのような宇出津の海である。しかし海水はきわめてきれいで、波のほとんどない崖下の海の中には、海底の海藻の森がわずかな潮の流れに合わせて揺らめいている様子が、海面からかなり離れているはずの崖の上からでもよく見えたのである。泣いている宇出津の海は、とてもきれいで澄んだ心を持っているということなのだろうか。

 気温が低くなるという天気予報に、私はあらかじめシャツの重ね着をしていたのだが、風がさほどないせいもあって寒さを感じることはなかった。この旅の初旬で目にした厳しく荒々しい海岸の風景を思い出し、私は外浦と内浦のあまりの雰囲気の違いに感心さえしていた。今回私は時計回りに半島を巡っているけれど、反対回りで半島を巡ってもおもしろい旅になったのかもしれないなと、旅程の半分以上を過ぎた今、思ったりもした。

遠島山公園 半島の西側は、宇出津湾そのものは木々の間からしかうかがうことはできないが、湾の外側の海は見渡すことができて、陸地もなく一面の大海原が広がる。一方東側の海岸には、比較的楽に下っていくことができて、森の中の道を抜ければ、この付近にあった城が船を隠していたという入り江がある。先日見たヤセの断崖、弁慶の船隠しにはあまりにも激しい波が立っていたけれど、今日のこの入り江はきわめて穏やかで、深い緑で覆われた丘陵に挟まれた入り江には、一艘の漁船がぴくりともせずに停泊しているのみだった。こんな穏やかな海も拉致事件の現場になっていたということを後日知った時には驚きさえ感じたものだったが、少なくとも私が見たのは、空が荒れ模様であってもきわめて穏やかな様相を保っている美しい海岸線だった。

 宇出津の市街地に戻る道沿いに広がる街並は、古い舗装に古い木造の建物が並ぶ、やはり静かで素朴な雰囲気を感じさせるものだった。昨日歩いた宇出津湾の西側の市街はおそらく新しく開発された街並であって、そしてこの東側の街並は古くからの街並なのだろう。二日にわたり宇出津という街の様々な表情を見ることができたような気がして、私はまた、うれしさを感じたのだった。街に戻り昼食をとっている間に雨は上がり、空も若干明るくなってきたが、その代わり街なかには、冷たい風が吹きすさぶようになってきた。

 午後になり、私は上りの列車で少し長い距離を移動することにした。宇出津の市街を抜けた列車は、海に近い高台の切り通しを進む。崖には枯れ草がむして黄色い車窓が続いたが、列車は時々は海の近くに出て、そのたびごと明るくなり始めた清々しい車窓が展開した。その中でも波並駅はこれまでになく海の目前となり、海藻が密生する透き通った海が列車の中からも広々と望めるようになった。そのまま列車は次の矢波を過ぎるあたりまで海岸沿いを行き、ごつごつした岩に守られる透き通った海が車窓に続いていったが、七見を過ぎると列車はまた、山間の深緑の道へと進んだ。トンネルを出たり入ったり、時々は田んぼや畑が一面に見渡される風景にも出くわす。広々と広がる田んぼの中に孤立するような、お椀をかぶせたような緑の丘も混じり、もしかしたらかつては象潟のような多島海だったのかもしれないと、私は想像した。もちろん桜の花はまだなのだけれど、梅の花ならば時々咲いていて、緑や黄色、茶色ばかりの風景に彩りを添えてくれるようになってきた。

ボラ待ち櫓 ボラ待ち櫓というものが気になっていた私は、穴水の一歩手前の中居という小さな駅で列車を降りた。駅に着く直前から、水面の向こうにも黒ずんだ陸地が立ちはだかっている水路のような湾に沿って列車は進んでいた。どのような地形なのか私はすぐには把握できなかったのだが、要は丘陵に対して海が、入り口は狭いけれども奥では深く入り込んで、まるで横に長い川か大きな湖であるかのように目の前に横たわっているのであった。駅に近い所ではその海は小さな港として固められ、多少の集落が背後に接する。そしてこの中居湾の形を最もよく把握することができる、湾口に正対する位置の道路沿いには休憩所が作られていて、問題のボラ待ち櫓が、一つだけたたずんでいた。

 それは細い数本の木を上部で束ねて角錐のような形を作り、その上に本当は人間が座って、海水中に仕掛けた網を眺めているのを模したものだった。要は網の中にボラが集まるのを人が高いところからじっと監視するという漁法らしかったが、実際に網を眺めているのは人ではなくマネキン人形で、当然実際に漁をしているわけではなく、それだけといってしまえばそれだけのものだったりしたわけである。漁村に接する湾には、牡蠣の養殖らしく白い浮きが数列にわたって浮かび、小さい船もいくつか停泊しているが、この冷たい風のもと、あまり動きもなく、あくまでひっそりと静まりかえり、むしろ道を通る車の往来の方が活発なほどだった。近くの崖の上まで通じる階段もそばにあり、登ってみれば横に長く広がる中居湾の様子が一望のもとになった。下から見るよりもむしろ広々とした眺めで、海岸が複雑に入り組む様もよく見て取れた。

 そして、実はこの中居という集落はもともと漁業だけではなく鋳物の街として発展して来たのだということを、私は集落の中に足を踏み入れることで初めて知ることになった。集落の中には、今に残る鋳物を展示する資料館もあった。寺の梵鐘や灯籠の類、そして実用的な側面としての塩釜に関するものが多く展示されていた。リアス式の深く切れ込んだ海沿いに小さく開けた漁村というだけだったらこの辺りにたくさんあって、同じようなものと見過ごしてしまいそうになるけれど、降りてみないとわからないことも確かにあるらしい。

中居の入り江 私は次の列車までの残り時間を気にしつつも、せっかく縁あったこの中居の市街を少し散策してみることにした。複雑な形の入り江に沿うように細い道が延び、その両脇を固める家並みは、立派な格子の入った古めかしい木造のものであったり、土塀や白壁の倉が建っていたり。奥まれば奥まるほど重厚な雰囲気は増していく。鋳造場の跡を示すものは何もないけれど、ただの漁村ではないということをにおわせる、古くから重要な意味を持っていたということを主張しているかのような街並は、細い路地を裏手に回ればすぐに海に接している。そこは複雑な中居湾のおそらく最も狭い湾口の部分であり、対岸にはすぐ先に深緑の丘が延び、その間の細い海はこの冷たい風に当たっても透き通りながら静けさを保っていたのだった。街並も同じように静かなままである。街並の背後を固める丘陵には小さな寺社を巡る悟りの道なるものも通じているらしい。今度時間のあるときに訪れることがあったならば是非とも歩いてみたいものである。

 中居駅に戻り、私は今日の宿のある穴水までの最後の一駅間を列車で進んだ。一駅間ではあっても距離も長く、むしろ険しい山道を、トンネルをいくつも超えながら列車は進んでいった。降り立った穴水にはそこそこ大きな市街地が広がっていて、たくさんの建物が、かなりの広範囲にわたって立ち並んでいた。この穴水もまた、複雑に入り組む海岸線を固めるように栄えている街である。湾に注ぐいくつかの、水路のような細い川を越えて歩いていくと、街の外縁を囲む高い丘陵に沿って流れて穴水市街の夕陽いく、海とも川ともつかない太い水路が現れた。私は宿に向かって、その太い水路に沿うように通じる道を、対岸に静かな港や市街地が横たわっている様子を見ながらのんびりと歩いていった。天気も急速に回復して、夕暮れ近くなった街も水路も、低くなった日の光を浴びて渋い輝きを見せるようになっていったのだった。

 宿にたどり着くためにはさらに、丘陵の中へ分け入る道を登る必要があった。今日一日歩きづめだった私はさすがにひどい疲れを感じたけれど、やっとの事で宿にたどり着けば、部屋には美しい風景が待ちかまえてくれていた。やはり丘陵に食い込むように細く延びる海、そしてごく一部の領域でありながら高密度に広がる穴水の市街が一望のもとになり、その市街の背後を守るようにそびえ立つ山並みへ、橙色の夕陽が今まさに沈もうとしていたのだった。


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