能登半島(2002.3.21-31)


1.倶利伽羅峠(3.21) / 2.厳門(3.22) / 3.ヤセの断崖、総持寺門前(3.23) / 4.輪島、曽々木海岸(3.24) / 5.禄剛崎、珠洲飯田(3.25) / 6.九十九湾、縄文真脇(3.26) / 7.宇出津、中居(3.27) / 8.穴水、能登鹿島(3.28) / 9.能登島(3.29) / 10.七尾、大境(3.30) / 11.氷見(3.31)

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 昨日の不安定な天候は何とか持ち直したようで、翌朝の空は爽やかに晴れ上がった。土産に輪島塗の塗り箸をいただきつつ宿を出た私は、朝市が有名な輪島の市街へと繰り出した。ふつうの商店の建ち並ぶ幾筋かの比較的広い範囲の路地にたくさんの露店が並び、人通りも多くにぎわっていたが、7時半にもなればどうやら地元民用の本物の朝市は終わりかけているようで、この時間に残っている店や、これから開こうとしている店は、明らかに観光客向けの品揃えだったりしている。まだまだ先があるのにかにやら干物やら買っても仕方ないけれど、せめて朝食は贅沢に。朝から思わず幸せな気分になってしまった私であった。

 食後、私は市街に隣接する鴨ヶ浦を目指して歩いた。朝市のエリアはいかにも造られた街道といった感じがしたものだが、大通りから一本横道に入れば、さほど広くない、アスファルトではなく砂利入りコンクリートで舗装された静かな道の両脇に、古い木造の瓦屋根の建物が建ち並んでいた。私は港に並行するよう延びるその路地を北上した。輪島の市街にのぞむ小高い丘はだんだん道の近くにそびえるようになって、程なく道は崖と海に挟まれるようになってきた。港は防波堤に囲まれていて、昨日までに見てきた裸の激しく荒々しい海とは違い、好天のもとで青く穏やかに、きれいに揺らめいている。そしてやがて道が岬の先端付近の鴨ヶ浦に近づくと、海辺にはまた、天然の茶色や白の岩がごつごつとしてくるようになってきた。

鴨ヶ浦 鴨ヶ浦の沖に一列に並んだ岩は天然の防波堤のように内海と外海を分け、外海の波はこれらの岩にはじけて失活するので、内海側は至って静かである。岩礁の間には遊歩道が通されていて、足下の岩の隙間に海水が揺らめく中、外海側に設けられた潮見台まで進むことができるようになっていた。天気もよく、風もさほど強くないけれど、岩礁の外側に接する海は絶えず青い水面を大きく上下させ、大きなうねりが衝突すればそのたびごと激しくしぶきを上げ、波打ち際の風景を絶えず変化させる。内海側のベンチに座っていれば、遠くの方にそんな様子が映像のように見られて、穏やかな風景としてとらえられるが、潮見台まで移動すれば、風景はよりダイナミックな動きを伴って目前に迫ってくるかのように感じられてきた。

袖ヶ浜 鴨ヶ浦から市街の反対の方向へと半島の先端を回り込んでいくと、そこには袖ヶ浜という弓なりの砂浜が、深緑の素朴で小さな市街に接するように伸びていた。進むにつれて道は少し高台になり、そのため至る所から、ごつごつとした感のある鴨ヶ浦とは対照的に、穏やかに波が寄せては返す静かで美しい砂浜の風景が一望のもとになった。鴨ヶ浦や袖ヶ浜の背後に立つ天神山の頂上への道も比較的緩やかで、私にでも簡単に登ることができるほどだった。天神山の頂上には竜ヶ崎灯台が建ち、周囲を見下ろせば、漁港の固められた厳つい海、鴨ヶ浦の岩場に白くはじける海、袖ヶ浜の穏やかな海、三種類の異なる表情を持つ海が一度に眺められ、そしてこの場所が海に対しておもしろい形で突き出している地形であることが、私にはとても印象的に感じられた。海の上にはカモメ、山の上にはトンビが思い思いに飛び回る、安らかな輪島の朝を、私はしばし満喫していたのだった。

 私は再び素朴な漁村を経由し、朝市の並ぶ市街へと舞い戻った。大した時間ではなかったはずだけれども、立ち並ぶ店並みには友禅や漆系の民芸品の店が増えてだいぶ様子が変わったように感じられ、観光客相手の商売はこれからが本番らしいことがうかがわれた。大きい買い物をしてもしょうがないとは思ってはいたが、目の前でいしるを塗りつつ鯛ちくわを焼いているのを見てしまうと、たちこめる香ばしい匂いもあってついつい釣られてしまうのである。それをほおばりながら川沿いの道をそぞろ歩けば、とんびがさっと私の顔の横をかすめていく。猛禽類にもこのうまさがわかるのかと思うと、油断ならない奴らだなと思いながらも、私はついつい微笑ましい情を感じ取ってしまった。

 細い路地が交差する市街を適当に歩き、私は漆器会館を訪れてみた。朝市で売られているような安いものとはどことなく輝きが違って上品さが感じられるたくさんの高級な漆器が売られていた。もちろんその分値段も高級だったりするわけだが、目の保養かなと思いつつそんな上品な輝きを味わい、2階へ上れば古くから使われていた漆器の展示や製作工程の紹介もされていた。つやつやの漆器、きれいな金模様の漆器のできるまでの様子がよくわかり、輪島塗というものがなおいっそう高級なものであるかのように私に感じさせてくれた。これからは食器や酒器などで漆器を見る目が変わってしまいそうである。

 観光客相手に輪島塗の漆器を扱う土産物屋は、市街の中心を形成するきわめてにぎやかな商店街の中にもたくさん含まれている。私はそんな賑やかな市街を横切るように通る国道である中央通りに沿って、気ままにそんな店の中に紛れ込むことを繰り返しながらのんびりと輪島の市街を散策した。そんな賑やかな雰囲気も、駅へ分岐する道と別れてしまえば、どこにでもあるような規模の落ち着いた街並みへと変わっていく。そして、やがて道の左側に広がっていた街並みが尽きて、道が直接海に接するようになったその場所に、キリコ会館があった。

キリコ キリコとは、この辺りの祭りに駆り出される、御輿や山車に当たるものであるらしい。やたらと天井の高い会館の薄暗い雰囲気の中には、多数の実物のキリコが展示される。普通の御輿の背だけが高くなったようなものもあったけれど、それらはどれも、看板のように薄くて細長い木造の主柱が、極めて高い所にまで及んでいて、初めて見るその巨大さに私はただ圧倒されるより他になかった。キリコの内部からも照明が点されていて、薄暗い館内に、おそらくは夜祭りの雰囲気を表現しているのだろう。巨大な文字の書かれる細長い看板のようなこれらのキリコが実際に練り歩く姿も、いつか是非見てみたいものだなと私は素直に思ったのだった。

 午前中は気持ちよく晴れていたのだけれど、会館の近くで昼食を取っている間に大気はまた不安定になってしまっていたようだった。私は近くのバス停からバスに乗り込み、能登半島の北岸をさらに東進することにした。輪島の市街はこのキリコ会館が末端であったようで、道は海岸線に沿ったり、あるいは海に面する崖の上の道へ登って急斜面の上の棚田や林の間を行ったりするようになった。崖の上からは海原が見下せるようになり、朝訪れた海に突き出す竜ヶ崎とその麓の港町を後ろに見て、バスは高台の田んぼの間を進んでいった。坂を下れば眼下には一面に青い海が広がり、道の前方にはまた新たな複雑な海岸が現れてくる。

 白米(しらよね)では千枚田という、小さな棚田が海へ下る斜面に無数にへばりつくすさまじい風景にも出会うことができた。地すべりの後の地形をそのまま田んぼとしているようであるが、これまで荒削りな風景ばかりを見てきた身には、暗い深緑の連続とは異質なこの明るい黄緑色の風景が、自然の見せる細やかな面であるかのようにも思えてきた。そんな明るい風景も一瞬のうちに通り過ぎ、バスは小雨の中、やや強い波の立つ海岸沿いをひたすら進んでいく。そのうち、道を囲む崖の面は樹木というよりもむしろ枯れススキでおおわれるようになってきて、海に対してそそり立つ崖の色も緑ではなく黄色を呈するようになり、ますます荒涼とした雰囲気が車窓に感じられるようになっていく。そんな中、遠くの下の方に整然と民家の集落が現れると、張りつめた緊張がゆるめられるかのような空気が私には感じられた。その、曽々木口という密度の大して高くない集落に、私は降り立った。

窓岩 どんよりとした雨模様の中、最初に私を出迎えてくれたものは、おそらくは今も目の前に押し寄せる激しい波によって茶色の岩石がくりぬかれてしまった、窓岩という奇岩だった。灰色の空のもと、ここからしばらく続いていく、ごつごつとした複雑な曽々木の海岸線に沿うように通された道へ、目前に激しく波を荒立てる灰色の海を眺めながら私は歩みを進めた。冬に戻ったような天気とテレビが形容していたものだから、この海岸の冬の名物であるという波の花を目にすることができるかもと期待はしたけれど、さすがにそこまでの冬の名残はなかったようである。

波の花遊歩道から 車道がトンネルへ迂回する間、人道は波の花遊歩道という、まさに岩場の中の道へと分け入っていく。近くにユースホステルでもあるのかと思わされるような若者向きなノリの案内看板に従って、私はごつごつした岩場に何とか通された道を、角張っていて転んだら血を見そうな石をしっかりと踏みしめながら、時には息を上がらせてしまいそうにまでなる坂道の上下を繰り返した。辺りの岩場には細かな穴があいていたり、大きく石と石との間に隙間ができていたりする。茶色や黒や、この辺り特色的に青緑色をしている岩石がちりばめられる中、荒波はやはり繰り返し激しく牙を打ち立てていく。急坂を登ったり降りたりするたび、そんな激しい海岸の風景が、様々な角度から私の視界へ迫ってくる。

 車道のトンネルは2つ連続しているが、遊歩道の方は2つめの方にはどうも崩落が起こっているようで通行止めであり、やむを得ず私は車と一緒にトンネルの中を進まざるを得なかった。薄暗いトンネルを抜けたまさにその地点に、垂水の滝と呼ばれる、繊細なまでに細いのだけれども力強さを感じさせる滝が、黒くてごつごつした岩盤に沿って流れ下っていた。そして、まるで私がトンネルから抜けるのを待っていたかのように、ここにきて天気は急激に回復し、強く照りつける日差しが冷えた私の体を温め、そしてそれまで陰鬱な灰色であった波の高い海を青色に輝かせるまでになってきたのである。緑色の岩礁に立つ白波も、感動的なまでに美しく輝くようになっていった。

垂水 垂水の滝がちょうど輪島市と珠洲市の境界となっていたようだったが、滝の周囲には車を停められるほどの広場が形成されていて、海岸も少しばかり護岸されて海水と戯れることもできるような場所になっていた。風もうそのように穏やかになり、次のバスを待つまでの時間、もはやなぜ濡れているのかわからなくなってしまった傘を乾かしつつベンチに座って、揺らめく深い青い色の海を眺めながら、私はなんだか、この旅でもっとも安らいだ時間を過ごすことができたような気がした。どうやら、春の能登路旅行の雰囲気を決める最大の要因は、文句なく「天候」であるといえそうである。

 私は引き続き、能登半島の北岸をバスで東進した。バスは引き続き、磯浜や、テトラポッドで固められた海岸沿いをいく。道の高度も海水面とほぼ同じくらいであり、道に沿って連なる斜面もさほど急ではなく、むしろ田んぼなども従ってくるほどで、一時見られた荒涼とした雰囲気はなりを潜めてしまったかのようだ。塩田を見せ物にしている施設も道路沿いの海岸に点在する。言われてみればこれまでも土産物屋などで珠洲の塩を目にしていたが、それらはこのあたりで生まれたものなのだろうか。濃縮のできなさそうな今の季節ではビニールシートをかぶってしまって実演はされていない所が多いようだったけれど、それでも大谷付近では「天然塩直売所」の看板がきれいに存在を主張し、平らにならされた砂場があらわになっている所も多くて、それなりにやってはいそうな感じだ。

木の浦 やがて、奥能登路もだいぶ奥まった笹波口を過ぎると、風景も再びどことなく黄色みを帯びるようになってきた。急斜面のススキ野原や棚田を見ながら進む道もカーブやアップダウンが多くなってきて、道により沿う海岸もごつごつとした風情を再び強めていく。そして終点も間際になってくると、バスはススキ野原の斜面に囲まれた道を、大きくカーブを切りながら急激に高度を上げていき、まさに地球は丸いことを実感できるようなすばらしい長さの水平線を車窓に映し出していったのだった。

 たどり着いた終点、木の浦のバス停は、かなりの高台にあって、海岸にあるらしい今日の宿の国民宿舎までの道もかなりの急坂であった。宿舎の部屋からは弓なりに短く広がる海岸が一望の下になっていた。夕陽が見えなかったのは残念だったけれど、きれいな海岸を眺めながらの、質量共にすばらしい食事に、私はとりあえず大満足なのであった。


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