雪の道北(2002.12.22-2003.1.1)


1.往路(12.22) / 2.比布、塩狩(12.23) / 3.和寒、剣淵(12.24) / 4.士別、風連(12.25) / 5.名寄、智恵文(12.26) / 6.美深、音威子府(12.27) / 7.天塩川温泉、天塩中川(12.28) / 8.雄信内(12.29) / 9.幌延、下沼(12.30) / 10.抜海、帰路(12.31-1.1)

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トナカイ とりあえず空は晴れてはいて、旅館の前の道に積もる新雪もきれいなのだが、空には黒い雲も浮かんでいる。そして、出発しようとすると、また周囲は吹雪に見舞われる。相変わらずの不安定な天気の中、私はやって来たバスに乗って今日も旅を始めた。バスは真っ白な森林から、真っ白な斜面いっぱいの雪原へと、多少遅れてもあくまでマイペースに走り、昨夏も訪れたトナカイ牧場を経由していく。

トナカイ 雪はおさまっても-14℃の冷気の中、トナカイ牧場のトナカイ達は、夏と同じように、あくまで元気に過ごしている。むしろトナカイ達にとってはこれくらいの方がよい気候らしく、元気に雪原を駆けずり回る奴もいて、微笑ましい限りだ。私は夏と同じように、トナカイ達へ餌をやることにした。餌をやる手には手袋はできず、素肌の掌に載せて与えなければならないから、この冷気の中、当然だんだん手がかじかんでしまい、もう感覚が麻痺しそうになってしまう。人間はこんなに弱いのに、トナカイ達は夏と同じように、喜んで感覚のなくなりつつある私の掌をなめ、鼻を鳴らしながら餌をなめ取っていく。不思議なことに、私の手から餌を持って行こうとするトナカイは限られているような感じがする。本来の餌場で充分に食って満足している奴とそうでない奴とがいるのかもしれない。

トナカイ この時期のトナカイは雄だけ角がないという。そして子供は雌と同じサイクルで角を生やすらしい。夏のトナカイの角は毛で覆われていたのだが、その時学んだとおり、それを全て落してつやつやとした立派な角をこの時期に持っているのが雌ということになる。夏にまったく同じ所に来ているのにまったく違う様子を見せるというのは、これまで見てきたこの北の大地と同じだ。吹雪いて吹雪いて周囲を囲む丘陵でさえも見えなくなるほどに冷たくなってしまっても、トナカイ達はあくまで元気だ。今日で年内の営業は終了という掲示があったけれど、そんなことも関係ないと言わんばかり、今日もいつも通りにトナカイ達は餌をむさぼる。私にとってはかなり寒かったが、トナカイ達が本領を発揮する季節に、またトナカイ達に会うことができたことがうれしかった。

 客があげ損なった餌を横取りする雀たちも、吹雪の中に元気に活動する。それぞれがそれぞれなりに元気な姿を見せる真冬の風景を楽しんだ私は、吹きさらしのバス停で全身雪まみれになりながら、次のバスを待ったのだった。

幌延市街 私は天国のようなバスに乗り、ひたすら吹雪の峠道を越え、やはり吹雪の幌延の駅前に降り立った。吹雪の強くなったり弱くなったりする幌延の市街へ出れば、やはり商店がにぎわうのはごく短いメインストリート沿いのみで、その周囲は雪に埋もれてしまいそうな小さな公営団地が囲む。市街の北東側は、バスで通る峠道の続きにあたる山並みがすぐ近くに接し、接線の部分にはふれあい公園という整備された公園が雪原と化している。公園の高台には立派な建物も見えるのだけど、例によって道は除雪されていない。幌延という街自体、列車やバスの乗継ぎで私は何度か訪れたことがあったはずの所なのだが、こういう所があるということを私は知らずにいたのである。

幌延ふれあい公園 そのまま市街へ戻る方向へ丘陵の間際の道を行けば、列車からも見える雪印の工場の近くを通り、道は線路の西側、駅の裏側へと続いていく。斜面は白くなったまま疎らな森林に覆われ、あるいは森林が途切れれば、笹が顔を出しハルニレの木が疎らに立つわずかな雪原が現れた。周囲に牧場があるということはわかるし、そこへ行けば大雪原の風景が見られるということも容易に予想できることではあったが、さすがにそこまで歩いてみようという気になれるほど心の余裕を持たせてくれない勢いの吹雪が、時折街を襲う。道道沿いの防風林の切れ間からのぞく雪原の片鱗のみを拝んで、私は市街へと帰っていった。

幌延雪印工場 市街の中心近くに名林公園という所があるけれどやはり園内の道は除雪されず、外縁から雪をたっぷりとまとった木々を眺めることしかできなかったが、厳しくも美しい冬の情景にあふれているような感じがした。割合コンパクトな街並の中心には役場もあるのだが、道庁舎でも意識したのかと思わされるような建物は、この小さな街には場違いなように感じられるほど大きい。相変わらず吹雪の止まない市街の中の店の、やたらとボリュームたっぷりのラーメンで私は休憩がてら昼食としたのだが、食べ終わっても街は依然として吹雪のままだった。

名林公園 午後、私はやはり昨夏に訪れたサロベツ原野のこの季節の姿を見に行くために、夏は貸し自転車で訪れた下沼駅を目指した。列車に乗り込み、防風林を抜ければ、何にも邪魔されないどこまでも広がる雪原が吹雪の中に現れてくる。列車自身も雪を巻き上げるので視界はほとんどないようなものなのだが、開放的な明るさだけは充分に伝わってくる。

下沼駅 列車から外に見える猛吹雪の原野の中に立つべきかどうか、私には迷いもあったのだが、下沼駅に降り立てば吹雪は嘘のように止んでしまい、空には晴れ間さえものぞくようになっていた。夏は自転車で訪れた下沼駅であったが、国道との間に立って目隠しとなっていた駅の裏手の林の木々はすっかり葉を落し、国道を走る車の姿もホームからよく見えるようになっていたし、草が生い茂ってうざいアブどもが大発生していたはずの草むらも、真っ白な新しい雪にすっかりと埋もれてしまっている。

 駅から伸びる細い道には誰の足跡もなく、やや厚めに積もっていた雪の上を、私はふかふかとした感覚を楽しみながら歩いていった。すぐに、夏は牧場だったはずの場所が、真っ白でどこまでも続く大雪原となって私の目の前に広がった。久しぶりに会えた風景がこんなにも変わってしまうということに私はまた感激を覚えながら、やはり夏に訪れたパンケ沼への道をたどってみた。もしかしたら除雪されていないかもしれないなと少しは感づいていたのだが、ある地点まで行くと、まったくその通りのことになっていた。雪は道に厚く積もって雪原の一部と化し、その上には誰かが付けた足跡も続いていたから、その先へと歩みを進めた旅人もいないわけではないようだったが、膝まで埋もれてしまいそうな厚さに積もる雪に対抗できる装備を、私は持っていなかった。

サロベツ原野 私は駅からひたすら真っすぐ進むコースをあきらめ、自転車で通ったときの記憶をたどりながら、別の道を通ってみた。すると、さっきの道では越えることのできなかった防風林を越え、その先まで歩みを進めることができた。海からの痛いばかりに冷たい風は容赦なく吹き付けて前進もままならないほどだったが、大雪原はより広々と、本当に何にもさえぎられることはなく、地平線まで続いていきそうな勢いで広がっていた。夏に来たときにはたくさんの牛がいて、自転車で彼らに近づくたび向こうからこっちを注目してくれたのを私は思い出したが、今はただ真っ白な雪原となってしまい、寂しい限りだった。でも、あまりに冷たい風の中とはいえ、広々とした風景が色を変えながらも健在であることに、私は安心もしたのだった。

 当然ではあるが最終的にはパンケ沼には近づくこともできず、おそらく人の手の入っていない生のサロベツ原野の領域には入ることはできなかったことになったが、顔が痛くなるほどの風に吹かれつつ眺めた大雪原は、私にとってこの旅終盤の大きな思い出となったのである。防風林の効果というのも身をもって体験しつつ、私は冷たい雪原の中を引き返し、一応、やはり夏にも訪れた、駅の近くになる名山台レストハウスに立ち寄ってみた。しかし予想通り、展望台に登ることはできなかった。

 牧場の間の白く清々しい道を、私は駅へと引き返した。牛の姿を見ることもないだろうなと私は思っていたのだが、駅の近くにごく数頭だけではあるが黒毛の牛を見つけることができた。牧草ロールの周囲だけという狭い範囲ではあるが、この凍てついた世界の中に、生暖かい匂いを振りまいていた。そしてしきりに路地から路地へと走り回っている除雪車が、私の出かけている間に駅前にも乗り入れたようで、私がつけた足跡も取り除かれてしまった代わり、駅の周囲はすっかり歩きやすくなっていた。周囲は徐々に薄暗くなり始め、雪は降っていないけれど、-11℃の冷たい風が辺りを支配するようになっていた。下沼の貨車駅にはもちろんストーブはなく、私はひたすら寒い中耐え抜くしかなかった。

 そして私は、夕暮れの訪れつつあった下沼駅をあとにして、ラストスパートをかけつつある宗谷本線の下りの旅を続けた。車窓には林越しに、サロベツの雪原があくまで広々と横たわり続ける。すでに薄暗くなりつつあるけれども、ササやススキが少しだけ頭を出す原野や、本当に真っ平らな雪原は、地平線まで届きそうな勢いで広々と広がっていく。兜沼も当然のように氷結し、雪原の一部となる。兜沼を過ぎると、真っ平らだった雪原にも起伏が現れてきて、よりダイナミックな雪原の風景となっていくかと思うも束の間、列車は宗谷丘陵の縁の林の中へと入っていく。列車がカーブを切れば、斜面いっぱいに広がった雪原は、空をも覆い尽くさんばかり、車窓いっぱいに白い風景を作り出す。

南稚内駅 夏、黄緑色のササで覆われた丘が見られ始めるようになった抜海辺りまで来てしまうと、もう外はだいぶ暗くなってしまい、ただでさえ霜がついてしまっている車窓からはなおのこと、外の世界をうかがうのが難しくなってしまった。ただ立つ樹木が細く疎らになってきたかなということだけがうかがえる車窓はますます暗くなり、程なく完全に夜になった車窓には、街の灯りが最北の街への到着を知らせてくれた。

 今日の宿は稚内温泉に取ってあって、稚内駅からでも南稚内駅からでもバスの便があるので、今回はあまりまじまじと周囲を探ったことのない南稚内駅からバスに乗ることにした。南稚内駅の周辺はいくつもの通りが縦横に巡らされ、バス路線もいろいろあって、観光地というよりは生活のための便利は良さそうな感じだが、バス停が方向別にかなり分散しているというのがなかなか大変だ。そして印象的なのは、街の灯りがそれなりにきらびやかだということである。乗り込んだバスには市内線としてそこそこの客が乗っていたが、海岸に出るまでに私以外のすべての客は下車してしまい、それと同時に車窓からも街の灯りはほぼ消滅した。あとは、地図上はおそらく日本海の海岸となる道の暗闇の中、人家しか目印のないことを表す個人名のつけられたバス停が延々と続くのみとなった。

 そして宿の最寄りの富士見4丁目のバス停付近にはいくつもの宿が集中していた。稚内温泉が開発されて以来、豊富温泉の方は最北の「温泉郷」を名乗っているという話を聞いたが、こっちの方もこれだけあれば「温泉郷」を名乗っても良いような気も正直私には感じられたのだった。


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