占冠・釧路・根室方面(2002.8.2-10)


1.占冠村双珠別(8.2) / 2.占冠村赤岩青巌峡(8.3) / 3.トマム(8.4) / 4.釧路市(8.5) / 5.釧路湿原(8.6) / 6.霧多布湿原(8.7) / 7.長節湖、フレシマ湿原(8.8) / 8.春国岱、風蓮湖、納沙布岬、帰路(8.9-10)

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 今日も釧路市街はすっきりと晴れ上がり、爽やかできれいなものがたくさん見られそうな明るい雰囲気に満ちあふれている。空には今日も元気にカモメが鳴く。昨日迷い込んだ藪で大量に刺された足や腕が腫れまくって辛いのだけれど、私は今日も元気に宿を出て新しいものを見に行く旅へと出発した。

 今日は霧多布の湿原に目標を定め、私は釧路駅から根室へ向かう普通列車に乗り込んだ。幅広い大河となった釧路川を渡り、釧路の大きな市街地を進んでいくと、建物の姿は多いままであるがやはりその合間に湿地も目立ってくる。しばらくはそれなりに住宅街が続いたが、武佐を過ぎると周囲にはとたんに、丘陵まで広がる一面の湿地の風景が一気に車窓に広がった。それは広大な釧路湿原の別れの挨拶であったかのようで、そんな車窓も長くは続かず、程なく列車は山並みが近くに寄り添う合間に小さな草原の広がる風景の中を進むようになっていった。

荒野 時折地層も露出する崖に囲まれ、現れる荒れ地にはノリウツギや、赤紫のエゾヤマハギなども彩りを添える。時折入り込む山林も、足下には草に紛れるように小川が流れ、生える草もヤマドリゼンマイの目立つ湿性のもので、この森林も実は樹木の発達し始めた湿原の一部であることが見て取れる。広大に一面に広がる美しさだけが湿原の姿であるというわけでもないようである。周囲の丘陵には巨大なフキも目立つし、一部の葉だけが花のように赤く色づいた不思議な樹木も見られる。育っている樹木はどれも細いものばかりだ。広々とした牧場の風景も現れないことはないが、長続きはせずにすぐに、幹の細いシラカバがヤマドリゼンマイやドクゼリ、ヨシやエゾヤマハギ、ノリウツギなど雑多な草原の上に小さな林をつくる風景へと回帰していく。尾幌を過ぎてしばらくすれば、車窓には一気に広々とした草原が広がった。一部牧草地にもなっているようだが、ヨシの茂る中にわずかに他の植物の見られる湿原、そして、まるで放棄された牧草地のように、雑多な背の低い植物にあたり一面が覆われる風景も広がる。

昆布干し 程なく門静に着くと、駅裏の砂利場では、コンブ干しの作業中であった。列車は一気に海沿いへ出て、至る所で昆布干しの行われる漁村の広がる海岸に接する広大な海の向こうには、厚岸の国泰寺の乗る崖や、厚岸大橋をはさんで両側に市街の広がる様子が青い空の元に爽快に見渡せ、その風景がだんだんと大きいものへと変わっていく。そして厚岸駅を過ぎて、すっかり大きくなった厚岸大橋を通り過ぎると列車は丘陵に囲まれた厚岸湾沿いを走るようになった。晴天の元透き通るように青く輝いて穏やかに横たわる海には青さ気が群れをなし、何をねらっているのか海の上にじっと立っている。

厚岸湾から湿原へ そして湾の奥地へ進むと、水面だった場所に突如としてヨシが群生するようになり、海の名残の水路や小さな沼が緑の草原の中に点在する大湿原へと周囲の風景は一気に変わっていった。釧路湿原よりももっと間近に、湿原形成の各段階がダイナミックに感じられる雄大な車窓が広がった。あまりにもわかりやすく、それでいて堂々と、広々とのどかにたたずむ湿原の風景はすばらしいというより他になく、私は何度も何度も飽きもせずシャッターを切り続けた。以前道内を訪れた時にも乗っているはずの路線だけれど、明るい晴天の元に見る車窓は初めて乗車する路線と同じような感激を私に与えてくれた。ここにきて空には雲も全くなくなってすっかりと晴れ上がり、興奮も収まる所を知らない。湿原にはその成長過程通り、やがて疎らな立木が生えるようになり、そして幹の細い森林が形成されるようになって、列車はまた、丘陵の荒れ地へと戻っていったのだった。

 目的地の浜中の一つ手前の茶内で、列車は交換で25分も停車することになった。駅の周囲にはそこそこの市街が形成されているようだったが、荒れ地の中に突如現れたような市街にはやはり、その規模に似合わない広さの道が通り抜けている。たった25分の滞在では垣間見ることしかできなかったが、それなりの機能のある街並が広い道の周囲に伸びているようだった。そして感動的だったのは、快晴の空の元にたたずむ小さな駅の空気がとてもおいしいことだった。交換待ちごときでこんな爽やかさを感じるなんて、滅多にないことかもしれない。この駅にレンタサイクルでもあれば、むしろ霧多布湿原へは距離的にも近いのでここから旅をはじめる所なのだが、そこまで都合よくは行かないもの。茶内での長い待ち時間をやり過ごしつつ車内に爽やかさを補給した列車は、再び幹の細いシラカバの林の中を、晴天の元ひた走りはじめたのだった。

霧多布への入口 浜中駅には、霧多布へ向かうバスが待ちかまえていて、私も飛び乗ることになった。バスは原生林の中の下り坂を駆け下りると榊町という海沿いの集落に出て、霧多布灯台が小さく乗っているのが見える、テーブルのように平たい、島のような陸地を対岸に見ながらしばらく海沿いを進んでいく。やがて山側には遠くの斜面まで広々と広がる霧多布湿原の姿が現れた。小さいけれど、色とりどりなたくさんの花が黄緑色の草原を彩っている。サロベツとも釧路湿原とも違う色鮮やかな草原が、快晴の空の元、広々と爽やかに一面に広がる。やがてバスは霧多布の市街へと入っていき、前来た時よりもどことなく色鮮やかになったかのように見える街中へと進んでいった。街並そのものは以前と変わっていないように見えたが、市街を一通り巡ったバスはその後、岬へ向かう坂道を上りはじめた。以前は街中にバスターミナルがあったはずだったが、もしかして岬へ延長運転しているのだろうか、と思うも束の間、坂道を登った高台に新しくできた温泉施設の前にバスターミナルが移転していたようだった。

台地を望む アゼチの岬温泉への便がいいのはいいとしても、記憶に残っていたために期待していた、コインロッカーもレンタサイクルも、移転してしまった小さなバスターミナルには存在しないようで、仕方なく私はのんびりと大荷物を背負って、以前は訪れられなかったアゼチの岬へ向かいつつ周囲を散策することにした。周囲の台地の上にはあらゆる斜面に黄緑色の、背の低い草で覆われた草原が見られ、目を凝らせばいろいろな色の花が咲いていて、海に近いハマナスロードに出れば下界には真っ青な海が穏やかに横たわり、そんな海を見渡す草原にはまた牛たちがのんびりと草を食む。やがてたどり着いたアゼチの岬の先端に立てば、そんな明るいけれど静かでのんびりした草原は海をはさんでテーブルのように四角く切り立つ嶮暮帰島に面し、島に連続する岩礁には波が立つけれどそれ以外はきわめて静かな風景が展開する。嶮暮帰島にはウミネコかカモメの巣でもあるのか、鳥たちがたくさん舞っては鳴き声を上げているが、涼しい風の吹く岬には、とてもきれいな世界が広がっていたのだった。私はそんな風景を、他に客のいない展望台で、しばし独り占めにしたのだった。

霧多布市街 私は嶮暮帰島に面する内海の弓なりの海岸線を眺めながらゆっくりと、牧場の間の坂道を下り、昆布干しの風景を横目にのんびりと、陸繋島の根元に広がる市街地へと戻っていった。住宅街の中に埋もれてしまいそうな、確かに訪れたことのあるバスターミナルの跡地も確認したが、そこにあったはずの手荷物預かりやレンタサイクルを引き継ぐものが存在しないことを確認した私は、行動範囲が限られることを覚悟しつつ、今日の足を路線バスにゆだねる決断をした。以前この地を訪れた時に爽快な風景が広がったことを覚えていた琵琶瀬展望台へ向かうべく、私は街中のバス停でバスを待った。同じバスを待つおばあさんと話が弾んだ。今日は暖かくて、普通盆までに咲かない花が咲いてしまった、もうすぐに秋が来てしまいそう、という言葉が私には印象的だった。数日前までは雨ばかりだったが、ここ数日の晴天で、「汗をかくほど」なのだという。

 私にとっては爽やかな空気の中、やって来たバスに私は乗り込んだ。バスは霧多布大橋まで、市街地のさっき来た道を引き返していき、陸繋島から本土に移ってからはアゼチの岬や嶮暮帰島を対岸に見ながら海沿いを進んでいった。山側にはまた、遠くの低い丘陵までの間に広々とした、木々のほとんどない湿原が広がり、その中には木道が通されている所もあるようだった。やがて湿原の西岸にさしかかったバスは、控える丘陵の上まで一気に登っていき、登り詰めた所に琵琶瀬展望台があった。

琵琶瀬展望台から バスから降りた瞬間からすでに、周囲にはすばらしいばかりの広大で清々しい緑の湿原の風景が青空の下に広がった。太い水路を複雑に抱え込む黄緑色の湿原が広範囲に真っ平らに広がって、海沿いには少しばかりの市街がつくられているけれども湿原の広さに比べれば大したことのないくらいだ。そして市街から細長く伸びる砂州と、霧多布岬へ続く右手のテーブル状の島は青く丸い霧多布大橋で結ばれ、青い海がその隙間を埋め尽くしている。裏の外海の方向を見れば、馬が飼われている緑のなだらかな丘が幾重にも重なって延びていき、断崖の下にはこれまた丸い水平線まで、青白い海が青空の下に広がっている。湿原側にも海側にも広々と開けたすばらしい展望、8年前に訪れた時は停車もしないバスの車窓から垣間見ただけだった風景を今回じっくりと、時間を掛けて訪れることができたことに、私はこの上ない感動を覚えていた。

 海側の沖合には窓岩という岩礁が浮かぶが、展望台に立つ碑文によれば、現存のものは東方沖地震の時に形が崩れてしまったものだという。地震の前の写真もあったが、もっと窓がたくさんあったのだそうだ。地震への備えを忘れないようにと結ばれていたが、まさに台地は生きていて刻一刻と形が変わるものだということか。でも目の前に広がる大草原も大海原も、ちょっとのことでは姿は変わらなそうな雄大さを以て広大に横たわる。展望台の上にはなぜかテントウムシが大発生していたのだが、わざわざ上に登らずとも、下のバス停からだって充分に湿原の雄大さは感じられる。むしろ青く光る蛇行する太い水面と、その周りに広がる、ところどころにしか深緑の森が成立しない一面黄緑色の湿原が視界を埋め尽くす風景は、湿原に近いバス停からのほうがより間近に感じられ、さらなる感動を呼び起こしてくれる。あの湿原の中を歩くことができたらどんなに気持ちよいだろうと想像しながら、雄大な景色のもと、私は街へ戻るバスを待った。往来する車の音は大きいけれど、大挙する観光客もここまではやって来ないようだった。

 しばらくしてやってきたバスに乗り込み、湿原へ向かって坂道をまっしぐらにかけ下るバスに身を任せつつ、私は海岸沿いにわずかに成立する集落の中にある、さっきのバスの車中から見られた、湿原へ通される木道のある所でバスを降りた。ここは霧多布トラストとかいう、湿原の自然を守るために湿原の土地を買うという活動をしているらしいNPOが建設したものだといい、入口にある「トラスト小屋」から湿原の中へまっすぐに木道が伸びる。

霧多布湿原 木道は大した距離ではないけれど、この広大の湿原の中へと身を投げ出すことができるかのように感じられるほど間近に湿原を感じることができるのはすばらしい。周囲には樹木はほとんどないが、ヨシに埋め尽くされる湿原にはノリウツギの低い木が生えて、黄緑色の湿原の中に白い点をたくさん打っているほか、ヒオウギアヤメや、キク科の黄色い花などなどたくさんの小さい花が草原の中に、よく見れば見るほどたくさん咲き誇っている。そんな決して一色のヨシが原というわけではない、目を凝らせばいろいろな色を見つけることができる霧多布湿原を、高台から見物するよりもぐっと間近に感じることができるのだ。

霧多布湿原 上からも見えた蛇行する水路のほとりがこの木道の終点となるが、振り返ってみれば一条の木道以外、自分の周囲はすべて背の低い荒涼とした草原なのである。釧路に比べて規模は小さいけれど、間近に触れられて、そして彩りがあってきれいな湿原、それが霧多布なのだということができそうである。様々な草花を写真に収め、木道の終点付近のベンチに座り、ひんやりとした風を浴び、遠くに控えるさほど高そうに見えない丘陵まで広々と広がる草原を眺めながら、繊細な美しさと雄大さを兼ね備えた霧多布の風景を、私はしばし満喫することができたのだった。薄い雲は出たけれど依然として良い天気、涼しい風にさざ波を生じる水路はきらきらと輝き、湿原の美しさをなおも盛り立てる。車の音も静かにしか聞こえない、ヨシが風に揺れてさわさわとなびく音だけが響き渡り、時々鳥も小さく啼くだけの、静かな広大な湿原である。

 風に寒さを感じるようになった昼下がり、私はトラスト小屋に引き返し、そこいらに咲き誇るたくさんの花の名を少しでも知るためにパンフレットを買って売り上げに貢献したりもしつつ、引き続き街へ戻るバスを待った。湿原の中の小学校は本当に教室が6つしかなさそうな勢いの、小さな学校である。この素朴さが何ともいい感じだ。そしてやって来たバスは昆布干しの風景が展開する小さな漁村を走り、陸繋島に渡って程なく霧多布の市街へと進んでいった。

霧多布岬を望む バスターミナルへ戻ってみれば、何とバスターミナルでレンタサイクルの営業が行われていた。所定の営業開始は午前9時だという。最初ここに着いたのは10時過ぎだったはずなのにおかしな話である。ただ営業終了まであと1時間ほど残されていたようだったので、せっかくだからと今更ながら私は自転車を借り受け、8年前にも訪れた霧多布岬へ再び行ってみることにした。良い天気のもので干し終わったコンブを切り分ける作業も見られる緑の崖の上の草原は、広さは限られているけれど岬へ向かって長く続き、市街地の裏手に広がる小さな漁村を見ながら走っていけば、昔と同じように、相変わらず物思いにふけるようにじっとたたずむ馬も放牧されていたりする。そして、車が入れなくなる所まで進んだあとは、自分の足で先端を目指すことになった。8年前は深い霧に包まれ、名前のとおりの岬なんだなという思い出が残っているのだが、今日はまったく霧はなく、荒々しい断崖が海に向かって切り立ち、先端に行けば行くほどごつごつとして荒々しい波と対決しているのに、その上に乗っているのはあくまで優しい彩りのある草原であった。強くなった風に草花は揺らめき、岩礁に営巣するウミネコは鳴きしきり、岩に砕ける波の音があたりに轟く……おそらく昔通りなのだろうけれども、昔よりくっきりはっきりと岬の勇姿を拝むことができ、それとともに優しい草原にも触れることができ、短い時間だが再訪できた喜びを、私は充分に感じることができたのだった。

霧多布岬 そして私は最後に、バスターミナルのそばに最近できた霧多布温泉ゆうゆで一風呂浴びていくことにした。昼にバスを待ちながら話したおばあちゃんの言うとおり、掘っていたら出ちゃった系の温泉らしく、新しいだけあってかなりきれいな所だ。浴槽からも休憩所からも、ここが対岸と橋を介してつながる島状の場所であり、市街も橋の奥と手前で一体となっている様子がよくわかる。そして背後には湿原が、さらにその向こうの丘陵に向かって広がる。ここにきて雲が出てきて、必ずしも爽快な風景に最後まで触れ続けることはできなかったけれどそれでも、当初の予定がだいぶ狂わされながらも、きれいな湿原と岬の風景を晴天のもとに眺められた一日の締めとしては上出来な入浴となった。結局バス旅となってしまったことも、それぞれのポイントをゆっくり見られて良かったのかもしれない。

 霧多布から浜中駅へ戻るバスは温泉でゆっくりしている間に終わってしまい、私はタクシーで浜中駅まで戻ることになった。タクシーはバスと同じ湿原のへりの道をぶっ飛ばしていった。今日何度も見た色鮮やかな湿原だが、曇ってしまった空のもと、朝見たものよりはくすんでしまった感じである。そして行きと同じように坂を上り、大した規模のない隙間の目立つ浜中の市街へ、タクシーはバスよりも早く私を運んでくれた。どうせなら湿原を貫くMGロードとやらをぶっ飛ばしてもらって茶内駅へ行ってもらえばよかったかなと気がついたのは、車内で湿原を眺めている時なのだった。前回も浜中駅ではあまりにもぴったりすぎる接続で周辺をあまり見ることができてはいなかったが、すでに委託のきっぷ売り場も閉まり、周囲に広がるのも市街というよりは集落でよほど今朝見た茶内の方が栄えているように見えるほど。バスがなくなったこの駅で、今から根室方面へ向かおうと汽車を待つ人は、私以外には皆無であるようだった。

 外に夕暮れの雰囲気が強く感じられるようになった頃、私は下りの列車に乗り込んで、終点の根室を目指した。浜中をあとにした列車は林の中を少し進んだのち、丘陵に広々と牧場の広がる風景の中を行くようになった。もっとも時間的に、もう放牧されている牛の姿はほとんどなく、牛のかわりに黒いビニールの巻かれた牧草ロールが転々とするのみであった。林の間に時折広がる牧場の風景、そしてササ藪の上に形成された幹の細い木々の林の風景はまだまだ続いていくが、車内から外の風景を写真に収めることも難しくなるような暗さが徐々に車窓をも支配するようになってきた。初田牛を過ぎると、車窓には林ばかりが続くようになった。サルオガセのとりついた太い枯れ木が印象的であるが、おおかたの木は相変わらず、幹の細いエゾマツやダケカンバである。

根室へ向かう 別当賀のあたりにはまた少しばかりの牧場が広がった。左側の街並のむこうにうっすらと見える山並みはもしかしたら国後島なのだろうか。やがて車窓に現れる丘陵はササで覆われた黄緑色の丘がなだらかに波打つ、宗谷丘陵の周氷河地形を彷彿とさせるようなものが広がるようになった。もうだいぶ暗くなってはいたけれど徐々に突端の雰囲気を帯びていく車窓と再び出会えたことが何よりもうれしい。そして間もなく、海には落石岬につながる平たい陸繋島の姿が大きく現れるようになった。私の「歩く旅」の原点とも言える落石岬に、遠巻きながらも8年ぶりの再会ができたことが、私にはなおさらうれしかった。

 列車は引き続き、背の低い草の原野や枝の細い原生林、そして牧場に入ったり出たりを繰り返していく。そして刻一刻と、そんな最東端ののどかな風景も闇の支配下に入ろうとしていた。西和田を過ぎると暗がりの丘にはまた牧場が広がった。暗くなってはきているが、牛や馬の姿もまだある。そして花咲港を見下ろす花咲駅の乗る丘陵も、なだらかな緑色をしているようだった。海に面しているであろう台地には牧場もあるが、手つかずの原野も少なくない。

 そんな丘の中をしばらく行くと、やがて最後の市街が形成されるようになり、最東端の東根室駅へとさしかかる。高台にある駅の周囲には住宅街が広がる。乗降客もいないのに長く停まったのは単なる時間調整か、それともサービスか……。列車は市街地をぐるりと回り込み、最東端の都市の中へと進んでいったのだった。たどり着いた根室はもちろん街灯はあるけれど、基本的にはもはや完全に暗闇の中だった。一度は来たことのある街だったけれど、真っ暗な中ではまったく土地勘がはたらかず、宿を探してだいぶ長いことさまようことになった。そして宿に着けば、外からはまた、雨の音が響くようになってしまっていた。


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