1.占冠村双珠別(8.2) / 2.占冠村赤岩青巌峡(8.3) / 3.トマム(8.4) / 4.釧路市(8.5) / 5.釧路湿原(8.6) / 6.霧多布湿原(8.7) / 7.長節湖、フレシマ湿原(8.8) / 8.春国岱、風蓮湖、納沙布岬、帰路(8.9-10)
札幌はよく晴れ、距離的に近い富良野では30℃まで上がるという予報が出ていたけれど、占冠は昨日と同じように、周囲の山の中腹にまで白い雲が立ちこめている。すっきりとは晴れにくい地形なのだろうか。ここに到着した日の晴天はよほど運がよかったのかもしれない。昨晩のうちににわか雨もあってやや湿度の高さの感じられる市街であったが、その分肌に触れる空気も角の取れた優しい冷たさになっているような感じがする。
私は宿を後にしてゆっくりと駅までの道を歩き、立派な駅舎と長いホームの占冠駅で下りの列車を待った。しかしここに降り立ったときと同じく、私と同じように列車を待つ人の姿はなく、寂しささえ感じられる時をしばしやり過ごすしかない。しばらくしてやってきた特急列車に乗り込み、私は隣の、特急列車しか止まらないもう一つの駅であるトマムを目指した。列車は何度も細いせせらぎを渡りながら、シラカバの黄緑やエゾマツの深緑の間をひたすらと疾走する。山並みに覆い被さる雲はまだまだ厚いようだ。
トマムの駅は、占冠よりもさらに山深さを増した背景の中に存在していた。長いホーム自体は深緑の山並みを背景として静かにたたずむのだけれど、その山奥から長い回廊が伸びてきてホームに達している。絨毯敷きの長い回廊はなにやら、その先に不思議な空間が存在していることを示唆するかのように、森の中へ向かって長く伸びる。回廊の終点にはトラベルセンターという小さくて小ぎれいな建物があった。鉄道のきっぷ売り場と少し高めの飲料の自販くらいしかないのだが、ここがこのトマムの森の入口ということになるようだ。荷物を預けられる場所もないようで、私は大荷物を背負ったまま、森の中へと続いていく道を歩いてみることにした。
周囲は深緑の風景に包まれ、安らぎの感じられる雰囲気ではあったけれど、だらだらとした登り坂は疲れている足には若干厳しいものに感じられた。やがて道の周囲を囲む森林の中に、パークゴルフ場やテニスコートが現れるようになって、いくつかの建物も現れて人の気配を感じることができるようになり、私はようやくリゾートセンターという所へとたどり着くことができた。
リゾートセンターの辺りは人の姿も多く、爽やかな風を浴びながらテニスに興じる人々の姿を見ることもできる。私はようやくここでロッカーに荷物を預け、身軽になることができた。スキー場として直線状にバリカンで刈ったような痕が山肌に残りつつも、広大なリゾートエリアを見守るように高くそびえるトマム山には登山用のキャビンも架かっている。しかしそのキャビンの終点は雲の中に出たり入ったりを繰り返し、あわてて登らなくてもいいなと思った私は、まずは下界の森の中をゆっくりと散策することにした。
さしずめ夏の中心地といった賑わいを見せるリゾートセンターを離れれば、やはり周囲に人の姿は少なくなっていく。適当に歩くとはいっても元はスキー場なのだから、道の起伏は並大抵のものではないし、せっかく整備されているらしい散策路も工事中でふさがっているために車道を大きく迂回しなければならなかったりと、決していいことばかりでもない。水の教会も工事中で見られなかったのは悔やまれるところだ。山の斜面に傷痕のようにゲレンデが刻み込まれている様子は至る所に見られ、谷間の展望が開ける方向にも、広がるのはむしろゴルフ場だったりして、わかってはいたけれども所詮は人工リゾート地、自然そのものの姿を期待することはできない。
ザ・タワーの辺りから、私はようやく散策路へと足を踏み入れることができた。完全な自然というわけではない周囲も、散策路に入ってしまえば、きわめて静かな世界となる。道沿いに水たまりのようにたたずむ「エゾサンショウウオの池」には、オタマジャクシを少し大きくしてえらを張らせたような、その生き物の幼生がうじゃうじゃと泳いでいたし、リフト下やゲレンデが木々も草も刈られて背の低い草原と化してしまっているのは仕方ないにしても、冬でも森になっていると思われる部分は、巨大なフキやササの下地の上に精悍な白樺の林が形成される、案外手の入っていない自然のままに近い姿を保っているようだった。期待していなかっただけにうれしい出会いで、ちらちらとゲレンデや、深緑の山の中に切り開かれた空間に様々な角度からザ・タワーやガレリアスイートの巨大な建物が堂々とそびえ立つ様子を眺めながら、私は思いの外、足は疲れたものの歩くことを楽しむことができたような気がした。松林の中に入ればなお一層、うっそうとした雰囲気にもなるし、案外変化もある夏のゲレンデ散策を私はしばしじっくりと楽しんだ。
やがて時は昼にさしかかり、雲がなくなったわけではないが、晴れ間も次第に大きく広がるようになってきた。私はフォレストモールという商店街のような所で昼食を取ることにした。ここも北海道だからウニだのいくらだの海鮮系ののぼりが立ちまくるのだけれど、やはり今日のところは海のものを食う気分にはなれない。周囲は深い樹海と緑の芝生に囲まれ、さらに大きく開くようになった晴れ間のもと、半袖で心地よいくらいの陽気に包まれるようになってきた。
食後、私は今がチャンスとばかり、トマム山の山頂へ向かうキャビンの乗り場へと向かって散策路をもう一周ぐるりとするように歩くことにした。周囲が、そして目的地が明るくそびえ立てば立つほど、足取りは一層軽くなっていく。そしてさっきは閉鎖中だとばかり思いこんでいた水の教会も、実は入口がわからなかっただけのことだったらしく、ちゃんと中を見ることができたこともまたうれしかった。もっとも打ちっ放しの無機的なコンクリートの建物の前にあって、水だけがたくさんのトンボを従えながら活気を保っていたようなものだったが、池の水越しに眺める晴れ上がったトマム山の風景も、悪くない。
だんだんとこのリゾートエリアの地理を把握できつつあることを感じながら、私は再びたどり着いたリゾートセンターでチケットを求め、トマム山の山頂へ向かうキャビンに乗り込んだ。動き始めはさほど高度の変化はなくて、周囲でパークゴルフに興じる人々の姿を高みの見物といった感じで進んでいく。だんだん高度は高くなってきて、ザ・タワーにしてもガレリアスイートにしてもだんだんと小さくなり、そして次第にトマムリゾートの全景があらわになってくる。そして終点に近づくと急激に斜度が上がり、下界の展望は加速度的に広々と開けるようになってきた。下界ではまっすぐに伸びる白樺も、登れば登るほどぐにゃぐにゃにひん曲げられた奇妙な姿を山肌にさらすようになり、そしてあまりに急な斜面では樹木も発達せず、緑色のササで山肌が覆われ、森林の深緑と複雑に入り交じるようになった険しい山肌の風景が展開するようになっていった。
キャビンの終点から山頂へ入っていくというツアーも早朝にはあるようだったが、それ以外でガイドなしで山頂方面へは向かってはいけないのだそうで、キャビンの終点付近のお世辞にも広いとはいえない広場で、うざいアブどもと戦うより他にない時を過ごすことになる羽目になったことに私は多少の落胆を感じてしまった。しかしキャビンからも次第に広く広がるようになっていた下界の風景は、ここに来てもっともすばらしい姿を大きくさらけ出すようになっていた。周囲を起伏に富んだ深緑色の山並みに閉ざされた山間に、ザ・タワーやガレリアスイートは半分だけキャンバスに刺した杭のように立ち、緑の森林でいくつかに仕切られた黄緑色の芝が、山と山との間を埋め尽くす。下界を歩き回っていた時はかなりの起伏を感じたけれど、広がっている緑色の芝生はあくまで平坦に横たわり、周囲を閉ざすかのように見えた原生林の山肌も、リゾートエリア全体を包み込むような優しい存在として広がっている。
外側に連なる山々の中にも黄緑色の土地が斜面に開けていたりするが、畑なのか牧場なのか、ここから見る限りは数枚の色紙程度にしか見えないけれど、タワーの大きさと比べてみると、もしかしたらその場所へ赴けばかなり広々とした風景に出会えるのではないだろうかと想像できる。そして視線と同じ高さを三角形の綿菓子のような雲は流れ、山並みの間にまで降りていって雲海を形成し、雲の中から頂上がぽこんと飛び出しているかのように見える所もある。下界にいる限りは暑いくらい晴れていたけれど、外側を取り囲む山々の中ではもしかしたらそうではないのかもしれず、今見下ろしているトマムリゾートだけは、山々が守ってくれる文字通りの楽園なのかもしれないなあ、などと私は想像を巡らせた。
アブがうざいのは玉に瑕だけれど、今は芝生が広がっているこの谷が冬になってスキー客でにぎわう時、目の前の風景の形だけが保存されてすべての色彩が白色に変換された風景が広がるのだと考えると、何としてもその様子をまた見に来たいものだという思いが強くなっていく。この雄大な谷間をスキーで滑り降りるのはさぞ気持ちよいことだろう。是非今度は冬にまた来たいものである。キャビンの駅舎には冬のゲレンデの地図も残されていて、歩いてきたあの場所この場所がゲレンデになっている様子を想像しながら、私は下りのキャビンに身を任せたのだった。
キャビンで戻ったリゾートセンターの周囲では、金さえ積めば馬に乗ることもできるし、ゴルフで遊べるしカヌー体験もできるしと、どうにでも遊べる所ではあるのだが、馬に乗るにしても2,500円積んだところで10分で終わってしまうのでは、この長い余暇、いくら金があっても足りるものではない。金をかけずに楽しむのであれば、午後になりなお一層強く輝くようになった太陽を避けてまたもや森の中の遊歩道に戻り、ベンチに腰掛けてフィトンチッドでも吸いながらぼーっとしているのが一番幸せな過ごし方であるような気がした。何もしない休暇というのもたまには悪くない。フィトンチッドのおかげかうざいアブも来ないし、何より、日射しは明るいのに暑くはならず、木々を通り抜ける風はこの上なく心地よいのだから。近くに池があり、目の前の原生林の足下におそらく水が流れているのだろう、耳に快いせせらぎの音が静かに辺りに響き、風がゆったりと通りすげれば、森の足下に少しばかり広がる湿原に生えるササやフキやミズバショウの葉は、白樺の根元で穏やかに揺らめく。私が何もしなくても、穏やかな午後の一時は、きわめて穏やかにゆったりと流れていく……。
私はまた遊歩道を進んでフォレスタモールに足を伸ばしたり、森の中の池でエゾサンショウウオたちと戯れたり、大したことのない土産物屋をのぞいたり、もしかしたら立ち入ってはいけなかったかもしれないミニ湿原に足を取られたりと、トマムの森の雰囲気をもういちど存分に楽しみつつリゾートセンターへと戻っていった。日も傾き、立ち並ぶ店も営業を終えはじめ、何もしない一日はまもなく終わりを迎えようとしていた。そして私は夕暮れの訪れつつあったトマム駅まで、あまり歩く人もいない森の中の道をゆっくり歩いていき、宿の送迎の車に乗り込んで今日の宿へと向かった。ザ・タワーやガレリアスイートを左手に見ながら、車は樹海の中を切り開くような太い道を進んでいき、そして道を囲む木々の中に紛れるように、個性ある建物がいくつも建ち並ぶ、上トマムのペンション街が形成されていったのだった。