1.占冠村双珠別(8.2) / 2.占冠村赤岩青巌峡(8.3) / 3.トマム(8.4) / 4.釧路市(8.5) / 5.釧路湿原(8.6) / 6.霧多布湿原(8.7) / 7.長節湖、フレシマ湿原(8.8) / 8.春国岱、風蓮湖、納沙布岬、帰路(8.9-10)
今日も空は厚い雲で覆われている中、トマム駅へ向かう宿の送迎車は、ザ・タワーを正面に望みつつ、白樺の林の中を気持ちよく疾走する。「夜は寒いでしょう、蒲団かぶってちょうどいいんだわ」と、車を走らせながら主人は語る。これからもっと寒くなりそうな天気予報の出ている道東へと向かうべく、私は釧路へ向かう特急列車へと乗り込んだ。
だんだんハイシーズンが近づいてきたと見え、車内は結構な混雑を見せていた。列車はしばらくはトマムの森の続きのような樹海が続いていったが、やがていくつかの長いトンネルが続くようになり、そして十勝の領域へと足を踏み入れた列車の車窓にはいっぱいに緑の牧場が広がるようにもなっていった。しかし周囲を取り囲んでいるはずの山並みは深く霧に煙ってよくは見えない。晴れていればすばらしい風景なのかもと思うが、牧場しか見えないというのもまた、荒涼として見応えのある風景である。何せ私にとっては久々の、広々とした車窓との出会いであったのだから。列車はしばらく牧場と白樺の林へと交互に出入りを繰り返し、やがて案外規模のありそうな新得の市街へと進んでいく。
新得を過ぎれば、うっそうとした樹海はなりを潜め、車窓には周囲を山に囲まれた牧場や麦、トウモロコシの畑が変わって目立ってきて、みるみるうちに十勝の牧歌的な風景へと雰囲気は大きく変わっていく。そしてちょっとした原生林のちょっとした原野には、またstrange
plantsエゾニュウが幅をきかせるようになってくる。樹海の深緑に慣れきってしまっていた目には、刈り取りの終わった麦畑の黄金色はまぶしいばかりだ。時折現れる人工建造物も製糖工場だったり、巨大な倉庫だったりして、スケールの大きい車窓をさらに大きく演出していく。
帯広はさすがに都会で、条里の整った街並が広範囲に広がり、帯広駅を過ぎても多少畑が多くはなるものの街並はなかなか途切れない。それでも川を越えるごと、また農村の風景が多く現れるようになっていく。緑や黄色の畑は曇り空の元にまぶしく映える。池田を過ぎると車窓はまた農村一色の風景となっていった。丘陵に閉ざされる左側よりも右側の方により広々と、一面に農村の風景が広がる。
豊頃辺りまでくると、畑や牧場に混じって手つかずの原野や細い木々の原生林、湿地帯なども所々に見られるようになる。そして風景も薄い霧に霞んで、だんだんとしっとりとした感じを強めてくる。線路の周囲にはノリウツギは見られるが、strange plantsの堂々としていた茎は道北や道央で見られたものよりも細くなり、あまり目立たなくなりつつあるようだ。相変わらず畑も広々として、ジャガイモの花は白い水玉のように緑の畑に彩りを添え、深緑のトウキビ、明るい緑のビート、黄金色の麦畑と入れ替わり立ち替わり車窓を彩っていく。
浦幌、上厚内あたりでは車窓はまた山深いものとなり、頂部を霧に覆われた山並みの間に広がる牧草地は若干せせこましい。ヤチボウズのはしりなのか、地面がこぶこぶになっている荒れ地もあったりして、次第に湿原の領域に近づきつつあることが伺える。そして厚内からは、列車はついに海沿いに出た。しかしその上空には完全に霧が立ちこめ、見えるのは足下に寄せる白波だけなのであった。勢いを強める霧は時には陸地にも押し寄せ、原野や原生林や牧場を白く染め上げていく。霧の中をひた走るようになった列車は時折山間の牧場にも顔を出すが、音別から再び海を車窓に大きく映すようになる。海に面する崖にはやはり森林は発達せずにササで覆われた丘となるが、それも霧の中ではきれいな黄緑色にはならない。海から離れても荒涼とした湿原や、時々は小さな海跡湖、そしてささやかな原生林の合間を縫うように列車は進む。エゾニュウもシラカバもやせ細ってむしろ哀れな姿となり、道北とは違った意味での自然の厳しさが私には感じられるようになっていた。
白糠、庶路辺りまで来ると、湿原の合間には工場の姿も見られるようになるが、一面に荒涼とした風景が広がり、深い霧の中をひた走る情景はいっこうに変わることはない。そして大楽毛からは周囲は工業地帯となるのだけれども、工場同士の間隔が大きいのか車窓には荒涼とした雰囲気が引き続いて強く感じられ、本格的に市街地へと入っていくのは新富士を過ぎて側線をたくさん抱えるようになってからであった。
たどり着いた釧路は霧雨の中だった。長袖でも肌寒さを感じるほどの気温であったが、霧に包まれた周囲は湿度も高く、体を動かしたり建物の中に入ったりすればそれなりに汗もかいてしまう。ちょうど昼飯時で、私は近くの和商市場へ向かい、試してみたかった勝手丼をいただくことにした。ライスのサイズも各種あり、トッピングも様々な種類で、回転寿司に通じる楽しさを感じながらの昼食となった。サンマとかクジラなどという、いわゆる普通の海鮮丼としては珍しいと思われるものや、ツブ、ルイベなど北海道ならではのネタもあったりして、私はいろいろな店を周りながら、ちょっとずつデフォルメされていく丼の彩り、そしてそのおいしさを楽しむことができた。
私にとってはこの釧路も、何度か訪れたことはあるけれど通過してばっかりで、そのものをあまりじっくりと楽しんでいない街の一つだった。午後、私はこの釧路の市街を散策することにした。駅前のバスターミナルの複雑な路線図を読み解くのにも苦労したが、とりあえず見どころのありそうな路線に乗り込んだ。幣舞橋までは歩いたこともあって、以前と変わらず都会が広がっていたが、幣舞橋を渡って急坂を登り詰めた所からが、釧路の人々の本当の日常生活のありそうな市街地となった。広範囲に広がる市街地は結構な起伏を伴いながら、それなりの賑わいを至る所に見せている。市街に横たわる春採湖は、市立病院を過ぎると間もなく、下界を見下ろすようにして建物越しに垣間見ることができるようになる。バスの走るこの市街地はどうやら、春採湖を囲む高台にあるらしいということを私は何となく把握することができた。
とりあえず湖面に一番近そうなバス停で、私はバスを降りた。湖面自体には確かにすぐにたどり着くことができた。春採湖は細長い湖で、すぐ近くを囲む高台の市街すら霧の中に埋もれているというのに、その反対側など霞んで見通せるはずもない。この場所はちょうど湖の北東端のどん詰まりにあたっていて、湖の半分に関しては周囲を住宅街に囲まれつつ、細長く伸びるその形がはっきりと見て取れる状態ではあった。少し歩けば、沖に突出した小さな丘に残るチャランケ・チャシという小さな史跡があった。薄い森林とササで覆われた小高い丘で、下にいるよりは湖を高い所から見渡せ、それなりによい見晴らしが広がる。しかしここも蚊がうざくて、やはり長居はできない。
私は郊外型の大型店舗もあったりするバス道を少し戻るように歩き、湖の南岸を目指した。しばらくすると太平洋炭鉱の物々しい大きな建物がある。構内にはいくつも線路が延びているのが伺える。構内から延びる線路を渡れば、内部には春採駅というらしい貨物駅の多数のレールが整然と並び、貨車を何両も連ねる長い列車がたたずんでいるのも眺められる。その列車を見ながら歩いていくと、私はとうとう春採湖の南岸へたどり着くことができた。
ここからは春採湖を一周する遊歩道が、ここから海の方へ伸びていく貨物線の線路にも寄り添って続いていく形になる。この湖はくの字型に屈曲していて、その末端までは見通せないのは当然だとしても、濃い霧は相変わらず市街地にまとわりついて、かなり近い所でさえ視界は限られてしまう。まあ、すっきりと晴れ上がったところで見えるのは丘の上の住宅街ばかりであろうし、これくらい霧がかかって邪魔なものがカットされたくらいに考えた方が、楽しく歩けるというものだ。
道はだいたい湖面と同じ高さで、湖の岸辺が湿地化してアシのような草が密生しているのも間近に見て取れる。この南岸の遊歩道沿いは原生花園のような状態で、ハマナスやシラカバが道の周囲を多い、寄り添う貨物線の向こう側にも荒れ地が広がっている。途中で歩道は線路の上を跨ぎ越す格好になるが、跨線橋の上に登ればそこはちょっとした展望台のようになっていて、屈曲しているために全景とはいかないけれど、霧の中に静かに横たわっている湖を広く見渡すことができた。この辺りが屈曲点に近いようで、再び湖面と同じ高さまで戻れば、春採湖はまた違う角度で大きく広がった。
道の周囲は相変わらず原野に挟まれ、途中で住宅地の中へと迂回しつつ、私は湖の南西端へと進んでいった。このあたりにはバードサンクチュアリが作られていて、観察できるような四阿もあったりするのだが、やはり蚊がうるさくてじっくりと観察することはできない。私は蚊から逃げるように、湖の北側へ回り込む遊歩道を急いだ。湖の北側には高台の市街地の足下にあたるような崖が寄り添い、時には赤い地層が露出していたり、シラカバやナナカマド、カラマツなどの並木道ができていたりするが、細長く横たわる湖の対岸にはさっきまで歩いていた南岸の遊歩道、跨線橋やら貨物線の踏切やらも見渡せ、周回遊歩道の新たな楽しみが加わる格好となっていた。静けさの中に突如汽笛が鳴り響いたかと思うと、さっき確かに春採駅で停車していた、何両も貨車をつないだ貨物列車がまさに走っている所だった。営業運転を見られるとは思っていなかっただけに、私は突如現れた勇壮な姿を楽しく眺めることができた。
そしてさらにしばらく湖岸を進み、高台にある釧路市立博物館に隣接する物見台に登り、細長く横たわる春採湖を眺めれば、今度は春採駅へ引き返す列車がゆっくりと対岸を走っていった。博物館は残念ながら月曜日の休館日にあたって中には入れなかったが、物見台から湖を眺めれば眺めるたび、霧の中静かに横たわる春採湖の様々な角度からの姿がじわじわと思い起こされてきたのだった。
本当は米町の方にも行きたかったのだが、足下も冷たく、第一むしろ寒ささえ感じられるほど気温も下がってきたので、私はおとなしく宿へ帰ることにした。市街地の中であれば交通の便もよく、今日見られなかったとしてもまたいつの日か必ず見ることができるような気がした。釧路の駅前へ戻るバスは高台から急坂を下りて幣舞橋を目指し、建物の密集する都会の風景が霧に煙ったままである姿が正面に大きく広がっていた。そして私は、街並にカモメの舞う釧路市街の中心部に戻り、夕食に目論見通りのホッケの定食にありついて強い満足感を感じたのだった。