後志日本海(2006.12.27-2007.1.4)


1.長万部、黒松内、寿都(12.27-28) / 2.島牧村(12.29) / 3.雷電海岸、歌棄(12.30) / 4.雷電海岸、岩内(12.31) / 5.泊村、神恵内(1.1) / 6.西の河原(1.2) / 7.倶知安、京極(1.3-4)

ホームへ戻る   ご感想はこちらへ


刀掛岩 雷電温泉の朝湯を頂いた展望風呂から、私は漸くこの雷電温泉郷の周囲の状況をうかがうことができた。目前に広がる広大な海原に接して、左手に聳える崖の下には言われてみれば確かに刀を置くことができるように、険しい岩盤に溝が掘られたような刀掛岩が佇み、そして右手には明るくなってもまだ勢いを失わない岩内の街の灯りがぼんやりと浮かぶ、幻想的な朝の海原の風景を、私は暖まりながら暫し楽しむことができた。部屋に戻りだいぶ明るくなった外を見れば、空には雪が舞い、停まる車にも雪がうっすらと積もっていた。私はこの旅に於いて初めて、雪の積もった車というものを見ることができたのである。

 連泊する宿に荷物を置いて外に出れば果たして、国道にも今日こそはうっすらとではあったが雪が積もっていた。刀掛岩を擁する目前の海も、雲が薄くなれば青みを帯びて昨日よりは穏やかではあるようだったが、足もとの砂利浜の海岸に寄せる波はまだ激しさを残している。うっすら雪が積もり、まだ誰も足跡をつけていない急坂を登って、私はホテルの裏山へと歩みを進めた。大荷物は置いてきたはずなのに息が切れるほどの坂道は、山の中の階段道へと続いていく。普通の冬ならきっと雪深くて立ち入ることさえできないのだろうな、などと想像しながら、履いてきたゴム長靴が漸く本領を発揮できる階段道へと私は進んでいった。海沿いの道を行く車や波の音もBGM程度になり、道はついに、あまり手入れのされていなさそうなぼろぼろの展望台へと辿り着いたのだった。

刀掛岩 葉こそ落ちてはいるものの周りに木々の生い茂る展望台からは、巨大な刀掛岩が海岸に鎮座する、絵葉書になりそうな海原の風景が広がった。近づいて眺めた方が見応えがあるのかもしれないような気が私にはしたのだが、それでも頑張って登り詰めた結果、陸地から巨大なぎざぎざの岩盤が海に落ち込み海原でさえ小さく見えるような素晴らしい風景に辿り着くことができたことは嬉しかった。

吹雪の山道 私は高台に通された、足もとを熊笹で固められた落葉樹の林の中の道を更に進んだ。辺りに降る雪の量は激しさを増していき、昨日までは想像さえできなかった、大粒の雪が次々と舞ってきてどんどん雪が体に降り積もっていくという、まさに雪国の旅らしい状態となっていった。私はそんな情景を楽しみながらも懸命に坂道を登っていった。落葉樹の林の中に佇む浄水場の所からは道は下りに転じたが、周辺の風景の細部にまで気を配る余裕は最早私にはなくなり、大量の雪の舞う森の中、私は夢中で坂道を下っていったのだった。

 森を抜けて海沿いの国道と合流する辺りは、雷電温泉郷の小さな温泉宿が建ち、また山の更に奥にあるらしい朝日温泉への入り口とされてもいるようだった。宿のあるバス停からトンネルを一つ抜けた所にあたり、海へ突き出すカスペ岬というらしい岩礁の向こうには刀掛岩が重なって見えそうなものだったが、あまりに雪が強くて、白く煙ったシルエットとなってしまっていた。反対方向へも断崖の下を行く道の代わりに新しいトンネルが掘られているようだった。背後の断崖の中には弁慶の薪積岩とか言われているらしい、その部分だけ飛び出すように角張った岩盤が露出する部分も確認できたが、間近にあるそのような見どころさえも見逃してしまいそうになるくらいの大粒の雪は依然として降りしきり、私は逃げるように、温泉街へ戻るカスペトンネルの中へと駆け込んだ。

 トンネルは600 mくらいで抜け、私はもとのホテルの近くへと辿り着き、もとの刀掛岩の展望に再会することができた。次のバスを待つ間に雪の勢いは若干弱まって、雲が薄くなればカスペ岬の向こうには白い積丹半島の島影も大きく浮かび上がり、それなりに美しい海原の風景を楽しむことができたのだった。

 私は寿都の方へ戻る路線バスに乗り込んだ。長いトンネルを抜ければ、車窓にはごつごつとした美しい海岸線も現れるが、トンネルに入ったり出たりを繰り返す道である。蘭越町港町辺りでは山側には荒野も広がったが、寿都町に入ると海と、少し白味を増した崖に挟まれた道を進むようになっていく。磯谷、横澗と進んでいけば、海岸には荒々しく削られてごつごつとした岩礁がたくさん浮かび、そして湾の対岸には寿都の市街地が、その背後の白くなったスキー場と共に海の上に浮かび上がるようになってきた。

吹雪の海岸 私は古めかしい木造の建物一つが丘陵の麓に建つ鰊御殿という所でバスを降りた。歌棄の街の入り口にあり、この先は市街が発達していそうだったが、後ろを振り返ると入り組んだ丘陵に沿う荒々しい海岸を見守るように、お堂が一つだけ横たわる。私はここまでのバスの車窓に現れた美しい海岸線をじっくりと楽しみたくて、磯谷の方へ戻るように歩みを進めた。雲が薄い時には対岸の寿都の市街や、シンボリックに立つ3基の風車も堂々として見られ、ちらちら雪が舞えば昨日よりも寧ろ冬らしい雰囲気だわと喜びながら歩くこともできたのだが、それが次第に雲に煙って見えなくなっていくと、辺りには吹雪が襲ってきたのである。

寿都町日本海 私はしまっていたジャンパーのフードも装着することで、装備としては問題ない状態を保つことはできたのだが、今日の雪は体に降り積もって流れていかず、鞄やカメラもじっとりと湿ったような感じになってしまい、何とも歩きにくいものだった。顔に当たって融けた雪は顔を伝って涙のようになり、本当に泣いているわけではなかったけれど何とも言えない寂しさを私は感じていた。しかしやがて雲は薄くなり、吹雪の勢いも弱まってくると、あんなに雪が積もっていたジャンパーも手袋も強い風に吹かれてすぐに乾いていくのが何とも不思議なところである。

船着き場の跡 有戸、種前、美谷と、私は時々猛吹雪に吹かれながらも、止んでしまえば路面は水溜まりとなるような海岸の道をひたすら歩き進んだ。海岸にはもう浸食されきったといった感じの、平らなテーブル状に近いけれどごつごつとしている岩礁が波間にのぞく。そんな岩礁に同化するように、所々立派な漁港とはまた違う古い石積の船着き場や、それが朽ちて自然に還りつつあるもの、あるいは石をそれらしく簡素に積んだだけのような所もあったりして、それらが等しく激しい波に洗われるのを見ながら、私は歩みを進めた。横澗に近くなってくると、魚屋が作ったらしい巨大な櫓の中にたくさんの鮭が干されている所があったりして、人通りがあるわけではないけれど寂しい風景の中に活気のようなものが感じられる一幕もあった。

 このまま歩き続けるのも悪くはないような感じだったが、寿都の方で大きく立ち尽くす風車を足もとで大きく見るということにも、私にとっては捨てがたい魅力があった。丁度よく小樽の方から寿都の方に戻るバスがやって来るようだったので、鮫取澗というバス停から私はそのバスに乗ることにした。完全に天然というよりは点在する古い船着き場のおかげで少し人工的な雰囲気のある、黒い岩礁の入り乱れる鮫取澗の海岸をあとにして、1時間半ほどかけてじっくりと歩いてきた道を、バスは軽快に引き返していった。

 私は歌棄までバスで戻り、だいぶ近くに建つ巨大な風車を目指して、道幅の広い街並みを少し歩いた。吹雪の収まった市街に積雪は殆どなく、ゴム長の底に加わる衝撃に、やはりこの靴は雪の上を歩くためのものだったのだなあなどとしみじみ感じながら、私はひたすら歩みを進めた。進むにつれて海は遠ざかっていくのだけれど、海沿いに建っているはずの風車の足もとに向かうためにはどこから路地へ入り込めばいいのか、私は暫く全く予備知識のない状態で歩き続けることになった。市街地のバス停を2つほど進むと、昨日のバスの中で聞いた珍しい響きの汐路(おじょろ)というバス停のすぐ先の小学校の辺りに、斜めに分かれる路地を見つけることができ、恐らく海岸と平行に延びるのだろうと私は考え、その路地へと分け入ってみることにした。

風車 路地はどうもダートのようで、車道とは違って除雪はされず、ふわふわというわけではないが積雪で真っ白に染まった道が、柏など落葉樹の林の中に通されている。進んでいくうちに、どうやらこの辺りには更に風力発電所を増やそうと、工事が進んでいる所なのだということがわかってきた。この道ももしかしたらそのためだけに切り開かれたものなのかもしれなかったが、それでも再び強くなってきた吹雪に打たれながら、誰もいない森の中をただ進む、孤独な冬の独り旅の雰囲気を満喫できる道に、予期せず出会えたことが私には嬉しかった。やがて入り口から20分ほど経ち、私はついに、切り開かれた荒涼とした草原に建つ、この寿都の街のシンボル的な3基の巨大な風車の足もとへと辿り着くことができた。真ん中の風車は停止中だったが、吹雪の中、他の2基は空気を切る音を立てながら、巨大な羽根をひたすら頑張って回転させているかのようだった。

吹雪の歌棄市街 林の中の孤独な白い道を歌棄の方へ引き返すうちに、吹雪は更に勢いを増し、国道に戻るとさっきまで積雪のなかった路面にシャーベット状の雪が残るようになっていた。向かい風でない限りは何でもないが、市街に入ってからバス停までの道ではもろに向かい風となって前進もままならなくなり、体にも雪はたっぷりと積もっていき、これでは外に居続けることはできないと、私はたまらずに近くのセイコマートに飛び込んだ。宿に戻るバスまで若干の時間があったのだが、店内の椅子に座って待つことを許してくれたセイコマートにはただ感謝である。バスの時間が近づいても吹雪は止む気配を見せず、路面にもついに、凍結の兆しが現れてきた。

 私は吹雪の中を走ってきたということを如実に表す、真っ白に染まったバスに乗り込んだ。昨日は夜になってしまって、寿都の街の灯り以外何も見えなかったわけだが、明るくなっても窓は曇っているし外は吹雪だし、昨日とは違う理由で外の世界があまり見えてこない。さっきは液体の水に支配されていた路面も、どうやら固体の雪に覆われているようだった。曇りを拭った窓から見える海は、相変わらずごつごつした岩礁に白い荒波を寄せて砕け散り続けている。横澗を過ぎると岩礁の姿は少なくなり、道路の下を直接えぐるように日本海の荒波が打ちつけるようになっていった。岩礁は海と陸の緩衝地帯の役割を持っていたのだということを、改めて私は理解することができた。こんなダイナミックな海の風景を、さっきのようにゆっくり歩いて眺めるのも面白そうではあったが、こんな吹雪の中では大変な思いをすることになるかもしれないな、と私はさっきの散歩道で体験した吹雪模様を思い出していた。

 海の間際を行く磯谷の辺りでは、路面に雪はあまり積もらないようだった。吹雪の勢いはあまり変わってないようだったけれど、海にあまり近づき過ぎると、風で飛ばされてしまうのだろうか。磯谷から能津登と、海の間際を進んだバスは、トンネルを越えて一瞬蘭越町に入ると、少し海とは距離を置くようになった。そして長いトンネルがいくつも連なる領域へとバスは進み、宿のある雷電温泉郷へと辿り着いた。まだ3時を過ぎたばかりで、宿に入るにはだいぶ早いような気もしたが、私はその分を展望風呂から、だんだん暗くなっていく刀掛岩と海原の風景を存分に味わいつつ、ゆっくりと過ごすことにしたのだった。



次のページに進む
このページの先頭へ戻る
前のページに戻る

ホームへ戻る
ご感想はこちらへ