1.長万部、黒松内、寿都(12.27-28) / 2.島牧村(12.29) / 3.雷電海岸、歌棄(12.30) / 4.雷電海岸、岩内(12.31) / 5.泊村、神恵内(1.1) / 6.西の河原(1.2) / 7.倶知安、京極(1.3-4)
今日は日本海岸の露天風呂からのスタートである。曇った空からは湿っぽい雪の粒が舞ってくる。周辺には昨晩にうっすらと積もった形跡はあったが、周りの車に積もっているわけではなく、路面も凍結することなく完全に水溜りとなっている。北海道特有のふわふわとした雪が成り立つ条件は、未だ満たされていないということなのかもしれない。あるいは温泉が湧くくらいだから地熱が高いのだろうか。そんなことを考えながらも圧倒されるのは、やはり明るくなって姿を現した、目前で激しく波を逆巻く日本海だった。
薄暗い灰色の空のもと、海原は緩やかな大きな幅の上下動を繰り返し、広範囲に真っ白な波頭を断続的に押し寄せてくる。体を湯の外に出してしまうとやはり厳しい寒さに襲われてしまったけれど、私が当初夢見ていた旅模様により一層近づきつつあることを感じながら、私は暫し海の姿を眺めた。天気予報はオホーツク海岸、そして本州の日本海側が大雪になりそうなことを告げる。天気図は久しぶりの明らかに強い冬型で、東京も冷え込んだのだというが、この地における冬型とは、果たして如何ほどの厳しさを感じさせてくれるものだろうか。
暗闇の路線バスで通過した島牧まで戻る便がうまい時間になくて、またタクシーの世話になろうかと考えていたのだが、宿で車を出すという情報が得られたので私も便乗することにした。道沿いには雪はないけれど、荒れ狂う海面には泡がいつまでも消えず、波は白く逆巻いていて、磯浜の色はごく稀にしか見られず、見ようによっては充分に白い風景である。雪については宿の主人も、年明けまで降らないこともあると言っていたくらいだから、ここはもともと雪の少ない土地なのだということだろう。そんな荒々しいはずの海沿いの道、ごつごつとした黒いはずの磯浜が、そうであることさえわかりにくくなるほどの勢いで押し寄せる荒々しい白波のもと、10分程送迎車に揺られると、道沿いには小規模な集落が形成され始めた。原歌という、路線バスの半分の便が折り返す所で、海岸も津波に備えたという、頑丈そうな堤防で固められるようになった。
原歌の集落を抜けた所に道の駅があって、私はそこで送迎車から降ろしてもらい、荒々しそうな海岸を眺めながらのんびり散策してみることにした。決して閉鎖されているようなことはないにも関わらず、ひとけに乏しく駐車場のだだっ広さが寧ろ寂しさを強く感じさせる道の駅をあとにし、千走川を越えて長いトンネルを抜けると、そこから江ノ島海岸というらしいちょっとした景勝地が始まった。車から見たような磯浜ではなく延々と続く砂浜であり、やや大きめの砂の粒が敷きつめられる砂浜には、ここでも絶えず荒波が押し寄せてくる。時に波は全ての砂浜の領域を侵食し、車道の縁石さえさらおうとしてくる。
海岸線は前方の島牧の市街へ弓なりに続き、その先にトンネルに覆いかぶさるかのように荒々しい岩礁が海へ突き出す様子が、恐らく神奈川の江ノ島と共通の景観なのかもしれない。私はそんな、本当は穏やかな海の方が似合うのかもしれないなだらかな海岸線をなぞるように、荒れ狂う海に沿ってゆっくりと歩いていった。海に対峙する丘陵には時々厚い雲が覆いかぶさり、それを合図とするかのように、やや湿った雪が降り始める。時には一瞬だが吹雪のように強く降ることもあり、辺りの雰囲気はいよいよ、待ち望んだ冬の旅の様相を呈してきた。
建物は基本的には連続して現れることはなく、江ノ島海岸では道に沿う部分のみに建物が続いたが、それも程なく途切れてしまった。高潮津波対策の防波堤が建つ所であれば、その上に登って海を間近に眺めながら歩くこともできたが、集落がない限り海沿いに堤防はないらしく、そうなると私は車道を歩いていかざるを得ない。砂浜に降りることも容易ではあるようだったが、実行してみれば地盤はあまりにも柔らかくて歩く速度も異様に落ちてしまうし、そして強い波は断続的に激しく浜へ襲いかかってくるので、常に海を間際に見ながら歩くというわけにもいかないのが難しい所だ。多少の冷たい風は常に吹き続け、そして空からは稀にではあるが、霰のように硬い粒の雪が舞う。駐車場の整備された所では決して少なくない釣り人達が、静かに吹雪と荒波を楽しんでいるかのようだった。
私は時々は海の近くに出ながらも、基本的には何もない国道を進んだ。やがて道は、丘から流れ来る泊川に差し掛かった。高かった丘陵が川の部分だけは谷となって、奥の方までうっすら白く雪化粧した山並みと河原の風景が美しい、険しい中にも安らぐ風景が一瞬道沿いに展開し、道はそのまま漸く島牧の本村へと進んでいった。セイコマートや郵便局もある便利な村の中心地ではあるが、村役場の建物も言われなければ役場だとは思えないくらいの小さいもので、市街の範囲も決して広くはなさそうだった。
セイコマートで休憩を取りつつ、私は引き続き、島牧村の海岸線を辿るように歩き続けた。小さな市街は程なく途切れるが、隣の永豊という集落までは建物は連続して現れてくる。足もとの黒くごつごつとした岩礁は絶えず荒波の白い波頭に揉まれ、飛び交う鴎達も様子をうかがうかのように、上空や堤防の上で待機する。大平(おおびら)という集落へ進むと、道は長いトンネルに差し掛かる。1.1 kmという値が入口に書いてあったが、全く変化のない風景の中を延々と歩き続けるというのは、同じ1.1 kmであってもだいぶ印象が違って、とにかく早くここを脱出したいと思うあまり、ついつい早足になってしまうのである。
漸く長いトンネルを抜ければ、新しい明るい世界には大平海岸という、さっきの江ノ島海岸よりは短いけれど美しい弓なりの砂浜海岸が現れた。新しい世界との出会いを迎えることができたような気がして、私は何だか嬉しくなった。その場所は大平川の河口でもあり、丘の上へ繋がる谷の背景には、雪化粧をした山並みの風景までもが広がった。大規模なわけではないが、狭い範囲にコンパクトに美しい風景が纏まっているようだった。道は引き続き、漁村の集落に接して荒々しい波を立てる海に沿って進む。豊浜、軽臼と、所々波の下に海蝕台地も形成されかけ、その部分だけ波の形が周辺と異なるため決して一様にはならない波が海面を埋めつくす様子を、上空を舞ったり堤防の上で休んだりする鴎達と共に眺めながら、私はゆっくりと歩みを進めた。
この辺りには所々、手造りのように岩が積まれて成り立つ古い船着き場の跡が、波に埋もれそうになりながら姿を現し、荒れ狂う波の形に独特の雰囲気を与える要因となっている。そして歩きながらも時々振り返れば、これまで歩いてきた道がずっと遠くから続いているのがわかって、私にとっては感動的でさえあった。中には漁村の集落を守る崖面がゴリラの顔のように浸食されている所もあったりと、微笑ましい一幕もあったわけである。集落同士の境界はさっきのような長いトンネルになることもあれば、海に突き出す岩礁の上に登る坂道となることもあった。軽臼の集落からそんな崖の上に登れば、神社の境内からは港の周囲に荒々しく波を立てる海の姿が一望のもととなる美しい風景にも出会うことができた。
崖を下れば栄磯という集落になり、前方の恐らく次の集落との境となる岩礁の向こうには本目灯台と思われる建造物の乗る岩礁も姿を見せてきた。防波堤の上に登れる階段を見つけては登り、後方のここまで歩いてきた道や、前方に引き続き押し寄せる荒々しい波の風景をいちいちカメラに収めたり、漁民が設置したらしい簡単な網の箱の中に鮭トバやらエイひれやらタコやら、いろいろなものが干物にされているのを見つけて喜んだりしながら、私はマイペースの歩き旅を続けた。
さっきの大平程ではないもののそれなりの長さのある原瀬トンネルを抜けると、大きな港が現れ、その向こうにはいよいよ本目岬灯台の乗る岩礁が勇壮な姿を見せるようになった。かなりの高さのある岩礁が垂直に近いほどに浸食を受けてしまうということも納得できるような強い波を受けながら、それでもそんな海の上に独り佇む灯台の姿は、強い底力のようなものを感じさせてくれる。
そんな本目灯台を通り過ぎ、私は更に歩みを進めた。波は相変わらず強いままだけれど、波の上に顔を出す黒い岩礁は少なくなって、激しい波が直接防波堤へぶつかるような所も珍しくなくなってくる。ここまでのように集落同士の区切りとなるように時折丘陵から海へ突き出す岩礁も現れなくなって、歌島、弁慶岬へ通じているであろう海岸線がなだらかに伸び、電波塔を載せる歌島高原の山並みが美しい稜線を前面に見せてくれるようになっていった。
本目灯台を過ぎてだいぶ歩き進めば、折川の河口に斜めに架かる橋のたもとに本目というバス停があった。本当の本目の集落は、どうやらこの川の向かい側にあるようだった。海からは少し離れたため、広い道沿いの集落は至って静かな感じだ。もちろんさほど大きな集落なわけではないが、少し歩いてもとのバス停に戻り、冷たい強風から逃れて待合小屋に籠れば、窓の外には相変わらずの荒々しい波が逆巻いて、轟音が辺りに響き、本来の冬の厳しい日本海の姿が再び眺められるようになる。そして海沿いの堤防を歩けば、海は私に堤防の下から激しい波を跳ね上げるという攻撃を仕掛けてきたのである。集落は防波堤に守られて静かだったけれど、その外側には依然として厳しい世界があるのだということを、半身ずぶ濡れになった私は痛く思い知ったのだった。
この折川を以て島牧村の見応えのある海岸線は一段落するようだったので、私はあとは少しだけ待てばやって来る寿都行きの路線バスに身を任せることにした。本目の集落を出てしまえば、バスの車窓からは建物は姿を消し、暫くは赤茶けた荒涼とした高台の道を淡々と進むようになった。次の集落までの距離もこれまでに比べるとかなり長くなっているようで、そこまで歩いてみようなどと考えてしまったら大変なことになっていたかもしれない。漸く現れた次の歌島の集落ではバス道は海と同じ標高にまで下がり、再び現れた荒々しい波の風景と共に少しだけ進んだ後は、バスは主に高台を進むようになり、赤茶けた落葉樹や枯れた草本に覆われた道の上から、崖下に荒れた海原を見降ろすようになっていく。
荒涼とした崖上の道は、背の低い枯れススキや熊笹に埋め尽くされた草原のような丘に囲まれながら、寿都町に入り弁慶岬まで続いていく。崖のすぐ下は見えないけれど、洞門ができているらしい所も見られてくる。弁慶岬の駐車場の広いアスファルトでは、再び舞い始めた固い粒の雪が風に流されて紋様を描く。そして広大な草原こそ広がらなくなったものの荒涼としたままの道は、弁慶岬を回りこんでもまだ続き、寿都の市街が近づいて高度を下げてもなお、車窓には時々枯れススキと熊笹の小さな草原が姿を現してくれたのだった。
バスは寿都のバスターミナルに着き、私は暫くバスターミナルで休んだ後、宿のある雷電温泉の方向へ海沿いに向かうバスに乗り継いだ。バスは昨日黒松内からここまでやって来た道を途中まで後戻りしていく。高台の市街を抜け、笹の荒涼とした道を下って、荒々しい波を上げる寿都湾沿いの道へバスは進み、樽岸の集落に入って海からは若干距離を取りつつ、湾の対岸に立ちはだかる丘陵が心なしか昨日より雪の白味を強めているのを車窓に現していく。そして海から離れると、3基の風車が丘の麓で回るのを眺めながら、バスは海に流れ込む大河の方へ進み、そして往路と同じように、ゆべつの湯という温泉施設へと立ち寄った。
私はこの施設に何となく心魅かれて、バスを降りることにした。今日の宿も温泉宿なので迷いはしたのだが、ダイヤの都合上途中どこか1ヶ所で途中下車をする必要がある状況であり、かといって他に立ち寄れる所もなさそうだったわけである。施設から海が見えるわけではないのだが、風車の建つ平野を眺めたり、寿都の冷たい風を首から上にだけ存分に浴びながら露天風呂を楽しんだりして、私は波をかぶりながら歩いてきた体の疲れを癒すことに努めた。そして何より、次のバスまでの時間が多少開いていたとしても暖かい所で過ごすことができるというのもまた嬉しいことだった。こんなに降らないのは珍しい、雪掻きが楽だ、なんていう会話が交わされる休憩室で私はのんびりと過ごしつつ、もうあとは宿に入るだけだったので、多少大げさにしてしまっていた防寒装備を私はここで軽くしてしまうことにした。
そして私は、雷電温泉の方へ向かう次のバスへと乗り込んだ。暖まっている間に外はすっかりと暗くなってしまっていたが、風力発電の風車はライトアップされて闇の中に浮かび上がっていた。その電力は自力で賄っているのだと信じたいところである。追分からは昨日は通らなかった私にとっての新しい道となったが、当然辺りには何も見えるわけもなく、見えるものは角度を変えて後ろの方へ遠ざかっていく風車と、その向こうに意外に目立つ寿都の街の灯りだった。汐路(おじょろ)、歌棄(うたすつ)とすぐには読みづらい地名が続くが、寿都の街灯りは依然として車窓に現れ続ける。何にも遮られないということは、きっとこの道も海沿いを通っているのだろう。だからと言って昼間にこの道を走ったとしても、寿都の街並みはあんなに目立つ存在ではないような気がする。私は夜でないと見られない美しいものを見ることができたような気がして、少しだけ嬉しかった。目を凝らせば暗闇の中、ぼんやりと白い波の姿も浮かび上がってきた。
やがて寿都の灯りも後方へ遠ざかり、バスはひたすら闇の中を行くようになった。最後に長い長いトンネルを越え、外に出た所が宿のある雷電温泉だった。周囲には荒々しい海らしきもの以外には何も視界に入って来ず、灯りをもたらしているのはこれから入るホテルの建物のみなのだった。