1.往路、函館(3.21) / 2.根室(3.22) / 3.ウナベツスキー場(3.23) / 4.峰浜、ウトロXCスキー(3.24) / 5.ウトロ流氷ウォーク、斜里(3.25) / 6.網走(3.26) / 7.サロマ湖口、帰路(3.27-28)
今日も外はよく晴れているが、久しぶりに寒気が入ってきたとのことで、最高気温の予報は3℃止まりになっている。そしてずっと雨になるといわれていた、旅の最終日となる予定の明日の予報も、いつの間にか雪の予報に変わり、どうやら春への歩みが小休止となるらしいことを伺わせる。果たして流氷は少しでも、姿を戻してくれるだろうか。気温だけで決まることではないとわかっていても、期待の持てる材料の到来に、私は少しうきうきした気持ちとなっているのを感じつつ、今日の旅を始めることにした。
外に出れば確かに、私の身はこの旅の中で一番空気の冷たさを感じた朝の空気に包まれた。とりあえず市街の中心であり交通の拠点でもあるバスターミナルを目指し、私は網走川の川岸を散歩していったが、風はかなり冷たく、久しぶりにマフラーをしっかりと巻かないと耐えられないくらいだった。市街を取り囲む丘陵は中腹まで家並みに固められ、時折海から迷い込んだかのような流氷のかけらがぷかぷかと浮遊する大きな川が丘陵の麓を流れていく風景は、なかなか絵になるものだとは思ったのだが、久しぶりの寒さは私には耐え難く、バスターミナルに駆け込んで鞄の奥にしまってあったセーターを取り出さざるを得なくなったのだった。
おーろら号の乗り場まで、歩いて行けない距離ではなかったのだけれどちょっと厳しいかなと思った私は、素直にバスの便を利用することにした。以前初めて流氷を見に来た時にも、真っ先におーろら号に乗りに行ったのだが、今回も宿泊と同時に予約すれば割安になるというキャンペーンを市で行っているとのことだったので、再びあの時の感動を求めることにしたわけである。バスは市街地を川沿いにまっすぐ海に向かって進み、周囲は市街から次第に、厳つい港町の息づかいを感じさせる領域へと吸い込まれていった。
おーろら号の係留される港の中には、氷はほとんど浮かんでなくてむしろ青々とした水面がのぞき、本当に以前見られたような、氷の浮かぶ海の航路を体験できるのかどうか、不安にならざるを得ない状態だった。乗船手続きをした私は船室などには脇目もふらず、もう外の世界しか目に入らないみたいな感じですぐに甲板に出た。周囲を見渡せば二ツ岩側の堤防の向こうには、何とか真っ白な流氷原が控えているらしいことがよく見渡せた。市街の続く大地は白い霞に煙ってしまっていたが、それもそれで幻想的な美しい風景になっていた。しかしやはり、東側の海は、いくつか氷塊こそ浮かんではいるけれどだいぶ開放水域も広そうな感じだ。果たしてどのような航海になるか、出航を待つ私の気持ちには、期待と不安が入り交じって、短い時間であってもなんだか待ち遠しさを感じた。
やがておーろら号は、出航の時を迎えた。案ずることなく、港を出ればすぐに、船は広大な流氷原へとさしかかった。もちろん開水面もかなり大きく開いてはいたけれど、ごつごつと何層にも隆起し、ほのかに青白い色を呈して巨大に浮かぶ流氷達の姿は、ダイナミック以外の何者でもなかった。もちろん以前見た時のように、一面の流氷原を常にどすんどすんと音を立てながら、というわけにはいかないようではあったが、今日のように適度に開水面のある方が、船の立てる波に揺られてぷかぷかと巨大な氷が漂ったり、時にはひっくり返ったりする、そんな動きのある流氷の姿を楽しむことができて良かったような気も私にはしてきた。
船の周囲には観光客目当ての大量のカモメたちがしきりに空を舞い、春めく航路を華やかに演出してくれている。船は流氷の多い所を選ぶように、港の沖合を何度も何度もぐるぐると回り、そのたびごと流氷は、一面海を埋め尽くしたり、あるいはときにはほとんど姿を消して開水面を広げてしまったり、そして海岸に広がる網走の市街や、その背後を固める丘陵も、大きくなったり小さくなったりして、なかなか変化のついた楽しい航路となったのだった。昨日はかなり心配をしたものだったが、結果的には何とかぎりぎりセーフで流氷の姿を満喫することができ、しかもそれなりに楽しい航路となっていて、正直安く乗れるならという以上ではないあまり積極的でない理由でこの船に乗ることにしたわけだったけれど、結果的には再訪して良かったと思うことができるような航海となったのだった。何度も何度も流氷帯を行ったり来たりする船に身を任せ、絶えず表情を変化させるごつごつとした海に浮かぶ流氷達の姿を、私は甲板の上で追いかけながら、そのダイナミックな風景をしっかりと楽しむことができた。
航海を終えた私は、今度は高台から流氷の海を眺めようと思い、すぐに乗り場から出るバスに乗り込んで、そのまま市街を通過して天都山へと向かうことにした。バスは網走の大きな市街地の、基本的にはゆったりと流れる網走川沿いに走っていくが、小さな飲食店や商店の密集する市街の中心を抜けると次第に周囲には郊外型の店舗が増えていき、それとともに、疎らな林をまとう丘陵が次第に道路を挟み込むようにそばに伸びてきた。以前訪れた刑務所前で市街は途切れ、崖下を走る線路と、自然あふれる様子に変わった網走川に挟まれる大通りへ一瞬出たバスは、その後すぐに丘陵を登る道へと入り込み、まだ白い雪がそれなりに足元を固める林の中、天都山を目指して高度を上げていく。葉を落したままの落葉松、白樺、柏の林越しに、山並みに囲まれて蛇行する川沿いに広がるわずかな街並と、その隣に未だ完全に真っ白で真っ平らな雪原と化したままの網走湖の姿が、次第に大きく広がるようになっていった。
この天都山にも、私は以前訪れたことがあって、暑い夏に来た時には流氷館で涼しさを味わったものだったが、今回は流氷は本物を何度も目にしてきたところでもあったし、私は周囲を広く見渡せる展望台だけを訪れて、展望を楽しみながらのんびり過ごすことにした。もちろん以前訪れた時と展望の様子は大きく変わっていて、足もとを未だ雪で固められながら、葉を落した裸の木々が点画のように敷き詰められる林によって表面を覆われた丘陵の中に、隣接して広がる2つの巨大な湖は、網走湖も能取湖もまだしっかりと凍りついて、真っ白で真っ平らな雪原となり、褐色の風景の中にあいた巨大な白い穴のようになって、網走の静かな風景を生み出している。
そして何より変わっていたのは、網走の市街の建物越しに広がるオホーツク海に、流氷が浮かび、まっ白い海となっていることだった。流氷は開水面を大きく開きながらも左手の能取岬の方角の海に敷き詰められているが、網走川の河口や港を守る長い堤防に、まるで流れをせき止められてしまっているかのようになって、右側、北浜や小清水、知床の方角の海は、流氷のかけらをいくつか浮かべるのみの青々としたものになっていた。今日のオホーツク海は実に、流氷のある所とない所があまりにもはっきりと色分けされているかのような、見事なツートンカラーを呈していたのである。
建物の中からガラス越しに外の風景を見渡すだけでは物足りなくなって、私は吹きさらしの屋外展望台にも足を運んでみた。オホーツク側の展望はよりはっきりと見て取れるようになり、さらに美しいツートンカラーを楽しむことができたが、いかんせん久しぶりの冷たい風は吹きすさび、まったりと過ごしたくてもそうすることのできない状況になっていた。心なしか空もこの旅で今までになかったほどに霞を含み、今まさにこの場所が季節のせめぎ合いの現場になっているらしいことが、私には何となく感じられた。ここまででは重装備すぎたかなと思うこともしばしばあった、スキーウェアをはじめとする重装備も、決して無駄にはならなかったようだった。
東側も、空が霞んで知床の山並みまでを見渡すことはできなかったが、白い雪原の中に落葉松の褐色の林が、その下の地形をそのまま表に現しつつ奥まで広がっていく風景も、またこの季節特有の清らかな美しさを感じさせている。そんな風景を満喫してきたこの旅の残り時間も、もうあとわずかになってしまっている。明日流氷の姿が満足に見られるかという保証もない今、もしかしたら今回の流氷が今日で見納めになってしまうかもなと思うと、私はついつい白と青のツートーンの境目を中心としたオホーツク海の姿から離れ難く、何度も何度も、冷たい風の中、その展望を繰り返して味わいたくなってしまったのだった。
程なく静かな天都山にも昼が訪れ、私はバスで清々しい林の道を下山し、網走駅へと戻っていった。そして昼食の後、最後の訪問地を目指す旅へと出ることにした。旧湧網線代替バスをたどる方が今回の旅の趣旨によく合うような気もしたが、最終目的地へ向かうバスに乗り継ぐことが可能かどうかが不明なままだったので、私は内陸を大きく迂回する鉄道のルートに頼ることにした。
私は札幌へ向けて石北本線を上る特急オホーツク号に乗り込んだ。網走市街を走る間、車窓には白鳥ものびのびと泳ぐ網走川が流れるが、その源は凍りついた網走湖の氷の下から湧き出すように始まっていた。そんな奇妙な接点を経て、車窓は川から凍りついた広い湖沿いの風景へと変わっていく。よく見れば湖面の氷も所々薄くなっている所があって、やはりここにも春が近いのかなといった感じを受ける。もっとも氷のまだ厚い所では、ワカサギ釣りもまだまだ盛んなようで、湖岸や氷の上にもちらほらと人の往来が見られたりもする。
やがて列車は裸の林の中へと分け入っていき、女満別で再び凍った湖岸にも出たが、列車は基本的には森林の中を進むようになった。斜面の雪がほとんど溶けてしまっている丘では、赤茶色の葉を残す柏の木の足もとに、すでに元気よく緑色を復活させつつある笹が、若々しい彩りを与えつつあった。そして松の林の切れ目からは、それでもまだまだあぜ道をのぞいては白さを保つ畑の姿を望むようにもなっていく。工業地帯的に大作りに人の手の入る美幌を過ぎても、裸の落葉松や白樺の林の風景は続くが、切れ間には広々と真っ白な畑の風景が多く現れるようになってきた。だいぶ雪も少なくなったのか、土色まではいかずとも、白一色の真っ平らという厳冬期の装いに比べれば、ややくすんだ色の地面が姿を見せつつある所もだいぶ見受けられるようになった。最初は林を開いたような申し訳程度の斜面に現れるのみだった畑も、進んで行くにつれ、広大な風景として車窓の全域を占めることも、珍しくなくなってきた。
そうして周囲が完全に平地になると、辺りには市街も形成されるようになってきた。端野に始まった市街はしばらく途切れることなく、しまいには線路が高架にまで登って、巨大都市北見へと続いていった。むしろがらがらであった特急列車には、予想通り北見から大量の客が乗車し、のんびりまったりとした時の流れていた車内は一転、人混みの雰囲気の中に置かれることになったわけである。
列車は引き続き、地下トンネルを抜けつつ、住宅街の中を走り続けていったが、東相内を過ぎるとやがて周囲は、白と茶色のまだら模様の丘陵に挟まれて白い畑が広がる風景へと変わっていき、そして留辺蘂を過ぎるとまた、山間の林の中を行くようになった。この辺り木の並びも整然とし、白樺なら白樺、落葉松なら落葉松と単一の種類の樹木が集まっているようだから、おそらく植林された林が多いのだろうという想像が私にも簡単につけられた。もちろん、そうでない原生林のような林もまた車窓を流れ、足下の雪もまた、心なしか量が増えているような気がする。エンジンも高いうなり声を上げ、目だけでなく耳からも、険しい道であることが伺えるようになってきた。常紋信号所のスノーシェルターの窓ガラスは石でも投げつけられたかのように割れてしまっている。人が住んでいるわけでもなさそうだし、もしかしたら屋根雪から生じた巨大な氷柱が落下する時に起こる現象なのだろうかと、私は想像を巡らせてみた。
常紋トンネルを越えると、列車のエンジン音も一転軽快になり、足取り軽く坂を下っているらしいことが感じられるようになった。そして程なく、未だ白い雪原のままの大牧場が斜面をなめらかに覆い尽くす風景も広がるようになった。生田原の小さな市街を抜け、列車は丘陵に挟まれた林の間に時折白い畑や牧場が広がる風景の中を進むようになった。こういったいかにものどかな田園の風景というのもまたきれいで見応えのあるものだ。そんな周囲を取り囲む丘陵も、遠軽に近づくにつれて遠ざかっていき、そしてまた、車窓は次第に建物を多く内包する平野の風景へと変わっていったのだった。
私は遠軽で列車から降りた。駅の背後には瞰望岩(がんぼういわ)というらしい、展望台の乗る切り立った岩盤がそびえ立つ。時間があればあの上にも登ってみたくなるほど、街のシンボル的にりりしく立ちはだかる岩盤であったが、それは旅を誘うように貼り出されているきれいなコスモスのポスターの風景を探すのとともに、次の旅の楽しみとして残すことにした。遠軽の市街の気温は0℃とのことで、なんだかようやく、当初想定した気温になったのだと意地を張れる冷たさになっていた。ここまで列車に揺られて内陸を迂回してきた私は、とにかくすぐに再び流氷のオホーツク沿岸へと復帰することを目指し、駅前のバスターミナルから、湧別へ向かうバスに乗り込んだ。
バスは程なく遠軽の市街を抜け、遠巻きに丘陵のそびえる白い畑の中を進むようになった。畑の中に残る木々をよく見れば、裸のように見えても、白茶色の幹から伸びる枝の先には、まるで小さな花のように、赤茶色の粒のような新芽がたくさんついているような感じだ。これも知床のお姉さんレンジャーだったら大喜びしそうな、春の兆しということだろうか。上湧別町へ入ると市街も現れ、チューリップ公園のような市街の空隙もあるにはあるが、低密度ながらも建物は中湧別の市街まで連続して連なっていく。どうも「上湧別町」の中に「中湧別」という街があって、しかも中湧別の方が実は賑わっているかのような感じで、以前訪れた時には気にも留めていなかったことだったけれど、なんだかややこしい事情がありそうな感じがした。
中湧別を過ぎてすぐに上湧別7号線という、おそらく佐呂間、網走方面へ向かう、今回は迂回してしまった旧湧網線の代替バスとの分岐点になっていそうな地点へと差し掛かった。建物の続いていた沿道も、この辺りだけはまた、白い畑の美しい風景が一瞬広々と広がった。この辺りの畑にもよく見ると、斜里辺りで見られた、畑を区画する整然と一列に並んだ並木が見られたりしたが、その役目は落葉松ではなく、蝦夷松か白樺が担っているようである。そしてバスは程なく、湧別町へと入っていった。車窓には、工場や倉庫なども含まれる建物たちが低密度ながらも再び並び続けるようになった。この辺り、市街同士の間隔も狭いようだ。
私はバスを乗り継ぐため、湧別のバスターミナルで下車した。湧別の市街はとりあえず、国道沿いはそれなりの賑わいを見せているが、それはあくまで脇道を覗き込まないという範囲においてのみのことであるようだった。ターミナル自体が、どうやら市街の外れの、どことなく寂しさの漂っている場所に、きれいだけれどごく小さい小屋のようにひっそりとたたずんでいる。周囲を散策できるほどの待ち合わせ時間ではなく、私はただ、他に人の姿のない、きれいだけれど寂しい待合室にしばらく座るのみだった。
そして私は、今回の旅の最後の流氷を、サロマ湖とオホーツクの間に細長く伸びる砂州の上から眺めるべく、その砂州の先端を目指して走る町営バスに乗り込んだのだった。この手のバスに私はあまり乗ったことがなくて、どんなバスが来るのかというのも楽しみであったが、自家用マークつきではあるがマイクロなどではない、なかなか立派な中型のバスがやってきた。四号線までは、ここまで走ってきた市街を逆送する形となった。こうしてみると湧別の街なかには商店もそこそこあるにはあるが、シャッターを下ろしていることが多いし、もちろん北海道ならではの広い幅の道が続くが、それが逆に密度の低さを強調してしまっているかのような寂しい雰囲気があらわになるのである。
四号線で脇道に分岐すると、直ちに風景は、広々と広がる畑や牧場に支配されるようになった。海風の強い地域なのか、雪もだいぶ溶かされていて、もはや地肌のほうが広く顔を出した状態になっていた。黒い土は畑、そして黄緑の草が現れるのは、牧草地だろうか。いずれにしても久々に見る、一面に広がる農場の風景である。バスはそんなのどかな風景の中を、ひたすら真っ直ぐ、ゆっくりめのスピードで進んでいき、やがて道は唐突に突き当たりに達して、その前方にはまだ葉のない裸の林越しに、まだ完全に氷結したまま動きのないサロマ湖の広大な姿が広がった。左手には長く砂州が伸び、その先は湖口となるのか途切れているという独特な形状から、すぐにそれがサロマ湖であることが察せられた。バス道の周囲は黄色い葦が足元を固める原生林となり、時には葉を落とした林越しにちらちらと、また時には車窓いっぱいに、氷結したサロマ湖の姿が眺められるようになっていった。湖面をよく見ると、やはりもはや真っ白というわけではなくて、融けかかって厚さも薄くなっているのか、やや透き通った青色を呈している。
そしてサロマ湖沿いには程なく、登栄床(とえとこ)の漁港を中心として細長く伸びる集落へが現れた。土地自体が細長いので、それに合わせるように細長く伸びているのだなということは容易に察せられたが、道の左手には相変わらず林が続いたままでオホーツクの姿は眺められず、湖の浜沿いにのみ建物が密集する、典型的な漁村の風景が展開していたのだった。私は予約した宿の最寄のバス停で下車し、時々湖岸に出て平らに氷結したサロマ湖の雄大な姿を垣間見つつ、なんだか校庭のような広場に隣接する、いかにも小学校の跡地のような所に建てられている、町営の真新しい宿へと入ったのだった。