1.往路、函館(3.21) / 2.根室(3.22) / 3.ウナベツスキー場(3.23) / 4.峰浜、ウトロXCスキー(3.24) / 5.ウトロ流氷ウォーク、斜里(3.25) / 6.網走(3.26) / 7.サロマ湖口、帰路(3.27-28)
以前同じような時期に釧路を訪れた時は、雪の量が少なくて驚いたような覚えがあったが、目覚めて車窓を見渡せばむしろ大量の雪が残っていて、私は逆に少しばかり驚いてしまった。そして真っ白な海沿いの雪原を、新しい真っ赤な朝日が明るく照らしていた。早朝の釧路駅での乗り継ぎでは多少空気の冷たさを感じたが、快晴の下にあって快い朝だ。
私は花咲線の快速列車に乗り継いで引き続き東進した。道路の路面にこそ雪はないけれど、やはり以前この季節に来たときの印象より多いような気がする残雪は、釧路の市街を抜けて原野や原生林の領域に入ってもなお、明るい朝日のもときらびやかな白い風景を作り出す。葉を落とした樹木には細かい氷がまとわりついているようで、移動するたびに電飾のように複雑に日光を反射して眩しくきらめいていく。そして白い林を抜ければ、夏に荒涼としていた広大な牧場もまた、真っ白でまっ平らな一枚の雪原となって、車窓いっぱいに広がった。厚岸に近づけば、夏に昆布干し場になっていた砂利場は、薄く雪をまとったまま青々とした静かな海に面する。海は日の光を充分に浴び、深い色を保ちつつ、眩しいまでの輝きを見せている。
厚岸駅で列車はしばらく停車した。屋根のないホームには引き締まった雪がそれなりに残り、そして何より、外気はまだ冬の冷たさを充分に保っている。厚岸を出れば、夏は厚岸湾の青々とした水面があったはずだが、この時期厚岸湾は見事なまでに完全に凍りつき、まっ平らな白い雪原と化して車窓に迫ってきた。ワカサギ釣りと思われる人もいたりしたが、車窓は引き続いて別寒辺牛(ベカンべウシ)の大湿原の領域へと入っていく。夏場は若々しい緑色が車窓いっぱいに広がっていたような気がするが、この時期やはり白い雪原と化し、いくつも頭を出す黄色くなった細い葦が、ここが湿原であることを教えてくれる。やがて生える植物の背丈は高くなり、細い立ち木が見渡す限りのまっ平らな土地を埋め尽くし、白と黒のモノトーンの原野を作り上げ、それを強烈な日差しが明るく染め上げて、明るいんだけれど荒涼としている、何とも言えない圧倒的な冬の車窓が続いていく。
やがて湿原の領域を抜けると、列車は疎らな白樺の白い林の中を進むようになった。そして茶内、浜中、厚床と進めば、車窓には時折、夏は牧場だったはずの広大な真っ白な雪原が広がるようになった。睡眠不足で眠気に苛まれることもあったが、あまりに眩しい車窓に照らされ、眠ることさえままならない。外は寒いはずなのに、車内はむしろ陽気でぽかぽかとした感じさえする。落石の付近で、列車は原生林の中、鹿の群れに遭遇した。列車が急に減速した時は、単独でちょろっと飛び出しただけかと思ったが、よく見れば線路のすぐそばでたくさんの鹿が群れを成して、列車ににらみを効かせていた。鹿ってこんなにも普通に存在するものなんだと、あまり見たことのなかった私はとても驚いてしまった。昔歩いて行ったことのある落石岬も、真っ青で静かな海に囲まれ、そして遠くの方には白い帯のようなものも見られるようになってきた。太平洋に流れ出した流氷帯であろうか。
その後も原生林の中には何度も、線路の間際に鹿は飛び跳ねていた。この辺り夏には霧の中だったが、夏の時よりもむしろ明るい風景が車窓に広がっていく。やがて根室が近づいてくるとまた広々とした牧場も現れるようになり、車窓はなお一層明るさを増していく。土もそれなりに姿を見せる牧場には、放牧される馬の姿も見られる。やがて低い所に根室の市街地の姿も見られるようになってきたが、その背景に見えた真っ白なものはもしかしたら、待ち望んでいた流氷の姿なのだろうか。びっちりとした流氷が根室までやってきているのを見られる機会はそうそうないという知識があっただけに、まだ多少距離のある所からもその姿を確認できたことに私は驚き、そして早くその姿を間近に拝みたいという気持ちが一層強くなっていった。
根室駅に着いた私は、直ちに納沙布岬へ向かうバスへと乗り換えた。駅前に伸びる坂の下には、果たしてびっしりと氷に埋め尽くされた、真っ白な海の姿があった。垣間見られた程度の海ではあったが、根室の時点でこんなに大量の流氷の姿を見られるとは思っていなかった私は、目的地にたどり着いてもいないのにすっかりと興奮してしまった。そんな真っ白な根室湾を遠くに見下ろしつつ、バスは根室の市街を進む。真っ白の海には、やはり白いものをまとった国後の島影もうっすらと浮かんでいる。
やがて市街を抜けたバスは、根室半島の南側を進むようになった。さすがに外海となるこちら側には流氷は見えず、広がる海は青く穏やかに横たわるのみだ。そして森林が発達しなくなった丘は、ただ白い中に疎らに細い植物の残骸の残る荒れ地となって、眩いばかりに荒涼とした車窓を作り上げていく。そして確かに青い水面をたたえる海も、沖の方を見ればなにやら氷らしいごつごつとしたものが帯状に伸びているのが確認できるようになってきた。バスが半島の先端に近づけば近づくほど、青い海の中へ漏れるように真っ白な氷塊がはみ出しているのが、はっきりと確認できるまでになっていった。
果たして、たどり着いた納沙布の海は、大量の真っ白な氷を浮かべて私を出迎えてくれたのだった。バス停近くの四島(しま)の架け橋からも、氷の上にうっすらと浮かぶ国後島や、もうすぐそこに確認できる歯舞諸島までの間の海に、白い氷がびっしりと埋め尽くされている雄大な風景が目の前に広がっていた。私はこの時期軒を下ろしてしまっている土産物街を通り抜け、本当の最東端である灯台へ、昨夏に確認した道を歩いていった。灯台の足下は大きく水面が開いて波が岩場を洗い、本流から分離した大きな氷塊が波に揺らめいて、そしてその向こうには大きく一つに連なっているかのような巨大な氷が、どっしりと存在を主張する。それは余りに大きくて、そこに据え付けられた動かない物体であるかのように思えてしまったが、貝殻島の灯台を目印にしてじっと一点を見つめてみると、ゆっくりとではあるが、左から右へ、根室湾から太平洋へ、巨大な氷塊がまさに流れているらしいことがわかった。そう、流氷とは「流れゆく氷」なのである!
氷塊は右手の太平洋側の沖へも続いているが、その先にはまた、青い水面が開いているようだった。どうやらこの納沙布が、氷の先端が広大な海原へと溶けこむ所であるらしいこと、流氷という自然現象の最先端に位置する所であるらしいことが、私には感じられた。そして何より感動的なのは、よく晴れて風も穏やかで、昨夏霧雨の寒い中訪れた時よりも、むしろ穏やかな岬の風景に身を任せることができたということだった。寝不足の体に優しい、このままずっとここで座っていても飽きないような劇的な風景が、最東端の海には広がっていた。こんなにすばらしい風景のある所なのに訪れる人も少なく、私はしばし、雄大な風景を独り占めにできた喜びに浸っていたのだった。
この場所は北方領土に面する最先端ということにもなっていて、平和の塔という、入館料の必要な立派な展望台なども存在している。私にとってここに来るのは3度目ではあったが、今回流氷の大海原を広く眺めてみたくて、初めて入場してみることにした。笹川記念ということから想像できる通りの、北方領土旧島民関係の資料の展示もあったりしたのだが、登ってしまえば、ガラス越しに望まれる風景は、ただただ圧巻としか言いようのないものだった。さっきまでまったりと過ごしていたはずの、灯台を含めたすべての岬の建造物はあくまで小さく、それを取り囲む海はあまりに大きく、ゆっくりではあるが流れゆく流氷もあまりに大きな存在であることが、痛烈なまでに私には感じられた。半島の北側の海は、真っ白でごつごつとした氷にびっしりと覆われ、そして東へ目を転ずると、氷塊は海岸から離れて行き、南側の太平洋のまん中へぐさりと差し込まれるように伸びていく。沖に浮かぶ平たい水晶島やその他の歯舞の小さな島々はあくまで青い海に浮かぶ島であって、流氷帯は岬と島々との仲を裂くかのようにはまりこんでしまっている。
そして、背後に目を転じると目に入ってくる根室半島自身の姿もまた、この時期ならではの姿をさらしていた。大きな樹木の見あたらない大地は、薄く雪化粧しつつもあくまで真っ平らに奥まで続いているのである。まさに、見渡す限りの大草原なのだ。日本の最東端というのがかくも寂しい大地の先にあるのだということを強く感じさせるかのような姿だ。氷に閉ざされてしまった北の海、氷が本流から分かれてまさに流れている東の海、そして穏やかにさざ波を立てる南の海と、荒涼とした広大な西の草原……。この時期ならではの、様々な種類のダイナミックな風景を一度に楽しめてしまう。納沙布岬がこんなにすごい所だったとは、初めて来たわけではないというのに、私はこれまで思ってもみなかった。私は早速、旅に出てよかったという大きな感銘を受けることとなった。
時間はたっぷりあったから、私は円周状の展望台をぐるぐる回って、何種類もの風景を何度も代わる代わる眺めたり、流れゆく流氷を何度も見て、その雄大さに感激したりする時をしばらく満喫することができた。よく見れば、流氷が太平洋に流れ込むだけでなく、太平洋の海水も半島の北側に回り込んでいるようだ。潮の流れが複雑であるということが、流氷の存在によって、はっきり目に見える姿になっているのだ。私はますます、すごい景色に出会えた感動を強く受けることとなった。東の海には歯舞諸島、国後島はもちろん、霞の中に時々は、距離のあるはずの色丹島や、択捉島の成層状のベルタルベ山もその頭をのぞかせる。おそらくこの建物は北方領土の近さを感じさせるという意図のもとに建てられたものなのだろうが、私はただただ、すばらしい景色を穏やかな気候のもとに見せてもらえたことに感謝の念を抱いたのだった。まったりと過ごす間に北側の海の開水面がだんだんと大きくなってきたようだ。まさに流れるからこそ流氷と呼ぶのだという、以前流氷を見に来た時にはあまり感じられなかったことも、気持ちに余裕のある今回、私は強く感じることができたような気がした。
バスで街に折り返す前に、私はもう一度、四島の架け橋から灯台までの道を歩いてみた。来た時よりも風が強まり、海の開水面に立つ波も少し強くなってきた感じがする。そして心なしか、目の前に広がる海に占める、深みを増した青色の開水面の割合が広がっているかのような印象も受ける。それでもこの雄大な流氷の海の風景が、穏やかな気候のもとに横たわっていることだけは変わることはなく、岬は昼時を迎えつつあった。開水面の青と氷の白はそのコントラストをより強め、なお一層深みのある風景を作り出すようになっていた。
私は根室に戻るバスに乗り込んだ。バスの左手には、沖合に真っ白な氷を浮かべる海が垣間見られ、建物の影から私に別れを告げているかのようだった。そしてバスは再び、真っ平らな雪化粧の草原の中をひた走るようになった。のどかな風景にゆっくり揺られながら、夜行明けで寝不足の私はまた、穏やかな眠りに落ちていった。
ちょうどお昼時の根室に戻った私は、昼食にここでなければまず食べられなさそうなエスカロップを適当な喫茶店で頂き、食後はこれまでの訪問でやったことのなかった、根室市街の散策に出ることにした。納沙布岬に行くバスの車窓からも見えた通り、市街の北側の坂の下に開ける海には真っ白な流氷が依然としてびっしりと埋め尽くされていて、とりあえず私はその海を目指して坂を下ってみた。
海にたどり着くまでには、目で見るよりも案外距離があるものだったが、その間には緑町やら梅ヶ枝町やら、駅前なんかよりもむしろずっと賑やかな商店街も現れて束の間の素朴な雰囲気に心を癒しつつ歩くことができた。たどり着いた海岸は背の高いテトラポッドに固められていたけれど、少しでも高い所を探して登ってみれば、面する海はやはり、わずかな開水面以外はごつごつとした真っ白い流氷に埋め尽くされているようだった。もっとよく見える所はないかと場所を少しでも変えてしまうと、固められた港の領域に入ってしまって、なかなか目の覚めるような風景には出会えなかったが、ならば港の外を目指せばいいのかなと考えた私は、多少距離があるのに耐えつつ、港の反対側に突き出す丘の上にある金刀比羅神社を目指してみることにした。
坂道の上と下に広がる市街の中には案外起伏があって、重い荷物を背負ったままの歩行は辛いものがあったが、ようやくたどり着くことができた神社の境内の展望台からの眺めに、私は癒されることとなった。眼下に広がる海の大部分は港で、敷き詰められる氷も、ごつごつしたいかにも遠くから流れ着きましたといった感じのものではなく、むしろこの場所で凍りついたものを基本としてまっ平らな雪原に成長したものが主となっているようだったが、防波堤の外側の海を埋め尽くしているのは紛れもなく、ごつごつとした流氷の姿であった。あまりにも氷の密度は高く、さっきの岬で見たようなまさに流れている氷の姿が見られたわけではなかったが、カラスやカモメの行き交う真っ白い海の風景を、私はしばしゆっくりと楽しむことができた。
天気はとても穏やかで気温も間違いなく氷点より高いと思われ、神社の境内の遊歩道もぬかるみ、公道の脇に固められた氷塊からは雪解け水がとうとうと、泥水となって流れ行く。私はそんな根室の街なかへ、再び歩き出した。北岸から坂道を崖の上まで登った道は、夏に車で走った時と同じ見覚えのある道だった。登り坂を上り詰めた小学校の所には歩道橋がたたずむ。もしかしたら流氷の海が一望できるかもと期待し、ちょっと寄り道してみれば、その期待を裏切らない海原の風景が、港の向こうに広がった。住宅街の中の道ももはや車道に雪はないが、歩道には断続的に残っていて、若干歩きにくい所もあったりする。
明治町の公営住宅地の奥には明治公園がある。案の定冬の道北で見たのと同じように除雪されることもなく、ただ雪に埋もれるだけの存在であるかのように見えたが、陽気で引き締まった雪は、多少踏みつけても足が沈み込むことがないということがわかり、ただ引き返すだけという事態にはならずにすんだ。公園のシンボルの3つのサイロは、雪に埋もれた真っ白な、それなりに広々とした公園の中にあっても、堂々とした存在感を示していた。おそらく牧場の跡地を活用した公園らしく、雪がなければ牧草地のような草原が広大に広がっていそうな風情である。雪のない季節にも、またその姿を見てみたいものだ。
私は再び大通りに戻り、ここからさほど距離のなさそうな、これまで下車したことのなかった日本最東端の駅、東根室駅を目指した。歩くうちに夏にしばし休憩した100円ショップの姿も目にし、根室の市街の地図がだいぶ頭に入ってきたことを感じつつ、私はさらに坂道を登った。大きく削られた谷の奥に半島の南側の海の姿も垣間見られたりする住宅街の中を歩いていけば、その片隅に、きわめて小さな、停車場という言葉の方が似合う駅がたたずんでいた。待合室のような建物は存在せず、一応駅前広場に最東端の駅であることを主張する碑のようなものはあるけれど、それがなければ何ということはない、周囲の住宅街の人たちだけのためのごく小さい存在でしかない駅だ。確かにものすごく重要な肩書きをもつ駅ではあるのだが、その果たす役目はあくまで素朴で、小さいものでしかない。線路の下には地下道のような道が通されていて、低い方の住宅街に回ればホームを見上げるような格好になり、局地的に見ればきつい傾斜も案外に多い根室の市街の複雑さを私は改めて感じることとなった。納沙布の平和の塔から見た根室半島は平らに見えたものだったが、それはあくまで頂部だけの話だったらしい。
ホームに登れば日当たりは最高によく、人などいなくてもさほど寂しい感じはなく、むしろ開放的で明るい駅であるかのような感じを私は受けたのだが、おそらく根室駅から伝わってきた、「東根室駅でお待ちのお客様に列車の遅れをお知らせします……お急ぎのところご迷惑をおかけします」という放送にだけは、お急ぎの方など存在しないということがむしろはっきりと感じられてしまって、私はさすがに虚しさのようなものを感じてしまった。そして釧路へ戻る列車を待つ間に日はだんだんと低くなり、風もまた、冷たさを増してきた。歩き回っているうちは暑ささえ感じた陽気であったが、落ち着いてしまうと再び、スキーウェアでも寒く感じられるようになってきたのだった。
夕方の雰囲気を次第に強めていく市街地の中の駅から、私は釧路へ戻る列車へと乗り込んだ。列車の走る平らな高台に時々ざっくりと切れ込む谷間の底には青い海が開けていて、花咲港だけはいかつい存在となるが、列車はあくまで高台の白い牧場と、再び形成されるようになった原生林との間を進んでいく。
往路で見た鹿の群れとの出会いが私にとっては衝撃的なものだったから、この復路でも出会えるのかもしれないなと期待をしていたのだが、果たして訪れたその再会は、かなり凄まじいものだった。落石から別当賀にかけては、線路の周囲に鹿の群れが、それが当然と言わんばかりに頻繁に現れ、林のない荒れた雪原には何十頭とも数え切れない鹿の姿を目にすることとなった。列車をじっと眺めるのもいれば、駆けっこを楽しむかのように数頭の組で飛び跳ねるのもいたのだけれど、連中が鈍いせいなのか、それとも連中にとって列車というものが敵でさえないということなのか、列車がタイフォンをフォンフォンと鳴らしても線路から退こうとしないものの姿も何頭も。車窓から眺める分には微笑ましい光景ではあるのだけれど、運転士さんにとってはとんでもなくめんどくさいことになっているようだった。
海の姿は別当賀の原生林の間からフレシマ湿原方面に垣間見られたり、そして落石の辺りで大きく車窓に広がったりし、もちろん太平洋側だからさっきまでのような流氷でびっしりの海というわけには行かなかったものの、場所によってはそれなりに近い所に流氷帯の姿が見られることもあった。鹿に徐行させられた分、鹿のいない間には列車は猛スピードで回復運転を試み、のどかな汽車旅というイメージとは若干異なる揺れが車内には感じられた。別当賀を過ぎればしばらくは列車は順調に走り続ける。雪原は雪が融けかけて黄色い葦の姿が目立ち、葉もなければ雪もまとわない素っ裸の原生林の根元には、黄色く枯れた笹が雪の中からその枝を伸ばし出していて、大雪で絨毯状になっているよりもむしろ強く、荒涼とした雪原の雰囲気を醸し出している。
夜行明けでもあってさすがに疲れ、うとうととしてしまった間に、列車は別寒辺牛から厚岸湾の氷の大地沿いを進んでいた。この辺りでも列車は鹿の群れに遭遇したのか盛んにタイフォンを鳴らしながら走っていく。そんな風景にもまた、夕暮れが訪れようとしていた。夕焼けの海沿いから牧場の風景へと変わっていくにつれ、辺りはだんだんと暗くなっていき、そして私は夜の風景の完成した釧路へとたどり着いて、感動的だった長い一日を締めくくったのだった。