1.往路、函館(3.21) / 2.根室(3.22) / 3.ウナベツスキー場(3.23) / 4.峰浜、ウトロXCスキー(3.24) / 5.ウトロ流氷ウォーク、斜里(3.25) / 6.網走(3.26) / 7.サロマ湖口、帰路(3.27-28)
専任としての職を得てからようやく1年。年度末って本当に忙しいんだなあ、ということをしみじみと感じさせられた一連の仕事も、終業式と来年度へ向けた各種行事をもってようやく終了となり、幸運にも春休み中には特に出勤の必要のない状況となったので、私はまたも、北海道へと旅に出ることにした。夏、冬に続いて春の北海道で、他の季節には見ることのできない、流氷という現象にこだわってみたかったのである。忙しい中にあっても切符の手配や各種予約、防寒着代わりのスキーウェアの新調など、ここを乗り越えれば楽しい旅が待っていると楽しみにしながら着々と準備を進め、そしてようやく終業式をやり過ごし、この1年で懇意となることのできた同期入社の友人と遅くまで楽しく酒を酌み交わし、冬の時もそうだったなあといった感じの、酒の残る重い頭を抱えながら、私は朝の新幹線に乗り込んで、夏、冬に引き続いて一路北を目指す旅路へと就いた。
朝の道路は静かだったけれど、世間は連休初日にあたり、新幹線はそれなりの賑わいを保っていた。まだ酒の抜けきらない寝不足の頭では、外の風景を楽しむというよりもむしろ、目をつぶって心地よい振動に揺られることの方が楽しみだったわけである。雲は所々出るが概ねよい天気だ。山並みには雪は残るが、広々と広がる田んぼには雪の姿はもうない。新花巻辺りまで北上してようやく、あぜ道の日陰に残雪が見られるようになってきた。真っ白の岩手富士は真っ白の雲の中にあり、おぼろげな姿もまた美しい。盛岡からの新線区間に入ればやはり残雪の量は増えていくが、前回に見たような豪雪の風景というわけではない。しかし、のどかで清らかな山間の田園であることには変わりはないようだった。しかし最後のトンネルを抜けて八戸に近づけば、車窓には大量の大粒の雪が次々と横切っていく。まだまだ勢力を残す冬の領域にいよいよ入り込んでいったことを、私は強く感じた。
八戸駅から、私はさらに北へ向かう白鳥号へと乗り換えた。八戸駅のホームにも線路にも雪は残るけれど、外気もこの間感じたほど冷たくはないような気がする。八戸を発車した白鳥号の車窓には雪の残る山間の風景が続き、空には時折大粒の雪も舞うけれど、冬の間は豪雪の中だった野辺地でも線路の雪は少なくなっていて、土の面もそこかしこにのぞく。春と冬のせめぎ合いの現場を垣間見ながら、列車は北上を続けていく。昼時となって空も明るく、私の体からもだいぶ酒が抜けてきて食欲も回復し、八戸駅で買っておいた駅弁が思いの外おいしくて、私はしばらく幸せな時間を過ごすことができた。
青森を過ぎた車窓にも、所々土色ののぞいた真っ平らな雪原が広がり続けていく。そしてもう慣れっこになってしまった青函の長いトンネルも、うとうとしている間に通り過ぎてしまい、列車は当たり前のように北海道へと歩みを進めていく。特に雪の量が増えたりということもなく、だいぶ広く土ののぞく田畑や斜面が広がる明るい風景が続いていく。そして晴天のもと、なだらかに伸びる青い海岸線の向こうに少しだけ雪の残った函館山が浮かぶさまは、とても美しく穏やかな、春の海の風景を作り出す。函館の市街の背後に控える巨大な丘は少し雪をまとって堂々とし、その中にあって駒ヶ岳は唯一真っ白な奇妙な姿を、だんだんと市街地へと変わりつつある車窓へとさらすようになってきた。
白鳥号は午後の函館へとたどり着いた。今回の旅の目的地である道東へ向かうにあたり、だいぶ余裕のある行程となっていたため、私は久しぶりに函館の市街を散策していくことにした。函館駅は構内の通路も変わってだいぶ工事が進んでいるようだったが、まだまだ旧駅舎が健在であり、駅前の様子も市営バスが存在しなくなった以外、そうは変わっていないようだ。そして道にも雪はほとんどなく、厳冬フォーマットではさすがに暑さも感じられて、私は荷物と一緒にセーターもコインロッカーに預けてしまうことにした。気温は+5.3℃、東京のレベルでは決して暖かいとはいえないのだろうが、冬の旅の経験から予想していたものよりはだいぶ暖かであったことに私は安心するやら拍子抜けするやら、複雑な気持ちであった。
私は久しぶりに、谷地頭に向かう函館の市電に乗り込んだ。もちろん初めての車窓ではなかったはずだが、市街の背後にそびえる函館山の大きさと、その麓のあらゆる建造物の小ささをまじまじと感じたことは、もしかしたら今までなかったかもしれないような気がしてきた。終点の電停から私はとりあえず立待岬を目指して、住宅街の中を歩いていった。登り坂にさしかかると周囲には海が広がるようになり、遠くには海を囲むように伸びていく函館市街や、ごつごつとした山をいくつも抱えて伸びていく亀田半島の姿が、青空のもと坂を登れば登るほど広々とした風景を作り出すようになってきた。
石川啄木一族の墓もあるという市営墓地は、彼岸であるせいもあって案外墓参りの多くの人で賑わっていて、私のような一見の旅人が墓石の間に分け入ってもおかしくない状況となっていた。墓地から大きく見渡される今日の海は穏やかで、おそらく私が初めてこの地を訪れたときと同じく、こんな穏やかで美しい風景の中に骨を埋めることのできた人はものすごく幸せなのかもしれないな、と私は再び強く感じることとなった。
そして周囲から住宅街の姿が消え、深緑の切り立つ崖下の道を少し歩いて、私は立待岬へとたどり着いた。さすがに岬まで来ると風は冷たくて、ちょっと薄着にしすぎたかなと反省したりもしたが、低くなり始めた陽は津軽の方面の海をぎらぎらと輝かせ、ごつごつとした断崖は白い光の中のシルエットとなってなおも美しさを増す。そして、市街に囲まれる海は静かなさざ波を立てて横たわる。予想以上に穏やかな風景に出会い、私は今回の旅のスタートとしてはかなり幸先良いものを感じた。私という存在は小さいものかもしれないけれど、その分大きな風景をたくさん見られるといいなあと、昨日まであくせく働いていただけにようやく気持ちに余裕が出てきたような気がした。
海の見えるすがすがしい墓地へは4時をもって車両が通行できなくなり、墓参りに訪れる人の数も唐突に少なくなって、風もまた忘れていた冷たさを増してきた。静けさを取り戻しつつある、しかしやはり穏やかな墓地をあとにして、私は谷地頭の住宅街へと戻っていった。さすがに体も冷えてきたな、と思えてくるようになった所で市営の温泉に入ることができるという、この時期何ともおあつらえな観光ルートである。しばらく来ない間に改装されたという話は聞いていたが、なるほどきれいな建物になっていて、前はなかったはずの露天風呂が、しかも五稜郭型のものができあがっていたのは私にとってうれしい驚きであった。しかし建物は新しくなっても、整然と浴槽の周りを取り囲む洗い場と、丸い浴槽に大量に満たされた茶色い湯は、以前とまったく変わらないかのような雰囲気を醸し出してくれていた。以前はなかったはずの休憩室に座りつつ、まったりと時が過ぎるのをやり過ごせば、決して今回のメインイベントではない、しかも飲み明けの体での初日としては、変に電車に乗って動き回るよりも結構上出来な旅になったような気がしてきたのだった。
まったりとしている間に、函館の街には夕暮れが訪れていた。とりあえず風呂で暖まっていたため、私にはあまり強い寒さは感じられなかった。街中の飲食店で海のものを夕食としているうちに辺りは完全に夜になっていて、街自体がひっそりとしてしまった感じが強くなってしまっていた。天気予報は明日から全道的に暖かくなることを告げる。動きやすいのはいいが、主目的の流氷がどうなってしまうのか、私はちょっと心配になった。
気温は+2℃、夜景もきれいに見えそうな函館をあとにし、私はスーパー北斗号に乗り込んで札幌へと向かった。列車は夜の闇の中、眠りに落ちた大地を疾走するのみで、私も一緒に眠りながらの旅となった。千歳、そして札幌に近づくにつれ、どうも線路端に残る雪の量は多くなっているようだった。函館の街なかで目にした天気予報でも道南のみがやたらと暖かく、それ以外の地域にはまだ冬の寒さが残っているらしかったが、これから訪れる所がどんな気候なのか、私には心配とともに楽しみにも感じられた。
道東へ向かう夜行のまりも号を、私は札幌の手前の新札幌駅で買い物がてら待ち受けることにした。降り立った夜の新札幌の市街は果たして、重装備が決して間違いではないかなといった感じの冷たい空気に包まれていた。バスターミナルやタクシープールに周囲をがっちりと固められる、無機的な感じのぬぐえない、玄関口という場所がどこにあたるのかも不明瞭な市街で、まだまだ氷の残る道を歩きつつ、閉店間際のスーパーで食糧を調達することで私はこの街に降り立った唯一の目的を達成した。
そして真夜中も近づいた頃、私は札幌からやって来たまりも号に乗り込んで、寝ながら道東を目指すことにした。指定席座席なら無料で乗れる切符を持ってはいたが、ただでさえ睡眠不足なのだしボーナスも出たことだしということで、奮発してオフシーズンなら半額となる寝台を確保したわけである。横になって寝ることは何にも代え難い、という言葉も自然に出てくるような年齢に、私はなってしまったのだ。