北海道ちほく高原鉄道沿線(2003.12.27-2004.1.3)


1.往路(12.27) / 2.女満別、美幌、端野(12.28) / 3.北見(12.29) / 4.訓子府、置戸(12.30) / 5.陸別、大誉地(12.31) / 6.足寄、勇足(1.1) / 7.池田、本別、帰路(1.2-3)

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 昨晩は日付が変わるまでテレビを見てしまったため多少寝不足ではあったものの、私は今年も旅先で新年を迎えることとなった。2004年のスタートは幸先のよい晴天となった。さすがに朝の空気は冷たい。駅前の温度計は-10℃を指している。元旦の早朝、コンパクトな市街には人も車も殆ど往来はなくてしんと静まり返り、背後の丘陵の落葉松林は幻想的な赤茶色となって、鮮やかな青空の下に静かに佇む。

 私は早朝の置戸をあとにして、足寄(あしょろ)に向かうべく今日もふるさと銀河線に乗り込んだ。地元の人々は家でおとなしくしているのが普通であるこの時間帯、乗客はもはやよそ者しかいないというのが何とも言えない、私にとっての新年一番列車であった。残念ながら今日の常呂川沿いには、昨日幻想的な風景を作り上げていた霧氷は成立していなかった。もっときんきんに冷え込まないといけないものなのだろうか。窓も今日は凍り付いていないので、あまり外を楽しめなかった昨日よりも峠の山道の風情をよりじっくりと楽しむことができそうだ。

 列車は昨日と同じように、足元に小川の流れる落葉樹の森の中の険しい峠道を進んでいく。窓には薄く霜がつき、それが厚くなってしまわないように時々窓を拭いてやりながらカメラに収めてみれば、うまい具合にソフトフォーカスのフィルターになってくれて、ファインダーの中でも自分の目の中でも、幻想的な白い山道が朝陽に照らされる風景が、美しく広がっていったのだった。そして小利別まで山を下ればまた、広く広がるようになった雪原の風景が車窓に美しさを現していった。まだまだ狭い範囲にではあるが、丘陵に囲まれながら広がる雪原の風景もまた、趣深いものだ。川上を過ぎると車窓はまた山道となり、川を包みながら広がる森林の足元には、いくつもの動物の足跡が斜面に交錯していたが、分線を過ぎるとまた牧場が広がるようになり、朝ごはんに喰らいつく牛たちの姿も車窓に現れるようになった。

 やがて昨日歩いた斜面と住宅が車窓に現れ、列車は程なく陸別へとたどり着いた。ここも結局はすっかりと静かな元旦を迎えたようで、昨晩の生中継のセットもすっかり片付いて、残された静かな雪のホームから乗ってきた客の中にも、地元の人は含まれないようだった。こんなに静かな列車のために、深夜の車両点検が行われるのだと、昨日の生中継では報じられていたのを私は思い出した。陸別を出ると、より幅を増した利別川を時々林の中に見ながら、列車は牧場の雪原が広がる中を軽快に進むようになった。左手の斜面の上に雪原が切り開かれているのが見えるようになると、列車は昨日訪れた大誉地へと進む。線路際の牧草地にも、元旦から所々に牛の姿が見られる。動物には正月はないということだろうか。そして昨日見つけた所以外にも広大な雪原の広がる場所があるらしいことも、車窓の移り変わりから私には何となく想像がついた。またいつか、まだ見ていない広大な風景を見るためにこの地を訪れたいものである。

 大誉地を出ると、再び私にとっては初めてのふるさと銀河線の旅路となった。一瞬丘陵が線路に近づき、昨日の大牧場がダイナミックに左の車窓に広がったが、程なく元のように、白樺や落葉松が疎らに生える森林と、その間に開かれた牧場の雪原の風景の中を進んでいった。利別川は渡るたびに川幅を増して行き、蓮の葉氷を浮かべてとうとうと流れ行く姿が、より大きく車窓からも眺められるようになる。列車はそんな利別川に寄り添いながら暫く進む。

 上利別の辺りでは、駅裏に材木置き場を控えつつ、車窓には比較的大きそうに見える市街が広がった。やがて右手に控えていた丘陵が遠ざかる代わりに、なだらかな起伏に富む風景が現れるようになり、車窓には長閑で明るい雪国の風景が展開するようになっていく。愛冠駅もそんな長閑な雰囲気の中に小さく佇む。ご利益でもあるだろうかと、私はごく短い停車時間中に写真だけ撮ることにした。やがてそんな長閑な風景の中に、小さな建物が今まで以上に密集する市街が開けてくると、程なく列車は足寄へとたどり着いた。

足寄市街 降り立った足寄の駅舎そのものは新しくてものすごく立派だけれど、元旦では切符売り場さえ閉まっていて、人影も疎らで寂しいばかりだ。駅前からは太い通りが真っ直ぐに伸びていて商店も並んでいるのだけれど、元旦ではやはりひっそりと静まり返り、ゴーストタウンのような不気味ささえ私には感じられてしまった。歩道はともかく車道にも殆ど雪は残っていない。少し暖まってきたのだろうか、それとも十勝に入り、雪の量自体が少なくなっているのだろうか。

足寄利別川 私はとりあえずいつものように足寄の市街へ散策に出てみたが、元旦の市街はやはり妙に静まり返って、車こそ時々走りはするけれど歩いている人の姿は皆無だった。大通りを避ければ道は完全なアイスバーンになってしまっていて歩きにくいし、何より本来なら人の気配がするはずの商店街や住宅街でさえ静まり返り、そんな中で氷に難儀したりしていると、何だか必要以上に寂しさが誘われてしまうものである。もともと人の気配がないのが普通である所で感じる寂しさとは異質の、あまり感じたくない寂しさだ。怖いお兄さんの大きな肖像画が掲げられている所として本か何かで目にした松山千春事務所も、そんなあまりにも閑静な住宅街に佇んで、ひっそりと静まり返っている。

 市街は遠巻きに丘陵に囲まれていて、その一角には昨日の大誉地で見られたような切り開かれた白い斜面も見られるから、もしかしたら市街の外縁にまで出ればこの状況は打開されるのかと思い、私はとにかく地図を頼りにアイスバーンの住宅街の外側へ向かおうと彷徨い続けた。暫くすると私は、利別川の堤防に登ることのできる場所へとたどり着いた。これまで見てきた利別川よりも少し成長した感のあるゆったりとした流れは、白い堤防と幹の細いたくさんの木々に囲まれ、遠くの丘陵から反対側の遠くの丘陵へ、氷を浮かべつつとうとうと流れていく。時折の車の音以外はほぼ無音の不気味な静けさの市街に比べ、川の音のあるこの風景の方が安心感のある静けさを感じられるというのも、何だか不思議な感じだった。

利別川の川面の間際へ 住宅街の外縁の道をさらに進めば、河原の空き地には住民が犬でも散歩させたかのような踏み固められた痕が、川の流れのぎりぎりにまで続いていた。もしかしたら地元の人しか知らない風景に出会えそうな気がして、私はその人の痕跡を追いかけていった。案の定、足跡は目の前に利別川の流れをのんびりと眺められる場所へと繋がっていた。目前にした利別川の流れはなお一層広く豊かに見え、浮かぶ大きな氷も雄大さを感じさせるスピードで流れていく。不必要な街なかの寂しさを感じさせられるよりも、川の流れによって私の心まで洗われるような気がして、私はしばし足を止めたのだった。何だかすっかり気持ちもリフレッシュされて、このまま新年の仕事に望んでももう大丈夫なような錯覚さえ、私は感じることができたのである。

 私はこの雄大な流れをずっと眺め続けながら歩いてみたくなって、誰かが河原につけたXCスキーの痕を辿ってみることにした。痕跡は川沿いに茂る林の中へとずんずん入っていく。木立の間から充分川面を眺めることはできたが、スキーを履いているわけではない私の足はずぼずぼと深い雪にとらわれ、思うようには歩けない。冬の旅ではスキーもあった方がいいのかなあ、などと思いながら、私はしばし雪と格闘することで川の流れと親しむことになった。そうこうしているうちに私は、普段はパークゴルフ場となる川沿いの広い雪原へとたどり着いた。スキーの痕はさらに川沿いに続いてはいたが、埒があかなくなりそうだったし、私はそろそろ街なかへと戻ることにした。

 街なかへと戻った私は、今度は駅の裏側に回り込んでみることにした。さっきまでのように市街の外縁をぐるりと周回できればいいかなと思っていたのだが、高校の横を丘陵の上へ向かう道から分岐して市街へ戻れる道への分岐点をどうやら見失ってしまったらしく、私は道に導かれるまま林の中の坂道を登っていった。丘陵の上には市街を迂回するように通過する国道が通っていて、既に振り返れば道の下には足寄の市街の見晴らしが開けるようになっていたが、近くに里見ヶ丘公園という園地を見つけた私は、どうせならと園地の中にある展望台を目指して力を振り絞ってみることにした。

里見ヶ丘公園より足寄市街を望む 里見ヶ丘公園は丘陵の斜面を切り開くように広がる園地で、普段は花畑になっているらしい斜面の中に、高台の観音様までの遊歩道が幾筋か踏み固められていた。本物の展望台への道はできていなかったけれど、私はその観音様の所までとりあえず登ってみることにした。果たして、観音様の所からでも充分に、下界には足寄の市街の大展望を見渡すことができたのである。ここから眺めれば、足寄の市街も周囲を丘陵に囲まれた中に小さな建物が密集して成立している様子が一望のもとになる。市街を取り囲む丘陵の斜面には所々、さっき川面と戯れたところのすぐ近くにさえ、広大な牧場がいくつも切り開かれて部分的に白くなっていて、あそこまで行けば確実に昨日のような大雪原に囲まれた風景に出会えるのだろうなという想像が、今日の私には容易についたのだが、どうやら丘の上に登らずとも、利別川を渡りさえすれば、谷間にも雪原の広がる場所があるようにも私には見えてきた。寂しさを強く感じた足寄の市街は、これまでの街に比べて広く広がっているように感じられたけれど、それはどうやら外縁にたどり着くことができていないだけで、それができたならばこの街でも充分に、広大な雪原の風景に出会えるのかもしれない。そんな想像も容易にできるようになるほど気持ちを大きくしてくれる風景を眺めながら、私は昼食代わりに持参していた昨晩の食べ残しをようやく平らげることになったのだった。

 私はここまで登ってきた坂道をそのまま下って、足寄の市街へと戻っていった。今日も気温は温暖で、昼時となった市街の車道からは雪は完全に消えうせ、住宅街でも日当たりのよい通りには液体の水溜りが生じ始めていた。「足寄の星宗ちゃんを励げます会」(原文ママ)と大書された怪しげな大きな看板も立っていたりする住宅街も、川に近づくにつれて心なしか建物の大きさは小さくなり、その隙間も大きく開くようになっていた。そして再び訪れた、真っ白な河原と木立に囲まれたとうとうとした流れの利別川を渡ると、丘陵の上から眺めたとおり、その対岸には広々とした真っ白な雪原が現れたのである。

足寄原野 平らな雪原の中を通る道の一部は、背後に控える丘陵の上へと続いている。あの道の上にも雪原の世界が広がっているらしいことは、里見ヶ丘公園から見渡すことができてわかっていたけれど、今このように低い土地から見上げてもその様子をうかがうことはできない。さっき川面を訪れた時にも気づくことはできなかったわけだが、下から見えないものでも充分に見渡すことのできる貴重な所として、里見ヶ丘公園の展望というものが素晴らしい価値のあるものであるような気が私にはしてきた。雪原の中に通された町道には、足寄原野線という名前がつけられているという。原野という言葉が普通に出てくることもまた、すごいことのように私には感じられた。

 私は疎らに大きな建物が建つけれど基本的にはまっ平らな雪原でしかないその足寄原野線を少しだけ、野良犬に付きまとわれたりもしながら往復して、住宅街に戻り適当に駅の方向へ折れ曲がりながらのんびりと散策した。市街の中心に戻っていくにつれて商店の姿も増えてくるが、やはりその殆どは閉まったままである。しかしいくら元旦とは言っても、午後にもなれば車も歩行者の姿もそれなりに見られるようになり、朝ここにたどり着いた時のような寂しさを感じることはなくなった。駅舎の中も、切符売り場は相変わらず休業したままだったが、列車を待つ人々の姿もたくさん見られるようになって、おそらく普段通りの雰囲気を取り戻しているかのようであった。

 旅の日程そのものはまだ少し残ってはいたものの、池田にしか今日の宿を取ることができなくて、私は再びふるさと銀河線の列車に乗り込み、その終点を目指していくことにした。車内にはテレビモニターがあって、地元の高校のブラスバンドの演奏が流れている。しかも友達のお姉ちゃんが映っていると叫ぶ高校生の反応もあったりと、今回ばかりは地元の人たちが利用する列車の雰囲気を私も強く感じることができたような気がする。

 列車は左手にさっき訪れた足寄原野の大雪原を見て市街に別れを告げ、広々とした雪原の中を走っていくようになる。ここまできて雪原の姿もこれまでよりもだいぶ広く広がるようになってきた気がする。仙美里(せんびり)駅の周囲にこそ住宅は立ち並ぶけれど、駅を過ぎてしまえば列車は雪原を走るのみとなっていく。もっとも線路には国道も併走していて車の姿は少なくなく、広い雪原の中にはぽつりぽつりながら農業施設や住宅も建つから、それほど何もない寂しい雰囲気を強く感じることもなく、寧ろ太陽が雲に隠されてしまっても明るさを失わないほどだ。

 やがて利別川が蛇行し、これまでにないほど広々とした川原を見せたかと思うと、列車は本別の市街へと入っていく。本別には明日訪れようと思っているが、列車からでもきれいそうな市街や、駅裏にすぐに控える丘陵の険しさが伝わってきて、私は早くも楽しみになった。本別を過ぎると右手には市街や工業地帯が暫く続き、その一方で左手の斜面は切り開かれて雪原となる。岡女堂駅はそんな工業地帯の中の駅という位置づけなのだろうか。岡女堂を出て、建設中の高速道路を越えると、周囲の雪原はさらに広くなって車窓一面を埋め尽くすようになっていく。

 私はそんな雪原の中に現れた小さな集落の中の駅である、勇足(ゆうたり)で下車した。駅舎は案外立派な独特な形の、どうやら本別町の主要無人駅に共通の構造のものが建っていたが、しかし時節柄、駅の中にも周囲のごく小さな街並みも、ひっそりとした静けさを保ち続けているようであった。この地で営業する商店そのものは決して少なくはないようなのだが、この時間に開いているものは皆無である。コンビニの類も全く見つけることはできない。しかし、足寄のような大きな街がしんとしているのとは違い、さほど不気味な感じは私には感じられなかった。もともと静かな状態が似合っている街が静かである分には、全く違和感はないということなのだろうか。

勇足の大雪原 そしてこの街の素晴らしいところは、駅前から真っ直ぐ伸びる道をほんの少し進むだけでもう、列車からも見られた大雪原に出会えてしまうことだった。ここまできて今回の旅の中ではこれまでにないくらいの広さを感じさせてくれる勇足の農場は、だいぶ遠くに離れてしまった丘陵までの間に、ごくわずかな建物と木立を内包するのみで、まさに際限なくどこまでも広がっているのである。そんな広大な真っ白の雪原を、既に低くなり始めた太陽が最後の勢力を振り絞って照らしつけ、雪原にはまるで、太陽への通り道を示すかのような輝いた道が浮かび上がっていたのだった。

勇足市街へ 道は間もなく、昨日今日と何度もお世話になっている利別川へと差し掛かっていく。堤防の内側にも、外側に広がる農場と変わらないほど広々と広がる雪原があり、それに隣接するように、さらに太さを成長させた川の流れが、足寄で間近に見た時と違ってあまり氷片を浮かべることなくとうとうと流れていた。そして周囲の雪原も、橋の上に登ったり、あるいは対岸に渡ってすぐに控える丘陵の上に登ったりして高い所から見下ろせば、川の流れと平行な方向に、より広々と広がっているように見えてきた。勇足の街並み自体も大した規模ではなく、その外縁にはまた広々とした大雪原が広がっていそうなことがよく見て取れる。駅裏側に控える丘陵にも、切り開かれた斜面に雪原が開けている。牧場というよりも、どうやら林業として木を切り出した痕であるような感じもする。

大雪原の夕陽 川を渡ってすぐに控える丘陵へは、主要道道がなだらかな登り坂を提供してくれる。刻一刻と今日も陽は低くなって明るさが失われていく中、やっとの思いで斜面を登り詰めるとここにも、今度は牧場であると思われる大草原が、比較的近くに控える次の段丘の上にまで続いていた。何段にも大雪原の連なる素晴らしい所を、私は訪れることができたような気がした。そんな大雪原を寒風の中眺めていたら、陽は徐々に丘陵へと近づいていき、発する光の色をオレンジ色へと変化させて、薄暗くなりつつある雪原や、空に浮かぶ雲を、鮮やかなまでに美しいオレンジ色に染め上げ始めたのである。もしかして利別川まで戻れば、河原に沈む夕陽の風景が見られるかもしれないと私は思ったので、登ってきた坂道を急いで下ってみた。しかしそのわずかな時間の間に太陽は丘陵の向こうへと隠れてしまい、あとに残されたオレンジ色の雲だけがその名残を伝えるのみになっていたのだった。

利別川の夕陽 私にとって2004年初めての日の入りは、こうして終わりを告げ、徐々に薄暗くなる雪原から勇足の市街へ、そして勇足駅へと私は戻っていった。基本的に車道には残雪の姿はなく、南下すればするほど雪の比較的少ない気候へと変化していることが私には感じられた。日当たりの悪い所では残雪が融けたり凍ったりを繰り返したのか完全なアイスバーンができていて、歩きにくいことこの上なかったりもしたのだけれど、今日も陽が沈み気温も急速に下がり、形成されていた液体の水溜りもまた徐々に凍り始めているようだった。西の空の地平線だけを残して空は急速に暗くなり、またアイスバーンが形成されていく……そんな厳しい表情へと変わりつつ街から避難するように私は勇足の駅舎に戻り、暖かい待合室でゆっくりと、池田行きの列車を待ったのだった。

 既に真っ暗闇になってしまった5時台の列車に乗り、私は完全な夜の闇を車窓に映しながら走る列車に任せ、宿を取ってあった終点の池田駅へとたどり着いた。池田の市街の路面にも、夜になってアイスバーンが完成しつつあった。ここも雪の少ない気候なのだろうか。元旦の夜だけあって市街は当然のようにひっそりと静まり返り、酒屋とコンビニくらいのごくわずかな店だけが何とか開いているのみであった。その酒屋で噂に聞いていた町民限定のロゼワインを土産として手に入れ、そして今日の宿も素泊まりということだったのでコンビニで夕食を仕入れ、準備万端で木造の古い味わいのある宿へ入ったわけである。まあ他の宿は軒並み休業であったし、泊めてくれただけでもありがたいと思わなければならないところなのだろう。


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