1.往路(12.27) / 2.女満別、美幌、端野(12.28) / 3.北見(12.29) / 4.訓子府、置戸(12.30) / 5.陸別、大誉地(12.31) / 6.足寄、勇足(1.1) / 7.池田、本別、帰路(1.2-3)
2003年も年の瀬。初めての担任業務をなかなかうまくこなせないというのは予想されたことではあったが、何よりも行きたくもない酒の席に呼び出されては、おおよそ楽しいという言葉とは正反対の酒につきあわされ、寧ろそのことによってへこまされることの多かった年の瀬であった。そんな中同期入社の友人とより親しくなり、私と同じく独り旅を趣味とするという彼と、仕事のことも旅のことも語らいながら楽しい酒も酌み交すことができるようになった年でもあった。それによって何とか、年を越しても良いような気分になることができ、そして予定よりも早く仕事の終わった冬休み、私は無事、年末の旅に出かけることができたのである。
今回は仕事が終わることが確定した昼間の出発となり、珍しく空路による旅立ちとなった。よく晴れて風こそ冷たいものの極めて穏やかな気候のもと、私は山手線からモノレールへと列車を乗り継いで、黄色い銀杏が無機質なビル群の中に孤立して都会の乾いた冬の姿を引き立てる風景や、ビルや工場の中の立木に固められる運河の上を早くも飛行するかのような風景、無機的な風景ではあるのだけれど決して嫌いではない、緑の目立つ団地際の広い運河に架かる軟らかい曲線の斜張橋が作る風景の中、一路羽田空港へと向かった。
当初予約していた便よりも1本早い便に急遽変更したこともあり、羽田空港での時間の余裕は私には殆どなかった。ましてや構内は帰省ラッシュで混み合い、荷物を預けたりセキュリティーチェックを受けたりという飛行機旅特有の諸手続きに予想以上に難儀することとなり、結局私は昼食すら買う暇を与えられなかった。女満別という小さな空港へ向かう飛行機はターミナルからも離れた所に追いやられるようで、私はリムジンバスへと案内されることとなったのだが、そのバスも予定の出発時刻には出発せず、駆け込み搭乗が少なくなさそうなことをうかがわせていた。ようやく出発したバスはだだっ広い滑走路を行ったりきたりぐねぐねと走り、完全統合を目前としてJAS便を予約したはずなのに思いっきりJALというロゴの描かれた小さい機体へと私を誘った。今回の旅の始まりは、この小さいエアバスに身を委ねることになったわけである。
エアバスは相変わらずのいやな振動と加速を伴って空へと飛び立った。飛行機旅のあまり得意でない私にとっての関門であり可能であれば避けてきた行程であったが、その数少ない経験の中にあって比較的よく揺れた気がしたのは、機体が小さいせいなのだろうか。席も通路側だしダイナミックな外の景観とは無縁であったが、明るい空のもとで出発できたことだけは良しとしたいものだ。たまに遠くの小さい窓から見られる、しわの寄った少しだけ雪を抱く大地の景観だけを楽しみに、私はしばし我慢の大空の旅をそれなりにやり過ごした。
程なく雲上飛行となり、飲料の配布が始まれば、窓から時々見られる雲海を楽しみながらも、私はいつしか夢の世界と誘われるのであった。そして目が覚めれば既に飛行機は釧路の上空にまで来てしまっていて、白くなっている広い平野や、やはり雪をまとっている丘陵が、太陽に照らされて美しい姿を現し、それは機体が旋回すれば、大胆なまでに小さな窓いっぱいに広がったのである。
そのうち徐々に高度が下がると、また揺れがきつくなってきたけれど、厚い雪雲がまるで巨大な綿の塊のように辺りに広がり、幻想的な雰囲気はより強まっていく。そして裸の林を少しずつ覆うようになった雲は、ある瞬間に視界を一気に、真っ白で他に何も見えない世界へと変えてしまった。雲の下には北海道の広大な銀世界が待ち構えていた。再びこの風景に出会うことができたことを、私はしばし喜んだ。海のように広々と広がる白い雪原は、黒く見えるしわの寄った丘陵に囲まれ、島のような小さな建物を浮かべ、通路のように木の列を走らせて一面に広がる。そんな中に現れた島の集合体のような北見の市街をかすめて、エアバスは夕陽の明るい女満別空港へ、荒涼とした白樺の林に囲まれた雪原の中へと着陸したのだった。
羽田とは比べ物にならないくらい小さくて、何だかほっとさせられるような小さな空港で、私は今回の旅に必要だけれど東京で手に入れることのできなかった鉄道の道内時刻表をようやく手に入れることができた。ターミナルは小さいけれどいくつかの売店や食堂が店を開き、そして屋上には今どき有料の小さな展望デッキまでが存在した。30円を昔ながらの金属棒が回る機械に投入して入場してみれば、小さな飛行機が着陸した滑走路もまた小さいものだったが、外気の冷たさと、周囲を囲む広大な雪原は決してミニチュアサイズなどではない、紛れもない本物であった。
私は空港をあとにして、距離的に空港に一番近い所にある無人駅として紹介されている西女満別駅へ歩いていくことにした。ターミナルを出れば、久しぶりに味わったスノーブーツの底の感触に、私は感動するばかりであった。さくさく、きゅっきゅという感触を、私は一歩一歩確かめるように踏みしめ、北の大地にたどり着いたということを実感した。昨日までの寒波でそれなりに雪の量も増えたと見え、新しい雪の心地よい感触が靴底に絶えず伝わってくる。そして敷地を出れば周囲にはすぐに大雪原が広々と広がり、その向うにまさに沈まんとしている夕陽は、青から白、そしてオレンジ色へのグラデーションを大空に描きつつ、遠くの丘陵のシルエットを映し出す。いきなりこんな、北の大地ならではの風景、見てみたかった風景に出会えたことに、私は感動するばかりだった。進んでいくにつれて、もはや何もない雪原の中の独り歩きとなってしまった道を振り返れば、小さな空港は既に暗くなり始めた雪原にこうこうと明かりを灯し、雪に埋もれてしまわないように頑張っているかのようだった。
私は詳しい地図を持っていたわけではなかったので、刻一刻と暗くなり街灯など存在するわけもない道を、着く前にこのまま完全に日が暮れてしまったらおしまいだななどと不安に思いながらの散歩道となったのだが、一枚の雪原の中の道から、林を貫く坂道へ進んでゆっくりと下っていけば、程なく私は西女満別駅への入口の小さい看板を見つけることができた。空港を出てから約30分、着陸した時はまだ夕暮れというのにも早い明るさだったのに、あっという間に夜の闇に支配されてしまう冬の北海道の夕暮れもまた、北の大地へ到着したことを強く私に実感させてくれたのだった。すぐにやってきた列車に一駅だけ揺られ、私は女満別駅を目指した。列車は完全に闇になった中を走るのみで、車窓に現れたのは女満別駅に着く直前の、いくつかのコンビニと網走湖畔の宿の灯りのみであった。
女満別駅には前にも来たことがあって、その時と変わらず図書館と同居しているのだが、月曜以外の平日は8時まで、土日でさえ6時まで開いているのだという。この規模の街にしては大したものだ。今の時刻は5時になろうとしている頃であったけれど、この時期この時刻でも既に周囲は完全に夜になってしまっている。当初の予定ではここに着くのはもっと遅くなるはずで、宿にも夕食はいらないと言ってあったから、街の中で時間を潰すのもいいかなと思って、私は初めてこの街の中へと出ることにした。道は広くてそれなりに商店も集まっているから賑やかそうには見えるのだけれど、市街の範囲は大して大きくないという、何回か見てきたような典型的な北海道の市街であった。火の用心の歌を歌って練り歩く子供会の隊列にも出くわしたが、それ以外は基本的には静かで、冷たい空気にさらされた雪の感触を満喫できたことは嬉しかったが、宿に告げてある到着時刻までをこの街の中で過ごすことは到底不可能なようであった。
そんなわけで私は早々に、網走湖畔の宿に入ることにした。夕食も用意してくれることになって一安心し、そして何より念願のコーヒー色の温泉にゆっくりと浸かることができたのである。部屋から湖は見えないけれど女満別駅はよく見え、上りの特急列車がかわいそうなくらいがらがらのまま走っていく様子も眺めつつ、私は旅の初日の夜をゆっくりと過ごすことができたのだった。