1.神居古潭(7.23-24) / 2.美瑛(7.25) / 3.幌延、豊富温泉(7.26) / 4.サロベツ原野(7.27) / 5.稚内、抜海、勇知(7.28) / 6.宗谷丘陵(7.29)
天気は回復傾向とテレビは言っていたが、傘はいらないものの霧雨が降る。これ以上ひどくならないことを祈りながら、私は宿を出て、駅舎で営業しているレンタサイクル屋を訪れた。朝8時から営業していて、なかなか便利である。以前訪れた時から移転はしていたが、当時私がそうであったように、ここで自転車を借りる人は豊富町内稚咲内の湿原へ行くものとされているらしい。豊富町の方に悪いと思いつつも、私は幌延町のパンケ沼の方へ向かいつつ、国道40号線を南下するように自転車を走らせた。太い道ではあるが車はたまにしか来ず、豊富のわずかばかりの小さな街並をすぐに抜ければ、道の両脇にはなだらかな丘陵や、平らな土地に広々と広がる牧場が広がるようになった。道のすぐそばにまで放牧される牛さんたちに挨拶をしつつ、幌延との町境付近こそわずかな坂道となるが概して平坦な道を私は進んでいった。
幌延町内の40号線は林の中を通ることが多いようだったが、ほんの少し道を外れ、ちょっとだけ鉄道の踏切を渡るだけで、それこそ地平線の果てまで続いていそうな牧場が広がり、牛たちがのんびりとした時を過ごしている。すべての時計がゆっくりと進むようになってしまいそうな、雄大で広大なのどかな風景が、ここでは当たり前のように何処にでも存在する。国道沿いには名山台という展望台もあったが、もしかしたら晴れ上がるかもしれない帰り際に訪れることにして、私は下沼駅に寄り道をすることにした。国道と並行しているものの直接入ることはできず、牧場の中の道を回り込んで、国道を囲む森林の中へ戻った所に、貨車を転用した錆びきった駅舎があった。午前中に停まる列車は早朝にしかなく、一部の普通列車にも通過されてしまうので、掲示されている時刻表には4往復分しか数字のない寂しいものである。駅舎の錆び付きはもの悲しいけれど、この土地の支配者はあくまで森林や草原で花を求める昆虫たちなのだと言わんばかりに我が物顔で、アブやチョウが飛び回るだけの駅だ。
私は下沼駅を後に、駅からまっすぐ延びる牧場の中の道を進んだ。道は程なくパンケ沼園地へと入っていく。そのとたん、周囲に生えている草の様子が変わり、少しだけ背丈のあるササやヨシの姿が多くなった。背の低い整えられた草原の牧場とはまた違い、乱雑にササなどが生える湿原の中の道を少し行けば駐車場があって、周囲を歩くことができる木道がそこから始まっていた。
木道は、大きくゆったりと横たわるパンケ沼のほとりの草原を周回するコースと、隣の長沼のビジターセンター周辺のコースとが接続されている構造になっているとのことだった。パンケ沼のほとりの木道を歩いてみれば、クマザサが生い茂る中に、白いあじさいのような花をつけるノリウツギがたくさん生え、また緑一色のササやヨシの中にも、紫のレンゲやヒオウギアヤメやら、黄色や白の小さな花も混じり、案外色とりどりな草原となっている。
案内に沿って、私は長沼の方へ向かって歩いてみた。木道までせり出す背の高いヨシをかき分けながら、私は長袖長ズボンの装備が正解であることを強く感じていた。植え込みのツツジ程度の小さな木や、緑の中に紫色を誇るタチギボウシも混じる草原の中には、こんもりとした小山のようにも見えるハンノキの群落も時折姿を見せる。パンケ沼の至近には所々白樺も孤立し、雀に似た小さな鳥が、ズーズピーピと鳴きながら空を行き交っている。パンケ沼を離れて小沼の方へと進んでいくと、ササやヨシと一緒に枯れススキのような白い軸が風に揺れ、緑色の草原を白っぽく染め上げるようになった。木道の近くにはヤマドリゼンマイも目立つ。草原の中にもないわけではないが、ササやヨシに埋もれてあまり目立たない。そしてハンノキやノリウツギの群落も、相変わらず草原という海の中に、島のようにたたずんでいる。
小沼の近くでは木道のそばもかなり湿っていて、水たまりも散在し、ミズバショウの大きな葉やヤマドリゼンマイ、そしてアヤメの仲間のみずみずしい細い葉がよく目立つ。小沼の周囲には疎らな立木が多く、ゼンマイやタチギボウシなどの姿も多く見られるが、木道そのものは基本的にはササ混じりのヨシの間を渡されていく。樹木は少ない上に背も高くないから、周囲はほぼ何にも遮られず、コウホネなどの丸い水草が無数に浮かぶ長沼まで、つねに地平線まで草原と沼しかないという爽快な風景が展開していく。木道の道のりは3
km程あるといい、歩き始めるまでは長くて疲れそうだなと思っていたけれど、アップダウンもほとんどなく、湿原も意外と様々な表情を見せてくれる爽快な道を歩いているうちにほとんど疲れを感じぬまま、のんびりとしたペースで気がつけば1時間ほど経過し、私は終点に近いビジターセンター周辺の湿原まで到達していた。
終点の付近にはヤマドリゼンマイの群落ができていて、クマザサの原野よりもやや黄色みの強い緑色を呈しており、そして色とりどりの花や植物が周囲を埋め尽くしていた。ことに水たまりには食虫植物のモウセンゴケも赤い軸をのばし、ホロムイイチゴは真っ赤な実をつけて、この木道の周囲は決して緑一色ではなく、実はかなりたくさんの種類の草花が生きている、歩いていて楽しさを感じることのできる道だということを私は充分に感じることができた。
久しぶりに現れた舗装道路を横断すると、起点付近からすでに姿だけははっきり見えていた、特に名もない鉄骨を組んだだけのような展望台があった。上からの眺めは、まさに絶景というより他になかった。内陸側を見れば低い深緑の丘陵が近くにあるが、南北方向には真っ平らな湿原が、明るい緑色の中に所々小さな立木の深緑と、小さな沼の深い青色を含む一枚の絨毯のように、それこそ地平線まで行ってしまいそうな勢いで、際限なく広々と広がっていた。遊歩道を歩く人こそ少なくなかったけれど、その姿は絨毯の中にちりばめられた塵のようでしかないのである。草の背が低い分異様に広い空には綿のように雲が流れ、その隙間からは青空ものぞくようになり、海の方には利尻富士の麓の姿も徐々に見られるようになってきた。吹きさらしのため風は強いけれど、それが風景の爽やかさを一層引き立てている。私はこの広々とした風景を我がものにすることができた喜びを、展望台の上でしばし独り、かみしめていたのだった。
自転車をパンケ沼に置いたままだから必然的に同じ道を戻らなければならなかったが、やはり歩くことがまったく苦にならない爽やかな道を、覚えた草花の名前を復習しながら、私はのんびりと歩いていくことができた。天気もすっかりよくなり、利尻もこぶのような小富士までは完璧に、そして利尻富士本体がまとう雲も、刻一刻と取れつつあるようだった。パンケ沼まで戻った私は再び自転車を走らせ、手つかずの原野から久しぶりに牧草地の中へと戻った。手つかずの風景も悪くないけれど、牧場の風景も爽快で決して捨てたものではない。牛さんたちも人間と自転車がよほど珍しいのか、彼らの近くを通れば必ず私のことを注目してくれるから、写真も撮りやすいし、何となく気分もほのぼのとさせられる。
農道から国道に合流したその場所が、往路は通り過ぎていた名山台展望台である。自転車を置いて登ってみると、たしかにパンケ沼も牧場も見渡せるけれど、こちらは小高い丘の上にあって木々に囲まれているから、さっきのような360度の絶景というわけにも行かず、どうやら名前の通り利尻富士を見るための展望台と割り切った方がいいのかもしれないと私は感じた。それでも雲に覆われてまったく何も見えなかった朝に比べればはるかにその姿をよく見られるようになっていたことが、私にはうれしかった。そしてここのよい所はなんといっても「日陰があること」に尽きるのである。
すっかり日が出て明るくなった牧場や林の中の国道を、多少の向かい風に踏ん張りつつ、私は再び豊富の市街まで自転車を走らせ、返車した。駅付近で気軽に食事を取れる場所が少ないのがこの街の特徴であることを、前回この地を訪れた時の記憶として覚えていたので、次に訪れるつもりの場所で食べようとセイコマートで昼食を仕入れ、売店で買ったミルクアイスキャンデーなどをいただきながら、私はすぐにやってくるはずの次の列車を待合室で待つことにした。
私は北へ向かう列車に乗り込み、相変わらず立木は疎らな広々とした草原の中、見えそうで見えない利尻富士の姿を車窓に従えつつ、一駅めの徳満ですぐに下車した。駅から東方の丘の中へ続く一本道の上り坂へと入れば、高度が上がるにつれて当然見晴らしもよくなるが、一面の丘に牧場の広がる風景も道沿いにたしかに存在している。
丘の上にある宮ノ台展望台は遠くからでも確認できる立派な建物で、上に登ってみれば、利尻富士を正面にして左右に延々とサロベツの原野が広がる風景に出会うことができた。明るい緑色の牧草地、茶色味がかった原野、島のように、あるいは道のように存在する脇役的な林、これらがあくまで平らな土地の上に複雑に並び、半円状に開けている。雲の量も午前中に比べれば激減し、正面の利尻富士も頂上以外は何とか見えるようになって、強い日射しに暑ささえ感じるようにもなったが、通り抜けていく風はあくまで心地よい。ここもビジターセンターとは違って360度というわけにはいかないけれど、斜め上から全体を見渡せばこのサロベツを全て手中に収めたかのような感覚が得られるもので、宮様がお上りになって宮ノ台という名前がついたという経緯にも何となく頷けるものが私には感じられた。
虫はうるさかったけれど、このような爽快な風景のもとでの昼食は、最高なものだった。次の列車までのしばらくの時間、私は展望台からは降りずに、利尻にかかる雲が取れないかどうか、ぎりぎりまで粘ってみた。観光バスの団体がやってきて、彼らが階段を上り下りするたびに恐怖を感じるほどの振動が起こったりもしたが、それに耐えながら私はひたすら利尻富士の姿を眺め続けた。するとタイムリミットぎりぎりになる頃、何とか雲の上に頭らしき黒いものが顔をのぞかせてくれた。降りずに粘っていた甲斐があったというものである。頭の下にはまだ、一筋の雲がまっすぐ横に伸びている。あれが風に流されていってくれれば、利尻富士の全貌を見ることができそうだ。駅へ向かって下る道はつねに正面に利尻富士を従える。周りの雲はほとんどなくなり、あとはてっぺんのわずかな雲だけである。そして再び北へ向かう列車に乗り込めば、林のあいまに広がる草原越しに、ついに利尻富士は雲を一切まとわないその全貌を現わしてくれたのだった。次の兜沼駅に着くまでの間、私はひたすら、写真を撮ることに夢中になっていた。
駅名にもなっている兜沼は、駅からでもすぐ近くに見ることができるが、駅舎からそこへショートカットできる線路をくぐる道が閉鎖されていたため、車道を15分ほど迂回して歩かなければならなかった。私は牧場の中の道をゆっくりと歩き、ようやく見つけた踏切を渡って、兜沼の周囲に整備された園地を訪れた。ここは完全に遊び場として整備された公園で、湿原の自然という意味合いはまったくなく、そして意外にも兜沼のほとりに出られる場所は、入口からだいぶ中に入った駐車場の所だけだった。しかし、何とか探り当てたその場所に出てみれば、対面には逆光を浴びて堂々としたシルエットの利尻富士が、ついに全貌を現わして鎮座していた。私のようにキャンプをしに来たわけではない人が楽しめる場所はここだけのようだったが、利尻富士の全貌を拝むことができただけでも、今日の所はよしとしなければならないだろう。
私がここに来た主目的の一つは、場内にあるやすらぎの湯とやらに浸かっていくことだった。しかしそれは何ということはない、キャンプ客用の簡易な風呂場を開放しているだけのことだった。別に温泉というわけでもないらしくて、旅館の小さい風呂に入るよりはいいかくらいの気持ちで臨むのが正解であるようだった。多少温度がぬるめである嫌いもあったが、ログハウスの中でのんびりと浸かる風呂も決して悪いものではない。
夕刻にさしかかり、浴後の体に吹く風に冷たささえ感じられるようになった中、私は再び散歩気分でのんびりと、駅まで歩いていった。キャンプ場から外に出てしまえば、もう牛も牛舎に帰っていったようで、車でさえ滅多に往来せず、鳥と風以外に動いているものはない状態だった。兜沼駅前の集落も、ぼろがきた建物ばかりが太い道を固める寂れきったもので、ホームに立っても他に客はおらず、鳥の鳴き声しか聞こえない静かな世界になっている。ホームの草むらの裏側には兜沼が静かに横たわり、太陽もますます高度を下げて赤みを帯び始め、冷たい風は夕暮れの訪れを告げるかのように、静かに吹きさらしのホームを通り抜けていく。
そして私は、豊富の宿へ帰るべく、南下する列車に乗り込んだ。車窓には頭に少しだけ雲をかぶった利尻富士の近くに、赤い太陽が沈もうとする体制に入りつつあった。どうせなら宿に戻る前にもう少しだけ真っ赤な夕陽を眺めていこうと、豊富駅に着いた私は駅から原野側へ10分ほど歩いた所にあった工事現場に立った。太陽が徐々に高度を下げていく間、刻一刻と冷たくなっていく空気は、今が夏であることを完全に忘れさせてくれた。今日は最後まで、美しいものばかり見せてもらうことができたような気がする。