美瑛・サロベツ方面(2002.7.23-30)


1.神居古潭(7.23-24) / 2.美瑛(7.25) / 3.幌延、豊富温泉(7.26) / 4.サロベツ原野(7.27) / 5.稚内、抜海、勇知(7.28) / 6.宗谷丘陵(7.29)

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 昨日の疲れが残っているのか、どうも体が重い。腕のひりひり感も収まらないし、どうやらもう、若くはないのかもしれない。私は、きわめて爽やかな晴天のもと、さらに北を目指すスーパー宗谷号に乗り込んだ。

 旭川を出た列車は、しばらくは建物も多く見られる中を進んだが、永山を過ぎると辺り一面田んぼだらけの風景の中を行くようになった。振り子列車は車体を大きく揺すってカーブを切りながらきわめて軽快に走っていく。小さな駅も立て続けにいくつもあっさりと通過していき、次第に車窓の風景は深緑の山並みの姿が支配的になっていく。そしてついにはクマザサや椴松とダケカンバの支配する山間の道を行くようになった。どうやら塩狩峠にさしかかったようである。山深いばかりのこんな道でも振り子列車はきわめて軽快にカーブを切りながら進んでいく。

 峠を越えると和寒へとさしかかる。この辺りを明るいうちに通るのは私にとって初めてだったような気がする。完全無人駅と聞いていたけれど、そこそこの規模の街並が広がっているように列車からは見受けられる。列車は引き続き田んぼの中を行くようになった。稲作の北限に近づいているはずだが、車窓に続く農地はまだまだ田んぼが支配的だ。防風雪のための椴松や白樺の林に囲まれながらの走行で、一面清々しい景色とは行かなくなったが、列車はあくまで軽快に飛ばしていく。空は明るいのだけれど、前方に黒い雲がたちこめているのが気になる。道北の天気は不安定と今朝のテレビは報じていたが、どうなのだろう。

特急車窓から天塩川 風連の辺りまではまだまだ田んぼも目立っていたけれど、さすがに名寄に近づいてくると、いつの間にやら畑も多くなってきたように見受けられるようになった。名寄を過ぎると、次第に周囲を取り囲んでいた丘陵が近づいてきて、列車はまた起伏のある山間の森の中を行くようになった。車窓には天塩川の、大きくゆったりとした流れが寄り添っていて、いよいよ奥地への探検が始まったかのような様相を呈してきた。白樺やエンジュの木々越しに眺める天塩川の風景もまた趣のある風景だ。智恵文の辺りでは三日月湖と見られる智恵文沼に沿い、美深の辺りではまた平野の中を行く。まだまだ田んぼも見られるのだが、トウキビや小麦、カボチャなどの畑の方が、ここまで来るとやはり多いようだ。

 そして美深を過ぎると、また列車は深い森林の中を行くようになった。前この辺りに来た時は確か猛吹雪で、見える風景はただ真っ白でしかないものだったけれど、今こうして、その時とは正反対の、それなりに元気のある風景に出会えたことが私はうれしかった。時々開ける平地にはもはや田んぼは見られず、ロールの積まれていたりする牧草地が、青々とした、広々とした風景を作り出し、その中にトウキビ、カボチャや麦の畑が混じってみられるようになってきた。白く小さな花が咲き誇っているのは、そば畑だろうか。ここまできて空には低く黒い雲がたちこめるようになり、それが車窓にはむしろ秘境的な雰囲気を感じさせるようになってきた。

特急車窓から牧場 音威子府を過ぎると、車窓はさらに山深くなって、振り子列車でさえ軽快に飛ばすというわけにはいかなくなってきたようだった。太い天塩川の流れに沿い、列車はただひたすら林の中を進む。地面もぬれているのが確認できるようになった。そして天塩中川を過ぎると、相変わらず林の中ではあるけれど、所々広々とした牧草地も見られるようになって、山深いといった感じはさほどしなくなり、牛がのんびり草を食むのんびりとした風景も見られるようになった。

 私は昼下がりの幌延駅に降り立った。以前この駅に降り立った時は真夜中に近かったのだが、街並の様子はそうそう変わるものでもないらしい。明かりのない記憶と変わらず、道幅だけが広い街で、派手な賑わいがあるわけでもない。雨でもあるし荷物をコインロッカーにでも預けようと思ったが、そういうものはどうやら存在しないようで、私は荷物を背負ったまま、トナカイ観光牧場へ向かうバスへと乗り込んだ。

 バスは、小さな街並でしかない幌延の市街を抜けると、山間の太い道の上り坂を登っていった。かなり高い所を走るので、起伏に富んだ山肌の谷底に通された細い砂利道までもが車窓からよく見渡せる。山間のぐねぐねした道自体は本州にだっていくらでもあるけれど、さほどうっそうとした感じがしないのは、樹木のサイズが小さいからだろうか。坂道を登りきると、道路に対峙する山の山肌には延々と牧草地が広がるようになった。昨日の美瑛に比べると、起伏のさほどない一枚の山肌が、全体にほぼ同じ色、パッチワークではなく黄緑と茶色のまだら模様になって、樹木の全くない、特異だけれどものどかな雰囲気が車窓に続いていく。トナカイ観光牧場は、そんな牧場の麓にあった。

トナカイ牧場にて 雨はしとしとと降りしきり、そのせいか訪れる客はごく少ない。園内のトナカイたちは、人間は餌をくれるとすり込まれているのか、私がフェンスに近づくと、ぎりぎりまで近寄ってきて鼻を鳴らす。私にとってトナカイという生き物を間近で観察したのは初めてのことだったが、鹿と同じくらいの体の大きさなのに、角はあくまで立派である。無駄に複雑に枝分かれし、見るからに重そうで、しかも毛皮までまとっている。角にも感覚があるのだろうか、なんて本気で私は思ってしまった。あいにくと餌を買わずに出て行ってしまったのだが、カメラのチェックのためいったん屋内に引き上げてまた彼らの所に戻ると、もうこいつは餌をくれないとインプットされてしまったのか、私の方には寄ってこず、フェンスの奥にある屋根付きの餌場から出てくることはなかった。何とも現金な奴だと思ったが、一心不乱に積み上げられた牧草をむさぼる様を見ていると、なんだか憎めない。

トナカイ牧場にて お花畑もあるけれどやはり雨に濡れていたりする小さな園内をゆっくりと一周してから、このままでは悪いからと思って、私は餌を買ってもう一度フェンスに近づいた。おおかたのトナカイには嫌われてしまったようだったが、二頭だけ、素直に餌の匂いに釣られたらしきものが私のもとにやってきた。手のひらに餌をのせて口のもとに差し出すと、連中はそれをごついしたでべろりとなめ取るように食べていく。私の手はぬるぬるになってしまい、餌を食べているところを写真に収めようと思ったのに、カメラをさわるにさわれないようになってしまった。しかし何度か繰り返して餌をやっているうち、餌だけを目当てにべろりと私の手のひらをなめてくる表情に、私は何ともいえない愛情を感じるようになってしまった。折しも雨足は強くなり、靴下もまたびしょぬれになって寒ささえ感じられるようになってしまって、満足にトナカイ達と触れあうことはできなくなってしまったけれど、手のひらのぬとっとした感覚は、私にとって忘れないものになった。

 雨の中外にいるわけにも行かず、私は次のバスが来るまでの2時間を、食堂でコーヒーだけで粘るしかなかった。トナカイにちなんだのか夏だというのにクリスマスの飾り付けのされた食堂に、ここは1年中クリスマス気分でいられる所なのかなあ、などと思いながら私は明日以降の旅の展望を考えることしかできなかった。雨が小降りになったところで、最後にもういちど彼らに別れを言いに行こうと思ったが、夕刻にさしかかったと見え、もうトナカイ達の姿を見ることはできなかった。また冬にでも、そりにでも乗せてもらいに来るか、あるいは春に赤ちゃんを見せてもらいにでも来るか、その時は是非天気のよい時に……。

バスの車窓から 吹きさらしの草原のまっただ中の風情があるバス停で、私はバスを待った。車も滅多に来ず、辺りはひっそりと静まりかえるのみだった。やがてやってきた豊富駅行きのバスに私は乗り込んだ。見上げれば丘の上まで広々と広がる牧草地だけに囲まれる山道を、ひたすらバスは進んでいった。

 豊富町に入ってすぐの所にある豊富温泉で私はバスを降り、とにかく早く暖まりたくて、ふれあいセンターの日帰り浴場に直行した。浴場へ入ったとたん、噂通り有機溶剤のにおいが鼻を突き、歩くタイルもつるつるとよく滑る。浴槽の湯をよく見れば、油膜が浮かんでいる。職業柄、もしかして体にはあまりよくないのではないかしらとも思ってしまうが、バルクの炭化水素に触れるわけでもなし、体によい方が勝るのだろうと私はかってに解釈した。やけどに効能があるとのことで、私の日焼けした体にはまさにおあつらえ向きなのだが、入った瞬間はさすがにひりひりとした。しかし慣れてしまえば、よく暖まり、快適なひとときである。これでビールでもあれば最高なのだが、休憩室での販売がないようだったのが残念だ。

 休憩室でのんびりとしているうちに、雨も止んだようだった。私は長袖長ズボンに服装を替え、とりあえず周囲を歩いてみた。比較的新しい温泉だということも、最北の温泉郷だということも聞いてはいたけれど、原生林の中に突然高層ホテルが建ち並ぶのみで、歓楽街があるわけでもなく、車も時折にしか来ない、至って静かな集落だ。浴後の体にあたる涼しい風は、とても快かった。

 宿は豊富駅の近くに取ってあったので豊富行きのバスに乗ればよかったが、次の便を待つよりも、幌延駅に戻ってから列車に乗った方が早く宿に入れるようだった。バスは来た道と同じ道を引き返すが、窓が雨に濡れていない分、車窓に大きく広がる、丘全体がてっぺんまで全て緑の牧場で、大きな牛でさえ小さな白黒の点となってしまうような雄大な風景を、より鮮明なものとして楽しむことができるようになっていた。トナカイ牧場を過ぎればまた険しい山道へと入り、そして小さな幌延の市街へとバスは戻っていった。

 バスが到着した幌延駅は、夕刻にさしかかりすでに店じまいをしていたようで、改札を受けることなく私は列車に乗り込むことになった。北へ向かう普通列車は、牧場になっている広大な草原、そして背丈の低い草が密生する上に何とか形作られている原生林の間を、強く揺れながら走っていく。木々の足元を固める草は、ガマのような葉の細い植物である。どうやらここはサロベツの湿原のまっただ中であるらしい。林を抜ければ、真っ平らな土地に、感動的なほど広々と、何にも遮られることなく広がる牧場が現れる。これでこそ北海道と言わんばかりに、薄暗くなりつつある車窓には、広々とした風景が流れていったのだった。


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