前日は札幌でも暖かかったと見え、数日前アイスバーンと化していた北口の道路も完全に普通の道に戻っていた。フリー切符の有効期限がとうとう今日限りとなり、今晩中に島抜けできればよいのだからと、私はじわじわと帰路へ就くことにした。まずは無料のモーニングコーヒーだけを目当てにわざわざグリーン車に乗って南千歳までわずかな南下をした。こんな短区間をグリーン車で移動するなんて人は他にはいなかったようである。南千歳は新千歳ができるまで千歳空港駅と呼ばれていたところで、そのため跨道橋からは空港しか見られない。例えば原野しかない「なにもない」風景とは違って、空港しかない「なにもない」風景は、どことなく冷酷な雰囲気を感じさせてくれるものだ。
南千歳から、私は追分までの一駅を進む普通列車に乗り込んだ。一駅と言っても15分かかる。集落などあろうはずもなく、列車は牧場や畑の間をひたすらまっすぐ進んでいく。なにもないという点では南千歳駅周辺と同じなのだけど、受ける印象は全く違い、冷酷さは感じられない。陽気によって雪が融けた斜面には、黄色いクマザサの葉が密生する。雪の下でじっと待っていたこれからの季節の主役が息を吹き返しつつあると言ったところかも知れない。たどり着いた追分はかつて鉄道の要衝だったところらしいけれど、今やだだっ広い感じが拭えない町が広がる。観光にも力を入れてはいるようなのだが、親方である鉄道の衰退の影響は隠しきれないらしい。
私は苫小牧行きの列車に乗り込んだ。車窓には牧場らしき広々とした白い大地が続いていく。白いと言っても雪はだいぶ融かされ、田圃のあぜ道はほぼ完全に顔を出している。馬がいる土地として頭にインプットされていた早来というところで私は列車を降りた。街を歩いてみると、交通安全の旗や地域振興券のポスターにも馬のシンボルマークが使われたりしていて、馬でもっている街であるという知識自体はどうやら間違いではなかったようなのだけど、現物の馬は歩いていける範囲にはどうやらいないようだった。早来の街はあくまでのどかで、国道沿いにわずかに開けた街並みをはずれれば、春の心地よい風が吹き抜ける素朴な風景が広がるのみ。こんな素朴なところは、まえ夏に訪れた新冠の市街地とどことなく似ているような気がする。馬が育つ土壌というのはどこか、根底に共通点があるのかもしれない。安平川と線路を一度にまたぐ大きな橋の上からは、河岸段丘上に遠くまで広がっている畑が、またのどかな風景を作り出す。
私は早来駅に戻り、さっきよりも異様に乗客の増えた苫小牧行きの列車に再び乗り込んだ。だいぶ雪の少なくなった田圃を過ぎると、列車は勇払原野へと進んでいく。雪がない分土の暗い色が支配的になり、かえって荒涼さを増しているような感もある。遠浅駅の付近では馬の姿も見られたから、馬目当てなら最初からそこを訪れるべきだったということになる。そして、荒涼とした黄色い湿原の向こうには、やがて遠くにウトナイ湖の真っ青な湖面もかいま見られるようになってきた。しかしそんな湿原の風景も沼ノ端で唐突に途切れ、あとは苫小牧の住宅街を進むのみとなった。苫小牧の街には、もはや雪の姿はほとんど見あたらなかった。
列車からも見えたウトナイ湖に実際に訪れてみようと、私はここから新千歳空港に向かうバスに乗り込んだ。しばらく道はどこまで行っても広いまま、交通量もあまりに多くバスも止まりがちである。だいぶ長く旅をしたが、ここにきて初めて私は渋滞という現象に遭遇することになった。これも苫小牧の街がどこまでも巨大に広がっているということを示しているのか。だいぶ長く走ってようやく車窓には原野が現れるようになってきて、そんな原野のただ中に、ウトナイ湖へのもよりのバス停があった。広い国道には車が頻繁に往来するけれど、脇道へ入ればひたすら、葉のない木々が広がる荒涼とした世界となる。林の中には雪はないけれど道はだいぶぬかるんでいる。そんな悪路を進み、やっとの思いで私はウトナイ湖にたどり着いた。それは広々とした湖で、凍っている部分もあるけれども半分くらいは融け、カモ達や、国道からも声の聞こえた白鳥達が、のんびりと湖面を渡っている。先日のクッチャロ湖のような白鳥の集団というわけには行かなかったけれども、あのときはそうせざるを得ない気候だったからなのであって、今
日のように適当に分散してのんびりと泳いでいる方が、彼らにとっても幸せであるに違いない。穏やかな晴天のもと、湖にはきわめてゆったりとした時が流れる。ここまでくれば国道の喧噪も聞こえず、どこまでものんびりした空間である。千歳の飛行機の音と、突然集団で飛び上がるカモ達の羽音以外は、まさに静寂に包まれた世界であった。
私は国道に戻り、引き続き新千歳空港行きのバスに乗り込んだ。バスは相変わらず原野の中を進む。植苗を過ぎると道はやや細くなり、原野は美々川が作り出す湿原の様相を呈してくる。国道から分岐した空港への道は軽い山越えである。沼や湿原のかいま見られる起伏に富んだ荒涼とした林の中をバスは進む。空港利用者向けの有料駐車場が時々見られる他は、まるっきり未開の土地の風景だ。巨大な空港、新千歳空港は、そんな未開の原野の果てに、唐突に現れた。無理矢理開かれたようなその広い土地を、青白くごつごつとした山が遠巻きに見つめる。飛行機に乗る予定はなかったが、とりあえず私は空港の中に足を踏み入れた。この巨大な人工建造物には、たくさんの車と人が集合し、当たり前のように店舗や食事屋もたくさんある。人々のほとんどはおそらくこの空港がどのような土地に存在するのか知らないままであろうけれど、苫小牧からのバス路線はそれを知ることができる意義深いものだということも言えるかもしれない。せっかくなので私はここで昼食を取ることにした。窓からは飛行機が陸上を動き、どこかへ飛び立っていく様子をひっきりなしに観察することができる。周りの淋しげ
な原野とは一線を画する華やかさの存在する空港という施設は、空恐ろしい存在であるとでも言うべきかもしれない。
午後は列車を乗り継ぎ、私は南千歳、苫小牧から白老方面へ向かった。苫小牧のベッドタウンは糸井あたりまで続く。右側の車窓には樽前山の白い姿が堂々とし、左側もだんだん海岸へ近づいていき、錦岡を過ぎると車窓は再び原野のような雰囲気を醸し出すようになった。社台まで来ると早来では見られなかった馬達の姿も見られる。早来エリアにも社台ファームという牧場があるらしいから、シャダイという言葉にはなにか馬がらみの意味があるのかもしれない。並外れた広さの牧場に比べて馬の数はさほど多くなく、彼らはさぞのびのびと暮らしているのだろう。
白老には完全に氷結しているポロト湖畔にポロトコタンというアイヌ集落が保存されている。中の展示は質素だというのが私の素直な感想だ。アイヌ民俗資料館で彼らの生活習慣に関する基礎知識を得られ、アイヌの童謡、ムックリの演奏、イヨマンテの踊りなどを実際に見ることができたのはそれはそれで貴重な経験だと思う。そして、外の保存建物を眺めつつ、この大地がアイヌのものであったときの様子を想像しながら園内を歩くというのもまた楽しいものだ。アイヌコタンから駅までの通りはきわめて静かな街だった。コタンがなければ単なる一つの小さな街ということになってしまいそうな感がある。
白老から特急で室蘭に向かう間に、この旅の北海道における最後の陽がだんだんと暮れてきて、室蘭に着くころには周囲には夜が訪れていた。室蘭駅は以前の歴史のある建物から若干退き、街のいちばんにぎやかな部分の近くに、こぢんまりこざっぱりした建物となって存在していた。やがてあたりが完全に夜になると、街にそびえる測量山の頂上に立つ鉄塔群がカラフルにライトアップされ、その中腹の光の点群と相まってなかなかきれいな夜景が作り出される。最近架かった白鳥大橋もきれいに見える。港町はこうして、夜になってもそのきれいな姿を存分にさらけ出してくれるのだ。私の北海道の旅はこの室蘭で終了し、室蘭のフェリーターミナルから出る青森行きのフェリーを最後の宿とすることにした。函館航路に入っている船よりも数段ゴージャスできれいな船、昨日まで見たいに寝台というわけではないけれど、ふかふかなカーペットにレンタル毛布でも充分快適な夜を過ごすことができた。
快眠を終えた翌朝も、また良い天気だった。下北半島に昇る朝日もなかなかきれいだ。年末に引き続き訪れることのできた北海道の様々な風景、まだまだ残る厳しい冬と確かに感じることのできた春の雰囲気をかみしめながら、往路と同じように私はひたすら東北本線を普通列車で南下していったのだった。