道東(1999.3.18-26)


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 冬の北海道といえば、私はこれまでは一面雪に覆われた世界ばかり見てきた。しかし目覚めて目の当たりにした釧路の街には、雪は至って少なく、昨日までの車窓のような真っ白という印象はここでは得ることができない。列車は朝の清々しい海岸沿いを快走する。報道ではここでも6年ぶりだかに「流氷初日」を観測した(肉眼で流氷帯を確認できた)というけれども、さすがに列車から見ることはできない。列車はやがて釧路に着き、私は朝食を求めて街の中をさまよった。しかし24時間営業の店が近くになく、このような旅における食糧事情は悪いと言わざるを得ないかもしれない。外は雲一つない快晴で雪など降る気配もないが、空気はめちゃくちゃ冷たい。雪の原料となる水分が太平洋側まで到達しないだけであって、冬の空気の冷たさはむしろ昨日以上に厳しくのしかかってくるのだ。

釧路の馬 冬の釧路といえば丹頂鶴というわけで、私は郊外にある鶴公園を目指すことにした。釧路駅から直接バスで行くこともできるが、JRには乗り放題なので運賃節約のため大楽毛駅まで列車で出ることにした。釧路から大楽毛までの車窓には工場が多く建ち並ぶが、それなりに清々しい朝の風景が広がる。煙突から吐き出される煙は青空に映えて鮮やかでさえあり、釧路川は氷を浮かべてゆったりと流れ下る。そして内陸側の遠くには、雄阿寒か雌阿寒かわからないが、美しい形の山が、真っ白な姿でそびえ立っている。大楽毛駅で私は阿寒湖方面へ向かうバスに乗り換えた。四つ葉乳業の工場を過ぎると、バスは白い阿寒岳を目指して広々とした黄色い釧路湿原の中を進む。昨日見た風景と違って、冬の北海道にもこのような、一面雪でない風景が存在し、それはそれでとても広大で、荒涼とした風景となっている。

 鶴公園の開園は9時、それまでしばらく時間があった。その待ち時間をつぶせるだけの場所が周囲にあるわけではなく、ただ近くの牧草地で無心に草をはむ数頭の道産子が、ここにながれる時間がきわめてゆっくりであることを教えてくれる。そんな中、駐車場のベンチで私は開園をじっと待つしかなかった。フェンスの向こう側の園地からは、喉を絞るような鶴の鳴き声が時々聞こえ、中に入らずともその歩く姿を目にすることはできる。そんな風景の中、所在なげにただ時間をつぶしていると、所定の開園時間の15分前にも関わらず、私は園地の中に入れてもらえることになった。

鶴公園 鶴公園の中はフェンスで10くらいの区画に分けられ、一つの中に1〜2羽の丹頂がいる。ただ無心に餌を食べたり羽繕いしたり、氷や土の上をゆっくり歩いては首を傾げたり、突然何を思ったか大声を上げて走り出してみたり、2羽いるところでは羽を広げて見せ会ったり。挨拶なのか威嚇なのか、はたまた求愛なのか私にはわからないけれど、とにかくこの公園の中には、鶴たちのペースで時が進んでいるのかもしれないな、なんて私は思ったりもした。人間にとっては何もないところでもある、とにかく冷たい場所だが、日射しのせいもあってか、どことなくほんわかとした雰囲気があたりに満ちている。カラスの群も遊びに来ては、鶴のごちそうを横取りしようとつけねらっていたり、鳶やらアオサギやらも遊びに来たり。しかしお友達はどうやら人間が嫌いらしい。鶴は餌付けされているせいか人間好きで、飼育員を見つければ喜んで寄ってくるというのに。

 だいぶのんびりした時間を過ごした後、私は来た道をそのまま、大楽毛まではバス、そこから列車で釧路の街へ戻った。吹きっさらしの鶴公園のような寒さは市街地にはないけれど、やはり寒いことには変わりない。大きく開けた都会のようにも見えるが、少なくとも駅前にはコンビニの類もなく、気軽に立ち寄れる店も少ないような感もある。午後、私は鶴を見られる別の場所である鶴見台へ向かうバスに乗り込んだ。バスから見れば釧路の市街は案外広く広がり、いつまでたっても郊外型の店や住宅の出現が続いた。30分ほど走ったところでようやく、道は湿原の中らしい雰囲気を持つようになってきた。朝と比べて曇ってしまっているが、依然として噴煙を上げる雌阿寒は、きれいに白い姿を見せてくれている。湿原展望台と見られる建物がかなり遠くにそびえる丘の上に確認でき、鶴居村へ向かう道へ入ったバスはやがてその丘へ登るようになった。山道ということで道は一応木々に囲まれるが、木々自身が細いせいでそんなに鬱蒼としては見えてこない。そして、あまりに広々とした黄色や茶色の湿原は、一瞬ではあるがバスからでも一望の下になった。こんなに広々とした黄色い大地があってよい のかと思わせられるほどの、それは荒涼とした風景であった。

鶴見台 鶴見台のバス停でバスを降りると、目の前の柵の向こうにいきなり鶴の群が控えていた。鶴ってこんなに簡単に見られるものだったかしらという驚きと感動に、私は打ちひしがれるしかなかった。たくさんの鶴が氷の湿原を歩きながら、餌付けされた餌でもあるのか地面をついばんだり、挨拶をしたり。人間からは離れた場所にいるけれど、さっきの公園に比べて、金網がない分だけ近くで舞っているようにも見えてくる。鶴にしても、2羽ずつきっかりと区画された中にいるよりも、このような形の方が楽しいことだろう。広い湿原をかけずり回って追いかけっこしたり、気の向くまま餌をついばんでみたり、外界へ飛んでいってしまったり……ここにもよりのんびりした鶴の時間が流れているかのような雰囲気だった。しかし陽が傾くにつれ、空気だけは容赦なく冷たさを増していく。

 私は釧路駅に戻るバスに乗り込み、往路に確認した湿原展望台を訪れることにした。この周りには湿原を巡る遊歩道もあるのだが、あまりに寒くて私はその道を訪れるのを断念せざるを得なかった。展望台とは言っても往路のバスから一瞬かいま見られた展望の方がよほどドラマチックだったりしてしまうのだが、奥に海を控える釧路市街の方から丘陵に挟まれるように広がる黄色い大地の眺望はそれなりに見応えがあるし、展示館という建物の形を取ってくれているというのも、寒さよけの一時を過ごす上ではありがたいものだった。黄色い湿原の周りを囲む丘は、細くて背のそう高くない木々で覆われ、すかすかであるような印象を受ける。草原や木々に緑がよみがえる季節に、また訪れてみたい場所だなと私は思った。だいぶ陽が傾いた頃、私は引き続き釧路市街へ向かうバスに乗り込んだ。さっきは低い場所に見えた、白い煙をもくもくと吐く工場は、丘を下ると今度は水平方向に見えるようになった。かなり距離があるはずなのに、その間を遮る背の高い物体は存在しない。湿原というもののスケールの大きさは、こんなところにも見ることができる。

 バスは市街地を大回りしてくれたので、私はライトアップされ始めた幣舞橋の近くでバスを降り、端の近くのフィッシャーマンズワーフMOOという施設に寄り道していくことにした。いろんな店が入っていて暇つぶしにはなるが、その分落ち着けない雰囲気になってしまっていたような気がするのは否めないところか。-4℃を示す冷たい空気に取り囲まれる釧路の繁華街を歩き、私は釧路駅へ戻り、そのまま札幌行きの夜行列車を待つことにした。すなわち、これまでの2晩と違って今夜は上り方面の列車を宿にすることにしたわけである。架線事故があったとかで列車は遅れることになったが、どうせ大した予定のない旅、さほど影響はあるまい。


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