道東(1999.3.18-26)


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  2. 網走(3.20)
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 前日に引き続き、今日の早朝の網走もとても良い天気のもとにあった。道には雪こそ残っているものの、氷結した網走湖は車窓にまぶしく映っている。今日はまず遠軽を目指すため、網走で間髪入れず折り返しの特急に乗り換えることになった。北見まではグリーン車の客など他にもおらず、私は清々しい朝の車窓のもとゆったりした空間を独り占めにすることができた。北見の街を明るいうちに見たことはなかったのだが、数駅手前からすでに市街地に入り、建物の種類、密度、数ともに私の予想を上回り、このあたりにしてはあまりに巨大な都市の様相を呈していたため私はただ驚くしかなかった。東急デパートもあって都会であることが間違いない北見駅からは、私しかいなかったグリーン車も一気に客で埋め尽くされ、そして北見駅を出るとわずかの間列車は地下鉄へと姿を変えてしまう。すなわち線路が地下化されているということであり、こんなところにも都会を感じることができてしまうのだ。北見を過ぎてもなおも住宅地が続き、おそらくかなり広いであろう北見の都市圏をおそらくまだ脱しないうちに、列車は遠軽にたどり着いた。

 遠軽の街も、北見ほどではないが案外開けている。駅前からまっすぐ延びる道とそれに直交する国道を中心に、たくさんの店やショッピングセンターまであったりしている。まだ早朝だから閉まっている店も多いけれど、昼間は結構にぎわうだろうということは容易に予想できる。私はそんな遠軽の街から、今日はオホーツク海岸の紋別を目指すことにした。

 遠軽のバスターミナルを出た、名寄線転換の紋別行きのバスは、ゆったりと流れる湧別川と交差しながら、真っ白な雪原の間の道を進んでいく。道の脇には雪が積まれているけれど車線の上にはなくて乾いてさえあり、走行にはベストコンディションといえるだろう。そんな中にすぐ開けてくる上湧別の街は、密度的には低そうな感じだが、そんな中に大きな寺社がいくつか堂々としていて、あまりこの辺りの他の街には見られないような雰囲気ができている。漫画美術館があるらしい中湧別、そして湧別と、車窓には雪原とにぎやかそうな街並みが交互に現れる。こんなに街の出現頻度が高いのに鉄道がなくなってしまったということが、私には不思議なことのようにも思えてきた。

 海に近い湧別を境に、車窓に現れる街の頻度はぐっと下がってくる。湧別川を渡るために高台の橋へ登ると、右手には遠くの方だが海も見えてきた。接岸こそしていないものの、沖合には真っ白な流氷帯も見られ、海岸の濃い青色とのコントラストが、今日は一層はっきりとしている。しかしいつまでも海沿いというわけにもいかないようで、その後バスはやや内陸に戻り、そして白い雪原の中を進むようになった。この辺りはどうやら牧場らしい。雪原も真っ白というわけではなく、土が露出している部分もけっこう見受けられる。そんな牧場の多い地帯を通り過ぎると、バスはやがて白樺の林へと進んでいく。無論葉はないから、林の向こうまでもが見渡せ、その先にある氷結したコムケ湖がまた、白々としてなかなかきれいだ。このあたりにはこのほかにも湖沼が点在し、それから成長したばかりの湿地も多いようで、林と荒涼とした雪原の風景が車窓に繰り返し現れてくる。そして時々高台に登れば、流氷を浮かべたオホーツク海も視界に入ってくるのだ。そんな原野の中に、新紋別空港の建設が進んでいて、その高台から降りると、バスはいよいよ、紋別の市街へと入っていったのだった。

紋別オホーツク海 砕氷船ガリンコ号の乗り場は市街の端に当たり、このバス路線の停留所からは少し入り組んだ道を探っていかなければならない。視界を遮るものはないから目標地点はすぐにわかるのだけど、そこまでの間には凍り付いた海水浴場らしきものが立ちはだかり、まっすぐ進むことができないのだ。しかし歩きながら、私はこの旅で今まであまり感じなかった感覚を得ることになった。外気がむしろ、暖かいのである。後で聞けばこの日の気温はおよそ6℃、関東にいればあまり暖かい部類ではないはずの温度だけれど、しばらく寒い道内にとどまるうちに、温度に関して私は道民と同じ感覚を持つことができたようである。そして間違いないのは、この北のはずれにも確実に春が訪れつつあったということだ。

ガリンコ号からの流氷 やっとの思いでガリンコステーションにたどり着き、私は巨大ドリルが目印の噂のガリンコ号に乗り込んで、紋別の海へと出航した。ところどころに氷塊は浮かぶが、先日の網走のような一面の流氷の接岸はなくて、海はむしろ晴天のもと穏やかに青く輝き、しばらくガリンコ号も普通の船として航行する。この船ではかもめの餌付けを行っており、パンの耳が提供されるので乗客もそれに参加することができる。客が投げるパンの耳をねらってかもめは真っ赤によく目立つ船の周りに常につきまとう。あの赤い船のそばにいれば必ず餌がもらえると、彼らはどうやら学習しているようだ。およそ20分ほどかもめと遊びつつ航行を続けると、ガリンコ号はようやく大きな流氷帯にたどり着いた。ここからがガリンコ号の本領発揮である。速度こそ急に遅くなったが、巨大なスクリュードリルの活動が開始され、船は流氷帯の中へ轟音とともに突進を始める。大きな氷もドリルによって砕かれ、左右へと開いていく。網走に負けずとも劣らぬ迫力を、今日、私は快晴の紋別の海でも感じることができた。しかもこちらでは、ドリルが氷を砕く様子 もちゃんと見ることができるような造りになっているのだ。辺りを一面の白い世界とするあまりにも巨大な流氷、そしてその流氷に立ち向かうスクリュードリル、この時期ならではの紋別の海のいろんな姿を、私は見ることができたのだった。もう、あとは流氷が沖へ遠ざかって行くばかりだという。その別れ際で、私はこの冬最後のガリンコ号の活躍を見ることができたのかもしれない。

紋別港 15分ほど流氷帯を壊して回ったガリンコ号は、港へ向かって再び普通の航海を始めた。紋別港には防波堤の先にオホーツクタワーと呼ばれる建造物が建ち、港へ戻るガリンコ号はそこへ立ち寄っていく。防波堤の内側は海流がよどみ、本来なら風とともに沖に流されていってもよい流氷がしつこく残り、ガリンコ号の接岸を邪魔してくれた。無事接岸したあかつきには、乗客はここで下船することもできるとのことで、私もタワーの見物をしていくことにした。タワーの中には流氷のでき方に関する展示が行われている。要するに源はアムール川に発し、オホーツク海を長いこと旅してこの地にたどり着くものであるらしい。実物を見て感動した直後だけに、理解もしやすいというものである。3階は展望台になっていて、一面のオホーツクも、紋別の市街も広く見渡すことができる。強い風に煽られて海面にはさざ波が立ち、陸の方を見なければタワー自体が流されているかのような錯覚も覚える。紋別の市街はゲレンデを抱える小高い山を控え、厳つい漁港までの間には建物が密集し、ここからでもかなり大きな街であるように見える。タ ワーには地下もあって、クリオネなどの奇妙な生物も見られるミニ水族館になっているほか、窓が開いていて海の底の様子も見られるようになっている。「ニゴリ」と呼ばれる有機懸濁物質のせいで透明感はなく、ただ太陽の青い光が見えるのみであるが、このニゴリが生命の源であると考えれば、実際にそれを見ることができたというのはそれなりに意義のあることなのかもしれない。海上に建つタワーからは防波堤上の遊歩道を歩いて陸地まで戻ることができる。近くには流氷科学センターという別の展示施設もあり、タワーとだいぶ重なる部分があるもののこちらも充実している。

 ガリンコステーションと紋別市街の間には一応バス路線があるが、しばらく便がないらしかった。あまり近くではないことはわかっていたが、私はとりあえず歩いてみることにした。歩いてみることによって、私はこの街があまりに広範囲に広がっているということを実感することになった。鉄道が廃止された街といえばどことなく淋しさを誘われる印象があるものだが、この紋別という街にはそのような雰囲気は一切ない。交通量もかなり多く、かなりの活気を持っているのだ。そして、どの道を行っても、陽気によって融かされた雪から小川が生じ、歩けば歩くほど泥が靴にしみこんでくるのである。やっとの思いで市街の中心と見られるバスターミナルに着いた私は、観光地図を手に入れ、ガリンコ号の中の掲示に見つけて気になっていた施設を訪れることにした。その名を「オホーツクトッカリセンター」という。

トッカリ トッカリセンターはトッカリ、すなわちアザラシが飼育されている極小さな施設であった。小さいけれども、熱心に世話をしており、腹をたたくとか寝っころがって腹を見せるとか、簡単な芸なら客の目の前で見せてくれる。飼育員はトッカリの習性や体の仕組みなどもきわめて細かく説明してくれ、客は餌のホッケを与えてやることもでき、トッカリとの本気のふれあいを楽しむことができる場所といった感じである。愛らしい仕草は見ていて飽きないし、檻から出されたときに鼻をこすりあわせて挨拶したりあるいは威嚇しあったり、生々しいトッカリという生物の姿を存分に観察することができる。ここはけがをして保護されたトッカリを、元気になるまでリハビリして海に戻すという活動の一環として公開しているのだという。入場は無料だったのだが、あれだけのことをするための費用をどこから捻出しているのか、私はとても気になっている。ともあれ、心底楽しむことができる穴場であることは間違いない。

 やがて暖かい紋別の街にも再び夕暮れが訪れようとする頃、私はターミナルから遠軽へ戻るバスに乗り込んだ。思いの外楽しむことができた思い出とともに、私は鉄道が廃止された街という負のイメージを全く感じさせないにぎやかな街をあとにした。街並みを抜け、周りを囲む雪原にもやがて長い影が落ちるようになる。そして鉄道こそなくなったものの決して寂れてはいない湧別、中湧別、上湧別の街を経由し、遠軽の街へ。トッカリと同じものを食ってみたくなって、私の今晩の夕食が決まった。

 遠軽から北見方面に20分ほど普通列車に乗ると、生田原という駅の前に「ノースキング」という日帰り温泉と宿泊をどちらも取り扱う施設がある。列車からでも目立つので最初にここを通ったときから気になっていたのだが、行ってみると果たして駅から至近で入浴料も高くない。体がだくだくに暖まる硫黄泉で私はすっかり温まり、日帰りの休憩室が閉鎖される10時過ぎまでビール片手にのんびり過ごすことができた。しかし大変なのはここからだった。生田原の駅舎は夜間は閉鎖されてしまうのである。したがって夜行列車に乗ろうとする場合は吹きさらしの中で待つしかない。いくら昼間暖かくてもまだまだ夜の風は冷たく、そんな中私はおよそ2時間を耐えるしかなかった。12時になってようやくやってきた札幌行きの夜行列車の車内はとても暖かく、快適な空間であった。


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