目覚めると、あたりはまさに白い世界だった。広大な網走湖も凍り付いた上に雪が積もり、あたかも大雪原のようになっている。湖上にはワカサギ釣りをする人の姿も見られる。やはり、道南と道東は季節がずれているらしい。朝の網走駅に降り立ち、私はここに厳冬未だ健在なることを再認識することとなった。空気は刺すように冷たく、粉雪は固まりきらずに車や足に揺らされてふわふわと舞う。降る雪も昨日とは違って乾いたもので、氷と化したもの以外は踏めば乾いた音がする。
予約をしてあった網走港の砕氷船が出るまでには時間があったので、私は海の近くにあるモヨロ貝塚まで歩いていった。夏に来たときに歩いたことのある街並みには、当時と違い、冷たい空気が流れる。貝塚自体はフェンスで囲まれて中には入れず、ただ雪まみれの林の存在を確認するのみだったが、その裏のなんでもない海岸に出てみると、目の前に広がる海は一面、ごつごつとした無数の氷塊で埋め尽くされていた。これが流氷というものか。一面すべてが氷で閉ざされ、風はあっても波は立つことさえできない。少なくとも表面的には、海という生ける存在がすべて活動を停止してしまったかのような、何の動きも見せない世界が一面に展開する。これが流氷、冬のオホーツク海の厳しい自然ということなのか。私は初めて見るその厳しい世界に、ただ見とれることしかできなかった。
やがて砕氷船の出航の時間となり、私は他の多くの客とともに大きな船に乗り込み、氷で閉ざされた海の上へ進み出た。波も立たず閉ざされたような海の中を、船は無理矢理進んでいく。がつん、どすんと激しく音を立て、大きな氷塊を次々と破壊していく。それまで不動の存在のように見えた氷にもみるみるうちに亀裂が走り、船の進行とともに、ある程度の大きさを保ったままそっくり返り、それまで海水中に秘められていた青い層や茶色い層があらわになって、水平方向だけでなく厚みもすさまじいものだということが明らかになる。その迫力は私がそれまで経験したものには形容することができないほどだ。アザラシがひょっこりと現れては、身の危険を感じたのか水に潜って隠れてしまう、なんていうほほえましい光景もあったが、流氷で閉ざされた海というものは実に、大きな船でないと壊すことのできない厳しさを持っているのだった。
網走の街の中で昼食を取り、アイスバーンと化した歩道を歩きつつ、私は再び小雪の舞い始めた市街の東端にある小さな桂台という駅から、オホーツク海岸の線路、釧網本線を旅することにした。海は流氷で埋め尽くされて白く、海岸も湖も積もった雪で白く、空気でさえ舞う雪で白く、車窓にはまさに一面、白い世界が広がっていた。小清水原生花園も白く、ハマナスの木々も枝だけになった淋しい姿をさらけ出している。私は浜小清水という駅で下車した。この駅のそばには海岸沿いに、オホーツク海と小清水の平原をどちらも眺められるフレトイ展望台という施設があるということは、夏にも訪れたことがあったので知っていた。しかし展望台に登るための坂道は夏とは違って完全に凍り付き、その時ほど簡単には登ることはできず、むしろ危険な施設と化してしまっていた。
私は浜小清水の駅前から、内陸の小清水町の中心へ向かうバスに乗り込んだ。バスは両側を真っ白い何かの畑にはさまれた広々とした風景の中の広い道を走っていく。区画を分けるように所々カラマツが一列に並んで立つが、こんな真っ白な風景の中にあってはかえって淋しげな情景を作り出している。時々見られる道産子の牧場では、彼らが寒さをものともせずどっしりと大地に足跡を付ける。幹線道路を渡ると小清水町の市街地に入り、そのはずれに、網走のバスターミナルでその存在を知った、小清水温泉ふれあいセンターという施設があった。それはよくある自治体経営の日帰り温泉施設で、露天風呂こそないものの、無料の休憩室が広々としていて、私は再び味わうことのできた北海道の冬に芯から冷やされた体をほかほかに温めた後、ビール片手にのんびりとくつろぎ、旅の疲れを存分に癒すことができたのだった。しかし、ほかほかに温まった体には、すでに夕暮れの訪れつつあった外の空気は異様に冷たかった。雪は止み、晴れ間も広がっていたというのに、この辺り、まだまだ厳しい冬が続きそうな気配だ。
私はそのままバス、そして列車で網走に引き返した。小清水では止んでいた雪もまだまだむしろ激しく降り続いていた網走を後に、私は札幌へ向かう特急のグリーン車の旅人となった。今朝の段階では少なくとも道路にはなかった積雪も今や完全なものとして車窓に広がる。一面氷の網走湖を右に見て、だんだん明るさを失っていく風景の中、列車は進んでいく。「これから夜間に入りますと、鹿が出て急停車することがあります」と、車掌はグリーン車の客に丁寧に解説をする。自然がたっぷり残っているというのが、石北本線の自慢ということらしい。札幌に着いたのは深夜も近く、私は今度は釧路に向かう夜行列車の寝台車を今日の宿とすることにした。完全に横になれる寝台車はやはり快適で、私はぐっすりと眠ることができたのだった。