昨日の釧路とはうって変わって完全に雪の世界と化していた札幌に、早朝私は到着した。昨夜から道央・道南には猛吹雪が荒れ狂っていたらしく、本州や函館からくる夜行列車は軒並み大幅に遅れているらしい。北口の行きつけのコンビニに向かうわずかな道でさえ真っ白な雪が大量に積もり、吹きさらしの駅の待合所はきわめて寒い。
今日は北オホーツクを目指すべく、私はまず旭川行きの特急に乗り込んだ。グリーン車をつないでいないため普通の指定席である。南からの列車は遅れていたけれど札幌以北の列車のダイヤには全く影響なく、そしてあんなに降りまくっていた雪も旭川付近まで来ればその勢いは完全に失われていた。これから雪雲が追ってくるかもしれないという心配もあったけれども、構わず私は旭川で、接続して稚内へ向かう急行列車に乗り換えた。
急行礼文は相変わらずの白い街道を、北へ北へとひたすら進む。北へ向かうほどに、降る雪は勢いを吹き返し、積もる雪はその深さを増していく。下手な無人駅なら完全に雪に埋もれてしまっていてもおかしくないかもと思わせるほどの深さである。道路脇に寄せられた泥混じりの雪には新雪が積み重なり、奇妙なまだらもようを作り出す。列車は粉雪を舞い散らしながらひたすら走り続ける。果たして、名寄より北側では天候は完全に地吹雪となった。天塩川に沿っているはずの車窓も真っ白に染まり、全く見通しが利かない。下車した音威子府の街も、そんな見通しの利かない世界だった。交通の要衝という意味はありそうだが、街自体は小振りで、そのすべては吹きすさぶ粉雪に覆い尽くされている。私は粉雪をさくさくと踏みながら街の中をしばらく歩いてみた。道はすぐに、天塩川にかかる音威子府橋にたどり着く。しかしその下は一面の銀世界で、川の流れなどどこにあるのか全くわからない。河原との境目らしきものが見あたらず、本当に一面真っ白なのだ。黙っていられれば、橋の下にあるのが川であることさえ忘れてしま
うかもしれない。そして私は、気候こそ厳しいものの、水分があるせいなのか昨日の釧路と違って刺すような冷たさを感じないことに気づいていた。
私はオホーツク海回りで稚内駅へ向かうバスに乗り込んだ。旧天北線の転換バスということである。分厚く雪をまといむしろ土の色などどこにも見あたらない山並みに囲まれた谷底の、これまた白い道をバスはひたすら走っていく。バスが作る地吹雪によって見通しはかなり悪い。森の中を行っているようなのだが葉が落ちてしまっているせいもあって鬱蒼としてはおらず、ただあくまで白い山として道を囲む。バスはそんな白い山道を、カーブを切りながら進んでいく。一応峠越えの道になっているらしく、速度に気を付けながらバスは慎重に進まざるを得ないようだ。線路があった頃に主要駅があった辺りでは、やはりバスは街の中を走るようになる。中頓別はその中でもバスターミナルを銘打てるほどの規模ということになろうか。駅舎の再利用と思われるターミナルの周りは、しかし厚い雪で覆われ、保存してある気動車も今にも埋もれてしまいそうだ。駅の観光案内板に天北線の線路を残してあるというのも悲しさを誘う。そんな街にも、草原にも、容赦なく吹雪は吹き付け続ける。
私は地図の上で海岸に出る辺りの浜頓別でバスを降りた。そこは、完全に吹雪の中の世界だった。積もった雪が固まる前に強風に煽られて除雪してある道へ流れ出し、さながら小川の流れのように、様々な模様を描きながら道路を流れていく。とにかく吹雪、吹雪、吹雪……。海からの風はあまりに強く、前へ進むことさえできないほど。冷たさをさほど感じないのは不思議だが、そのかわり、顔に当たる雪が痛いという感覚を私は得るようになった。立ち寄ったそば屋の暖かさは、まるで天国のようだった。吹雪にもめげず営業を続ける商店街の本屋でもらった街の観光パンフレットを頼りに、私はとにかくクッチャロ湖へ向かうことにした。強い風に吹かれて流れていく雪を追いかけるように、私は内陸の方へ歩みを進めた。強風は海から吹くので追い風方向となり、歩きやすいことは歩きやすいのだが、かき分けられた雪のせいでもはや歩道を歩くことはできず、私は車が来ないのを見計らって車道の真ん中を進むしかなかった。
何とかクッチャロ湖にたどり着いたそのとたん、昨日聞いた鶴の声によく似た声が聞こえてきた。閉館中の水鳥観察センターの裏側へ回ってみると、いきなり無数の白鳥達の群が私を出迎えてくれた。目の前に広がるクッチャロ湖は完全に凍り、その上に雪が積もって白い雪原と化しているのだが、小川が流れ込むこの建物の辺りだけは氷が融けており、そこを白鳥達が寝ぐらにしているようだ。本当にたくさんの数の白鳥がそこに浮かび、餌でもあるのか冷たそうな水の中に首を突っ込んでみたり、鳴き声を上げてみたり、首をすぼめて寝ていたり。首をすぼめた白鳥はさながら鏡餅のようで、そんなお供え物が一面に散らばっているかのような風景が広がる。全く予期せずに、凍り付いた湖にたくましく生きる白鳥の群に出会うことができ、私は言いようのない感動に包まれることになった。この近くには浜頓別町のサイクリングセンターに併設されている温泉施設、はまとんべつ温泉ウィングがきわめて都合よく建っていた。ここまでの行程で体は完全に冷え切っていただけに、私は再び言いようのない感動に包まれることになった。
浴室は湖の方を見渡せるようになっている。もっとも今日は地吹雪に視界を奪われ、なにも見ることはできなかったけれども、意表を突かれた白鳥の群の存在と都合の良すぎる温泉の存在にすっかり感動しきった私は、もう今日はこれだけでいいやと、ビール片手に帰りのバスが出るまでしばらくここで過ごすことにした。
大変なのはここからであった。バスターミナルからここまでくる道が追い風だったということは、戻る道は逆に強い向かい風ということになり、距離はそんなにないはずなのに前進もままならぬ程の向かい風に逆らって歩くしかなかった。しかもバスターミナルに戻れば、乗る予定にしていた稚内方面のバス道が通行止めで動くかどうかもわからない状況だという。音威子府に戻る道さえ生きていれば宿を奪われることはないとは言っても、そんな状況では天北線資料室の展示も落ち着いてみるわけにもいかない。
幸い、稚内方面のバスは海岸沿いの迂回ルートで運行されるということが発車直前に決定したらしく、私も慌ただしくターミナルを後にすることになった。そんなにうろうろしなかったわりにはたくさんの感動を与えてくれた浜頓別の市街に感謝しつつ別れを告げると、バスは再び白い大地を爆走するようになった。ベニヤ原生花園と呼ばれる見どころでもあるようだが、今見る限りはただ白い大地が広がるのみでしかない。海からもそう遠くはないはずなのだがその姿が見えるわけでもなく、ただ海の方向から雪が強く吹き付けてくることによって、外には相変わらず強風が吹き荒れているらしいということだけがわかる。そんな中で待って途中の停留所から乗ってくる客などいようはずもなく、猿払原野を爆走するバスは滅多なことでは止まらない。そもそもバス停というものが滅多にない、ひたすら白い世界なのだ。私にとっては、夏にまたきてみたい場所がまた増える結果になった。猿払付近では国道から道道へ迂回していくのだが、猿払駅からの道が1089号線というなんと4桁道道。ここまで数字が大きくなるのはあまりに広い北海道の象徴とも言えはしないだろうか。もちろん車窓の風景の手つか
ず度はさらに上昇しているらしく、これが夏ならまさに大自然、緑一色の大爆走状態になるのかもしれない。除雪は行き届いておらず、前方はすべて白が支配する世界となる。私はまるで白い世界を飛行しているかのような感覚さえ覚えていた。
猿骨で国道に復帰すると、その目の前には海が広がった。すでに暗くなりはじめた中、色は青というよりもどす黒い。波が立っていることから、どうやらここには流氷は着岸していないらしいことがわかる。オホーツク海ならどこにでも流氷があるというわけではないようで、24日紋別のガリンコ号の予約を入れたときに流氷が残っているかどうかわからないと言われた理由も私はようやく理解できた。バスに対してようやくその姿を見せてくれた海は、陸に向かって不気味とさえ見えるほどの断続的な波を寄せる。夕暮れ時の海とはかくも不気味なものということを私は再認識させられた。バスはまもなく浜鬼志別の市街地へさしかかる。凍っていない海に対して流れ込む鬼志別川は凍り付き、海が凍って川は凍らない先日の網走とは逆の関係を示している。しかし、案外開けた港町のようにも見える浜鬼志別を避けるようにバスは海を離れ、再び白い原野の中を進むようになり、程なく鬼志別のバスターミナルにたどり着いた。
ここからバスは迂回ルートに入ることになる。ナビ役と見られる係員が増員され、バスは一旦浜鬼志別まで戻ってから、再び海岸沿いの道を北上するようになった。もっともあたりには夜の闇が訪れつつあり、海もむしろ黒色を呈するようになっていった。まだ波が押し寄せる様子も見えてはいるが、もう長くは望めまい。しかしここまでの道と違ってこの区間は本当に海の間際で、まさに眼下に波が激しく押し寄せる様子が暗くとも感じ取れる。一瞬山越えのようにカーブが山中で連続したが、これもこの海沿いの国道の一部であり、案ずることなくバスは再び波の音がとどろく海岸沿いの道へと戻っていく。そして、案外大きな大岬の集落を過ぎ、ついにバスは道最北端の宗谷岬を通過した。正規ルート外だから停車こそせず、我関せずとバスは淡々と走り続けるのだけど、あたりが完全に暗くなっても土産物屋関係で妙な明るさを持ち続けているどことなく奇妙な雰囲気は、車内にも充分に伝わってきた。やがて、声問で本来のルートに復帰すると、稚内のニュータウンにさしかかって道幅も広がり、街灯の数も増え、車窓にも明るさが再び取り戻されるようになると、ほどなくバスは終点にたどり着い
た。意外にも、迂回ルートを通ったにもかかわらず、稚内到着はほぼ定刻通りだった。
夕方7時半といえば、都会の駅では帰宅ラッシュで大にぎわいしている頃だ。しかし、一応都会の中の駅と言える稚内駅は、明るいことは明るいけれどもこの時間には人の気配が、待合室にも切符売り場にも全くないのだ。それもそのはず、今日この駅を発車する予定の列車は、もう10時過ぎの夜行列車しかないのである。すなわち稚内では、列車に乗るということは街の外に出るということで、街の中にある我が家に帰るために乗るものではないということなのだろう。私は弱くなったとはいえまだ吹雪が打ちつけ続ける存外に淋しい駅で、一日中吹き荒れた吹雪の風景を頭に再生させつつしばらく待ち、その最後の夜行列車に乗って、札幌に向かいながらまた、眠りに就いたのだった。