与那国島・波照間島(2005.8.23-28)


1.与那国島東側(8.23) / 2.与那国島周回(8.24) / 3.与那国島グラスボート(8.25) / 4.与那国島から石垣島へ(8.26) / 5.波照間島(8.27) / 6.石垣島(8.28)

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 今回の旅の最終日となった今日も、やや雲は多いけれど良く晴れている。私は旅の最終日を石垣島で過ごすことにしたが、路線バスのダイヤに頼るとあまりたくさんのものを見ることができなさそうだったし、レンタカーを借りることも考えたのだが贅沢すぎるきらいもあった。しかしどうやらこの島でもレンタバイクを扱う店があるらしいことがわかり、短時間の手軽な旅にはもってこいとばかり私は今日もスクーターに跨り、島の外周道路をとりあえず一周してみる旅に出ることにした。

サトウキビ畑 与那国島とは異なり、走り出しは交通量の多い慣れない市街地走行となった。中心市街には高い建物もたくさんあったが、西へ向かって走るにつれ、道幅は広いままだけれど建物の背はだんだんと低くなっていき、程なく於茂登岳をバックにサトウキビ畑が広がる長閑な風景も広がるようになってくる。サトウキビ畑にはスプリンクラーで水が撒かれ、道路に飛び出した水は打ち水となって、既に暑くなり始めた街に涼しげな風景を作る。そんな市街の端には殆どの領域を芝生の広場に占められる公園があって、桟橋のように海に接する。ニシ浜ほどの鮮やかさはないにせよこんな所でも手軽に容易に出会えるエメラルドの海には、平たい竹富島や遠くに西表の島影も浮かぶ。方角的に夕陽もきれいな所であるような感じもする。

琉球地蔵崎 引き続きスクーターを走らせれば市街地は程なく抜けて、大通りは緑濃い林の中を通っていくようになり、石垣島の南西端の琉球地蔵崎へと私を誘う。近くには唐人墓があり、外装こそ派手だけれど海の見渡せる高台に静かに佇む。そして陸地の突端の高台には小さな灯台が立ち、その足元は小公園として整備される。数人の釣り人も訪れる磯浜の海は、やはり様々な色が散りばめられていて、ごく短いプライベートビーチのような砂浜もある。地図で見る限り大したことのない所であるような印象を受けるけれど、3方に海が開け、いくつかの島や、石垣島の屋良部岳や名蔵湾などがずらりと並ぶ海には大小様々な船がしきりに航行し、さながら海の交差点といった風情だ。

名蔵湾 道はここからは名蔵湾沿いに北上するようになっていく。背の高い木々に囲まれる森の中の道を走り抜けていくと、やがて私は名蔵大橋へとたどり着いた。橋の下には川幅自体は大したことはないけれど、赤褐色の広い河原を持つ川が流れる。名蔵湾は陸地に巾着状に大きく囲まれ、やはりエメラルド色が美しいが、岸辺は湿地化が進んでいるようだ。ここから先の道はほぼ湾岸沿いを行くようになって、所々ちょっとしたマングローブも成立するようになった湾の風景を見ながらの走行となった。丘側には少しばかりの農場が斜面にまで広がり、その背景はそれなりの高さの深緑の山となっている。湾岸沿いのきれいな風景の中、私はきれいな風景が見つかるたびにスクーターを停めて写真に収めることを繰り返しながら、車を借りていたらできなかったであろう位ののんびりとしたペースで走り続けた。

御神崎 爽快な湾岸の道を暫く走り続けると、御神崎(うがんざき)へ向かう道との分岐点が現れた。海沿いの外周にこだわって御神崎の方へ進めば屋良部半島の険しい道となって、この先は時々は海沿いには出るものの概して高台の林が続くようになった。最初のうちは木が切り払われた草原から名蔵湾の風景を見ることもできていたが、やがて道は頻繁にカーブと上り下りを繰り返す、それこそ走り屋さんが好きそうな道へと変わっていく。

御神崎灯台 そんな林の中の道を進み、最後の急坂を登り詰めて、私は御神崎へとたどり着いた。走ってきた左の方向には深緑の森林に囲まれて静かに僅かばかりの砂浜が佇み、そして急な斜面に建つ灯台の足元には複雑な形に浸食された巨大な岩が多数海に面する。眼下に広がる珊瑚礁は波に洗われて水平に浸食されつつあるが、広がる青い海から寄せる波は、遠巻きに見る限りは至って穏やかなものだ。

川平湾 引き続き私は、屋良部半島の北岸をスクーターで進んでいった。時々広がるようになった崎枝湾を立ち止まって眺めたりしながら、私は林やサトウキビ畑の間の道を進んだ。半島と本土をつなぐような部分にある崎枝には多少の集落が形成され、本土側に戻ってやや深い森林を越えてさらに歩みを進めると、道は川平(かびら)の賑やかな街の中へと出ていった。海岸沿いにある川平公園は景勝地であるようで観光客で賑わいを見せる所だったが、駐車場から砂浜に降りてみればなるほどそれも納得できるような美しい風景、エメラルドの海に深緑の島が白い砂浜に囲まれてたくさん浮かぶ一面の多島海の風景が私の目に飛び込んできた。美しい海ではいくつかの業者がグラスボートを運航しているようだった。今日の私は帰りの飛行機の時間までに石垣の市街に戻らなければならなかったからあまり時間に余裕があるわけではなかったのだが、さすがにここばかりは見ておかなければ損であるような気がして、私はすぐに出発する業者を選んでグラスボートに飛び乗った。

珊瑚 威勢のよいお姉さんが楽しいガイドをしながら操縦するグラスボートは、出航すると美しい多島海の島の間に通る、水路と呼ばれる深く濃く青い道のような海を進み、外洋の手前に広がる珊瑚礁のリーフへと進む。ガラス越しに現れた海底には、海上からでは想像のつかないカラフルで美しい世界が広がった。大小様々ないろいろな色の魚、小さなイワシの群れ、ウミヘビなどが泳ぎ、青く光る珊瑚、茶畑のように刈り込まれたような珊瑚、鹿の角のような、テーブルのような、昆布のようななどなど、一口に「珊瑚」という言葉で表すことに難しさを感じてしまうようなたくさんの種類の珊瑚が茂り、珊瑚の間にはこれまたたくさんの、スズメダイの青、クマノミの赤など色とりどりの魚が、種類によっては珊瑚の枝の間にまで優雅に泳いでいる。これまで見てきた陸上の世界だけでなく、海の中にまでたくさんの生き物が思い思いの時間を過ごしているのが沖縄という所なのかもしれないなと私は感じた。シャコガイも複雑な貝殻を開いたり閉じたり生々しく生きる姿をたくさん見られたし、餌付けされた魚たちは餌を与えると一斉に泳ぐ方向を変えてみたり。海の中にも実に豊かな生き物たちの営みがあるのだということを、私は実感することができたような気がした。

川平湾 私は再びスクーターに跨り、真昼の石垣島を巡る旅を続けた。川平からヨーンという森まで引き返し、今度は石垣島の北岸に沿ってスクーターを走らせていく。暫く道は林の中を進んだが、川を跨ぐ橋の上に出れば川平湾が、また違った角度で美しい姿を大きく現した。目前の川岸にはこの辺り、どこでもマングローブが発達するものらしく、独特の自然の風景を作り出している。そしてまた暫く進めば、今度は少し高い視点から川平湾を一望のもとに見渡せる駐車場も現れた。高い山もある深緑の案外険しい陸地に囲まれるように佇む湾には、やはり深い青や明るい青が散在し、海岸には珊瑚のかけらがもとになっている白砂がたっぷりとたまっている。沖の深い部分には黒いブイがたくさん浮かぶ。ここでは真珠の養殖もされているのだという。その後も道は林越しにちらちらと海の姿ののぞく森林の中に続いていく。吉原の集落や米原(よねはら)のキャンプ場では所々木々も切り開かれ、青い美しい海が大きく広がった。

ヤエヤマヤシ群落 米原を通り過ぎ、島の北岸の中頃までやってくると、程なく右手の深緑の丘陵には、麓に特徴的な葉を茂らせるヤエヤマヤシの群落ができているのがうかがえるようになった。私はその丘陵へとスクーターを向かわせた。内陸へと向かったとたんに、サトウキビ畑の背後に控える深緑の山肌にヤシの木がたくさん生えていることがはっきりと認められるようになった。ヤシの木というのは海岸に生えているものだというイメージをそれまで私は何となく持ってしまっていたのだが、こんな山の中にも生えて、しかもあんなに目立つほど大きく成長するものなんだということに驚きながら、私はスクーターを駐車場に停め、遊歩道へと足を踏み入れた。ヤシの森は低い所にも細い深緑の葉が広がり、鬱蒼とした独特の雰囲気を持つ。そして群落の中へと進めば、遊歩道の足元にはこれでも単子葉植物なんだということを見せつける巨大化したひげ根が地面を縫うように伸び、そして灰色の細い幹が枝分かれもせずにすらっと上に伸びて、天辺に茂る葉はとても高い所で降り注ぐ太陽の光をたっぷりと受けている。そんなヤシの森の中に縦横に伸びる遊歩道の鬱蒼とした雰囲気を、私は暫く彷徨いながらたっぷりと味わったのだった。

伊土名のマングローブ 売店でドラゴンフルーツジュースなど味わいつつ休憩し、私は再びスクーターで、近くに海の広がる林の中を進んだ。浦底湾では海は道のすぐそばにまで大きく開け、弓なりに囲まれたエメラルド色の美しい海を見ながら、私は快適に走り続けることができた。やがて右手の斜面に畑も大きく開けるようになって、比較的大きな伊土名の集落へと進む。川沿いにはヒルギのマングローブが大群落を作っていて、背景にそびえる高い山までの間にこんもりと柔らかそうな緑の森を作り、その合間に流れる川は魚たちをたくさん泳がせながら、すぐに海へと開けていった。

 そろそろ帰りの時間も気になってきて、あまり頻繁に立ち止まることもできなさそうだなと思いながら私は林の中の道を多少のハイペースで駆けていった。伊原間(いばるま)で東岸の道と合流する直前、左手には再び陸地に抱かれるように明るい青い海が現れた。その先には平久保崎へ向かって細長く伸びていく陸地の上に、こぶのように高い山が連なっている。私はその平久保崎へと向かって針路を取った。道の周囲には時折牧場や畑の牧歌的な風景が開け、その先に海が見えることもあるが、概して道は高い深緑の山の麓を通っていく。細い半島がさらにくびれた部分に成立する明石の集落では、草原をまとう黄緑色の山が右手に伸びていく手前に家並みが形成され、右にも左にも海が望まれる。朝陽も夕陽も望める街だということを、キャッチフレーズにもしているらしい。

平久保崎灯台 私はそんな林の中に続く道を延々と、先端を目指して北上していった。先端が近づいてくるにつれ、道沿いに控えていた山並みは草原に包まれて黄緑色を呈するようになっていく。牛の姿があるわけではなかったが、大通りから灯台へ向かう道へと分け入れば与那国島にもあったテキサスゲートらしきものが道に刻まれていた。そして坂道を登り詰めるとさらにその先に小山があり、スクーターを停めてゆっくりと歩いて登れば、平久保崎の先端の眼下にはやはり広大に、様々な色を散りばめた海が広がった。海に対して直線的な海岸線となる半島の先端が右手に続き、砂浜となって美しい風景を作り上げる。沖合には島のような岩礁が一つ浮かび、周囲の陸地の色が深緑ではないせいか、どことなく優しい雰囲気を感じる岬だった。

平久保崎 平久保崎をあとにした私は、伊原間の方へ向かって伸びる美しい海岸線が垣間見られる坂を駆け下り、そのまま細長い半島の真ん中を縦断する道を引き返すようにスクーターを走らせた。道沿いに常に緑の丘陵が寄り添い、時折サトウキビ畑や牧場も現れる長閑な道を疾走し、平久保の集落のはずれにあった食堂で遅めの昼食を摂りつつ、なおも時折牧歌的な風景の現れる道をひたすら南下していく。牧歌的な中にも坂を登るたびに新たに海岸の風景が広がり、川岸にはほぼ間違いなくマングローブが成立し、気持ちに余裕さえあれば移ろいゆく景色に身を任せて楽しく走っていくことのできる道だ。そして山がちだった道の左側に再び青く澄み渡る海の風景が見られるようになると程なく、私は細長く延びていた半島が島の本体へと接続する伊原間へと帰り着いた。

玉取崎展望台から 私は玉取台展望台へ向かう林の中の道へと進んでいった。ハイビスカスの美しい遊歩道の坂道を進み、登りつめた所にはここでもやはり、素晴しい風景が広がった。平久保崎へ向かって細長く北へ、背後に控える海へ分け入るように延びる半島は、山並みのつけ根で細くくびれて黄緑色の牧場を懐に抱く。東岸には大きくリーフが発達しているようで、海は明るい青色を呈し、遠くからの波はエメラルド色の縁で砕けてしまうので、一面の目前に広がる海は至って穏やかだった。展望台の背後には石垣島本体の山並みがかなり近くまで迫っていて、この石垣島の地形が案外険しいものであることも感じられた。

宮良川河口 飛行機の時間を考えるともうそろそろ時間的な余裕はなくなってきていて、私は見かけ上伊原間から始まる国道を、中心市街の中にある終点まで、ひたすら疾走し続けていった。最初のうちは近くに丘陵が控え、海側にも林が広がって、時折林が開けて一瞬海が見えることはあっても、その機会は少なくなっていった。そして走り続ければ山並みの姿も遠ざかっていって、丘陵いっぱいに農地が広がる風景も現れるようになっていく。名前をよく聞く白保にも今回は立ち寄る余裕はなく、現れるようになった住宅街を通過するのみであったが、大きな宮良川に架かる橋を渡ればここにもマングローブが発達していて、周囲を住宅街に囲まれながらも鬱蒼とした緑が集中する風景を垣間見ることができた。道は程なく人工建造物の姿の途切れない市街地へと進んでいったが、それでもサトウキビ畑の姿がなくならないというのも、この島らしさなのだろう。こうして最後は文字通りの駆け足となってしまったが、私は無事に飛行機に間に合う時間に石垣の市街へ戻り、スクーターを返却することができたのだった。

 これで私に残された旅の行程は、あとは帰路をひたすら歩むのみとなった。両腕や脚が焦げるほど激しく日焼けした長旅もそろそろ終わりかと思うと、今回の旅で眺めた様々な景色が思い起こされてくる。私は深い感慨に包まれながら、最後の夕暮れの訪れつつある石垣市街のバスターミナルで暫く足を休めた。空港へ向かうバスは往路に乗った便とは全く違う内陸寄りの道、市街の北の縁から日航の大きなホテルを通りがかり、私に最後まで石垣島の新しい風景を見せてくれたのだった。

夕陽の中に飛ぶ そして石垣空港に着いた私は僅かな買い物ののちすぐに、那覇へ向かう飛行機へと搭乗した。今日は最初から最後まで慌しい時を過ごすこととなってしまったが、離陸してしまえば薄い雲海の上を飛ぶ飛行機の窓から覗かれる広大な海原を眺めながら暫くゆっくりと過ごすことができた。飛行機を後ろから照らす太陽の高度は刻一刻とぐんぐん低くなっていき、那覇空港が近づいて飛行機の高度が下がるのと一緒に地平線へと近づいているかのようだった。白かった太陽はあっという間にオレンジへ、そして光球の輪郭がはっきりとわかる赤色へと姿を変え、地平線の付近の雲間に吸い込まれていくのとほぼ同時に、飛行機も那覇空港へと着陸した。

 那覇空港に立ち寄ったのは石垣島から東京へ直行する便がないために乗り継ぎを強いられただけのことだったが、私にとっては修学旅行の引率以来2回目の訪問となった。やはり仕事で来るのとは違って楽な気持ちで、いろいろな所を見て回ることができた。ロビーは出発と到着の区別がなくてそのまま乗り継げてしまう造りであったが、乗る予定の東京行きの飛行機まで暫く余裕があって、私は一旦外にも出てみた。ゆいレールの駅にも初めて訪れることができたわけだが、ここが日本の鉄道の最西端の駅だということを、訪れるまで不覚にも私は忘れていた。こうなったら日本最南端の鉄道駅を目指して、という考えも一瞬私の頭をよぎったのだが、飛行機の時間までに空港に戻ってこれるかどうかもわからなかったので、私はおとなしく空港で夕食を済ませることにした。空港から外に出ずとも、行ってみたかったルートビアで有名な沖縄のファストフード、A&Wを訪れることも可能だったわけである。

 そして、完全に夜になってしまった那覇空港を飛び立ち、窓に流れるきれいな夜景に見送られて、私は最後に一路東京を目指した。気流が乱れていたようでシートベルトサインが消えるのにやや時間がかかったようだったが、安定飛行に入れば何もすることはなく、那覇空港で買い込んだ漫画やら持参した音楽やらで時間をつぶすのみであった。そしていつもより早めに着陸態勢のシートベルトサインが点灯し、暫く東京上空で旋回していたようで同じ光の粒の配列が数回小窓に流れた後、飛行機は無事に深夜の東京に着陸を果たし、長かった私の旅も終わりとなった。私にとって初めて到着した第2ビルの豪勢な通路を歩き、石垣とも与那国とも全く違う空港という施設の恐らく本来の賑わいを感じながら、本来なら夜になっても蒸し暑いはずなのにそのことがあまり感じられない東京の空気の中、私は家路を急いだのだった。


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