1.与那国島東側(8.23) / 2.与那国島周回(8.24) / 3.与那国島グラスボート(8.25) / 4.与那国島から石垣島へ(8.26) / 5.波照間島(8.27) / 6.石垣島(8.28)
初めて与那国で迎えた朝。晴れてはいるが雲もやや多く、気温こそさすがにそんなには高くないのだろうが、何といっても湿気をたっぷりと含んだ空気に、私はただごとではない雰囲気を感じた。私はスクーターに跨り、眼の覚めやらぬ久部良の集落を抜け、扇のような葉を茂らせるクバの木が混じる照葉樹林を横目に、もうすぐそばになる日本最西端の西崎(いりざき)へと向かった。クバや、パイナップルのような実をたわわに実らせるアダンの木がたくさん茂る街路樹の坂道を登り、NTTの鉄塔が乗る宇良部岳に守られるように入り江に小ぢんまりと発達する久部良の集落を一望のもとにする道を進めば、すぐに西崎の園地へとたどり着く。
昨日の東崎ほど開放的な雰囲気ではない所だが、西崎の灯台も芝生のような草原の上に建ち、周囲を囲むクバやソテツの葉がそよ風になびいている。お約束の日本最西端の碑の向こうには、昨日よりも穏やかに見える青い海が横たわる。まだ朝早くて彩度はあまり高くなく、雲も多くて台湾が見えるわけでもなかったが、人がいないせいもあって、すぐ近くに国境があるというような緊迫感などとは一切無縁の、穏やかな時の流れる園地だ。高台で周囲も起伏に富んでおり、深緑の樹林の間を上下しながら波打つように通される道、そして足元の黄緑の珊瑚礁に青い海が穏やかにさざ波を寄せる様子もよく眺められる。もちろん久部良の街の様子も一望のもととなる眺めの良い所で、東崎とはまた違う穏やかさを持つ、「日本最西端」という枕詞がなくても充分に通用しそうな一つの岬の雰囲気に、私は身を任せていたのだった。
島の南岸、恐らく黄緑の草原に海が押し寄せる風景に出会えるであろう南牧場周りで比川へ向かうという考え方にも惹かれるものはあったが、まだ朝早くて牛馬の姿に会えるかどうかも分からず、そしてせっかくの太陽も雲に隠れてしまってどことなく陰鬱な風景になってしまっていた。素晴しいであろう風景は素晴しい条件で見ることにし、私はとりあえずは島の中央部を貫くように、久部良岳、与那国岳の北側に通された道を走ることにした。合歓の木のような葉を持つ樹木や深緑の広葉樹、サトイモのような大きくてみずみずしい緑色を表す葉など、多種多様な葉によって鬱蒼とした森林が形成される中に通された道は、その雰囲気を保ったまま延々と続いていき、所々サトウキビの畑が現れたり牛の放牧場が現れたりするたびごと、背後には独特の風貌の山が姿を表す。海沿いのように開放的な風景ではないのだけれど、スクーターで風を切っている限りは涼しさを強く感じる。
道はやがて森林を抜けて島の南北を貫く道へと合流し、私は南へ向かって坂道を下って行った。程なくたどり着いた海沿いに、小ぢんまりと広がる比川の集落が現れた。道の末端は堤防に遮られて止まり、その先には茶色い砂浜にエメラルドグリーンの海がゆっくりと押し寄せる、極めて穏やかな比川浜が広がっていた。左手には険しい深緑の丘陵が接し、その麓には一度見ておきたかったDr.コトー診療所のセットが静かに佇んでいる。もっとも建物の中に入れるわけでもなく、銀の龍の歌を口ずさみつつドラマのシーンを思い浮かべながら辺りの砂浜を歩くくらいしかできなかったのだけれど、砂浜に降りれば当たり前のように珊瑚のかけらが散らばり穏やかに寄せる波に洗われていて、ここもまたのんびりとした風景に支配される所であるようだった。
右手に進めば砂浜から海へと突き出すように、深緑という第3の色彩を周囲に加える島のような部分があった。砂浜の植物が密生している所だという。私は堤防沿いに少し歩みを進めてみた。少し離れれば砂浜だけではなく荒々しく浸食された石灰岩の海岸も現れるし、振り返ってみれば比川の砂浜は弓なりになってさざ波を受け入れ、「診療所」もそんな長閑な海岸の一粒の砂と化すかのようだ。診療所には時折人の姿が見られるけれどそれ以外には基本的には波の音しかしない穏やかな所で、集落に戻れば丘陵の下の草原で馬がのんびり草を食む。ちょうど町長選挙の時期で選挙カーの喧騒が不意にまき散らかされたりもするのだけれど、基本的には穏やかな集落だ。
比川の集落をあとにした私は、さらに東へ向かって山の中の道へと進んでいった。明るい森の中の道の周囲には、牧場やサトウキビの畑も頻繁に道端に現れるようになってきた。そして木々の間を舞う蝶や野鳥の数も心なしか多くなってきたように私には感じられた。ヨナグニサンの生息地がこの辺りにあるといい、フェンスの周りに遊歩道の通された保護区も森の中に現れる。そして島内のどこからでも島のシンボルのように姿を見せる宇良部岳にも近い所で、私は宇良部岳へ登る道へとスクーターを進めてみた。
宇良部岳への登山道はコンクリートで舗装された細い道で、サトウキビのような細長い葉が大量に平気で車道にせり出している。蝶も相変わらず我が物顔で花から花へと飛び移っていく。道はかなりの急な登り坂で、フルスロットルをふかしたスクーターでもゆっくりゆっくりとしか登ることができず、頂上の鉄塔の下へとたどり着くのも、やっとやっとのことであった。ここから先は、あまり人も訪れていなさそうなことを示すかのように藪の中に埋もれてしまいそうな階段道をたどってさらに上を目指すことになった。ぱっと見たところあまりショートパンツでは入りたくない藪だったが、変にまとわりつく虫がいるわけでもなく、なぜかひょっこりと亀が現れたりもする楽しい階段道を、私は頂上まで登り詰めていった。
たどり着いた頂上には、絶景が待ち構えていた。昨日ティンダハナダから眺められた祖納の集落、そして東崎方面に平らに連なる茶色と黄緑のパッチワークのような畑は、ここからでもさらに広範囲が一望のもとになり、まさに一枚の大きな絵を見ているかのようであった。そして西側も、与那国岳が立ちはだかるので西崎までは見渡せなかったけれど、崖の上に平らに横たわる空港、そして祖納に接する段丘上にやはり連なる畑と、その背後に立ちはだかる深緑の険しい山並みの姿が一望のもとになった。極端に細長い形の島だからどんな展望になるのだろうと不安にも似た気持ちが私にはあったのだけれど、実際登ってみれば格別な展望の、島内最高峰であった。
宇良部岳の頂上からは麓まで一度もエンジンをかけることなく下っていくことができ、スクーターという乗り物の心地よさも私は存分に楽しむことができた。麓の明るい森を抜けて北上すれば、道はサトウキビ畑や田圃、牧場の広々と広がる中を通るようになり、私はもはやスクーターで走るという行動そのものに快感を感じるようになっていった。集落に沿う短い川沿いに走れば、背後にはさっき訪れたばかりの鉄塔が立ち誇る宇良部岳の上に鎮座し、前方には昨日訪れたティンダハナダが垂直に近い断崖となって控えている。そしてそれらの丘陵までの間の河原は湿地となっていて、小さなマングローブが水面を埋め尽くす。まるでたくさんの小人が呆然と立ち尽くしているかのような風景も、私にとっては初めての体験だった。
私は祖納に戻り、冷房はないけれど風通しの良い大衆食堂で昼食にした。普通にお茶として出されるウコン茶も美味しいし、東京で食べても大して美味いとも感じられないポーク玉子が、なぜかとても美味いものであるかのように感じられた。この風土の中で味わうからこそ、美味く感じられるのが沖縄料理ということなのだろうか。
東へ向けて午後の旅を始めようとした私は、祖納の街なかの造り酒屋の近くの甘い匂いに誘われて、始動させたスクーターをいったん止めることにした。与那国島でしか造られていない花酒も含め、一つの酒造所で造られている一つのブランドの泡盛であっても、容量も度数もいろいろあるようで、一つくらい買うのもいいかなと思ってもなかなか一つに絞りきれないものだ。帰るまでには味わうくらいはしてみたいものだ。
泡盛の誘惑を振り切った私は、島の中央を貫く道を東へ向かった。昨日走った海岸沿いの道とはまた違う、広々としたサトウキビ畑と牧場の風景が広がって、宇良部岳をバックに広大に広がる黄緑の牧場には、黒い点のようにたくさんの牛がのんびりと草を食む。中には山羊の姿もあって、牛馬よりも警戒心の強い彼らとの出会いを楽しみながら、私はまた楽しい時を過ごすことができた。
やがて私は昨日も訪れた島の東端へと再び近づいていった。私は今日はまずサンニヌ台へと登ってみることにした。周囲はやはり牧場になっていて、一応柵で仕切られてはいるのだけれどここでは馬が柵を乗り越えて駐車場まで下りてきて、道端の草をぼりぼりと音を立てながら食べるのに夢中になっているものだがら、本来の見どころを目の前にしながらもついつい立ち止まってしまいたくなってしまう。
サンニヌ台は階段状に浸食されている岩盤の上部に当たる所で、下界を覗けば無数の層状の岩肌を露出する険しい岩の間に波の打ち寄せる、見応えのある海岸線となっている。頂部を水平に近くなるまで浸食された岩礁は一部が島のようになって沖に浮かぶ。軍艦岩という名前もついているようだが、やや傾斜があるようで、船に例えるのなら沈みかけた船と言わなければならないような気もする。そんな奇岩の浮かぶ険しい岩場に、青い海原は白い波を打ちつけ続けるのである。下界には険しい風景が広がり、一方で崖の上ではそんなことも知らないかのように馬たちが一心不乱に草をむさぼる……それぞれの個体がそれぞれなりの時間をやり過ごす断崖である。
南側へ少しだけ進めば、立神岩を見渡せる展望台もある。さっきの軍艦岩からの続きのような、海に切り立つように層状の石灰岩の岩肌が露出する荒々しい海岸線の沖合に、天を指す矢印のようにぽつんと佇む岩だ。そして北側の崖の上はやはり広々と広がる牧草地となって、天のように小さく見える牛たちが草を食む。風力発電機もただ静かに回転を続ける。さらに崖の上を少し進めば、特に案内はなかったけれどその立神岩を真上から眺められるポイントもあった。真上から見るとそれは扁平な形の奇岩となって、横から見るのとはまた違った雰囲気を示しながら、ようやく彩度を上げてきた澄んだ青色の海の上に佇むのだった。
この先の道は海岸からは離れて、木々の背が高くないおかげであまり鬱蒼とした感じはしない森の中を通るようになった。森の中で目立つ存在である、巨大な緑の葉はクワズイモというらしい。この辺りにある新川鼻という、海岸近くの森林の中に通された遊歩道の探検には多少時間を要するらしかったので明日のお楽しみということにして、そろそろ牛馬たちがお出ましになる時間だと考えた私は、朝迂回した南牧場へスクーターを飛ばしてみることにした。途中で私はインビ岳の方を迂回する道へと寄り道をしてみた。単にまだ通っていない道だから入ったというだけであって、道幅が細くなってより緑の息吹を強く感じられるようになる位の期待しかしていなかったわけだが、頂上にはそれなりにきちんとした展望台も作られていた。もちろん宇良部岳に比べれば大したことはなく、祖納の市街さえ見られないくらいだったのだけれど、正面には空港までの間に広がる広々とした茶色や黄緑色の畑の風景が一望のもととなった。あまり期待していなかったきれいな風景に出会えて、私はまた嬉しくなった。
森を抜けて再び比川の集落を通過し診療所を一目見たのち、私は南牧場の只中の道へとスクーターを進めていった。これまで通って来た道とは一転して、常に海を眺めることのできる爽やかな道だ。そして海に面する崖の上にも、山側に切り開かれた草原にも、朝は見られなかった牛や馬たちの姿がたくさん現れたのである。私はどうやら正しい選択をすることができたようだった。道は2車線がしっかりと舗装されていたのだけれどその割に交通量は皆無に近くて、躊躇なくそこいらにスクーターを停めて牛馬たちとの触れ合いをたっぷりと楽しむことができた。牛は角を持っているし近寄りがたいのだけど、馬はどことなく親しみやすい風貌だ。時には親子連れで蹄を鳴らしながら車道を歩いていく姿もあったり、また人の都合で造られた路地の存在など無視してしまうかのように思い思いに行動する牛馬の集団にも出くわしたりと、通りがかりの私でも開放的な牛馬の世界にどっぷりと浸ることができたのである。
そして久部良の市街を回りこみ、私は北牧場に向かうことにした。ダンヌ浜という短いきれいな砂浜に一瞬だけ立ち寄ったのち、この砂浜を守るような崖の上にあるはずの北牧場、馬鼻崎への入口を探すことにした。久部良の港にはフェリーが入港していて、恐らく大量の物資が到着したと見え、車の通行量は昨日に比べると格段に多くなっていた。そんな幹線道路を空港へ向かえば、その直前に入口が見つかった。テキサスゲートを一つ越えれば、そこは完全に緑の草原であった。もはや舗装された道はなく、その代わりにいくつかの轍が刻まれていて、私はその轍を追うように、牧場の奥を目指してスクーターを進めた。道路に比べれば伝わる衝撃も強くて、ひょっとしてオフロードって面白いのかもしれないなあなどと思いながら、時折当たり前のように周囲に現れる牛馬たちに構う暇もなく、ゆっくりと進んでいく。しっかり轍を追って行かないと、どうやら石灰岩質の周囲にはドリーネがそこいらじゅうにあるらしくて洒落にならない事態になりそうだったが、かといってきちんと轍を通っていても大きな石灰岩のかけらが転がっていて、決して楽な道ではない。
そんなオフロードを何とかこなし、私はようやく奇妙な形の小さな石碑が証明する馬鼻崎へとたどり着くことができた。一面の草原は崖っぷちまで続き、その下には濃く青い海が広がって、ほぼ垂直に切り立つ隣の岩盤に波を打ちつけているのが垣間見られたが、あえて覗きこもうとしなければ、周囲を囲む海は至って穏やかに青く佇むのみだ。緑の草原はなだらかに波打つような起伏を持ち、所々灰色の石灰岩を露出させる。すぐそばには与那国空港があり、そしてその奥には祖納の集落を守る海岸線が伸びている。真っ青な海を眺めながらただ身を置いていることが幸せに感じられるような、午後の明るい草原が広がる。ドラマの中でコトー先生が寝そべっていた海岸、難しいことなど全て忘れてのんびりと寝そべりたくなる気持ちがよくわかるような雰囲気だ。そんなのんびりとした風景をさらに増長させるかのように、ひょっこりと馬の親子が姿を表したりする。草を食んだままの姿勢で死んでしまったらしい馬の、骨と皮だけになった死体もあったりしたのだが、そこまでもを自然に任せているんだということがたとえ嘘であったとしてもそう感じられない、独特な時の流れ方をする牧場の雰囲気に、私は暫しどっぷりと漬かっていたのだった。
人間の刻む時はそろそろ夕刻に差し掛かり、私はもう一度祖納の街に立ち寄ることにした。昨日はがらがらだったスーパーの棚にも今日はパンやら果物やら、生鮮品関係がたっぷりと並べられ、今もまさに商品を並べている最中だった。この島の生活リズムはフェリーによって定められているのだということを、私は理解できた気がした。再び訪れた泡盛の蔵元でいくつか家に送ってみたりなど束の間の買い物を楽しんだのち、私は昨日と同じように、久部良へ続くメインストリートをスクーターで爆走していったのだった。どうやら今日も、夕陽は見られないようだった。