五能線沿線(2005.12.27-2006.1.1)


1.往路(12.27) / 2.能代、滝ノ間海岸(12.28) / 3.十二湖、大間越(12.29) / 4.千畳敷、深浦(12.30) / 5.鰺ヶ沢、津軽鉄道、小泊(12.31) / 6.五所川原、帰路(1.1)

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鰺ヶ沢駅 夜のうちにまた新雪が積もったらしく、女将さんの表現によれば除雪のためのブルドーザーが街なかを「歩きまくって」いたのだという。歩けば歩くほど金になるから3時ごろから歩いているのだといい、女将さんが悪いわけでもないのに、うるさくてごめんねと謝られてしまった。私自身何の話をされているのかわからなかったほど全く気がつかないレベルであったし、何の問題もなかったのだけれど、それで気を遣われたのか、食事も予定が変わって部屋に持ってきてもらえることになった。小さな具のたくさん入った「けの汁」というのが、女将さん曰くこの津軽の郷土料理なのだという。

鰺ヶ沢市街 朝食を終えて街に出れば外は素晴らしく晴れていて、女将さんも感嘆の声を上げるほど、正面には雄大な岩木山の姿が堂々とそびえ立っていたのである。駅前に広がる街並みも大量の雪を纏って真っ白になり、朝陽を浴びて強烈な輝きを見せている。女将さんの勧めもあって大荷物は宿に置かせてもらい、私は港に沿って街なかをぶらぶらと歩いてみることにした。車道の大きな橋を渡れば、間もなく海へと流れ込む川は凍りついて、なんと白鳥たちが氷の上に座り込んで羽を休めているのである。そんな川幅の広い豊かな川が、白く小さな街並みを貫いている。

凍った川に集う白鳥 海の方を見れば、両側のやや黒い空に向かって海面から湯気が盛んに立ち、水平線の方まで見通せば、かなり遠方に白い山影と化した津軽半島が弓なりに伸びているのが見渡せる、爽やかな風景が広がる。海岸線は完全に雪に埋もれてしまっているはまなす公園だったり、巨大な港と倉庫や市場関連の施設だったりするのだが、朝の爽やかな雰囲気はどこに行っても存分に感じられる。女将さんのお勧めの海の駅わんどを訪れてみるもまだ準備中で、私はそのまま歩き続けるしかなかった。

 西の空に浮かんでいた黒い雲はだんだんと街へ近づき、街なかには粉雪も舞い始めた。私は巨大な港を囲む巨大な防波堤の向こうに広がる海を一目眺めてみたくて、そちらの方へ一心不乱に歩き続けた。防波堤のつけ根の所で港に出てみれば、停泊する船と白い街並みの向こうに岩木山の雄姿がそびえていたが、その風景にも間もなく上から黒い雲が覆い被さろうとしている所だった。雪の勢いは強まる一方だったが、私は何とか、防波堤の向こうの海の風景を見つけることができた。港の内側からでも防波堤を叩くような波の音が聞こえていたが、実際に目にした海は今日も決して穏やかになることはなく、盛んに上下動を繰り返して、沖に積まれたテトラポッドから激しく飛沫が立ち上る。道の先の方を見渡せばまた、海沿いに集落が広がり、その足もとにはやはり強い波が打ちつけて、いかにも寒村という趣の風景が展開する。私の旅の日程上、今日がまじまじと海を眺められる最後の日になりそうだったので、私はこの険しい表情ばかりを見せ続けた冬の日本海の姿を、今一度ゆっくりと眺め続けていた。

吹雪の鰺ヶ沢 海沿いの道と並行するように丘陵に沿って伸びる道は、市街の中心となっていて、商店などが道を固めている。路地の住宅と同じく、たくさんの人が雪掻きに追われる白い道を、私は駅に向かって引き返した。雪は更に降り続ける。多少気温も上がったと見え、ジャンパーに着いた雪も若干融けやすいようだった。雪の勢いの衰えぬまま、真白な市街を駅に向かって引き返していくと、行きに通りがかった海の駅の営業が始まっていて、私は少し立ち寄ってみることにした。2階にあるすもう博物館に入るには靴を脱いで上がらなければならないようで、特別装備の足には多少難儀ではあった。中の展示は当地出身の舞の海についてと、相撲の小ネタの紹介が土俵のレプリカの周りに配置されているというものだった。私自身は舞の海に対して特別な感情を持っているわけではなかったが、無料でいろいろなことを知ることができるのなら悪くはない。

 海の駅で休憩している間に雪の勢いは更に強くなっていた。しかも風のない状態なので、降ってきた雪は全て体に降り積もってしまう。私としてはもっと余裕を持って白い街並みの雰囲気を味わいたかったのだが、結局はひたすら、降り積もる雪との格闘に明け暮れることになってしまった。そして市街の道にもまた、新たに大量の雪が降り積もろうとしていた。

 私は鰺ヶ沢駅から、今日も五能線の列車に乗り込んだ。列車は大量に雪を纏った市街を抜け、最後に海辺を掠めていった。最後の海は真っ白な世界に、やはり真っ白な荒波を打ちつけていた。そして列車は最後の海に別れを告げて内陸へと分け入っていく。車窓には真っ白で広い雪原、そしてその背後には大量に雪を纏う常緑樹や、枝だけの落葉樹に表面を覆われた丘陵が広がる、文字通りの真っ白な世界が広がった。つがる市の領域に入り広がるようになった林檎畑もまた、真っ白な雪を被っている。駅の近くに広がる集落も大量の雪を纏い、そして駅を出れば、眩しいばかりの一面の大雪原が広がる。

 木造には土偶をかたどったとても立派な駅舎が建つが、駅の裏にはやはり大雪原が広がるのみで、街の実態は果たしていかばかりのものであるか私は気になった。やがて建物の密度はだんだん高くなっていき、郊外型の店舗の存在を知らせる大看板の類も目につくようになってくる。列車の周囲には眩しいばかりの雪原が暫く続くが、それもやがて五所川原の市街の風景へと変わり、大きな川を一つ越えれば、車窓は雪を大量に積もらせた市街へと包みこまれていった。

 私は五所川原で五能線から下車したが、噂に聞いていたストーブ列車がすぐに発車するというアナウンスを聞き、特にこの後の予定も固まっていなかったこともあり、私はそちらの方に飛び乗ってみることにした。ペンキで塗ったような内装や木の床、天井のむき出しの蛍光灯が演出する古い客車の中にはスルメでも焼いているのか、いい匂いが漂ってくる。あまりストーブ列車ということと関係のなさそうなマニア的な会話も頻繁に聞こえてきてしまうというのも、このような列車では致し方ないところなのだろうか。

津軽鉄道の車窓 レールバスにけん引されてゆっくり走りだした津軽鉄道のストーブ列車は、五所川原駅の周辺に広がる雪の街並みを抜けると、そのままひたすら真っ白な世界へと飛び込んでいく。雪の勢いはとどまることを知らず、周囲には全く何も見えず、近くにあるはずの山林や家並みでさえ姿を現さず、大粒の雪が大量に降り続く風景ばかりが続いていく。車掌さんは小さな駅に停まるたびに下車がないか訊ねて回り、そしてこの列車ならではの仕事として、ストーブに石炭をくべるという作業もこなす。車内を漂う石炭の独特の臭気に、私は車掌さんの大変さを思いやった。

ストーブに石炭をくべる 金木では交換のため若干の停車時間が取られた。だいぶ前の旅行で一度訪れてはいる駅なのだけれど、その時の印象が殆ど思い出せない、新しくなったような気がする駅舎の様子を探ったり、煙突から煙を噴きだす客車の様子を眺めたりしたのち、私は再び走り出した客車に身を任せた。空は若干明るくなったとはいえ、依然として雪は降り続く。芦野公園も完全に雪に閉ざされてしまっている。列車はその後も、若干見通しの利くようになった大雪原の中を進む。特に西側の車窓には遮るものは何もなく、ちょっと吹雪けば完全に何もない世界が広がってしまうのもわかるような気がする。深郷田(ふこうだ)という無人駅の辺りからは津軽中里の市街となるのか、広大な雪原が広がりながらも、その内部に建物が高密度に現れるようになっていく。

津軽中里 ストーブ列車は、津軽鉄道の終点の津軽中里駅へとたどり着いた。実のところ車内でもそうだったのだが、駅舎内もマニア談義であふれ返っていて、殆どの乗客は駅から一歩も外に出ることはないようだった。私は駅前に広がる何でもない住宅街を少し散策してみた。海があるわけでもなく特に動きのある風景は見当たらなくて、ただたっぷりと新雪を路上に蓄えた真っ白な集落の雰囲気を、私はじっくりと味わった。新雪特有のふかふかとした感じを何度も踏みしめながら、路地の複雑に入り組み、植木は藁のようなものに覆われ、屋根にたっぷりと雪を蓄えた住宅が静かに佇んでいる風景が幾重にも重なって現れる集落を、私はあてもなく暫し漂っていたのだった。

 ストーブ列車を降りた客の多くはそのまま五所川原へ引き返して行ったようだったが、私は路線バスに乗り込んで、更にその先へ続く陸地を目指すことにした。小泊へ向かうバスに乗り込めば、晴れ間がのぞいてより白く眩しく輝くようになった市街をバスは暫く走っていく。沿道に現れる小さな集落でも、バスはこまめにその中へと分け入っていき、そのたびごと真っ白に雪を蓄えた集落の風景が展開する。しかし集落と集落の間は、ただ一面の雪原となるのみだった。空からの降雪は落ち着いて晴れ間も大きくなり、時には街も、雪原も、真っ白に眩しいばかりに輝いて見えてくる。

 やがてバスは、やはり真っ白な雪原と化している十三湖の湖岸を一瞬掠めていった。田圃の雪原とはまた違い、一切の起伏がなくひたすらまっ平らに広がっていく風景が車窓に大きく映し出されたのだが、しかし防風柵に邪魔されてその姿を拝めたのはほんの一瞬のみだった。十三湖を掠め終わるとバスは時折丘陵の中へ分け入るようにもなり、黒白の丘陵に挟まれるように広がる雪原の風景も車窓に現れるようになってきた。

小泊行きのバスの車窓 そして磯松という所で、バスはついに海沿いへと出たのである。折しも大きく雲が切れ、青々と輝く海が、しかし相変わらず強い波を足もとに寄せ続けている。バスは海岸線に沿いながらアップダウンを繰り返し、そのたびごとに権現崎まで美しい曲線を描きながら連なっていく海岸線が大きく車窓に広がる。深い青い海は白い崖に向かって、絶えず波を寄せ続ける。

 権現崎のつけ根に当たる下前(したまえ)の集落へと差し掛かると、バスは集落の奥深い所まで進んでいったが、港の先端まで回りこむのかと思えばそんなことはなくて本道へと引き返して行き、その後は驚くほど険しい岩山を跨ぎ越すために、急な坂を登り始めたのである。みるみるうちに車窓からは、青く伸びる美しい海岸線を上から見渡すような大きな風景が広がるようになり、爽快なまでの大パノラマを楽しめるようになっていった。やがて峠を越えたバスは今度は急坂を下って行き、そしていよいよ小泊の集落へと分け入っていく。さすがに広い範囲に広がる街並みで、集落に入ってもバスは長い距離を奥まで進んでいく。どこで降りるか決めかねているうち、バスは街のかなり奥深くにあるバスターミナルまで入り込んでいってしまった。

 私はとりあえず車道の雪解けの進んでいる小泊の集落を彷徨った。突然適当に決めてしまった計画だったため、1時間足らずしかこの街には滞在できなさそうだったので、私は時間を気にしつつ、とにかく海だけは見ていこうと、海の風景を探しまわった。バスターミナルを含む集落は完全な住宅街で比較的広範囲にわたり、海岸へ出るのも苦労するほどだったが、バスのルートを逆にたどることで、私はなんとか海を見つけることができた。右手を黄褐色の高い崖が押さえ、左手からはすぐに港の防波堤が伸びてくる青い海は、市街を貫いてきた川を逆流させるほどの勢いでしきりに強い波を寄せてくる。右手には更に竜飛岬の方へ向かう陸地が伸び、そして正面の海にはうっすらと白い島影が浮かび上がる。はっきりとはわからないが、竜飛岬の先の北海道なのだろうか。

新年の準備 私は港に沿って、バスのルートを逆にたどるように歩いていった。港に停泊する船には、殆ど全てに日の丸と大漁旗が上下に並べて高く掲げられていて、天辺には松飾らしきものも見られる。そのたくさんの日の丸と大漁旗は強い風にはためいて、どことなく賑わいを持った雰囲気を感じさせてくれる。私は今までこのような光景を見たことがなかったのだけれど、もしかしたらこれが漁村の新年の迎え方なのだろうか。港に並行するような道には小さな商店や旅館も並ぶが、大晦日でもあり開いている店が多いわけではない。

大澗海岸 そして港を通り越し、市街も末端を迎えた所には、大澗海岸という磯浜の海岸が、背後の高い丘陵に守られるようにひっそりと佇んでいた。黒っぽい岩石がごつごつと散りばめられる海岸に、ここでもやはり灰色がかった日本海は波を寄せ続ける。私に残された時間はもうごく僅かとなってしまっていたが、これが私にとってこの旅の本当に最後の日本海の風景なのだと思い、私はこの風景をしっかりと目に焼きつけようとした。この先には権現崎へ回り込むような遊歩道も作られているらしい。ここもまた、別の季節にまた訪れてみたい所として私の心に残ることになったのだった。

夕暮れの光は降り注ぐ 大澗海岸に一番近いバス停から、私は津軽中里、そして五所川原へ戻るバスに乗り込んだ。ここは小泊の集落のまさに入口にあたる所で、バスはすぐに、木々の根もとにクマザサの茂る峠の急坂を登って下り、下前の高台へ躍り出た。さっき通ったばかりの所だったけれど、今回の旅で恐らく最後の海の展望だと思うと、カメラを手放せなくなった。南側へ波打ちながら弓なりに長く伸びる海岸線を権現坂から下界に眺め、海岸線を望む角度をカーブごとに様々に変えながらバスは高度を下げていき、ついにはその海岸線と同じ高さにまで下っていく。そして空を埋め尽くす厚い雲の間からオレンジ色の光線の筋が海の上に、まるで別れの涙のように降り注ぐ神秘的な風景が、磯松まで車窓に大きく現れ続け、私はそんな美しい風景をしっかりと堪能したのだった。

 あとは来た道をそのまま引き返すのみとなった。鬱蒼とした山道から抜けた所に白く平らで荒涼とした十三湖が現れるという出現の仕方は、往路よりも寧ろ感動的な出会いとなったような気がする。往路と同じように大雪原と集落の中の白く細い道との間を移り変わりながら、バスは津軽中里の駅まで進んでいく。帰りは列車に乗り換えることなく、私はそのまま五所川原へ向かうバスに乗り続けることにした。バスの方にも深郷田というバス停があるが、本当に何もなかった鉄道の駅とは違って集落が成立していて、駅には集落を抜けた所で出会う格好となった。列車の車窓は吹雪だったことを差し引いても真っ白な雪原ばかりだった印象が私にはあったが、バスの方は集落をこまめに巡ったり、雪原の中を行くにしても防風柵に囲まれていたりして、なかなか車窓には列車から見たような大雪原の風景は広がってはくれないものだった。

五所川原市街 やがて周囲はまた暗くなってきて、金木の集落を通る頃には辺りはだいぶ夕暮れの強まった情景となっていた。その後もバスは雪原と集落を行き来していたようだったが、私は疲れがたまっていたようで眠りに落ちてしまい、気がつけばもう完全に夜になってしまった五所川原の市街の中に突入してしまっていた。

 大晦日の五所川原の商店街の店は既にだいたいが店を閉じていて、新年の準備はもう万端といった風情だった。私は予約していたビジネスホテルに一旦入ったが、ホテルのレストランも今日は休みなのだという。宿の周囲を彷徨ったが食事のできる店は見つからず、結局私はもう一度駅の周辺に戻らざるを得なかった。ひさしのある商店街に入っても殆どの店が閉まっていて、時とともに街はひっそりと静まり返る一方であった。私は何とか見つけたラーメン屋で年越しラーメンと洒落こみ、そしてホテルの本館にある天然温泉浴場で、今年最後の温泉を楽しんだのだった。


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