1.往路(12.27) / 2.能代、滝ノ間海岸(12.28) / 3.十二湖、大間越(12.29) / 4.千畳敷、深浦(12.30) / 5.鰺ヶ沢、津軽鉄道、小泊(12.31) / 6.五所川原、帰路(1.1)
新しい朝が訪れて、私はこの宿の売りでもある、海辺の露天風呂へ出てみることにした。黒色の小さな岩が浮かぶ海岸は、水路によっていくつかの、水平なテーブル状の領域に分けられている。よくある千畳敷のように波の浸食の作用でできる海岸の地形の小さいものなのかもしれない。露天風呂の浴槽も、そんなテーブルの上に設けられている。興味はそそられたが混浴でもあったし、何より異様に寒い朝だったので、私は遠巻きに珍しいものを眺めることしかできなかった。もう少し暖かい季節の時にもう一度見てみたいものだ。
テーブルの外側には相変わらず、日本海が荒々しく波濤をはじけさせている。そしてここを訪れる人は決して旅館の入浴客だけではなく、地元の漁師のような人も少なくない。磯に住む何かを手に入れるために頑張っているのだろう。結局私は宿の展望風呂に落ち着いて、頑張って入浴を試みたけれど断念する人の姿もあったりする露天風呂の近辺に広がる、荒々しい海の風景をのんびりと眺めて過ごすことにした。。
そんなふうに楽しく過ごすことのできた宿をあとにして、私は今日も五能線の旅を始めるべく、宿の送迎車で昨日は何も見えなかった道を艫作駅まで送ってもらった。送迎車は黄金崎灯台の麓を目指して坂道を一気に駆け登り、雲の切れ間の太陽に明るく照らされる、艫作の集落へと進んでいった。艫作駅自体は極めて小さな無人駅だったけれど、宿からの送迎のおかげで異常な賑わいを見せている。列車の時刻まではそんなに時間はなく、集落をぶらぶらとする時間も取れなかったのが私にとっては残念であった。天気予報によれば今日は真冬日を脱出しそうだとのことだったが、確かに空気には昨日までのような刺すような感じはなさそうだ。
程なくやってきた五能線の列車に私は乗り込んだ。列車は雲が大きく切れた空のもと、昨日までよりも青色が強くなったように感じられる海を高台から眺めながら走っていく。海は相変わらず強く揺れてはいるが、波飛沫も少し青味がかっているような感じがする。やがて海の上に赤褐色の大きな岩がたくさん並ぶようになると、列車は比較的大きな深浦の集落へと回りこんでいく。深浦で暫く休息を取ったのち、
列車は再び海の間際を走るようになった。赤褐色の岩山が海に浮かぶ海岸は、明るくなった空のもと、深い青とのコントラストの美しい風景を作り出していく。そして列車は殆ど常に海の目の前を走るようになっていった。コンクリートで固められている海岸も少なくないけれど、駅ができるような集落の周りでは岩場の海岸線が現れ、黒や褐色の岩礁に強く波の打ちつける風景を常に車窓に映し出しつつ、列車は進んでいく。
私は名前に惹かれて、千畳敷というホームだけの駅に降り立った。駅のすぐ近くに、名前の通り広大な領域に平らな岩盤の敷き詰められる海岸が広がったが、それは今まで見てきた黒や赤褐色という色合いとは大きく異なる、緑色の岩盤だった。あまり今まで見たことのない色合いの海岸線と出会い、私はな
んだか斬新なものを見ているかのような気分になった。千畳敷とは言っても決してまっ平らなわけではなくて、大きな岩盤に入った亀裂が波によって削られつつあるような感じで、実の所はかなりぼこぼことしている。溝の部分には水が溜まっているから決して歩きやすくはなく、ゴム長靴の力によって何とか自由に岩の上を彷徨うことができるような感じだ。私は適当に彷徨いながら見つけた大きな上に腰をかけた。私の体には、日本海からの冷たい風が全身にぶつかってきた。
岩の間に入り込む亀裂に強い波が侵入すれば、間欠泉のように波飛沫が亀裂から噴き上がるし、そうでなくても千畳敷の向こうに広がる深い青色の海は波を逆巻いて、そこかしこで波飛沫を上げている。岩釣りを楽しむ人がいたり、海苔を取る女性もいたりして、孤独を感じることはなかったが、冷たい風に当たりながら波の音だけを聞いている私に感じられたのは、やはりこの世界の険しさだった。この千畳敷は、珍しい海岸線の風景を楽しむことができるのはもちろんのこと、冬の日本海の険しい姿を、今朝の露天風呂と同じくらい間近で眺められ、そしてその息吹を感じられる所であるような気がした。
海に接する丘陵には雪がたっぷりと乗っかり、落葉樹でさえ僅かにしか生えない斜面は真っ白になって緑の海岸線に臨む。千畳敷駅に臨む崖にはたくさんの氷柱が形成されている。崖から染み出した地下水が凍ったのだろうか。まだ生きている滝も一筋だけあったが、他の季節ではこの崖一面に滝が流れ下るのだろうか。別の季節にまた見てみたいと思えてくるる風景が、どんどん増えていくのを私は感じた。
この辺りの岩石は全てが緑というわけでもなく、千畳敷の領域の両端では黒っぽい岩が激しく浸食されている、所謂普通の荒々しい海岸も隣接し、それらの境界辺りに寝そべる大きなライオン岩を見てみると、その周囲にはいろんな色の岩石が斑になっていることがわかる。海岸ごとに色が違い、浸食のされ方も違い、そのために少しずつ表情も違うのが、この日本海ということなのかもしれない。
私は千畳敷駅から五能線の列車に乗り込み、常に海に面して延びる道を引き返すようにして、深浦を目指した。より明るくなった太陽は海の色をより鮮やかなものとし、沖縄にでも来たかと見紛うようなエメラルドグリーンを呈する所さえ見受けられる。それこそ、海底の海藻まで透き通って見えてくるほどだ。思えばこの旅に出てから見た日本海は、天気のせいもあって陰鬱なものばかりだったような気がするが、日本海っていうのは本来は美しい海なのだなあと、私は認識を改めさせられた。追良瀬で僅かに内陸に入れば、辺りに積もった雪も眩しいばかりに輝き、そして大岩の赤い海岸も、海の青とのコントラストがより美しく冴え渡るようになっていた。
降り立った深浦の駅の周辺には小さいながらも市街が発達し、そしてそのすぐそばには海が接する。青い海は右にも左にも弓なりに伸び、海の上には大きな岩礁が所々に浮かぶ。市街に接して大きな港が開け、周囲に控える丘陵はやはり白く染まる。私は市街を離れて北寄りに少し進み、頂上に柵を載せる大岩を中心として広がる大岩海岸へと向かった。褐色の小さな砕けた岩が散らかる中に、大きなごつごつとした岩が散りばめられ、そんな岩を伝うように延びる遊歩道を進めば、沖合に浮かぶ大岩まで容易に歩いていくことができる。そして岩の真ん中にくり抜かれた海蝕洞をくぐって階段を登っていけば、私は簡単に大岩の頂上に登ることができた。近くで見れば依然として常に大きく揺らめく日本海も、上に登って眺め渡せば、今日は昨日までのような狂った感じではなく、多少穏やかそうな表情を見せてくれる。街の中心を向けば強い逆光となって白黒写真のような風景となってしまっていたが、順光となる赤い岩の海岸の方は、更に色鮮やかさを際立たせた美しい海岸線となり、陸の上には灰色の山の姿も現れるようになっていた。
体力的な不安はあったけれど時間はたっぷりあったし、私は列車から見て感激した赤い岩の海岸をぜひじっくりと眺めてみたいと思って、そちらの方へ向かうことにした。天気予報通りに真冬日を脱出したということを示すように、路面の雪は融解して完全にアスファルトが見える状態になっていた。私はそんな国道沿いに、小さいけれど途切れることなく建物の続く風景の中をのんびりと歩いていった。道は暫くして大きくカーブして、線路を跨ぎ越してから暫くすると、海岸への入口のような所が現れた。その先に広がっていたのはまさに、赤褐色の岩石がたくさん散らばる海岸であった。
沖合を眺めれば大きくごつごつとした赤褐色の岩山がいくつも立ち並び、足もとにもたくさんの赤褐色の岩がのぞき、やはりその岩礁に向かって常に青い海は荒波を寄せてくる。さっきの千畳敷のような広々とした景観はないけれど、大きな岩山に守られるように、狭い範囲だけれど確かに赤褐色の荒々しい海岸が横たわる。少しだけ穏やかになったとはいえまだまだ冷たさの残る風に吹かれながら、私は暫し岩の上に座って、海を眺めていた。空はまた曇りがちになってきて、海の色もまたくすんだ感じになり、冷たい風が強く吹くのと連動して、強い波も目の前にまで迫ってくる。私は決して歩きやすくはない、小さな角ばった砂利だらけの磯浜を行ったり来たりして、暫く赤い海岸をいろいろな角度から眺めていた。やがて空はまた完全に曇ってしまい、時折また吹雪も到来するようになってしまった。朝食のバイキングをたらふく食っていたおかげで昼食は私には必要なかったけれど、国道に戻って見つけたマックスバリュに引き寄せられて、そこで暖かい缶コーヒーで休憩を入れることとなった。
私は一旦深浦駅に戻り、今度は駅の南側に広がる海岸を目指して歩いた。駅の南側はどちらかというと建物の多く集まる、市街の中心地のような雰囲気を強く現す領域となる。国道は港の近くを進んでいくが、国道と平行するように1本の路地が裏側を通り、その筋1列だけを小さな古い家や旅館や店などが固めている。雪のない国道と違って、その路地には雪がだいぶ残っていたけれど、ちょっと昔の商店街に紛れ込んだかのような趣のある散歩を、束の間私は楽しむことができた。街並みを抜けた後は国道を歩いていくこととなったが、港もあり漁村も開けるので完全に海沿いを歩くというわけにもいかず、私は家並みによって固められる道を歩き続けることになった。そんな道をずんずんと歩いていき、私はやがて弁天島が陸続きで繋がってシンボルとなる、岡崎海岸へとたどり着いた。
岡崎海岸には遊び場として多少の手が入っていて、壊れたウォータースライダーや、四角いコンクリートで固められたプールなどが、この時期全くの人の気配を感じさせずに寂しくただ存在していたりもしたのだが、そのような領域を避けてやれば、黄褐色の岩がごろごろとして沖合にも大きな岩山が浮かび、何人かの釣り人も獲物を求めている、素朴な海岸の風景が広がり、その向こうでは陸地が弓なりに続いている。海岸線は黒っぽい崖となっているが、一部では千畳敷駅の周辺で見たように、崖から浸み出す地下水が大量の氷柱となっているのが、遠くからでもはっきりと見て取れる。ここから横磯駅の方面へも遊歩道が続いているらしいのだが、空も雲に埋め尽くされ、時間的に少しずつ薄暗くなる時間でもあった今、私はそれ以上歩みを進めることはせず、目の前の弁天島の上に登って暫く海を眺めていくに留めることにした。
足もとの岩礁と同じように葉理、節理の発達したごつごつとした岩の中で最も大きな弁天島には、上に登れる階段が備え付けられていて、登りきれば周辺の岡崎海岸と、その南方へ弓なりに延びていく海岸の風景が一望のもととなった。面白いことに北側すぐに隣接する大きな岩の色は、千畳敷と同じような緑色を呈していた。この辺り僅かに位置を変えただけでも色とりどりの海岸線に出会うことができて、楽しいものだ。そして港を経てさっき訪れた大谷海
岸や、その奥の赤い磯浜まで続いていく海岸線もまた美しい姿を見せる。殊に赤い磯浜の姿がさっきよりもだいぶ小さくなっているのを目の当たりにし、今日もまたたくさん歩いたのだなあといった感慨に私は浸ることができた。そんな気分でだんだんと薄暗くなっていく海、昨日よりはましなのだろうけれどやはり冷たい風のもとに強い波を何度も砕けさせながら揺らめく海を何度も眺め、今回の旅で見られたたくさんの美しい日本海の風景を思い出したり、残り少ない旅の日程をどのように組み立てるかを考えたりしていたのだった。
深浦駅へ戻る道は港側の道を進んだ。晴れている季節なら夕陽がきっときれいだろうし、今はまさにそういう時間帯のはずなのだけれど、結局空は赤みを帯びることさえなく、ただ暗さだけが増していくのみだった。たどり着いた駅の周囲には街灯が点り、別のきらびやかさが生じるまでになっていた。町内にある商店は営業はしているが、時期的なものか、並ぶ商品がえらく少なくなっているようだった。
深浦駅に戻った私は、宿を取ってあった鰺ヶ沢に向かう五能線の列車に乗り込んだ。発車する頃には既に外は闇の中となっていた。国道に点る灯りは昼間見た海岸線と同じ形に並び、列車の足もとには夜になっても白い波だけは何とか見えている。千畳敷駅までは昼間に一度乗ってはいたけれど、その先の車窓を私は結局見ることができないままとなった。北金ヶ沢までの間には意外と建物、家並みも多いようで、車窓に灯りが絶えることはあまりないようだった。気のせいか、この辺りの家並みに蓄えられる雪の量はかなり多いようだった。そこへまた、新たにたくさんの雪が舞い降りていく。家並みや道路の奥にももしかしたら海があるのかもしれないけれど、昼間であったとしても、今日これまで見たような大胆なまでの海沿いというわけでもなさそうだった。最後の一駅間はどうも険しい地形を越えているようで、車窓に一旦白い崖が迫り来た後、列車は灯りの点る市街へと下るように走っていったのだった。
鰺ヶ沢駅に降り立って宿へ向かうと、その中間地点の駅前広場で宿の女将さんに迎えられた。古い旅館なので目立たないと思って、とおっしゃる彼女も、この雪の量はいつもよりも1ヶ月くらい早いと、異常さを語る。今夜もまた暴風雪とテレビは言うが、明日の朝はどんな風景がここに展開するのだろうか。宿は女将のおっしゃる通り古いけれどそれなりに雰囲気のある所だった。女将さん曰く、ハタハタを御馳走したかったんだけどここ数日急に高くなっちゃって、と。この天気で漁に出れないということなのか、はたまた、単純に暮れも押し迫ってきたせいなのだろうか。