1.往路(8.24) / 2.焼尻島一周(8.25) / 3.焼尻から天売へ(8.26) / 4.天売島一周(8.27) / 5.復路(8.28-29)
今日は昨日以上に、抜けるような青空の良い天気となった。海の見渡せる宿のトイレには朝陽が強く差し込み、眩しささえ感じられるほどだ。爽やかな島の朝の空気の中へと歩き始めた私は、昨日とは違う入口から島の尾根へと登り、オンコの森へと入っていった。真っ直ぐ伸びないナラや、鶴だの亀だのと変な枝振りのオンコ、堂々と美しく森の中に鎮座する銘木たちの茂る鬱蒼とした森は昨日も見てはいるけれど、歩む角度が違えばまた新しい森の風景となって辺りに展開してくるし、何より昨日とは空気が違う。朝の森の空気はどことなくしっとりとして、爽やかで心地よいものだ。空は快晴と言ってもよいほどに澄み渡り、木漏れ日もまた心地よく、枝の間からは青空も美しい姿を覗かせる。道にせり出す笹の葉は、たっぷりと朝露を含んでいる。
昨日は殆ど通らなかった島の尾根には、北海道本土側から天売島へ向かって島の中央を縦断するように、オンコ海道という道が通されている。私はその道をたどるべく、オンコの森をあとにした。森を出たとたんにそこには、360度どこを見渡しても地平の限りまで草原という、まるで絵はがきのような風景が現れたのである。空は水色に澄み渡り、広がる草原も美しい明るい緑色を呈し、遠巻きに北海道の本土も、美しい稜線を青白い海の上に表している。草が風に揺れる音だけが響く静かな草原の道をのんびりと歩いていけば、ここでもサフォーク達がのんびりと草を食んでいる。濃く青い海の上には昨日はあまりはっきりとしていなかった暑寒別の山並みが浮かび、そんな海原をバックにする明るい緑色の草原には、白黒の羊たちが群がる……私は今日も朝から素晴らしい風景に出会うことができたことを、嬉しく感じていた。
私は草原の中に延びるオンコ海道をひたすら進んだ。島の南岸だけでなく、丘陵の窪みにはまりこむようにして北岸の海もその青々とした姿を示し、島の南側に背の低いオンコの森が形成されるようになると、寧ろ北側の海の方が利尻富士を浮かべながら雄大に、色とりどりの花の咲く草原の向こうに眺められるようになってきた。海岸沿いの道ではないからと、私の中ではこの道を訪れる優先順位を高くはしていなかったのだけれど、なかなかどうしてその判断は正しくなかったと反省させられる、美しい道である。おそらく下界には昨日歩いた集落が続いている所なのだろうけれど、この道からは余計なものはカットされ、ただ自然の草原、森林、崖と海だけが見られる。殊に、この道に来なければ北岸にもなだらかな草原の丘陵が海に接しているということには気づかなかったかも知れない。昨日より風も弱くて雲も少なく、昨日は荒れていた北の海も、上から見る限りは真っ青で、穏やかに横たわっているようだった。
宿から1時間半ほど歩き続けた頃、私は最後の坂道を登り詰め、昨日も訪れた鷹の巣園地の高台に到達することができた。昨日も眺めたすがすがしい海原の風景との再会に、私は喜びもひとしおだった。天売島も昨日と変わらない緑の姿を、昨日よりもさらに青みを増した海の上に横たえ、穏やかに見える海の上には、フェリーの第1便が天売島へ向かってゆっくりと進んでいた。私は昨日と同じように、二つの島が青い海原に浮かぶ風景の眺められる丘の上で、しばし足を止めたのだった。
そして島の南岸に回り込めばいよいよ、昨日は逆方向に歩いてきた、険しい断崖だけど柔らかそうな海岸線が奥までずっと延びていく風景が一望の下になるようになった。昨日とは違い暑寒別の連山が全てはっきりと姿を現すまでに晴れ上がった海岸は、南向きの風に変わったのか若干のさざ波を発生させながら、しかし深い青色を示して穏やかに横たわり、断崖の緑も昨日にも増して明るくなってなお一層柔らかそうに、青い海に面して静かに佇んでいた。私はそんな静かで柔らかそうな海岸の風景が続く中を、ひたすらのんびりと、港へと向かって歩いていった。
私は最後にもう一度、360度どの方向にも広がる草原の風景を見ていこうと思い、白浜から丘陵の上へ続く急坂を登り、サフォーク達との面会を楽しみながら、尾根の上に広がる草原の中のオンコ海道へと舞い戻り、わずかながら爽快な草原の風景を楽しんだ。そして再び、鬱蒼としているけれど決して陰鬱ではないオンコの森へ帰り、島の底辺に広がる市街の上から、港へと降りる急坂を、一歩一歩踏みしめるように下っていったのだった。下界の市街には観光客向けの土産物屋の類もフェリーターミナル付近に数軒存在するのみで、基本的には静かに静まり返るのみの、市街というよりは集落でしかない程度のものだったが、しかしそれもこの焼尻のよいところなのかも知れないなと、私はターミナルで次の便を待ちながら感じていたのだった。
ちょうどお昼時となったフェリーターミナルから、所要時間が5分程度しか変わらないのにフェリー便の一等よりもより割高な運賃を払わされることを我慢しつつ高速艇の便に乗り込んで、私は丸1日楽しませてもらった焼尻島を後にし、隣の天売島を目指した。船は出航するとみるみるうちに沖へと出て、島の北側へと回りこんでいく。このあたり高速艇らしい機敏な足回りである。船は暫くは、昨日歩いた島の北岸側を見ながら進んでいく。断続的に現れる建物を見ながらひたすら歩くだけだった昨日はあまり感じられなかったが、こちら側の海岸線にも遠くから見れば柔らかそうな草原に覆われた断崖が延びているようだった。昨日通りがかった学校をはじめとする建物一つ一つを追うように軽快に航行を続けるうち、だんだんと崖は高くなっていって、島の末端の鷹の巣園地へと至る。島の中を彷徨いながら足を止めてくつろいだ小さな四阿の全貌も、緑の崖の上にはっきりと見て取れる。そして対岸の天売島はみるみるうちに大きくなっていき、引き換えに焼尻は最後の姿をだんだんと小さくしていく。昨日からたくさんのきれいな風景を見せてもらったことに感謝の念を捧げる間もなく、船は天売島へとたどり着いたのだった。
時はまさに正午の昼時で、私はすぐにでも昼食を摂りたかったが、天売島一周の団体とも便が重なったために食堂は大混雑の様相だった。周辺の土産物屋の数も焼尻よりは多く、とりあえず俗化の度合いは焼尻よりも上であるような感じであったが、島の風景のごく一部分でしかない港の風景だけで全ての雰囲気を感じられるわけもないだろうと、私は割り切って多くの観光客と同じように、とりあえずうに丼を楽しむことにしたのだった。
口どけ滑らかなうに丼を楽しんだ後、早速私は島内の散策へと旅立った。島内一周は明日時間を気にせずにのんびり歩いてみることにして、今日のところは宿のある港付近から離れない内陸を攻めてみることにした。港からの道は海に沿っていて、右側が盛り上がったテーブル状の緑の焼尻島がどこからでもよく眺められ、少し風の出てきた青い海原にぽっかりと浮かんでいる。崖の上に登る急坂を一歩一歩踏みしめるたび、広がる海そのものが大きくなって、本土のひょっとしたら大雪山系かもしれない山の影をバックにポーズを決めるかのように浮かぶ焼尻の姿が、よりダイナミックに眺められるようになってきた。
そんな焼尻の姿を最もよく眺めることができる場所に、愛鳥公園があった。オロロン鳥はもう遠くへ行ってしまった頃であり、鳥よりもむしろ秋の虫の鳴き声が心地よい公園からは、海の上に腰を据える焼尻と眼下の港、そして天売島側の隣の丘の上には紅白の灯台が建つ風景が広がり、小規模の林や草むらに囲まれた中、ここにも穏やかな時が流れているようだった。日はよく照っていて、歩いていると暑いくらいだけれど、公園の四阿を通り抜ける風は至って冷たい。静かな公園の一角には、周辺海域海難遭難者の慰霊碑というものが静かに建って、この穏やかな時をやり過ごしている。焼尻島は丘陵の表面の細かな起伏さえ把握できるほどにはっきりと姿を現し、昨日歩いたあの辺り、今日も登ったあの辺りと、指差しながら焼尻島の姿を心ゆくまで眺めることのできる所だ。そして展望台の周りの草むらの中でもハマナスは赤い実をつけ、色とりどりの花は咲き、ススキは風に穂を揺らめかせている。
私は坂道をさらに登り、森の中へと分け入った。焼尻島と違ってオンコの原生林があるわけではなかったが、その代わり椴松や赤蝦夷松が森に深緑の色彩を与えている。そしてダケカンバや柏、イタヤなどの広葉樹がその中に入り乱れる。森の中へ通じる道は比較的広く切り開かれていて、鬱蒼としたという感じではなく、むしろ明るい森の雰囲気になっている。ベニマシコの原野、クロツグミの森、シロハラの森を結んで森の中に伸びる遊歩道へと分け入れば、これはさすがに植林だろうと思われる椴松のみや赤蝦夷松のみの森も現れたりもしたが、樹木があまり発達しない草原となっている所も多くあり、ササやシダ植物が優勢だけれども、大きな雲の浮かぶ空も大きく広がって、バラエティに富んだ散歩道になっているようだった。立ち枯れたナラの木が原野の中に残されているような荒涼とした風景もあったが、もの哀しさというよりも寧ろ、草原が明るい緑を呈し、その向こうには大海原も垣間見られ、決して単調な森ばかりが広がるのではない楽しさのある所だ。
もっとも森の中の道案内は決して充実しているわけではなくて、クロツグミの森へ入っていたつもりが大きく道を間違えていたということもあったりもしたのだが、今度こそは正しいはずという道へ進んでいくにつれ、どういうわけか歩道にも草がたくさん生え、あまり人が通っていなさそうな雰囲気が辺りに漂うようになってきた。生える木々も歩道にせり出して、森自体がより薄暗い雰囲気となり、巨大なフキや残骸となったエゾニュウもそこいらに姿を現す森の足元には水たまりも乾くことなく残り、その中ではオタマジャクシがたくさん泳いだりもしている。進めば進むほど荒れ方はひどくなり、そして森を抜ければ道はススキや笹に完全に埋め尽くされて、誰がどう見ても遊歩道ではないだろうといった様相を呈するようになった。長そで長ズボンでよかったと思いながら、私は胸の高さほどもあるクマザサをかき分けてとにかく下界を目指した。やっとのことでたどり着いた崖下の集落との境界には、閉じられたゲートがやはり笹に埋もれそうになっていた。どうやら閉鎖されているはずの領域に、私は迷い込んでしまっていたらしかった。
たどり着いた崖下にはそこそこの街が成立していた。私は郵便局に立ち寄ったりしつつ街の雰囲気を少しだけ味わい、別のコースから丘陵へ登って森の中へ戻ることにした。ヒタキの谷という所ならばゲートもなく、さっきの荒れ放題の道とはうって変わって道もちゃんと均されている。坂道沿いには小さな花が草むらに彩りを添えたり、また松やナラ、イタヤや柏などがつくる雑木林ができていて、振り返れば林に囲まれるように、海が横たわっている。中には少し赤く色づいた葉を持つ木も立っていたりして、季節の巡りというものを私は少しだけ感じることになった。なぜか墓地を貫通する道を通り抜け、もはや海も見えなくなった「雑木林の小径」をのんびりと歩いていたら、程なく私は無事にさっき通りがかった森の入口へとたどり着くことができたのだった。
私は引き続き、灯台へ続く道へと入っていった。こちらの道には森は発達せずに、ツリガネニンジンや、ナデシコと思われるピンク色の花に、黒くて青光りする蝶がひらひらとやってくるような草原の道が続いていく。そんな道を進んでいけば、やがて草原の向こうに深く青い海原が望めるようになって、そして道が先端に近づくにつれ、少し陽の傾いたその海の上には、潮風に吹かれながら焼尻島の勇姿が大きく望めるようになってきた。
灯台からはさらに崖を下る道が続いていて、港に着いた時に見えていた、崖の上へ登っていく階段道と連続しているのかとも思ったが、下る道は下るほど草むして程なく途切れてしまっていて、どうやらその階段道とこの道は別系統で整備されたものらしいことがわかった。新しそうな階段道への興味が捨てきれなかった私は、草むらを伝ってその道のある所へ何とか降りてみたのだが、遠目にはきれいに見えていた階段道は実際には誰にも使われてないようで、蜘蛛の糸がばっちりと張っているという有様であった。
まだ夕方というにも早い時間だったが、再び訪れた港は、フェリーの3便が行ってしまった後となって、食堂や売店も店をたたみ、さっきはあんなに賑わっていたということが信じられなくなるくらいひっそりと静まり返っていた。他の多くの宿泊客の慣習と異なり夕方のフェリーの到着に合わせて宿に入らなかったことから携帯に心配の電話を入れられてしまったこともあって、少し早いかなとも思ったが、私はそのまま宿へ向かうことにした。高台に建つ宿は古い建物ではあったけれどきれいだし、窓からは正面に港が大きく広がる風景が望める、のんびりと過ごせそうな所だった。
私は夕食の前に、夕陽を見に行くことにした。さっき訪れた灯台の足元にあたるゴメ岬という所が、どうやら夕陽を見るのに良さそうな所らしく、私は港の敷地の突端からさらに岩場に足を踏み入れた。陸地の突端となっている所を回り込むと、海の上には夕陽が姿を現した。あいにく、なぜか太陽が沈もうとする方角にだけ黒く厚い雲が発生していたのだが、それでも雲間からは海に向かって何本ものオレンジ色の光の筋が降り注ぐ、不思議な空の風景になっていた。
風は海から強く吹いて、目の前に横たわる若干黒みを帯びた海は絶えず、大きくて丸っこい岩がごろごろと転がる岸辺へと波を寄せ続ける。風はどことなく湿っていて、コンブの匂いが辺りに立ちこめる。よく見ればなるほど、大量のコンブが波に洗われているのが、波間に垣間見られる。海に接して切り立つ崖には、ナデシコのような赤紫の花をつける草などがたくさんへばりついて、ススキと共にやはり風に揺られている。ごくわずかのカモメやカラスやウトウが飛び交う中、私は寒風に耐えて日の入りを待ってみたが、熾火のように雲の隙間が赤くなることはあっても、空一面がオレンジ色で満たされるようなことは決してなく、なぜかその方向にだけ延びる雲の周囲が寂しげに染まりながら、辺りは次第に暗くなっていったのだった。
程なく辺りは夜の様相を呈し始め、草むらからはスイッチョ、リリリリ、ジージーと秋の虫の鳴き声が聞こえるようになってきた。港からは高速艇が着いた時の賑わいは完全に消え失せて、防波堤の外から、静かに潮騒が響く。雲間にぽっかりと月は浮かび、防波堤の灯台にも明かりが灯り始めた。私は再び宿に入り、カニやエゾバフンウニがふんだんに盛られた、豪勢な夕食を独り楽しんだのであった。