1.往路(8.24) / 2.焼尻島一周(8.25) / 3.焼尻から天売へ(8.26) / 4.天売島一周(8.27) / 5.復路(8.28-29)
今夏は2年目に入ってより活動に気合の入った野球部の人たちにつきあい、お盆の期間も含めてほぼ週5日のペースで出勤し、他校に練習試合に出向くこともあったりと、いよいよ自分の休暇も取れなくなるのかと思っていたのだが、夏だというのに肌寒ささえ感じた曇り空のもとで行われた新人戦にとんでもない点差で惨敗したあとは、2学期が始まるまで約1週間のオフということになった。期間も長くないし、試合の結果次第でスケジュールも変わるという状況だったので、今までの旅のように事前に深い計画を考えるという余裕もなかったのだが、テレビで視ていたDrコトー診療所の影響などもあって、荒涼とした風景の広がる島でのんびり過ごしたいなということだけは、1ヶ月くらい前から考えるようになっていた。当初はそのドラマの舞台の与那国島へでも、と考えてはいて飛行機の予約だけは取っていたのだが、折りしも2つの台風が沖縄近海をうかがい、うち一つは石垣島に居座っている途中という天気の状況を見て、今年はやむを得ず与那国島には見切りをつけることとして、別の離島医療ドラマの舞台でもあり風景もある意味似たような感じらしい天売焼尻へと方向転換することを決めたのが、旅に出る数日前の話だった。
そんなわけで、新人戦に敗退したその日に交通機関などの手配を始め、その作業が未完了のまま翌日の午前、私は旅立ちの時を迎えることになった。昨日は肌寒かった東京にも陽射しが徐々に戻り暑さも戻りつつあって、現地の気候に合わせた服装では汗ばむほどになってきた。混雑するのぞみ号を横目に見ながら山手線で浜松町へ、そしてどういうわけか冷房の効きの弱かったモノレールに乗せられ、きれいなはずの運河の風景も満足には眺められないほどの混雑に苛まれつつ何とか羽田空港へ向かった。空港の構内も、おそらく私と同じように夏休み最後の旅に出かけるような人たちで混み合っている状態であった。何か奥まった所の小部屋に神社があることに、何度も来ているはずなのに初めて気づいたなんていうサプライズを経験しつつ、私は新千歳へ向かう飛行機の搭乗口へ向かい、うんざりするほどの長い列を我慢したのち、ようやく大空へ飛び立った。
飛行機は東京湾を大きく旋回し、アクアラインを横目に幕張、船橋、鎌ヶ谷、我孫子と知っている地形をあっという間に駆け抜けていく。下界の様子がはっきりわかるまでに晴れ上がり、残された綿ぼこりのように白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。右手の遠くの方は、太平洋まで充分見渡すことができる。機内は混んでいるけれど、事前に買い込んだおにぎりを食いながら、今回の旅のテーマになり損ねた中島みゆきの銀竜でも聞いていれば、自分の世界に入ることは簡単だ。東北地方まで北上すると雲の量は増えてきて、もはや下界は見えなくなる。しまいにはふかふかの蒲団を想像させるくらいにまで雲の量は増え、やがてその蒲団までの距離が狭まってきたかと思えば、一瞬にして窓の外は真っ白な世界となり、暫くの間をおいて今度は一瞬のうちに、規則正しく小さなマス目のように仕切られながら広々と広がる畑や牧草地の上空へと躍り出ていった。そして次第にその緑の絨毯までの距離も近づいていき、その中にも建物の姿が多く現れるようになって、飛行機は程なく低い雲の立ちこめる新千歳空港へと着陸した。
私は着陸後、直ちに新千歳空港駅から札幌へ向かう快速エアポート号に乗り込んだ。便利ついでにuシートでもと思ったが満席とのことで、それも納得できるほどの混雑が自由席にも見られる盛況の列車に私は暫く身を任せた。南千歳付近の白樺林の中には、既に赤く色づき始めた葉も何枚か緑の中に混じり、あまりにも早い秋の訪れを告げていた。快速列車は時々市街や住宅街に立ち寄りつつ、基本的にはエンジュやナナカマド、広葉樹の林や、トウキビなどの畑、小さな牧草地の中を快適に走っていく。ちゃんと冷房も効いているし、さっきのモノレールとは大違いの快適さに私は満足だった。島松を過ぎると周囲には田圃も広がり、既に実りの季節を迎えつつあって黄色味を帯び、ビート畑の緑とは明らかに違う色を見せている。作物の統一されている1枚の田畑は色むらのない1枚の絨毯のようで、それらが色違いのものを織り交ぜて何枚も広がるのはなかなかきれいなものだ。起伏に富む丘陵の中の森林を抜けると上野幌で、ここから先は札幌の市街に連続し、車窓はみるみるうちに都会の様相を呈してくる。そして豊平川の複雑な河原を大きく渡ると、列車は札幌の中心へ入っていく。山並みの麓に広がる巨大都市に、低い雲はまだもくもくとしていたが、その中には晴れ間ものぞき始めていた。
札幌駅に着いた私は電話で予約してあった高速バス、特急はぼろ号の乗車券を引き取り、出発までの間周辺を軽く散策した。さすがにうだるような猛暑ではないが、陽の射し始めた午後の札幌は昨日の東京よりもはるかに暑く、長袖では汗ばむほどになっていた。
そんな札幌への滞在もごくわずかなうちに切り上げ、バスターミナルから特急はぼろ号に乗り込んで、私は一路、今回の旅の目的地へ向かうフェリーの出る羽幌を目指した。さすがは大都会というしかない巨大な無数の建物群に煉瓦造りの建物の混じる札幌の市街に見送られ、バスは北3条を苗穂駅前まで東進、そして南下し、今度は豊平川に沿って進むようになった。川のおかげで建物までの距離も広がって、建物そのものも背が低く、街の中に占める密度もだんだんと低くなっていく。郊外型の大型店舗の増えていくなか、豊平川を渡れば橋の上からは隣の美しい曲線を描く橋、さらに向こうに連なる藻岩山の山並みの緑の中へ川の流れが続いていくのが大きく見られるようになる。都会の中にしては見応えのある風景だ。豊平川の対岸にも市街は続いていくが、小規模の店が間隔を開けて並ぶような街になり、札幌駅前とはだいぶ様相が変わってきた。
そしてバスは程なく道央道へと進む。やや高台の高速道路から見られる家並みはかなり隙間が多くなっていて、やがていくつもの小さな川を渡りながら、ぼこぼこの荒れ地、その合間に平らに均された畑や牧草地が広がる緑いっぱいへの風景へと、車窓はすぐに変わっていく。江別東まで来ると車窓にはいっぱいに田畑が平らに広がることも珍しくなくなった。黄色くなった田圃や他の作物の緑、そして刈り取られた田圃の黒茶色の織りなすパッチワークは、やや高頻度に現れる小川の乱雑に草の茂る河原によって途切れながらも、何度も何度も元の形に大きく広がろうとしているかのようだ。
やがて田畑を取り囲むように控えていた背の低い丘陵がだんだんと近づいてくると、田畑の中にもたくさんの家並みが現れるようになり、岩見沢の大きそうな市街が遠巻きに眺められるようになると、間もなくバスは丘陵の間に分け入るように進むようになっていく。なだらかな丘陵は中腹まで切り開かれ、畑や牧草地になっている所や荒れ地になっている所もあるが、多くは広葉樹の林であり、合間からは黄色い田圃や緑の畑が広大に広がる盆地の風景も垣間見られてくる。奈井江、砂川辺りでは盆地を囲む丘陵の中腹を行き、対岸のような丘陵までの間に、黄色い田圃が一面を埋め尽くすような風景も展開する。陽もだいぶ低くなり、田圃もまさに黄金色に見えてくるようになった頃、バスは滝川のインターで高速を降り、今度は一般道を進むようになる。
バスは程なく滝川の、広い道幅に郊外型店舗の建ち並ぶ市街へと進む。分岐する道路もそれぞれが広い道幅を持つのに、そちらの道を囲むものは普通の住宅街でしかないというところに、私は北海道独特の趣を感じ、今更ながらに北海道との再会を喜んだ。そして滝川駅の周囲に広がる賑やかそうな商店街へとバスは進む。完全無視なのが惜しいくらいの華やいだ商店街は、しかし一瞬で途切れ、線路をくぐれば辺りは郊外の住宅地へと戻っていく。広々とした流れの石狩川を渡り、土手と黄色い田圃に挟まれるような道を、バスは背後に控える深緑の丘陵へ向かって進んでいく。
暫くバスは、平らに広々と広がる田圃の中を進んでいく。よく見れば広がるのは水田だけではなく、トウキビや蕎麦の畑も混ざっているようだ。冬に来たらここでも、真っ白の絨毯が広がる風景に出会えそうな感じがする。やがてそんな道が真っ直ぐ延びたまま、道の周囲にそれなりの市街が成立し、バスはその雨竜の市街を進むようになるが、その市街も程なく抜け、元の田圃の間のような道へと戻っていく。田圃に混じる蕎麦畑も白く輝いて美しいが、背景の丘陵との距離は急激に狭まっていき、そしてバスは坂を登って一転、白樺林の中を行くようになった。そんな丘陵の中にある日の出ドライブインでバスは10分ほど休憩を取ることになった。周囲には再び田圃が広がるのみで、売店もあるにはあるがごく小さい、大したものも買えない所で、通りがかった雨竜の市街の中にあった道の駅にでも止めてもらった方が、よほど便利なような気もする。
ドライブインを出発すると、バスはすぐに今度は北竜というそれなりの規模の市街へと差し掛かる。「ひまわりを味方につけた街」との標語が面白い街で、街を囲む黄色い田圃の中には確かに、特に道路沿いにはひまわり畑が多く混ざっているのだ。もっともひまわりの花はだいぶ勢いを失っていて、広々と広がる黄色い田圃の方が寧ろ鮮やかで見応えのある風景を作り出しているかのような感じもした。この辺りには蕎麦畑もかなり多いようだが、丘陵に周りを囲まれながら、黄金色の田圃が低くなりつつある太陽に照らされて、美しく輝きながら広がる最高に長閑な車窓の中を、暫くバスは走っていく。
やがてバスはまた、足元を笹で固められた白樺林の中の坂道を登っていき、美葉牛峠から留萌市へと入っていく。そういえばこれまで、以前の北海道の旅では路傍に至る所で咲き誇っていたエゾニュウをまだ見かけていないなと思っていた矢先、私はようやく草むらの中に一株だけ発見することができた。この辺りではそんなに目立たない存在なのだろうかと、私は不思議に思った。道路は留萌本線の線路と合流し、共に森林に囲まれながら、時折見られる小さな黄金色の田圃や白い蕎麦畑の間をバスは進んでいく。エゾニュウやノリウツギの姿が見られない代わり、長方形状の大きな葉をつけ、人の背ほど細い茎の最上部に白い房のような小さな花序をつけている花がたくさん生えていることに私は気がついた。
暫く丘陵に囲まれながら走っていたバスは、ある所で唐突に市街地へと入った。留萌市に入ってからはだいぶ経ってからのことだったので、待ち侘びていた感じでもある。もっともまだ建物の密度は低いし、背後に丘陵が控えていることには変わりがないし、右側には留萌川が寄り添っていて対岸には市街は発達していないようだからあまり大きな街という感じでもないのだけれど、間違いなさそうのはとりあえず、やたらと広い範囲に市街が広がっているらしいということだった。
元川町という留萌川のほとりの住宅地の片隅で乗務員が交代したのち、バスは川を渡り、それなりに巨大な様相を呈してきた留萌の市街を避けるようにして、丘陵の麓を、市街を遠巻きに見ながら進んでいくようになった。そして道に沿っていた留萌川の河岸が工場や石油タンクなどで厳つく固められるようになると、川はとうとう河口に到達し、そして車窓にはついに待ち侘びていた海の姿が見られるようになったのである。雲は多くて海水面は青黒くなってしまっているけれど、波もそう強くはない。そしてそんな海を雲の間から太陽が赤く筋のような光で照らしている。天気が良ければもっと美しい夕暮れの海になりそうだが、何とか美しい姿を見せようとしてくれているかのような今の海も、なかなか見応えのある風景だ。
漁村の集落が大きくなったような小平(おびら)の市街を抜けて一つトンネルをくぐればもはや、長い砂浜の海と、急すぎて殆ど樹木のない崖しか存在しない道を、バスは延々と走るようになった。砂浜に白い波を寄せ続ける海に、太陽は雲間から覗いては光線の道を海原に築く。時折波に洗われそうな所に釣り人がいたりもするが基本的には無人である砂浜に波が寄せるさまは、寂しささえ感じさせる夕暮れの風景を作り出している。
寂しかった風景の中にはやがて再び建物が現れ、バスは鬼鹿の市街へと進む。樹木のない黄緑の丘陵には発電風車が立つ。斜面に樹木がないのは急な勾配だからだけではなく、風が強いからということもあるのかもしれない。そんな鬼鹿の市街は、中にいる分にはそれなりに大きな街であるかのようにも感じられたが、バスはあっという間に通り過ぎてしまって、もとの崖と海しかない寂しい風景へと戻っていってしまう。海には今回の目的地の天売、焼尻と見られる一対の平たい島影も見られるようになってきて、ようやく目的地に近づいたことの喜びを私は感じることができたが、バスは相変わらず、時々は漁村の集落も現れるけれど基本的には寂しい海岸を暫く走り続ける。
力昼(りきびる)という小さな集落、そしてその先の黄緑の崖の上にもたくさんの発電風車が並び、盛んに回転を続けている。天売焼尻の島影も、時と共に大きさを少しずつ増しているように私には感じられた。上平(うえひら)という集落ではあまりに崖が急峻となるのか、バスは内陸を迂回するように進むようになった。崖の上には四阿も造られているようで、のんびり夕陽でも眺めるにはもってこいな感じのする所だ。周辺のなだらかな斜面には畑も開かれていたり、牧場もあったりするようで、車窓には久々に長閑な風景が展開し、バスは程なく、苫前(とままえ)上町の市街へと入っていった。
苫前の市街を出るとバスは、風車の裏側をかすめていく。荒涼とした草原が丘陵の斜面に広がる中、バスはたまに海岸沿いをかすめるように走っていく。まさに太陽が沈もうとしている方向と、かなり大きくなってきた天売焼尻の平たい島影とが重なって、海原には美しいシルエットが見られるようになっていた。これで天気が良かったらきっと最高の夕暮れの風景となるのだろう。そしてバスは程なく羽幌の、やはりそれなりに大きく見える市街地へと入り込んでいった。高速バスで途中から客が乗ることもないので、予定よりもだいぶ早くたどり着いても何の問題も発生しないということなのだろうか。羽幌の街並は道幅も広いし、建物も住宅としては決して小さくはないが、建物同士の隙間は決して狭くはない。そんな街並へだいぶ深く分け入った所にある、もともと羽幌線の駅だった羽幌ターミナルを経由したのち、バスは再び賑やかそうな市街を巡って海側へ進み、本社ターミナルという古くからの羽幌のバス停へとたどり着いたのだった。
特急はぼろ号はさらに北を目指すが、天売焼尻を目的とする私は、船の出るこの街で3時間半ほどお世話になったバスに別れを告げた。年季の入ったぼろぼろの本社ターミナルから国道へ出れば、ここにも北海道の市街の例に漏れない、やたらと道幅ばかりが広い、寂しさを禁じ得ない街並が広がっていた。辺りも急激に暗さを増して、刻一刻と街並には灯りが点り始める。明日の朝から天売焼尻へ向かうために、私はこの街で投宿することにした。宿は味のある古い旅館で、冷房もないらしい。本州ではまだまだ暑さが続く季節だけれど、ここは確かに、扇風機で充分耐えることのできる気候であった。