1.往路、脇野沢(8.21-22) / 2.仏ヶ浦、大間崎(8.23) / 3.下風呂、尻屋崎(8.24) / 4.川内川、湯野川温泉、国道338号(8.25) / 5.薬研渓谷、恐山、釜臥山(8.26)
今日は今回の旅に出てからは初めて、朝から快晴のいい天気となった。ホテルの窓からは近くの釜臥山の、緑色をした全貌がはっきりと見え、大きいはずの市街の様子も大きな山の前にあってはせせこましさを感じるほどだ。宿を出た私は、昨日の夜しか見ていない市街地を少し散策した。開いている店は少なかったけれど、噴水の設けられた水路際の道を歩けば、晴天のもとに釜臥山の堂々とした姿が常に背後に控え、街は明るい雰囲気に充ち満ちていているようだった。バスターミナルのすぐ近くに、廃止された大畑線の旧田名部駅の駅舎もしっかり残り、駅前広場だった所にJRバスの簡単な待合室ができていた。16年前の旅の際にも下北交通の駅として訪れていた所であったし詳しく見てみたいところでもあったけれど、乗るつもりにしていたバスの発車時刻が近づいていて、私は急かされるようにバスに乗り込んだ。
田名部を発車したバスは、快晴の市街へと走り出していく。暫くは大きい店や建物の林立する、都会の様相の市街を行くが、総合病院、市役所と大きな施設を経由していくうちに建物は小さくなり、時折巨大な郊外型店舗の混じるすかすかした街並みへと変わっていく。道幅が広くなる一方、緑の釜臥山は更に大きく背後に浮かび上がり、建物の間にも緑が多く見られるようになっていく。道のそばの緑の中に埋もれるように線路も通っていて、大湊線の下りの列車に追い越されたりもしながら、バスは小さな街の雰囲気が続く中、大湊駅を目指して走っていった。
大湊駅でバスから降り、私は予約していたレンタカーを借り受けた。今日と明日はこの車で、路線バスだけでは見きれない更にたくさんのものを見ていくことを考えていたのである。足慣らしを兼ね、私はまずは大湊の街の、海に近い細い路地を走ってみた。住宅の建て込む路地で、あまり無茶な運転もできなさそうな感じではあったが、海側は家並みの切れ間から青々とした海ののぞく、それなりに見応えのある道だ。時々空き地に車を停めて海の姿を眺めたりしつつ路地の突き当たりまで走って来れば、そこは海上自衛隊の基地の入り口となっていて、海の上には大きな厳つい船が何艘も浮かんでいた。見学も受け付けているらしく、一般の人が集まって少し賑わいを見せているが、その賑わいを横目にして、延びてくる砂州に囲まれて横たわる青々とした海をのんびり眺めていることもできる所だ。そして周辺の家並みの上には、広い青空のもとに深緑の釜臥山が立ちはだかる。昨日までのぐずつき気味の天気が嘘のように思えるほどの、色鮮やかな風景が至る所に現れてくる。
私は自衛隊の領域を抜ける方向に車を走らせ、先日脇野沢へ向かうバスでも通った国道を進んでいった。道は深緑の森から程なく明るい海沿いへと出て行く。今日の陸奥湾は穏やかに深く青く輝き、青森方面、津軽半島、松前小島に北海道まで、湾を囲む陸地の全てを隠すことなくさらけ出してくれている。私は脇野沢の方向へ車を走らせつつ、城ヶ沢、田野沢、川内町など、海がきれいに見える所にちょくちょく車を停めていった。そして川内町の開けた市街から内陸へ針路を取れば、道は高い山並みと濃い緑色の山林にすぐに囲まれるようになり、並行して流れる川内川も時折林の中から姿を見せてくれた。
この川内川の流れは渓谷となり、その流れに沿って遊歩道が通されているということだったので、私はその入り口に当たる所に車を停め、足を踏み入れてみることにした。最初のうちは何のことはない、林の中に通された歩道が続くのみで、川の姿も決して常に見られるわけでもなく、時折轟く沢の快い音を楽しみながら日影の中を散歩できるという価値のみが感じられる道でしかなかった。
最初の見どころが現れるまで多少長い距離があり、どうなることか、もしかしたら失敗だったかと私は心細くもなってしまったが、静かな雰囲気の中にあるあじさい橋からの美しい渓谷の眺めは、私の不安を打ち払うかのようだった。川沿いには川内川に流れ込む滝をその正面から見据えられる所、曲線を描くように削り取られてポットホールもたくさん形成される川原が高い山並みに囲まれる景色、川の流れ自体に段差ができて形成された大滝が爽やかな音を立てながらごつごつと直線的に削られた岩肌を流れる様など、森林の中には次々と見どころが現れるようになった。
やがて歩道は一時川の本流から離れ、山深い所を流れる支流へ通されていく。川の流れは森林に囲まれてひっそりと佇む湿地のようになり、その上には複雑にジグザグの木道が渡される八ッ橋が、巨大化した水芭蕉の葉に囲まれながら通されていく。そして川内川の本流沿いに戻れば、流れの上にせり出すような歩道からの森林の景色が広がる。私は徐々にこの道がそれなりに変化のある楽しい遊歩道だということに気づかされていった。他の人には出会うこともないまま、私は小さなダム湖となっている遊歩道の終点へとたどり着いた。広大な駐車場も整備される所だったが、そこに停められている車の姿はなく、明るい空のもと、明るい緑の丘陵に囲まれた静かな空気のみが流れる所だった。
近くには小さな温泉もあるにはあるようだったが、私はまた車を置いた所まで戻らなければならなかったし、ここで必要以上にゆっくりすることはできないような気がして、今回は見送ることにした。帰り道は高い緑の山に囲まれた車道を歩いて行くことにした。寧ろこちらの道の方が川内川の豊かな川面をばっちりと眺められる所もあったりしたのだが、日影も少なくなり風景の変化も乏しくなって、決して長くない道のりに少し大変なものが感じられた。遊歩道でも大きなポイントとなっていた大滝は車でも訪れることができるようになっていて、私はもう一度大きな滝の音をBGMとして休憩することにした。
楓の枝の先に既に紅葉の始まっている葉を見つけたことに少し感動しつつ、私は再び車道を引き返していった。最初の見どころであったあじさい橋の所まではこちらの道でも次々と見どころが現れたが、そこからスタート地点に戻るまでは発電所が現れたりということこそあったものの、多少退屈さも否めない道であったことは、遊歩道と同じであるようだった。やっとの思いで車を置いた所へ戻った頃には、時にして午後1時を大きく回ってしまっていた。私の心づもりよりも多少ゆっくりめな歩みとなってしまったことを少しだけ気にしながら私は再び車を走らせ始め、湯野川温泉という所を目指していった。暫くは歩いて戻ってきた道を逆走することとなったが、車窓には見たばかりの風景が車であっても多少長く現れ続け、私の歩いた距離の長さを強く感じることとなった。
川内ダムへ続く道と分かれて更に車を進めると、メインストリートを外れたと見えて森はより鬱蒼として道に被さるようになり、道自体も舗装の痛んでいる所が多く見受けられるようになってきた。そんな森の中にあるにしては豪華な高層のホテルまでもが建つ明るい雰囲気の湯野川温泉へ、私は程なくたどり着き、名前となっている湯野川という小川沿いに佇む、濃々園という日帰り温泉で休憩していくことにした。風呂は単純泉のようだったが、安価に開放的な露天風呂を楽しむことができるのは嬉しいものだ。目の前の手の届きそうな所に、湯野川の清流が明るい林の中を流れている風景が広がる風景を、私は暫しゆっくりと楽しんだ。
のんびりできたのはよかったが、この施設では食事を摂ることができないというのが、私にとっては若干の誤算であった。私は歩いて湯野川温泉の温泉街を一回りしてはみたが、街の規模はほんの数分でほぼ全てを巡れてしまう程度でしかなく、さっきの車の外に一瞬広がっていたように見えた賑やかな街並みは幻だったのだろうかとさえ思えてしまうほどだった。
結局この街で昼食を摂ることを諦めて、私は再び森の中の道へ車を走らせ、さっき分岐した川内ダム湖の方へ針路を取った。人家など現れるわけのない急斜面の谷間の道に、私はひたすら車を走らせた。地図上では川に沿って走っているはずなのに、その川面を目にすることはできないままで、それだけ深い谷であることが想像できる。やがてそんな深緑ばかりの世界を打破するかのように、川内ダムの堤防の、灰白色のコンクリートの巨大な建造物が風景の中に立ち尽くした。ちょっとした駐車場に車を停めて外に出れば、ダム湖特有の細長い形の湖と、極めて深く削られている細い谷が、堰堤を境にして接している。そして更に少し車を進めれば、緑の谷間に満々と水をたたえるダム湖の姿を間近に見られる展望所や、道の駅も現れた。私は漸く昼食にありつけた喜びとともに、緑色に輝く美しい湖面を暫し眺めたのだった。
私は道の駅をあとにした。ダム湖と別れると、斜面の所々に広大な農地の切り開かれる道へと進んでいく。道はまもなく佐井村へと入っていき、長閑な山道の風景が暫く続いていったが、下北半島の西岸に沿うような国道に合流して暫くすると、道の様相は大きく変化していった。地図上では下北半島の西岸、まさかりの刃に並行するような海の近くを通っている道のはずなのに、急カーブと急坂の上り下りの連続する、いかにも山越えといった感じになっていったのである。牛滝の集落に入るまでの下りではいくつもの橋を渡り、谷間の先に集落とV字型の海を一望できる所もあったが、立ち止まって写真を撮れるような余裕も私にはなく、比較的多い交通量を阻害しないことだけに最大の注意を払いながら、私はハンドル、アクセル、シフトレバーとブレーキを必死でさばき続けた。森の切れ間に海の風景が見られる所もないわけではないようだったが、私はただ、車を走らせることに夢中にならざるを得なかった。
道はやがて、私が一昨日船で訪れて、険しい世界を通らないと訪れることができないということを知った仏ヶ浦の付近へ差し掛かった。実に車で訪れる場合でもそのことは成り立つのだということのよくわかる険しい道は、それまで2車線を保っていたというのにこの辺りからついに1車線となってしまった。私は苦しい登り坂を何とか登り詰め、仏ヶ浦を高台から見下ろす展望台へとたどり着くことができた。木々の間には一昨日間近で眺めた白くて丸っこい巨岩が織りなす奇妙な海岸線が、険しい中に鎮座ましましていたのだった。仏ヶ浦を通り過ぎても、険しい山道はまだまだ続いていく。福浦という集落の中に出た時はこれで山道も終わりかとも思ったのだがとんでもなく、道は再び崖の上へと登っていく。土砂崩れでもあったのか片側相互通行になっている所もあったりしたが、そういう風に崖が崩れて木々が切り払われたまさにその場所に絶景が広がっているというのも何とも皮肉なものだ。
そして長後を通り過ぎて暫く山道をこなせば、次第に高度は下がり始め、先日海から眺めた願かけ岩の印象的な姿や広大な海原の姿をいっぱいに眺めながら平和に走ることのできる所も多く現れるようになってきた。今日は昨日よりも雲が少なく、北海道の函館山や駒ヶ岳の姿もはっきりと、それとわかる形の姿を海の上に浮かべている。所々まだ登り坂となって道幅の狭くなることもあったけれど、そんな道から下りに差し掛かれば爽快な青い海に沿って深緑の山並みが弓なりに青空の下に延びていくような、広大な展望にも出会うことができたのだった。
やがて国道は山道を完全に抜け、私は一昨日も訪れている佐井村の中心の集落へとたどり着くことができた。私は次に、ここから山の中を薬研温泉まで続いているというあすなろラインという道へ進むことにした。細く入り組む集落の中の道を抜け、あすなろラインへ一歩足を踏み入れると、道はいきなり砂利ダートとなった。かつては舗装されていたかのような様相を呈する、痛んだ舗装が部分的に残る所も所々に見られたが、基本的には文句のつけようのない完全な砂利道が、薄暗い林の中に延々と続く。もちろん思うようにスピードなど出せるわけもなく、カーナビの示す自分の位置の変化量がそれまでよりも小さく感じられることに、私は少しばかり苛立ちも感じざるを得なかった。しかもこんな道にも峠越えのように傾斜があり、鬱蒼とした森の中だから風景は単調なままなのに頻繁にカーブも続くようになって、スピードの加減も慣れずにうまくいかない状況の中、危うく脱輪しそうになった所に不意に対向車まで現れて冷や冷やさせられるような場面もあったりしたわけである。
それでも佐井村からむつ市旧大畑町に入ったことをカーナビが示す頃になると、心なしか砂利も安定し、カーブも少なくなって、一般道並みのスピードを出しても大丈夫なくらいにまでなる所も多くなったが、不意に踏んづける穴によって断続的に強い震動に襲われる瞬間が目立つようにもなった。しかしそんな道をこなしながら、私はだいぶダートの走行にも慣れることができたのを感じられるようになった。だんだん調子よくさばけるようになったハンドル操作をこなし、私はついにダートの終点、奥薬研渓谷へとたどり着くことができたのだった。車に振動を全く感じることなくスピードの出せる道に復帰することができたことが、私はこの上なく嬉しかった。
そして車に吹き込む風に冷たさが感じられるようになった夕方、私は今日の宿を取ってあった薬研温泉へと、無事到着することができたのだった。車の運転に集中しなければならない分、不意に現れた絶景を充分に堪能できない嫌いはあったけれど、自分の力で困難を切り抜けられたかのような達成感に浸れるこのような旅もたまには楽しいものである。原付あたりならまた違った楽しみ方もできるのかもしれないな、などと感じながら私は宿に入り、若干高めのお宿に奮発した分を存分に楽しむべく、総ヒバ造りのきれいな浴槽でのんびりと温泉に浸かったのだった。