1.往路(3.29) / 2.住吉、堺(3.30) / 3.生駒、大阪城、大川(3.31) / 4.箕面、万博記念公園、天神橋筋(4.1) / 5.復路(4.2)
今日は午後から天気が崩れる予報だとテレビは告げる。午前中は晴れだとはいうが、昨日に比べれば雲の多い空模様だ。私は宿の近くで、朝から営業しているうどん屋で軽く朝食を済ませ、今日も朝からおじさん達の人通りの多い街へと繰り出した。地下鉄の動物園前駅から、昨日それなりに混雑を呈していた天下茶屋からやって来る堺筋線の列車に乗り込めば、その様子とは裏腹に車内はそこそこ空いていて、よく考えたら今日は土曜日なのだということを私は思い出した。
日本橋の駅で、私は近鉄奈良線の列車へと乗り換えた。都会の旅では珍しいクロスシートの列車に私は身を任せた。列車は暫く地下を走り、鶴橋の辺りで地上へと顔を出せば、辺りには大きな建物の隙間に小さな瓦屋根の建物が密集し、独特な雰囲気が感じられた。布施で大阪線の線路を分けると、奈良線の列車は更に高い高架へと登っていき、負けずに高く登るかのように建ち並ぶ巨大なマンション群の合間からは、大きくなった生駒山地の姿がはっきりと見られるようになっていく。そして瓢箪山まで来ると、生駒の山は更に壁のように高く立ちはだかるようになり、列車は最早直進はできぬとばかり大きくカーブを切って、その壁を右手にするように針路を取った。列車の高度もみるみる上がっていき、左手には様々な高さの建物がひしめき合う大阪の街並みが、いっぱいに広々と広がるようになっていった。そして最後に石切からは、長い長いトンネルへと突入していったのだった。
私は生駒山の反対側にあたる、生駒駅に降り立った。下界の大阪でももともとひんやりとした朝だったが、標高が高いせいかなお一層ひんやりとした空気に包まれているような感じがする。辺りには少しずつ店の開き始めたアーケードをはじめ、賑やかそうな市街が広がっているが、すぐ近くにはさっきまで大阪側から見ていた生駒山地の完全な裏側の姿が、大きく立ちはだかっている。
すぐ近くには、その生駒山地へ登る近鉄のケーブルカーの乗り場となる鳥居前駅があり、私は可愛らしい猫型のミケごうという車両の乗客となった。ケーブルカーは急勾配の線路をゆっくりと上っていったが、線路際には家並みも多く、傾斜が急であることを除けば普通の鉄道と同じような車窓が広がる。中間地点でもう一つの可愛い車両、犬型のブルごうと交換すると、線路の勾配は更にきつくなって、車両は切り通しの林の中をゆっくりと登るようになっていく。林に囲まれているせいで周辺の展望が開けることのないまま、車両は宝山寺駅へと辿り着いた。
宝山寺駅は路線図上では生駒ケーブル線の途中駅ということになるが、実態はこの駅を境界にして下側の宝山寺線と上側の山上線という2路線に分断されていて、山上線の方は運転が始まるまでまだ少し時間があるようだった。私はせっかくなので駅名にもなっている寺院を参拝していくことにした。まだ朝早いせいかひっそりとしている宝山寺駅をあとにすれば、駅前はすぐに生駒聖天宝山寺への参道となる。寺側から見れば裏口ということにはなっているようだったが、急な参道は立派な石造りの階段道として整備され、まだシャッターは開いていないが恐らく土産物屋であろうたくさんの建物に固められ、大きな旅館も沿道に営業している。これからどんどん賑やかになっていくのだろうが、そんな参道のまだまだひっそりとした状態の雰囲気を感じられて、私は何だか得した気分になることができた。
静かな参道を登り詰めていくと、ここにもなぜか、寺院のはずなのに巨大な鳥居が建っていた。大きな寺院の入口に鳥居が建つというのは、もしかしたら関西のデフォルトなのだろうか。鳥居の奥に更に続く参道には大きな灯籠が立ち並び、そしてその背景を深い杉木立に囲まれる。後ろを振り返れば杉木立に挟まれた区画から、下界の建物達の姿も見られるようになっていた。
不動明王を祀る荘厳な雰囲気の大きなお堂が並ぶ境内は、背後をごつごつの岩肌が露出する切り立つ高い崖に阻まれ、その足もとにも明王様が佇んでいたりもする。私は少しでも良い見晴らしを求め、奥の院へ向かう参道へも足を踏み入れてみた。参道は紅白のよだれかけを着けた無数のお地蔵さんに固められた、深い杉林の中の階段道で、終点に佇む赤いお堂に立てば、大阪側とはまた違うおおらかな感じの奈良県側の下界の展望が、それなりに開けてきた。
ここから岩屋の滝散策道という案内に従ってみれば、ケーブルカーの山上線の隣駅にあたる梅屋敷駅が、意外に近い所にあった。ケーブルカーのレールはつるつるとしていて、傾斜のある線路の踏切を越えるのに多少の恐怖感も感じてしまったが、この駅のホームからの下界の眺めは、この辺りでは一番美しいものであるように私には感じられた。大阪側と違い起伏に富む大地に、大阪よりも若干の余裕を持って、広大な領域に谷底を埋めるように建物が敷き詰められていたり、高速道路が敷かれていたりする。しわの寄った丘陵の間は霞に満たされ雲海のようになり、そんな風景が青空の下、ウグイスのさえずりの中に静かに佇んでいるのを眺めれば、ちょっとした時間の隙間に訪れたにしては何だか贅沢な、充実した気分に浸ることができたのだった。
遊歩道の終点となる岩屋の滝も、すぐ近くにあった。滝というよりは湧き水に明王様が祀られているだけなのだけれど、そういえば奥の院を訪れた時と同じように、「よう参りました」と中から出てきたおじさんからねぎらいの言葉を頂くことができた。
やがてケーブルカーの運行が始まる時間となり、車両の姿の見えぬうちから、レールの間に渡されたケーブルが動き始め、ガラガラという音が辺りの静寂を破りだした。程なく梅屋敷駅にやってきたケーキのような車両に乗り込めば、宝山寺駅から既にたくさんの家族連れが乗り込む今日の一番列車だった。車両は延々と森の中を登って行くのみであったが、森の切れ間から下界の展望が開けるとやはり爽快で、私は何だか嬉しくなった。
生駒山上駅の周辺にある遊園地の構内へは出入り自由であるようだった。まだケーブルカーの第一便が着いただけであって、園内ではアトラクションも飲食店もまだまだ営業は始まらず、空は明るいけれど、静けさや爽やかさが色濃く残る園内だ。そしてまさに生駒山の頂上にあたる園内からは、適当に彷徨うだけで建物の隙間から、大阪方面の大パノラマがどこからでも自由に垣間見られるのが嬉しい所だった。一番展望の良さそうな場所はレストランに取られてはいたけれど、青空の下青白色に霞んだ、小さい建物が広大な領域にひしめき合って見れば見るほどディテールの細かさを感じさせる大阪市街の展望が、また一段と爽やかに広がっている。
私はとりあえず園内を縦断し、たくさんのテレビ局の送信所がひしめき合う辺りを目印にして外へと出てみた。辺りには今度は奈良県側のおおらかな大パノラマが広がった。梅屋敷駅から見られたのとはまた違った角度で更に大きく、起伏のある大地に建物が並び、そして丘と丘との間が霞んで雲海状になって延びる様もまた、美しいものだった。大阪側の細かい大展望、奈良側の伸びやかな大展望、両方をいっぺんに楽しむことのできる素晴らしい場所に、私は来ることができたようだった。
遊園地に隣接する八大龍王本山龍光院という、小さいけれど生きている白蛇が祀られていたりもする寺の境内に入れば、その一角が展望台として開放され、大阪側の細かい展望が何にも邪魔されることなく広々と開けていた。正面かなり遠くには青く霞んだ六甲の山並みが奥へ弓なりに延び、そして同じく弓なりに大阪湾があまりにも広大な市街の背後を守り、市街には直線的に高速道路が巡らされて、小さい家や大きいマンション、梅田に集中する高いビルや、所々に散りばめられる広大な緑地帯……大阪にあるたくさんのものを一度に見ることにできる素晴らしい展望の元に私は暫し足を停め、のんびりとその広大な展望を眺めたのだった。下りのケーブルの時間まではまだ若干の余裕があった。都会の旅では列車がすぐに来るのが普通だったから、こんな風に気分的な余裕を持ちながら足を停められることなんか、今まであまりなかったような気が私にはした。
私はケーブルカーの生駒山上駅に戻り、山を下るケーブルカーに乗り込んだ。遊園地で楽しんでいく人達にとってはまだ帰るには早すぎる時間だったようで、私以外に乗客はやってこなかった。それを幸いに私は余裕で最前席を取り、起伏のあるおおらかな奈良のパノラマへだんだんと近づいていく風景を、暫し独り占めにすることができた。宝山寺駅で私はすぐに山麓側のケーブルカーに乗り継いだ。車内放送は山上線も含め、お子様向けの楽しいアレンジがされており、中腹で上下の車がすれ違う際には、互いに鳴き声を上げて挨拶を交わすという設定となっているようだった。山の麓の住宅街では、桜はまだ咲き始めといった風情であった。
鳥居前駅に戻った私はすぐに生駒駅へ戻り、当駅始発のことをこの地では「当駅仕立て」と表現する習慣であることを学びつつ、当駅仕立ての東大阪線の列車へと乗り込んだ。列車は生駒駅をあとにすると長い長いトンネルへと進み、大阪側へ帰っていく。行きとは違う道ではあったが、行きの近鉄大阪線と同じように、壁のように立ちはだかる深緑の山並みの麓に建物の密集する風景が車窓に大きく広がった。程なく列車は高速道路の下へと潜っていき、大阪市営地下鉄の区間に入る前から既に半地下の線路を走るようになっていく。
私は線路が近鉄東大阪線から地下鉄中央線へ切り替わる長田駅で一旦途中下車することにした。券売機が両社の分とも設置されていることを除けば、何でもない一つの地下鉄の小さな駅でしかない趣だ。せっかくだからと駅の外に出てみれば、そこは頭上に高速道路が巨大な高架を形作る高架下の市街で、下の道にも車はひっきりなしに往来する。そしてその道と直交する道路の道幅も気持ち悪いほど広く、どういう施設だかよくわからない白いドーム状の建造物の向こうにも、巨大な建物ばかりが並ぶ、何だか人工的な匂いしか感じられない妙に広々とした感じの市街が広がるのみだった。私はすぐに駅に戻り、引き続き地下鉄中央線の列車に乗り込んで、大阪城の最寄りである森ノ宮駅を目指した。
森ノ宮駅に辿り着いた私は、生駒よりも遥かに人通りの多い駅前へと出た。大阪城の南東側に開く緑地への入口は、駅のまさに目の前だった。城の外堀にも、入口へ向かう森にも、三分から五分咲きとなった桜が至る所に咲き誇り、美しいばかりだ。園内は至って明るい雰囲気ではあったが、どうも微妙に傾斜がつけられているようで、足に感じられた疲労感から想像できる通りには前進ができていないというのが、私にとっては難儀なことのように感じられてしまった。しかし堀端に立てば、とうとうとたたえられた水面に極めて高い白い石垣が浮かび、その内側には木々や櫓、周囲のビル群や堀端に並ぶ少しだけ花を開いた桜並木、所によっては青い屋根の天守閣までもが、水面に映り込んで美しい風景を織りなす。そして桜がたくさん咲いている区画や、桜に彩られる櫓の下の階段状の部分では、ここでもやはりたくさんの人が花見に興じる、そんな楽しい雰囲気に充ち満ちている所だった。
一旦近くの大手門から外に出て、NHK大阪放送局の近くにある谷町四丁目という駅を表敬訪問した後、私は再び城へと戻り、この時期だけ有料区画となる西ノ丸庭園へと入ってみた。ここは桜の庭園というよりも寧ろ広大な芝生の庭園といった風情で、桜の木の足もとでも芝生でも、ボール遊びに興じる子供達が明るい賑わいを見せる所だった。そして空堀越しに壮大な天守閣を仰ぎ見ながら、その堀端にはたくさんの桜の木がまとまって咲き誇っていた。お城の天守閣を見ながらの楽しい花見なんて、大阪の人達は贅沢なことをするものである。
この敷地はこの時期通り抜けはできないようで、天守閣に向かうためには花見で賑やかなエリアを抜けて再び入口から外に出る必要があるようだった。私は秀吉像が桜と並んで立つ豊国神社のそばにある正門から、内堀を通過していよいよ本丸へと足を進めていった。昼時となっていい加減腹の減った私にとっては、屋台のタコ焼きが良いご馳走となった。
本丸へと進んだ私は、いよいよ途中階までエレベーターの通じる天守閣へと登っていった。昨日の通天閣や今朝の生駒山のように辺りが地図のように見えるということはなかったけれど、天守閣からは周囲のビル群や、城下で花見に興じる人々、そして周辺のたくさんの川が流れる領域など、城に近い部分を大きく見渡すことができ、華やかな城下の雰囲気を手中に収めることができたかのような大きな気分に私は浸ることができた。雲の量が増えて生駒山の姿もうっすらとしか見えなくなってしまっていたが、城の北側に広がるいくつかの川の織りなす水郷地帯にも、色とりどりの花が咲き誇っているのがよく眺められていた。しかし天守閣にも下界にも観光客がとてもたくさんいて、私は階段を下りながら、さすがに疲れを感じてしまった。
私は城の雄姿を後ろに見ながら、堀の外側にも大きな川の流れる北側の水郷地帯へと歩みを進めた。入り組んだ城内の道から大きな門の外へ出ると、桃園という一角があって、桜の淡紅色よりももっと色鮮やかな、まさに桃色の花が華やかに咲き誇っている所だった。白、赤、そしてロゼの三色の花が、桜に負けじと競い合うようにして、やはり雄大な姿の城をバックに咲き誇る。
外堀と平行に流れる第二寝屋川沿いにも桜並木ができていて、三分から五分咲きの桜の根もとには、ここでもやはりたくさんの人が花見に興じる。対岸のOBP、大阪ビジネスパークという新興高層ビル群をバックに、とうとうと大量の水が流れる大河には、時折水上バスも行き交い、辺りはのんびりと華やいだ雰囲気に満たされていた。
JRの大阪城公園駅へ寄り道した後、私は大阪城新橋を渡って城の領域から完全に抜け出て、ごみごみしていそうなOBPを地下鉄の駅経由で迂回し、高層ビルに守られるようにとうとうと流れる寝屋川の本流を渡り、更に片町の市街をJRの大阪城北詰駅という地下駅経由で迂回して、旧淀川、大川沿いに広がる桜ノ宮公園へと歩みを進めた。付近には藤田邸跡庭園という、池を中心に配している日本庭園があった。できたばかりなのか、園内に配される木々も何だか小さくて勢いがなかったが、それでも桜や桃の花は一生懸命に咲いて、頑張って華やいだ雰囲気を作ろうとしているようだった。
そして大川の川縁へと進んでいけば、普通に植えられている桜並木がこの時期、とても美しい雰囲気を作り出していたのだった。水上バスやモーターボートの行き交う大河沿いに並ぶ桜は、川に直接面している部分こそ温度が低いのかまだまだといった感じではあったが、少し陸側に入るだけで、既に満開に近く咲き誇る桜の木が遊歩道沿いに建ち並んでいた。そして大河を渡って造幣局側の河原へと移れば、川沿いの遊歩道はまさに桜のトンネルとなっていて、花の都の雰囲気を存分に盛り上げているかのようだった。お好み焼きが食べられそうな出店もたくさん出ていて、私は川を眺めながら暫し華やいだ雰囲気に身を任せていた。
時折水上バスの行き交う大川沿いに、桜を愛でながら進んでいけば、やがて京阪電車も跨ぐ寝屋川との分岐点に差し掛かってあまりにも広い水面が広がり、更に少し進めば対岸には巨大な天満橋駅が立ち尽くした。駅へ寄り道するために天満橋を渡ってみれば、中之島の先端の部分もビルの谷間の大川の中に見られるようになってきた。私はもとの大川の河原に戻って暫く桜の中の華やかな道を進み、天神橋に出た所で中之島に渡ってみた。
中之島の中にはここまでの川沿いとは異なって桜は1本しかないようで、川岸を固める樹木は柳か楠である。華やかなのは間違いないけれど深みという点ではどうかなといった感じの桜だらけの並木道に飽きた頃に、別の風景を探しに行くには格好のスポットであるような気が私にはした。島の中はホームレス達のキャンプ場となっているようで、薄暗い橋の下には麻雀卓も立っていたりするが、その領域を通過すれば、何もない砂地が広がっていたり、簡単なバラ園が整備されていたりもする。島を挟む2つの大きな川の外側には高層ビルが建ち並び、高架や橋の上にはひっきりなしに車が往来して、決して静かとは言えない所ではあったが、そんな大都会の中にぽっかりと浮かぶ安らぎの小舟のような島であるかのような風情が、私には感じられた。中之島には京阪の新線が工事中で、この辺りに新駅もできるのだとたくさんの看板が教えてくれたが、現在の線路はどうするつもりなのか、まではこの時私には読み取れなかった。
辺りには夕暮れが近づきつつあった。上本町か鶴橋辺りで夕食を摂ろうと思い立ち、私はビルの建ち並ぶオフィス街の中にあった北浜駅から地下鉄に乗って、日本橋を経て谷町九丁目へ至った。路線としての「谷町線」という名称は平板なアクセントで読まれる一方、駅名は「た」にアクセントが置かれるようだ。地上に出れば近鉄の上本町駅がビルとなって大きく道沿いに立ち尽くす。上本町六丁目という意味なのか上六と通称されている辺りから、私は既に夕暮れの色の濃くなりつつあった千日前通りを鶴橋の方へと向かっていった。辺りには高いビルが聳えるばかりであったが、道が広いせいかどことなくのびのびとした都会の雰囲気を私は感じた。
鶴橋に辿り着くとそんな伸びやかな雰囲気とは対照的に、人一人通れるかどうかという細い路地にたくさんの人がひしめき合う市場がまさに駅と直結して広がっていて、地下鉄の駅を迂回してそのような雰囲気の中に突然出ていった私は度肝を抜かれることとなった。雑貨やキムチ、韓国食材を売る店が建ち並ぶ駅前の市場では、もう6時になって閉店する店も多かったが、まだまだ活気に溢れている。大阪というのは何だか、「密度が高い」ことを好む街なんだなあ、などと私は感じながら、駅の近くのホルモン焼き屋に入ってそれなりに夕食を堪能し、ほろ酔い気分で地下鉄を乗り継いで宿へと帰り着いたのだった。