釧網線沿線(2004.12.29-2005.1.1)


1.往路(12.29) / 2.釧路湿原、標茶(12.30) / 3.川湯温泉(12.31) / 4.清里町(1.1)

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 出発が昨日の昼間に早められたことによるもう一つのメリットは、温泉宿でゆっくりと湯浴みができたことだった。この宿の日帰り入浴は以前訪れた時も、そして昨日も大人気で賑わっていたのだが、今日の宿泊客は自分ともう一人しかいないとのことで、私は早朝の大浴場、この時期なのに平気で稼動している露天も含め、源泉かけ流しの温泉を暫し独り占めにすることができた。単純食塩泉でしかないのだけれどいい湯だし、一瞬の凍てつく寒さを我慢して頭以外の全身を露天風呂に埋めれば、刺すような冷たさの外気に当たっても案外平気なもので、私は至極快適な気分のもと、完全に氷結したシラルトロ湖の風景を満喫することができた。

 シラルトロ湖は湿原の東端にあたるので、幅の狭い湖の向こうには丘陵が控えていて大観望はないのだけれど、その山際が朝焼けとなって青からオレンジへのグラデーションを示す。湖はもちろん氷結するが、真ん中辺りには最後まで水流が頑張った痕とみられる、水路のような細く光る氷の筋が残り、その周囲は葉を落とした木々に囲まれる。そして露天風呂の周囲の白樺の枝や蝦夷松の葉には、温泉からの蒸気が凍りつく。外に放置された桶も、浴槽を囲む丸太の上部もしっかりと凍りついているし、周囲に広がるのはいかにも寒そうな風景なのだけれど、湯に浸っている限り、外気にさらされている顔面にさえ冷たさを感じない、快適な露天風呂だった。冬の露天風呂もまた、いいものなのかもしれない。

鹿登場 部屋からシラルトロ湖の眺めを楽しむこともできるが、足元に広がる雪原には建物のすぐ近くにまで鹿の足跡が残っている。この辺りの世界の主はやはり、列車よりも偉いらしい鹿なのだということだろう。暫くすれば丘陵の上にはより鮮やかに太陽が浮かび上がってきた。私は今日もいい旅ができますようにと、太陽に祈りたい気分であった。大きな窓越しに凍りついた湖を眺めながらの食事の後、ふと玄関に目をやれば、やはり鹿の家族連れが、当たり前のようにお出ましになっていた。

氷結したシラルトロ湖 私は宿をあとにする前に少しだけ、周辺を散策していくことにした。夏に来たことのある湖岸であったが、この時期にも特に閉鎖されることもなく分け入ることができるようになっていた。夏には風に吹かれてさざ波を立てていたような覚えのある湖も今は一面凍りついていて、しかも夏には絶対に不可能であった、地面と同じ高さにある湖面へ立ち入ることも、全く何にも遮られることなく容易にできる状態だった。夏でさえ湖面に近づきやすい湖というイメージを与えてくれた湖だったが、この時期私のその印象はさらに深まることになった。氷の上に積もった雪には動物の足跡もたくさん刻まれているし、私一人が乗ったくらいではびくともしない氷の厚みには私はただ驚くばかりだった。まだ解禁にはなっていなかったもののワカサギ釣りが可能なだけあって強度的には充分であり、響く音のトーンがやや不安を感じさせるものではあったけれど、それもまた新鮮な感じで、夏には絶対に見られない、湖上からの湖岸の風景もこの時期、私は存分に楽しむことができたのである。快晴の空のもと、明るい太陽に照らされた湖は白い風景を作りながら静かに佇む。対岸の国道の車の往来はそこそこあるようで、遠くから車の音が静かに流れてきたが、それ以外はあくまで静寂な世界が、冷たい風の中に広がっていたのだった。

 宿の横の高台からは白樺林越しに、シラルトロ湖を囲む草原がやはり真っ白になって広がっている観望が開けていた。夏にこのアングルでこの湿原を見た覚えがないのは、白樺に葉が茂って鬱蒼としていたからだろうか。枝だけになった林には見たこともないような鳥たちが飛び交い、駅へ戻る道を歩けば聞いたこともないような鳥の鳴き声も辺りに響いてくる。よく晴れているけれどやたらと冷たい道を歩き、私は茅沼駅へと戻った。厚着の上にスキーウェアを着ても寒いほどで、昨日飛行機の中にマフラーを忘れてしまったことが痛恨の極みであることに、私は今頃気づかされた。今日は丹頂の姿もなく、駅の周囲には至って静かな雪原のみが広がる。空気も澄み渡り、阿寒の山々も美しくそびえ立つ。

 私は冬の釧路湿原の姿をもう少し楽しむべく、釧路方面へ戻る釧網本線の列車に乗り込んだ。シラルトロ湖のよく見える、白い雪原の上に茅の茶色が群生する風景には、また鹿たちがちょろちょろと姿を見せてきた。一瞬車体に鈍い振動が伝わったかと思うと、列車は急停車した。放送によれば、どうも鹿と接触したらしい。後ろを見ればなるほど、レールの間に無残な姿が横たわっている。列車はその場に暫く停車することを余儀なくされ、運転手と乗り合わせていた保線員とで、物体と化したそれを線路脇の草原に引きずり下ろすことで、事故処理は完了となったようだ。すなわち遺体は草原の中に放置されるわけで、よくある「今夜は鍋」という噂はどうもデマだったらしい。

 鹿は懲りることなく、夏に歩いたサルボ展望台の裏山でも何頭も線路を横断したし、そしてコッタロ原野の方向に広がる草原にも、遠くのほうに群れと思しき黒い点の集団が見られた。塘路からは列車は蛇行する釧路川に沿って走る。白樺に囲まれた周囲の木々には霧氷が着いて、冷えこんだ冬の姿を演出する。

釧路川 小さな細岡駅で下車した私は、近くにある行ったことのなかった夢が丘展望台へと向かってみた。しかし、そこへ通じる木道が改修中ということで訪れることができず、次善の案として私は、いつもは釧路湿原駅からお手軽に訪れていた細岡大観望を目指し、川沿いに歩いていくことにした。大きな蓮の葉氷をとうとうと流し続ける釧路川の流れは、カヌー乗り場に降りればダイナミックな広がりをもって眺められるし、道を歩きながらでも白樺の林に囲まれるように、その優雅な姿がゆったりと広がる。木々に葉がない分見通しも利いて、水面を羽で打つように飛ぶ水鳥や、深みにはまって溺れかけている鹿の姿までもが現れてきた。時には川の向こうの林のさらに向こうに、広大な草原の姿が垣間見られることもある。ハンノキの林はこげ茶色なのに対して、茅の草原は明るい黄色で、夏の時よりもさらに強いコントラストを示しているようだ。そしてそのさらに向こうの青空には、阿寒の白い山も堂々と控えている。

釧路湿原大観望 線路と川に挟まれるような道を、私は暫く歩いていった。大観望が近づくと、道は登り坂に差し掛かった。僅かに高度を上げるだけで、既に黄色い草原は大きく広がるようになり、夏とは違って展望台にたどり着くまでの間にも、林越しにだんだん大きく広がるようになる湿原の姿を楽しむことができる。凍りつく道をゆっくりと登り、私はついに大観望の展望台へとたどり着いた。夏にも感動的だった、ものすごく広く広がる湿原の風景がすっかりと模様替えし、白い雪をまぶした黄色の草原の中に、ぶち模様のようにハンノキのこげ茶の林が散りばめられている風景が、いっぱいに広がっていた。陽もだいぶ高くなり、辺りは手袋をはずしてもさほど冷たさを感じなくなるまでになってきた。蛇行する釧路川はハンノキの林に守られて静かな湿原の風景をさらに引き立たせているかのようだった。私はそんな雄大で、寂しいけれど優しい大観望の風景を、夏とは違って誰も他に人など来ない展望台で、快晴の空のもと、冷たい風に柏の枯れ葉が揺れて静かに乾いた音を奏でるのを聴きながら、暫し独り占めにしたのだった。

 だいぶ気温も穏やかになった道を、私は再び細岡駅へと引き返した。至近の釧路湿原駅に停車する列車が暫くないらしく、私には再びのんびりと雄大に流れる釧路川の流れを楽しむ機会が与えられた。氷を浮かべる釧路川と草原、林に沿う道に雪は残らないが、かといって路肩に雪解け水があるわけでもない。この地で雪が消滅する理由は、融解ではなく昇華であると見た。

鶴登場 細岡駅から、私は再び網走方面へ向かう列車に乗り込んだ。列車は草原の中の道を、やはりちょろちょろと現れる鹿たちに注意しながら進んでいく。さっきはねられた鹿はカラスの餌になっているようで、黒い集団が明るい草原に不気味に舞う。どうも崖が線路に迫っている所から、鹿たちはちょろっと線路に出てきてしまうような感じだ。茅沼に戻れば、早朝には見られなかった丹頂の姿が5〜6羽という集団となって雪原の上に現れた。やはりこんな冷たい朝は、鶴もお寝坊さんになってしまうのだろうか。茅沼からは列車は釧路湿原の領域を抜けて、葉のない原生林の中を進み、五十石からは牧場が真っ白い雪原と化す、それまでとは趣の異なる風景が車窓に続くようになった。晴天の下の雪景色はすべて明るく、そんな明るい林を唐突に抜け、明るい住宅街が車窓に続くようになると、列車は程なく標茶へとたどり着いた。

標茶市街 標茶は取りあえず駅舎はきれいだし、駅前にはそれなりの規模の商店街が開けている、適度な人の往来に何となくほっとした感じがする街だ。街なかではちょっと早い年越し蕎麦をいただくことも、なくしてしまったマフラーや必要性を感じた耳かけを買うことも容易だった。市街は川の向こうにまで広がり、それなりに大きく開けた街であるようだ。車道に雪はないが歩道、そして裏道には根雪が残り、釧路湿原にいるよりも心なしか雪の量が増えたかのような印象を私は受けた。

標茶市街 市街の外縁は、すぐに丘に接する。小さな赤い実の大量に実るナナカマドの並木の美しい道を歩けば、葉を落とした木々に覆われた斜面までの間には木材工場、そして緑地公園にも雪はたっぷりと積もり、真っ白の明るい雰囲気を作り出している。切り開かれた斜面には短いながらも幅の広いスキー場が造られている。リフトはないが、どうやら自分の足で登る方式らしく、スキーというよりもそりすべり場として機能しているらしい。北海道の住宅地らしい住宅地を横目にし、私は帰りに釧路川の川沿いを歩いた。緑地公園として河原は整備されているが、この時期はさながら「白地公園」である。印象的なまでに眩しい真っ白な風景を、私は暫し満喫した。

標茶河原 標茶駅に戻った私は、再び釧網本線の摩周行きの列車に乗り込んだ。暫く続いた市街を抜ければ、一面に真っ平らで真っ白な絨毯が車窓を埋め尽くすようになった。これなら鹿の飛び出しもないだろう。白い牧草地はその向こうの丘陵の斜面にも及び、釧路湿原とはまた違った趣の、冬の白い世界を作り出している。そして雪印の工場が現れるとまた、思っていたよりも広範囲に小さな建物が広がる市街が形成され、列車は磯分内という小さな駅に停車した。

 いつも通り午後3時にもなればもはや辺りは夕暮れの雰囲気で、さっきまで穏やかだったのが嘘のように、また冷え込みが始まる。街なかで手に入れたマフラーや耳かけが、早速大活躍してくれる。標茶駅の絵地図入りの案内板に、多和平という展望台がこの駅の近くにあるらしいということが少なくとも私には読み取られて訪れた駅であったが、いくつかの商店が立ち並ぶ簡単な市街へと出てみれば、道端に現れた案内板には多和平までおよそ10 km程の道のりがあることが示されていた。さすがに歩ける距離ではなく、結局私はこの素朴な市街を歩くためにここを訪れたことになった。

磯分内牧場の夕暮れ 周囲を適当に彷徨っていれば、陽はさらに傾いて、西側に控える丘陵へ刻一刻と近づくとともに、その周辺の空に浮かぶ雲をオレンジ色に染め上げていく。とてもという言葉はつけられないけれどそれなりにきれいな夕暮れ空が広がるようになった中、私は真っ白な雪原と化した広い牧場の間に通された農道へと寄り道をしてみた。いかに寒かろうが辺りにはスカトール臭が漂い、外は静まり返ってはいるけれど、雪原の中の牛舎の周囲には牛たちの活気がみなぎっている。狭い範囲に集中してたくさんの牛たちが牧草ロールをむさぼりながら、近づいた私の方をじっと見つめてくる。道の雪も農道では、踏み固められた街路の雪とは別の物質であるかのように柔らかくなり、除雪車も入らないような奥地まで来れば新雪と同じようにふわふわとし、踏めば乾いた音も辺りに響いてくる。車道のアイスバーンの様子から見れば最後に雪が降ってからは暫く経っているはずだが、それ以来一度も雪が融けるような温度になっていないということなのだろうか。

 のんびりしている間もなく、陽は丘陵の向こうに完全に隠れてしまい、周囲も加速度的に暗さを増してくる。カメラの電池も異様に寿命が短くなり、今日3度目の電池交換を必要とする程であった。市街に戻って立ち寄ったセイコマートで手に入れた甘酒の美味しさに感動しながら、私はアイスバーンの道を駅まで戻り、ストーブも、またトイレさえもない小さな駅舎で、決して短くない待ち時間を耐え忍んだのだった。

 所定の時刻になっても列車がやって来ないから、厳しい寒さの中にあって私は極度の不安を感じてしまったが、5分ほど遅れてやって来た列車に乗り込めば、車内の温かさはなおさら天国のようだった。車窓にはもはや夕闇しか映し出されてこない。この便は昨日乗ったのと同じ、釧路までの特急を受けて発車する便であり、大荷物を持った客も多く、席もそこそこ埋まっていたが、その半分ほどは摩周駅で下車していった。美留和まで来ると、外には雪が舞っているらしいこともわかってきた。列車の明かりに照らされる線路脇の雪の量も、心なしか増えているような気がする。明日明るくなった時に見られる風景は、今日とはもしかしたらだいぶ違うのだろうか。大した距離の移動でもないはずだが、単に夕方になって雲が多くなってきた標茶の天気の延長なのか、それとも気候上の峠を越えている所なのだろうか。

 私は今日の宿を取ってあった川湯温泉駅で下車した。無人駅でいいのだろうかと思えてしまうほどの大量の客が私とともに夜の駅に降り立つ。外には今日の天気からは想像もつかなかった、大量の雪が舞い散っている。多くの客と同じように私も、列車を受けてすぐに発車する温泉街行きの路線バスに乗り込んだ。やはり外には何も見えないが、外を舞う大粒の雪に、もしかしたら今日と明日では歩き方の考え方を大きく変えなければならないのかもしれないような気がした。まあ、雪を見に来たことには変わりないし、今更尻込みすることもないのだけれど。

 駅を出てすぐは暗闇ばかりが続いたが、バスはほどなく住宅街へ入り、街灯の量もだんだんと増えていった。周囲の建物も次第に、栄えた温泉街らしい巨大なホテルへと変わっていく。温泉街らしい雰囲気を色濃く示す湯畑には派手なイルミネーションも施され、きらびやかな雰囲気にも包まれるようになった中、バスはホテル街を縫うようにぐるぐると走り、最後に温泉街の片隅のバスターミナルへと到着したのだった。バスターミナルのすぐ近くには明るい土産物屋街もあり、何でもない排水溝からは盛んに湯気が上がり、辺りにはほんのり硫黄のにおいも漂う。私は宿に入り、すぐに温泉に入った。小さな浴槽ではあったけれど、昨日の単純泉よりもよく暖まるような気がした。酸性の強い硫化水素泉、口に入った雫はやはり酸っぱい味がした。pHは1.8を示すとのことである。


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