南紀(2006.3.29-31)


1.往路、新宮、那智(3.29) / 2.大島、潮岬(3.30) / 3.紀伊勝浦、太地(3.31)

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 今日も素晴らしい晴天だ。真っ青な雲一つない空のもと、串本の街は朝から極めて明るい。さすがにまだ空気は冷たいけれど、それもまた爽やかなものだ。今回の私の短い旅は早くも最終日となった。私は宿を出てそんな爽やかな串本の街をあとにし、きのくに線の普通列車に乗り込んでまずは紀伊勝浦を目指した。

きのくに線から 列車は古座までは、強烈な朝陽に照らされて眩しく輝く青い海に沿って進む。角度を変えるたび、対岸の大島や橋杭岩もその堂々とした姿を建物の合間に見せてくれる、すがすがしい車窓が続く。深緑の丘陵の中に青緑の広大な流れを見せる古座川を渡り、紀伊田原に至るまでも、橋杭岩こそ見えなくはなったが朝陽の海に黒く浮かび上がる、岩礁の入り組む美しい海岸線の風景が、時には車窓いっぱいに広がってくる。中には橋杭岩が小さくなったように、一列に整列する岩礁が現れたりもする。往路で一度見てはいる風景だったが、今日は強い朝陽に照らされてより輝かしいものとなり、私にとってはまた新しい車窓に出会えたかのような感動であった。

 浦神の入り江もまた明るく輝いていたし、内陸へ分け入っても丘陵の山肌は若草色に明るく輝いて、桜も華やいだ雰囲気を作り上げている。時折現れる集落もまた明るいし、何よりそんな駅から乗ってくる客も多くて、なおのことすがすがしい朝を演出する。そして太地からの山間の道の周辺が唐突に大きな市街へと変わっていくと、列車は間もなく紀伊勝浦へとたどり着く。

 降り立った紀伊勝浦の駅の周囲には商店街も発達し、明るい街の雰囲気を更に強く醸し出している。まだ人通りは多くなくて駅の大きさや街の規模からすると寂しい感じもあったが、商店街の蜜柑屋は既に何軒も開いているし、鮪を食べさせてくれる店もかなり多そうな感じがする。そしてそんな賑やかそうな雰囲気の中にたくさんの船の浮かぶ、周囲を浦島ホテルが頂上に載る狼煙山という半島や、巨大なホテルを載せる中の島によって囲まれる漁港があり、駅にも港にも足湯があったりする。人こそまだ多くはないが、これからどんどん賑やかになっていくのであろうことが容易に想像できる市街だ。

紀の松島洞門 私はそんな港から、紀の松島めぐり遊覧船に乗り込んでみることにした。海原の上では多少寒さも感じられる。丘陵に囲まれた湾内の港をあとにした船は、中の島や浦島ホテルに立ち寄って客を集めてから、いよいよ本来の松島めぐりへと旅立っていく。港の入口のカブト岩、筆岩、鶴岩と整列して並ぶ岩に船は近づいていき、鶴岩に開いた海蝕洞をくぐっていく。赤茶けた岩肌を間近に眺めながら洞門をくぐれば、船は青々とした外海へと出た。浦島ホテルの乗る半島の裏側に回りこんだ形になるが、午前中の太陽は狼紀の松島煙山の東岸となる海岸を明るく照らし、立派な建物の下の岩盤がかなりの高さまでほぼ垂直に削り取られ、海面近くにはたくさんの洞窟が穿たれる様子も、鮮明に眺められる。洞窟の中には忘帰洞のように整備されているのもあるのだけれど、大きいはずのホテルの建物でさえ小さな存在にしてしまうような荒々しい雄大な海岸である。今日の海は青々と輝き、透き通っていて穏やかなのだけれど、こんなに崖を削り取るほどの荒々しさが、もしかしたらこの海の本来の姿なのだろうか。

紀の松島 船はホテル浦島の裏へ回り込み、本土の山並みをうかがうように進む。一昨日短時間ながら参拝した那智の滝もその山並みの中に小さいけれど確認できたし、那智駅やら、これまで通ってきた道が青空のもと美しい姿をさらす深緑の山並みに守られながら延びる様子を眺めつつ、船は引き返していく。平家の悲しい伝説の残る孤島にも敬意を表しつつ船は内海に戻っていき、釣り人がたくさんいたり、温泉が湧き出して露天風呂が造られていたりする岩場の海岸や、ラクダ岩、ライオン岩などのユニークに浸食された赤茶けた岩礁を経由し、寄港地となる太地の港へと進んでいく。

 船は勝浦港まで戻るのだけれど、いろいろ見どころのあるらしいこの太地で途中下船もできるようになっていた。とりあえず私も降りてみたのだけれど、だだっ広い駐車場の周囲にヤシの並木が並び、捕鯨船や博物館の建つエリアはリゾート的な雰囲気こそ醸し出すものの、独りでふらっとという感じとは少し違うような気もしないでもなかった。くじらの博物館にしても入場料も決して安くないし、どうしようかと迷いもしたが、結局私はこの辺りの海が見られるスポットを、適当に彷徨って過ごすことにした。

浅間山から 私は園地に隣接するようにそびえる、浅間山という深緑の小山を見つけ、早速登山道へと分け入った。頂上の展望台まで登ってみれば、眼下には捕鯨船を中心とするリゾートエリアが広がり、そして反対側には、崖上の太地の中心市街や長く伸びる岬に囲まれながら、真珠養殖らしいブイをたくさん浮かべる磯浜の海が横たわっている。紀の松島の方角だけは丁度陸地が伸びてしまうために展望が利かないのだが、誰もやってこない中で暖かく日向ぼっこでもしながら、穏やかに青く輝きながら横たわる海を眺めているのも悪くない。水族館からのショーのアナウンスが響いてくる以外は全く静かな、今日の太地の海であった。

畠尻 看板の案内地図を見て歩いてみたいと思った遊歩道が閉鎖されてしまっていたりして、私は暫く本当にあてもなく彷徨うことしかできなくなってしまっていたが、とりあえず車道沿いに遊歩道の入口を目指してみると、畠尻という入り江に小さな海水浴場が作られていて、限られた範囲ではあったが箱庭のような美しい海岸も見つかった。ここから国民宿舎へ向かう海岸沿いの遊歩道も閉鎖されていたので、私はそのまま車道のトンネルをたどっていった。トンネルを抜ければリゾートエリアは完全に脱出したとみえ、辺りにはどこにでもありそうな住宅街が広がるようになったが、海に近づくように分岐してみれば今度こそ遊歩道は開通していて、船から見た松島めぐりと同じかそれ以上にたくさんの岩礁を浮かべる荒々しく美しい海岸線によって、真っ青で穏やかな海を縁取られる素晴らしい景観が広がった。

海岸遊歩道から 私は海の間際に通された遊歩道を、進むたびに美しいままに徐々に姿を変えていく海岸線に沿って歩いていった。浅い海は底の海藻が見えるほど澄んでいて、小舟から身を乗り出して海藻を採る漁師の姿も見られる。遊歩道の終点はここもまた洞門になっていて、体を屈めながらくぐっていけば、今度は太地の漁港が周囲に広がった。対岸に太地漁港は賑やかそうな市街が形成されており、すぐにでもそこへたどり着けそうには見えたのだが、港は奥深く入り組んでいて、私は大幅な迂回を余儀なくされた。やっとのことで道は住宅地につながったのだが、よく見てみればさっき歩いてきた住宅街そのもので、私は実は殆ど移動していなかったということを知って、ただ驚くしかなかったのだった。

 入り江の最奥部の辺りは太地町の官庁街になっていて、それを回りこめば、漁港の周辺に発達した太地の中心街が広がった。時間的に昼時だったので私は食事をとも考えて路地に入り込んだが、とても細い路地を固める家並みはとても古い造りの木造のものばかりで、さっき通りがかった住宅街ともまた違う、古くから栄えた街であることを太地市街感じさせる雰囲気に満ちた通りになっていた。結局食事の摂れそうな所は私には見つけられなかったが、スーパーに入れば魚売り場には地物の魚が安く大量に並べられていた。冷凍ではあったが太地産と記された鯨肉もあり、保冷剤も売られていたものだから、いっそのこと買っていこうかなどと迷った一幕もあったわけである。

 地図を見たところ、車道のトンネルをくぐっていくことで太地の駅にもそう遠くなくたどり着けそうだったので、私はバスで駅へ向かおうかという考えをやめ、歩いてみることにした。せせこましい市街に別れを告げて、峠越えのようなゆるい車道の坂道とクジラの絵の勇ましいトンネルを越えていき、リゾートエリアから来る道と合流した所は、入り江の最奥部に近い、真珠養殖のブイをたくさん浮かべながら穏やかに青緑に輝く、森浦というらしい海だった。

森浦 私は引き続き、入り江に沿って歩みを進めた。大きなクジラの親子のモニュメントもあったりしたが、入り江が奥まるにつれて、美しい山並みに抱かれながら青空のもとに横たわる入り江の青い海の姿が大きく広がるようになった。入り江の最奥部にたどり着くと道は国道と交わり、横断すれば道沿いには森浦へ注ぐ川が流れるようになった。川には小さな魚がたくさん泳ぎ、周辺の寺社には満開の桜が咲き誇る、気持ちのよい散歩道を、私は太地の駅までのんびりと歩いていくことができた。

森浦から太地駅へ そして太地の駅からは列車に乗り込み、太地のリゾートエリアを高台から遠くにのぞんで、私は再び紀伊勝浦駅へと帰りついたのだった。紀伊勝浦の駅の周辺はアーケード街もあったりするそれなりの商店街で、朝来た時よりも当然開いている店も増えてはいたし、街の雰囲気自体も相変わらず明るくて素晴らしいのだけれど、多少人通りも増えているとはいえそう賑やかな街紀伊勝浦アーケードであるようにも見えてこないのは、今日が平日であるせいなのだろうか。明るい街も中心を外れれば、錆ついているけれど生きていることを示すかのように土産物屋や飲食店、普通の住宅などが密集する。私はとりあえず港に近い魚屋に併設された食事屋で、鮪を少しばかり食うことにした。

 午後、私は狼煙山の半島に建ちたくさんの温泉があるというホテル浦島の日帰り入浴を楽しんでいくことにした。ホテル浦島は午前の紀の松島巡りでも通りがかったわけだが、本土と陸続きであるにもかかわらず勝浦港から船に乗らないと訪れることができないようだった。助けた亀の形の船でホテルに渡って手続きを済ませた私は、6つあるという風呂のうち、やはり2つの洞窟風呂へ真っ先に向かってみることにした。ホテル内の通路はまるで迷路のようで、竜宮城って本当にこんな所なのかしらなどと思ったりもしたものだったが、忘帰洞という洞窟風呂に入れば、広々とした洞窟からは外の海が真っ青ですがすがしく眺め渡せた。既に建物の中でも感じられていた通り、ほのかに硫黄の匂いの漂う温泉で、体もよく温まるのだが、広い浴槽で広い海の景色を見ながらの入浴もまた楽しいものだった。

 もう一つの洞窟風呂である玄武洞は営業が始まるまで少しの待ち時間があって、その合間にいくつかの内湯にも入りはしたのだけれど、やはり洞窟風呂が一番かなと思って、私は営業開始時間に合わせるようにして玄武洞を訪れた。忘帰洞よりは狭いけれど、湯温も東京の銭湯に慣れていた私でも満足できるくらいのやや高温で、外への出口は小さいのだけれど横を向いているので、外海に切り立つ荒々しい岩盤や、その足下で洞門のえぐり取られている様子を眺めながら、私はまた格別な入浴を楽しむことができた。

狼煙山から勝浦市街 そして最後に私は長いエスカレーターを3回ほど乗り継いで、ホテル浦島の載る半島である狼煙山の上に出た。外海側には紀の松島めぐりの船で教えてもらった悲しい平家の落人伝説の残る島が、広大な真っ青な海原の中にぽつんと浮かぶ様が見られ、一方内海側は勝浦の市街が緑の丘陵の懐に密集し、その中心に深く切れ込む港、中の島で囲まれた勝浦湾の様子が一望のもとになった。そしてここにも、快晴の空のもとのすがすがしい風景を眺められる露天風呂が設けられていて、私も暫く、開放的なすがすがしい空のもとの大きな風呂を楽しむことができた。

狼煙山から 浴後、私は山上の遊歩道を少し散策した。満開の桜の花がきれいな稲荷神社を抜けて少しだけ進めば、すぐに私は狼煙山の先端の展望台へとたどり着いた。簡単な古ぼけた柵しかない、単なる行き止まりのような展望台だったけれど、眺められる展望は素晴らしいものだった。確かに半島の先端ではあったが、その先には整然とカブト岩、筆岩、鶴岩の島々が、半島に続くように並んで外海と内海を区画し、内海は更に中の島で区分され、その向こうに大きな袋のように入り組んだ海には、さっき訪狼煙山かられた太地のリゾートエリアや、その先の磯浜、今回は訪れられなかった梶取崎までが、その沖に浮かぶ岩礁とともに見渡せる。船の中で案内があったとおり、紀の松島の全景をまるで箱庭のように見て取れる素晴らしい場所だった。穏やかな青々とした海原は快晴の空のもとに、いつまでもここでまったりと過ごし続けることを許してくれそうな気がする、そんな雄大な海の風景に、私は最後に出会うことができたような気がした。

 外から見る限り半島の上にいくつかの建物が独立して建っているかのように見えていたホテル浦島だったが、実はそれらが内部で複雑につながっている巨大な秘密基地のような所で、それを竜宮城と言うのかどうかは知らないが、1000円という入場料を単なる入浴料ではなく竜宮城の探険費ととれば、決して高くはない出費だったのかなと私は思った。玉手箱の代わりに3ヶ所以上入浴の記念品のウェットティッシュをいただき、私は現実の世界へ帰る船へと乗り込んだのだった。

 紀伊勝浦駅に戻ればあとの予定は現実へ帰るのみとなり、私は車内で摂るべき夕食を仕入れるために駅の周辺を少し散策した。しかし弁当を売っていそうな店は見つからず、めはり寿司やさんま寿司ならすし屋で作ってくれるらしかったけれど昨日と同じというのも難だと思い、駅裏にまで回ってみたものの却って住宅しかないような雰囲気に嵌ってしまいながら、街なかでは何も仕入れることができず、結局購入したものは駅弁だったりしたわけである。

 そして私は、紀伊勝浦始発の名古屋行きの特急南紀号へと乗り込んだのだった。列車は夕暮れの様相を呈してきた海岸沿い、ホテル浦島の載る半島の海や那智の海、往路はロングシートから眺めた様々な風景に沿って北上を始めた。夕陽が沈むのは山の方だけれど、海は寧ろ順光となって、より青々として美しい姿を車窓に現してきた。

 新宮で車両の3分の1ほどの客が乗り込んできて、大河の熊野川を越えて三重県へと進めば、海とべったり寄り添いながら走るということもそうそうはなくなり、私は今回の短い旅の思い出に浸りながら移ろいゆく車窓に身を任せることしかできなくなった。昨日の残りの金柑をおやつにしつつ車窓を眺めれば、左側の車窓に丘陵に囲まれて広がる長閑な田園へ太陽が近づきつつあった。夕陽は海に沈むだけでなく、田園に沈む時にもきれいな風景を作り出すものなのだ、と私は感じた。

 熊野市でも列車にはたくさんの客が乗り込んできた。ここからはトンネルの合間に時々入り組んだ海が見られるようになっていく。だんだん薄暗くなってしまってはいたが、新鹿の砂浜も、まだその美しさを充分に示していてくれていた。しかし外はだんだん暗くなっていき、尾鷲まで来る頃には辺りはだいぶ夜の様相を呈するようになっていた。もう車窓にも多くのものは映らなくなっていき、たくさんの人を乗せるようになった列車はただひたすら名古屋へ向かって、停まる駅ごとに更にたくさんの客を追加しながら走り続けていった。そして私は名古屋から東京へ向かうのぞみ号に乗り継ぎ、短い旅を締めくくったのだった。


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