北陸(1999.8.6-8)


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 7月末の1次試験全国行脚では、熊本の試験と休暇ののち、私は石川県の受験のため金沢を訪れた。ちょうどそのころが全国的に梅雨明けにあたった頃であり、試験会場は猛暑の中であったことが思い出深い。石川県の試験は数週間後に全員が面接試験を受けられるしくみになっていて、私も盛夏のさなかの金沢に再訪することとなった。曇天の群馬県から晴天の新潟県へ抜け、ほくほく線へと針路を取る。新線だからトンネルだらけなのだけど、外を走るときは基本的に高架で、同じような一面の穀倉地帯の風景であっても視点が高い分、より広々と、まさに巨大なじゅうたんのように車窓に広がってくる。そんな稲穂が風になびいてさざ波のように光沢が振動するのを見ていると、暑いはずなのにいと涼しげなもの。ほくほく線が信越線と合流する犀潟という駅で私は休息をとった。日本海岸とはいえ海からは若干離れているのだけれども、松林で囲まれているということで海に近いということがうかがえる街、古ぼけた小さな駅の周りに広がる街は国道沿いではあるけどごく小規模で、片田舎の駅という雰囲気があたりにみちみちている、そんなのんびりした時間の流れる駅だった。そして私は、さらに日 本海岸を西進し、12時間の旅路の後無事金沢入りを果たした。

 犀川面接試験は翌日だったのだが、集合が昼だったので午前中は暇ということになった。私は試験会場へ向かう道の途中にある妙立寺(みょうりゅうじ)の拝観予約を取った。金沢の大きな商店街は犀川大橋で一区切りとなり、その対岸には寺町と呼ばれる、古い建物や寺院が当たり前のようにそこかしこにたたずんで、歴史を感じさせる古ぼけた木と瓦の支配する街並みがあり、遠くの山並みからは朝の光を浴びた犀川が、古い街と新しい街の境目をゆったりと爽やかに流れている。天気は晴天、乾燥注意報がでているとのことで、暑いけど日陰で風が吹けば心地好い。

 妙立寺は、外見上はそのように多数林立するこの街の寺の一つに過ぎない。しかし、中に入ってみると、複雑な隠し階段がたくさんの隠し部屋をつなぐ、忍者寺という通称に恥じない奇想天外な建物だった。見学グループはさながらガイド役のおねえさまを隊長とする探検隊のようなノリとなり、なかなか楽しいものとなった。江戸初期に中央からの攻撃という有事に備えて作られた軍事上の拠点という意味合いがあったためにこうなったのであって、実は忍者という存在とはまったく関係ないという。しかし、関係なくともこの通称、言い得て妙だなあというのが、私の率直な感想であった。

 午後は試験というわけだったが、翌日に試験を控える同志と夕刻に合流でき、ちょうど開催日に当たった金沢の花火大会をともに観覧することになった。犀川大橋の2km位下流から泉のように湧き出て大玉ばかりでなく星型や魚型やいるか型にも炸裂する火花は、街の灯りとともに犀川の水面に映し込まれて、何とも趣のある夜景を作り出していたのだった。


 翌日、私は北陸本線をさらに西進し、福井から越美北線へと乗り継いだ。待合室一つだけの小さな駅ばかりが続いていく沿線は、時折古めかしい家並みが現れる以外は一面の緑の田圃で、列車はその背後に控える山並みを目指して進む。山並みは次第に列車に近づいていき、車窓が平野から山道に移り変わった所が一乗谷駅となる。

一乗谷川 一乗谷は足羽川の支流の一乗谷川という細いせせらぎの周りに広がる谷で、何も考えずに歩いている分には緑ばかりののどかな田舎道で、戦国時代織田に滅ぼされるまでは越前の首府、朝倉城下の小京都的な都市が開けていたなんて言われても往時を想像するのは不可能で、ほんまかいなまったく、としか思うことができない。しかし所々に発掘、整備された遺跡が、それが事実であったことを教えてくる。一部、街並みや建物が復元されている所があって、戦国時代の武家屋敷や町屋(民家)の様子がよくわかるようにもなっていて面白かったのだけれど、そんな都市を一日で土の下にうずめた戦乱の厳しさと、その後この地をここまでのどかな田舎道にしてしまった長い年月というものが、とても不思議なものに思えてきたのだった。

 一乗谷駅からの越美北線はここまでとはうって変わって険しい山道を行くようになるが、しばらくしてたどりつく越前大野の辺りではまた平野の中へと戻っていく。越前大野は一乗谷とは対照的に現存する小京都、それなりににぎやかな街だった。昼食にしては長い待ち時間がとれたのだが、暑いので活発に動くことはできず、石畳が城下町らしい雰囲気を作り出す街並みで蕎麦をいただくくらいのことしかできずに私はこの街を離れることにした。

九頭竜湖 大野市街を抜けると列車は再び山道に舞い戻り、長いトンネルをいくつか越えると、北線の終点の九頭竜湖駅に着く。私はここからバスで九頭竜ダムへ向かった。ダム湖なので周りは険しい山に囲まれ、大きな湖面は山の深緑を鮮やかに映し、日の光をきらきらと反射しつつも静かに横たわっていた。越美北線と南線の間は、そのバスがつないでいる。バスはしばらく、細長く横たわる九頭竜湖のそばや、その近くの高台を進んでいく。福井と岐阜の県境が近づくと道は急に細く、ぐねぐねと曲がって高度を上げ、油坂峠のトンネルを越えて岐阜県に入ると唐突に、白鳥(しろとり)町の街並みがかなり低い所に見えてきた。そしてバスは引き続き峠道を今度は下るようになった。福井県内は天気は概ねよかったのだが、岐阜に入ると急にどんよりとしてきて、白鳥おどりの準備できらびやかに飾り付けられた古い街並みの美濃白鳥から越美南線……長良川鉄道に乗ってしばらく進んでいるうちに、とうとう雨が降りだしてしまった。川幅が広いためにゆったりとして見える長良川に添って列車が南下していくうち、やがて車窓も明るさを 完全に失ったのだった。


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