函館(1997.8.6-11)


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 この旅も教採がらみである。位置づけとしては2次試験、すなわちつい一月ほど前に訪れたことのある場所であった。当時の北海道の教採は希望者全員が2次試験を受けられたということなのでご注意。もちろん旅を楽しむことを追求したわけではないが、日程的にそのまま夏休みに突入できたので、多少は気分的に余裕があったことも事実である。今回、私は夜行急行に乗り、青森でフェリーに乗り継ぐというルートをとることにした。思ったよりいい天気、空は青く、海はそれ以上に深く青く。昼間この航路を行くのは初めてだったが、遠ざかっていく青森の街、竜飛岬や下北半島を眺めながら、青い海を通ってくる快い風を浴びつつ、煙草をくゆらす……。水面ではフェリーの立てるさざ波がしぶきになり、きれいな虹をつくりだす。しぶきは甲板まで舞い上がり、顔がしょっぱくなってしまうけれど、それもまたおもしろい。値段は安いが気分だけは贅沢な感じで、時間に余裕があれば悪い選択ではないだろう。津軽半島や下北半島が遠くに広がる曇の中に隠れると、進行方向にはいよいよ、函館山とその奥に広がる北海道が見えてきた。そういえば、私にとって函館山を海から見るのはこれが初めてだ った。昔だったら多くの旅人が普通に見ていたアングルだろうが……。

 時間があったので、私は函館駅でメモリアルになっていた摩周丸を訪れた。よくありがちな、航海のときに使う道具とか、現役のときの写真とかの展示も充実し、無線室や操船室には実際に入れたり、汽笛を鳴らしたりできたのだが、歴史関係、特に空襲と洞爺丸台風に関する展示について、力が入っていた。当時の写真、新聞、生存者の証言など、泣きたくなってしまうくらい生々しいものが、ここにあった。


 試験は翌日で、何とかこなして私は一気に夏休みモードに突入した。前夜のローカルニュースで得た大沼公園地ビール園の開業という情報を早速確かめに行ったりなどして真っ昼間から酔っぱらいモードだったりしたのだが、天気があまりよくないというのが気がかりでもあった。実は、宿は長めに取ってあったけれど翌日以降の日程は全く決めていなかったのだ。果たして、その翌日は大雨。どこかに行ったとしてもずぶぬれになるのは目に見えていた。そこで浮かんだアイデアは、レンタカーを使ってみるということだった。

 朝8時、駅レンタカーの営業開始と共に、私は緑のメタリックなファミリアを借り、大雨の中、ドライブに出発した。まず私は278号恵山国道を、恵山に向かった。実は車の運転は1年と2カ月ほどぶりで、函館市街地ではだいぶ人様に迷惑をかけてしまったのだが、郊外の漁村、そして津軽海峡沿いを走るようになると、だんだん勘が戻ってきた。しかし大雨は断続的に降り続き、雄大に見えるはずの恵山も、まったく見えない。完全に海岸沿いの道はなく、恵山のそばを通過するときは、ちょっとした山道へ。椴法華(とどほっけ)村から、私は亀田半島の先端にあたる水無温泉というところへ、漁村の中の細い道を寄り道していった。ここには岩場の海岸の中に、四角い露天風呂が作られている。仕切りもなければ脱衣所もない、野生味あふれる温泉だ。天気のせいか人はおらず、フナムシの集団だけが湯治を楽しんでいたのだった。

 今度は278号をひたすら北上した。噴火湾沿いの国道沿いには、緊張感あふれる崖沿いの道と、ほっとさせられる漁村が交互にあらわれてくる。交通量はそんなになく、長いトンネルの中に私の車だけ、という状況もざらに。バスで旅したときにはよく経験した風景の変化だけれど、人任せでなく自分の腕で進んでいると考えると、また違って見えてくるものだ。途中の鹿部という所では、間欠泉を見ることができた。肌寒い中、吹き上げる熱水がもたらす湯気の暖かかったこと!

 森から5号線に入って、私は八雲まで北上した。交通量は多くなったけれど、風景の変化のパターンはそう変わらない。八雲から内陸に入り、277号線で山越えに挑む。走っていくにつれ道は林に囲まれるのみとなり、カーブの連続する坂道に。走り込んだ人にとっては大したことないのかもしれないけれど、私にとっては初めての本格的な峠道。そして、雨は滝のように容赦なく降りつける。さすがにこの時ばかりは生きて帰れるかどうかが心配になった。うっそうとした森が急に開け、視界が明るくなると、道は唐突に229号檜山国道へ感動的に合流した。

 229号檜山国道は「追分ソーランライン」とも呼ばれているらしい。今度は日本海沿いを南下していったが、海岸線のきれいさ、走っているときの爽快さは、さっきの278号との比ではなく、素晴らしい。これで空が晴れていたら、どんなにきれいだったろう。せっかくなので、私はいったん江差まで南下した。本当だったら、歴史ある町並みをゆっくり歩くべきところなのだろうが、雨の勢いはおさまるところを知らず、私には町の中を車でぐるぐるするしかできなかった。鴎島にも、駐車場までは行ったけど、結局上陸できず。

 最後は、227号大野国道で函館への帰路についた。この道は函館と江差を結ぶ路線バスの道でもあり、峠越えは峠越えでも277号とは違い、ずいぶん楽な道だった。大野町に入ったとき、「社会福祉施設せせらぎ温泉」の案内を見つけたので、私はそこへよっていくことにした。駐車場も広く、きれいな建物で、しかも300円で露天風呂にゆったり浸かれるという。こういう楽しみもあるというところに、私は車を使った旅のおもしろさを感じることができた。靴に染み込んだ大量の水で冷やされた足にはとても快い温泉だった。結局返車は夕方の7時、トリップメーターは314.8kmをさしていた。さすがに疲れたけど、久しぶりに車、しかも初の本格的ドライブ、車じゃなくちゃできない体験もできたし、なかなか楽しい旅になった。ただ、動力を人に任せている場合と違って、突然あらわれたきれいな風景に見とれてしまうわけにはいかない、というのが辛いところだ。


 豪雨は翌日になっても収まらなかった。函館そのものでは午後には雨は上がった。しかしだいたい市内で一人で見るようなところは私は見てしまっていたし、市外に出るにも列車のダイヤがずたずたになっていたこともあって、私は結局海を見て過ごすことになった。函館駅のある側の海岸線は人工のものばっかりなのだけど、反対側、東側には、静かな砂浜もあるのだ。風があって波は高かったのだが、午後になって晴れた空は、静かな海岸線を演出してくれた。そして、谷地頭温泉、湯上がりに地ビール、ほろ酔いで函館山の夜景……3度目になるのだが、何回見ても飽きないものだ。揺らめくろうそくの炎のように一面にちりばめられた灯りは、天候の回復したこの日も、一段ときれいに見えていた。

 列車のダイヤの乱れは、私が島抜けに乗るつもりだった北斗星にも影響を及ぼした。結局最終的には1時間58分遅れ、タッチの差で特急料金払い戻しの恩恵にはあずかれなかったが、函館駅で待たされていた間に巡業列車が到着し、ナマ曙関を目にすることができたのは幸運であったということになるのだろうか。しかしそこで運はつきたとみえ、試験の結果は不合格であった。


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